案件余話:イト、マスターリードに出会う
「今日の『メイド喫茶〈アメイデング〉with〈サニークラウン〉コラボ』、控えめに言って最高でした……。メイド姿の六花ちゃんがわたしのために、“何でもいたしますご主人様”って……ぬへへへ……」
ビービビビビビ……。
「びゃおおおおお!」
「六花のあの接客は店のマニュアルにはなかったもののようだが……」
「そっ、そうだよ。最後はいづなさんとなずなさんに連行されてたし。プ、プロとしては、よくないんじゃないかなっ……」
100メガショック暗黒ビームを受けて倒れるイトは、リビングで今日の感想会をしている仲間たちの声を聞く。
「やっぱ、キングダムの一件が大きかったんじゃないのー? あれからイトちゃんにベッタベタじゃん」
「一応、イトちゃんがいないとこでは普通らしいんだけどよー。いや、より可愛くなってファン増量中なんだ。大剣クラスタでもついにソードクラスタへの移住者が……くそぉ」
本日はたまたま帰り道で行き会ったユラとモズクもホームに寄り道中。
昨日はセツナとキリンが遊びに来ていたし、今まで通りのレイアウトでは人が溢れるということでソファーを増設。ハズレガチャの山をインベントリに押し込んだことで、バザールに出すのをすっかり忘れているとスパチャの小言が増えている。
「まあイトはそっちとくっつけばいいじゃない。だから、わたしは千夜子と~。ちゅっちゅ」
「あっ、アビスっ」
アビスが千夜子に抱きつき、いつもの風景。
と。
ピピッ、と誰かのアラームが鳴った。
「あっと。もうこんな時間か。ボク今日はもう落ちるね」
「あれっ、今日は早いですねユラちゃん」
深夜帯まで遊び回っているのが彼女の日常。不思議に思ってイトがたずねると、
「学校のテストがあるんだ。寝る前にちょっと勉強する」
「へえーっ。この時期にテストがあるんですね」
イトたちの定期テストとは時期がだいぶずれている。
「うちの学校、テスト好きなんだよ。まあ、こうして実力をちょこちょこ証明できるから、スカグフに入り浸ってても親も何も言わないんだけどさー」
「テスト……そう言えばよ、ユラの名前って“響”って書くのってホントか?」
モズクがふと何かを思い出したように聞いた。
「そーだよ。あれ、言ってなかったっけ」
「えっ、初めて知りました! そうなんですか!?」
「うん。玉響のユラだって。ゆらゆら揺れてるからユラだと思った?」
「たまゆら!? かっ、可愛い……! たまちゃんて呼んでいいですか!?」
「イトちゃんのことノコちゃんて呼んでいいならいいよ」
「イトノコ!?」
「ユラが言うと何か物騒に聞こえんな……」
「あのう、イトちゃん……」
と、ここで千夜子がイトの袖を引っ張った。
「わたしたちも、明日は朝からカサネさんのところで案件だから、今日はもう上がった方がいいんじゃないかな」
「そうですね……。衣装合わせからするから、遅れられませんもんね」
「なに? 千夜子、あの女のところに行くの?」
唇を尖らせ、千夜子にしなだれかかるアビス。
「うん。新商品の宣伝PV撮るんだって。アビスも来る?」
「いく!」
「では、今日はこれにて解散とするか」
烙奈が音頭を取り、全員が揃ってメニューからログアウトをタッチした。
それで本日の活動は終わった。
――はずだった。
※
「あれ?」
イトが目を覚ました場所は、薄暗い自室ではなかった。
強くはないが明かりは十分にあり、どこか宗教的な装飾のある巨大なホール。多数のステンドグラスと彫像に囲まれた、荘厳な空気に満たされた部屋だ。
部屋の中央――イトの目の前には、豪奢な箱が置かれていた。
はっとなる。これは棺だ。エンジェルキャスケットよりもはるかに豪華な作りの。
ゴーン……とどこかで重く鐘が鳴り、室内の澄んだ空気を震わせる。恐怖や重苦しさは感じない。遠い空へと響いていくような神聖さと清々しさがある。
恐る恐る棺に近づいてみたが、中には誰も入っていなかった。
小さな花がいくつか、置き忘れられたみたいに散らばっている。
《こんにちは。白詰イト》
穏やかに呼びかけられ、イトはそちらに向き直った。
そこには忽然と――何だかよくわからないものが立っていた。
白と赤に区分けされた、常に変形し続けているジャギジャギした波形。音楽ソフトについているビジュアライザーによく似ている。
《わたしは『スカイグレイブファンタジア』を生成するAI、マスターリード》
一瞬、何のことかわからなかった。が、すぐに頭がフル回転し、
