案件142:ファンよ、もっと輝き給へ
「わはははは! 我ら鉄壁ここにありいいいいい!」
怒号飛び交うライズ会場入り口で高笑いを発したのは、深紅の機動騎士団と対を為すような白一色の重騎士部隊。
目立つ鎧に集中攻撃を受けつつも、敵を押しやり最前線を掻き回す。
「わっ、ちょっと! 危ないわね!」
「失礼、ダークイトさん!」
敵を押しやりつつ前進する彼らに、バルサンク卿と切り結んでいたアビスも横槍を入れられた。どっしりと構えた赤騎士の長から、たまらず驚きの声が上がる。
「ヌウ! この白で統一された上質な装備は……セントラルのクランか!? アウトランドの領域になぜセントラルが!」
「わははは! それが我らの推しが結んだ力! 十七地区を他と同じと思うな!」
実際、彼らの圧力は相当なものだった。最前列を担う屈強なプレイヤー共々バルサンク卿を奥へと押し込み、敵の陣形を力づくで歪めにかかる。
こういう集団戦でプレイヤーが一番嫌がるのが、持ち場から押し出されることだ。
戦闘開始時は味方同士連携が取れるフォーメーションだったのが、戦況の変化によって形を崩されてしまう。すぐ横にいるのが味方ではなく敵となれば、正面と相手と合わせて両方に対応しなければならない。
重騎馬の如く敵陣を掻き乱すセントラルアーマーの軍団は、当然凄まじいヘイトを集めることになるが、持ち前の防御力に加え、主に〈ルナ・エクリプサー〉からなる後衛回復チームのヒールによって不死身の戦団と化していた。
「今だ! ゴリゴリ押し込め!」
『ウホオオオオオオオオ!』
相手の足並みが乱れたと見るや、斬り込み隊長のコウの号令の下、テンションゴリラマックスの抵抗派が怒涛の勢いで雪崩れ込む。
質で勝る深紅の機動騎士団も、これには一気に後退を余儀なくされ――たかに思えた、その時。
「ヌウン!!」
地面が爆ぜるような上向きの突風が生み出され、人々はその中に、木の葉のように巻き上げられた白い重鎧を見た。
墜落。そして沈黙。
「セ、セントラルアーマーC!」
「しっかりしろ、アーマーC!」
「し、死んでる……!」
思わず駆け寄った仲間たちは、彼が完全に再起不能状態にあることに愕然とした。
「一撃だと……!?」
ズン! とその驚愕の顔の前に突き立てられたバスターアックスソード、テュボーン。
はっと見上げた彼らの前には、山脈のような肩の上から見下ろすバルサンク卿の目があった。
「なるほど確かにそなたらの耐久ビルドは認めよう! しかし、Kから賜ったこのテュボーンは、最新実装の武器であることに加え、あらゆる防御を打ち砕く本土決戦仕様に近い強化がされている。現環境でこの一撃に耐える装備は存在しない!」
『――!!』
セントラルアーマーたちに戦慄が走った。
「やばいよやばいよ……!」
「おれたちでさえ一撃でなんて……!」
「よし相手は怯んだぞ! 押し返せ、機動騎士!」
機を逃さず、今度は深紅の騎士たちが純白の騎士を押し返しにかかる。
先頭に立つのはバルサンク卿。その一撃必殺を前に、セントラルアーマーたちはたじたじになりながら後退するばかり。
「ちょっと! 何ビビってんのよ!」
セントラルアーマーの戦列に押されながら、アビスは彼らを叱咤した。
「そ、そんなこと言われても一発リーサルはちょっと……」
「せっかく防御でガチガチに固めたのに、それを上回る攻撃なんて理不尽だ……」
これまで極強レアモンスだろうと飛んでくる石柱だろうと怯まずに立ち向かっていった彼らも、一撃で終わるという攻撃に対しては腰が引けているようだった。
アビスは剣術と身のこなしでバルサンク卿と渡り合ったが、鈍重なアーマーたちにそれを求めるのは了見違いだ。
「ちい! 下がれ下がれ! 隊列を崩すな!」
コウが必死に声を上げながら、陣の壊乱を防ごうとする。抵抗派は個々の力では劣る分、フォーメーションを崩されたら最後、立て直しはきかない。
アビスもその危機は感じ取っていた。
〈ルナ・エクリプサー〉の砦も、相手にペースを握られて一方的にやられた。
意地でもここで支えなければ、同じことの繰り返しになる。
「しっかりしなさいよ! あんたらそれでもイトのファンなの!?」
『ううっ!!』
痛いところを突かれたように、セントラルアーマーたちの背中がうめく。
しかし、唸り上げて振り回されるテュボーンの勢いにはまだ勝てない。アビスはさらに言葉を重ねる。
「イトはね、ライズの前に、今日はあんなことしよう、こんなことしようって千夜子たちと話し合って、あんたたちのために一生懸命考えてるわ! いつも応援してくれるあんたたちにも、物凄く感謝してる!」
「……ッッ!!!」
「わたしも推す人がいる……! 推して……力をもらって……でも、わたしたちにできることは、それだけじゃないんじゃないの!?」
「そ、それは!?」
「他に何があるんだ!?」
口々に問うてくるアーマーたちに、アビスは高らかに響く声で告げた。
「わたしが、ファンがもっと輝けば! それに推される推しはもっと輝く! あの凄い人に推されてるなら、そのアイドルはもっと凄いに違いない! そう思ってもらえる! そういうものでしょ!?」
――!!!!
「おれたちファンが……もっと輝けば……」
「ファンの質……! ファンの民度!」
「オレたちが臆すれば、推しは臆病者に推されるアイドルになってしまう……だが逆なら……ッッツツ!」
そうだ。誰かを応援する側になったって、その人が小さくなったり消えたりするわけじゃない。そこにいる。確かに存在している。一人一人、名前と価値を持って。それは何よりも意味のあることだ。
「オレたちにできることはまだあったッ……! うおおおおおお!」
雄たけびを上げて一人のアーマーが飛び出す。
「アーマーA!?」
「無茶だ、アーマーA!」
仲間たちの制止の声を振り切り、彼が立