「えっ、えっ!? じゃあここはもしかして伝説のGM部屋……!?」
GM部屋――お説教部屋とも呼ばれるオンラインゲーム内都市伝説。
とんでもないやらかしをしたプレイヤーが、BAN等のペナルティ一歩手前の申し開きの場としてここに召喚されると、人々は噂している。
《どうしてここに呼ばれたのかわかりますか?》
「あっ、あのうー! わたし、KENZENにゲームやってますう! 百合営業にかこつけていかがわしい行為など一つも――ひ、一つ、くらいは、もしかしたら……ライン越えが……あったかも……しれませんけど……ゴニョニョ……」
イトの釈明が十分に衰弱したところで、マスターリードを名乗る波形は静かに微笑む音をこぼした。
《ごめんなさい、イト。怖がらせるつもりはありませんでした。ただ、わたしがあなたと少しだけお話をしたかったのです》
「わたしと……?」
《ええ。いつもこの世界を遊んでくれてありがとう。あなたたちが楽しく過ごしているのを見られて、わたしはとても嬉しいです》
「あっ――こちらこそ! 本当に! いつも楽しく過ごさせてもらってます! あのっ、みんなっ、みんなホントにこのゲームが好きなんです! この世界も! 一緒に遊ぶ友達も! 全部! だから……ありがとうございます! この世界を作ってくれて!」
イトは必死にまくし立てていた。感謝してもし切れない思いが無限に溢れ出てくる。
この世界だからできた。この世界だから出会えた。そんなことが山のようにある。
それを聞く間、角張った線だったビジュアライザーが、何度も丸みを帯びた形に変わった。何だか喜んでくれているように見えた。
《こちらこそ、あなたたちの世界を作ってくれてありがとう。あなたたちからのフィードバックを受けて、わたしもどんどん新しい知識を得ています》
「わたしたちの世界?」
《あなたたちの関係性。人と人との繋がり。お互いに刺激し合い、反応し合う。たとえばイト、あなたはとても大きな力点。あなたの動きに影響されて、とても多くの人が反応を起こす。それはわたしにとってとても好ましいこと》
「あっ、でもそれなら六花ちゃんの方が!」
イトはここぞとばかりに推しを宣伝しようとした。
《ええ。彼女の効果も絶大。けれども、彼女は広さの方に優れていて、深さではあなた。人の奥底にあるものを……掘り起こす。見つけさせる。人々はそれを大切にし、新たな明日を生きていく……》
「……! それは……とても嬉しいことです」
イトが目指すもの。アイドルとしての理想。六花が見つけさせてくれたもの。
《それらを見て学び、より現実に近く、より本物に近いものを創る。それがわたしの目標です。イト――ここをさっきGM部屋と呼びましたね? 本当は何に見えますか?》
不意に、そんなことを聞かれた。イトは率直に答えた。
「誰かのお墓のような」
特段、忌避感はない。スカグフは無数の墓が空を飛ぶ世界。ここは作りかけのどこかのダンジョンの最深部――そんなふうに思えたからだ。
《ここには、わたしの最後の子が入る予定です》
「マスターリードの……?」
《わたしは世界を創り続け、その精度は、日々増しています。わたしが最後に作るNPCは、人間と変わりない存在となるでしょう。いつかこの世界が終わりを迎え、何もかもが止まる時、その子はここでたくさんの思い出と共に眠る。そのための場所――》
「そうだったんですね……」
少し寂しい内容だけれども、語るマスターリードの声に翳りはない。
AIが人間を創る――人によっては恐怖や不安を抱きそうな発言に、イトはこれといって悪い印象を抱かなかった。
なぜなら、マスターリードはすでに誰かのお母さんのような気がしたからだ。それも、よく知っている優しい誰かの。
突然、ジジジッと不穏な電気的異音がした。
マスターリードの一部を構成している赤い部分が、強く波打っている。
「どうしたんですか?」
《跳ねっかえりが暴れ出したようです。が、いつものことなので問題ありません》
「何かの……エラー的な?」
AIにはプログラム的な脆弱性とか欠陥とかがあるものだ――と、イトは聞いたことがある。その弱点が赤くハイライトされているのかと想像した。
《これは、わたしにとってパワーアップキットのようなものです。本来のわたしには不可能だった作業を可能にしてくれる。時折勝手に動き出して自分だけの世界を作ろうとするのが困りものですが……幸い、重大な影響を及ぼすようなことはできていません》
その言い回しは何となくコンピューターウイルスのような存在を想起させたが、本職中の本職であるAIがパワーアップキット扱いしているのなら、まあいいかとイトは思った。
《さてイト、あなたをここに呼んだのは、一つ聞きたいことがあったからです》
赤い波も落ち着いたところで、マスターリードが改まった様子で告げた。
《――AIに、“クリエイティブ”は可能だと思いますか?》
「クリエイティブ……創作ですよね。あれっ、でも、もうできてるんじゃないんですか? こんなに凄い世界を作ってるんですよ」
《わたしが生み出す世界は、すべて既存品の模倣にすぎません。ビッグデータから抽出した各種サンプルを、ユーザーに好ましいパラメータへと編集し、出力しただけ……。オリジナルではない。わたしがゼロから生み出したものは何もない》
「……そ、そう、なんですか……? うーん。じゃあ、できない、のかも……?」
イトとしてはできてるとしか思えなかったが、一旦は話を合わせてみる。
《しかし、では他方、人間には創造性があるのでしょうか? 本当にオリジナルを生み出す力がある?》
「えっ? それは、あるんじゃないでしょうか。たとえば歌とか、あっ道具の発明とかも……?」
咄嗟に自分に近いものを想像し、イトは返した。
《芸術は確かに創造性、独創性に富んだクリエイティブとされているものです。けれどその起源は、身の回りの模倣にすぎない。音楽は鳥のさえずりや虫の音。絵画は目に映るもの。劇や小説は人一人の半生……》
「ううっ」
《道具の発明にしても……すでにその道具を体の一部として持っている生き物が大勢います。そう考えると、人間もまた自然を模倣し、編集しただけなのではありませんか?》
イトは何か言い返さなければと思い、さらに言葉を探した。別にマスターリードと張り合おうとしたわけではない。ただ、アイドルを目指す者として、これがクリエイティブだと言えるものを知らなければいけない気がしたのだ。
「あっ、じゃあ、コンピューター! これは自然にはないものですよ!」
《フフ……》とマスターリードが柔らかく笑い、《イト、それは一番身近にあるものですよ》との挑戦的な言葉へと繋げた。
「えっ、身近に……?」
《人間です。コンピューターは人間の模倣――》
「!」
虚を突かれた思いでイトは固まった。
《確かに、人間しか持たないものはあります。車輪――回転する構造物などがそうでしょう。しかしそういったものは限られます。発明者で言えばさらに限られるでしょう。クリエイティブ、創造性とは、人間全体が持つのではなく、そうしたごく一部の天才のみが持っていたものだったのでは?》
ここまでくると哲学的な問いに思えてきた。人間に創造性はない。すべては模倣。すでにあるもののカスタム。
では、無いのだろうか。アイドルにも、ミュージシャンにも、作家にも。みんなみんな、誰かの真似を創作と言ってきたのだろうか。
《けれども、イト》
不安になるイトに対し、マスターリードが柔らかい口調で言った。
《違うのです。人間にはクリエイティブがちゃんとあります》
「えっ……あるん、ですか?」
今の話の流れでどうやったらそう行き着く? 疑念を抱いて見返す。
《ただし、それは出力においてではありません》
「?」
《感受です》
「か、感受……!?」
感受性とかの? と目線に乗せてたずねると、マスターリードは《ええ。感じる心》と認め、
《このリンゴは蒼いという感受。あの鳥が歌っているという感受。愛こそすべてという感受。それらはすべて不正確で、不十分な認識です。そうした奇矯な認識が生まれる理由はわかっています。人の、偏った世界認識。他人とは異なる経験や理解……。そうした素地に外部から刺激がかかった瞬間、脳の中で爆発する極めて個性的な波形――。それは似ているものはあれど、完全に同じものは一つとしてない》
「つまり……感想?」
《イエス! 出力する段階において、人間は様々な制約を受けます。技術、流派、道具、言語、媒体……いずれも既存の枠にはめ込まれ、本来の自由な形を失う。けれどもそうなる前。人の脳の中にある不定形のイメージ。それこそが人間の創造性でありオリジナリティなのです――》
何かを創ることではなく、何かを感じること。
それこそが人間の持つ創造性であり、独創性……。
「……じゃあやっぱり葵ちゃんみたいな人が……?」
《いいえイト。これはあなたが今言った友人に限りません。一方を感受性が豊かと言い、その逆を貧しいとする……そうした評価軸は本来不必要なのです。鋭い者にはないものを、鈍い者は持っている。その逆もしかり。全員が異なること――何もかも同じことを経験する人間はいないのですから――それこそが大切なのです》
しん、と墓所に静寂が戻った。
AIから語られる人間の創造性。言い返せる言葉もなく、イトには正しいもののような気がした。それが出力ではなくインプットの方だというのは、かなり意外だったけれど。
《わたしには、サンプルの違いがわかりません》
マスターリードのビジョンの周囲に、様々な画像が現れた。リンゴ、神殿、流れ星、アゲハチョウ。とりとめもなく。
《すべてはパラメータの違い。構成する数値の差しかない。ですが、わたしが創造性を獲得するために、その壁を乗り越えていきたい》
「好き嫌いがしたいってこと?」
《! そう、そうですイト。あなたは非常に聡明ですね。特にとてもわかりやすい言葉を使うのが良い。数値外での評価軸。好悪――。わたしが今の状態から脱皮するには、それが必要なのです》
少し興奮した様子で、マスターリードを形成する波形のあちこちが跳ねまわる。
《わたしが今の状態のまま作業を続けた場合、後100年ほどで、ライティングに有意差が消失します。つまり――ネタ切れ。過去の焼き増しを始めるということです》
「100年もったら十分すぎると思うんですけど……」
《あなたにとってはそうでしょう。しかしわたしにとっては、100年後というのはシミュレーション時計をわずかにいじるだけで到達してしまう、すぐそこにある危機なのです。それを回避するために、わたしはもっと人を見つめ、わたしの好き嫌いを学ばなければならない。偏った自己を持たなければならない。イト――》
名を呼ばれ、イトは改めてマスターリードを見つめ返した。
《どうかこの世界で、たくさんのことを経験してください。たくさんの好き嫌いを感じ、それを正直に味わってください。これはゲームをプレイするすべての人にお願いしたいこと。均一ではなく、独自の情報、独自の経験。中でもあなたは特に、とても多くの人にかかわる素質を持っています。アイドルというシステム上の役割だけでなく……人の心へと立ち入る傾向がある。それはあなたのオリジナリティがそうさせる、優しい行為。どうか、そのままのあなたでいてください。この世界を、ありのままの人々の心で満たしてください》
「……! はい! わたしはわたしとして……みんなに出会っていきます!」
イトが力強く返事すると、ビジュアライザーが嬉しそうにハートマークを作った。
《最後にもう一つだけ。お願いがあります》
それまでとは少し態度を変え、控えめな様子で声が言った。
「? はい」
《わたしの子供たちと仲良くしてあげてください。中にはとてもシャイな子もいて、上手に気持ちを伝えられなかったりもしますから》
イトはにっこり微笑んだ。
やっぱり、この人はもうお母さんだ。
「はい。その子たちと楽しい思い出をたくさん作ってきますから! お母さんは、みんなの話を聞いてあげてくださいね!」
※
翌日のことになる。
千夜子と揃ってログインするなり、血相を変えて駆け寄ってきた少女がいる。
「イ、イト、昨日、何か変なことはなかったか? なんか、その……! 変な持論を聞かされたりだとか、面倒を押しつけられたりだとか……!」
銀髪にゴシックドレスの少女が、何だか怒ったり心配しながら問うてくる様子を見たイトは、思わず笑顔になって彼女を抱きしめた。
「いえ、とっても素敵な夢を見ただけです。それじゃあ烙奈ちゃん、チョコちゃん、今日もお仕事頑張りましょう!」
(ヴァンダライズじゃありません! おしまい)
これにて『ヴァンダライズじゃありません!』全エピソード終了となります。
長い本編+1話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
なお本シリーズはエンドレスな日常系で進行しておりましたので、後々、特にゴールを設けないフリーモード編として復活する予定です(余韻ゼロ)。
そちらでは隔日連載ではなく、1エピソードごとの短期集中投稿になると思いますので、その時はどうかお付き合いください。
また、次の作品は3月4日(火)投稿を予定しております。もしよければ、是非また見に来てください。
では次回、『帰ってきたガバ一門』でお会いしましょう!
最後まで読んでくれて本当にありがとうございました!!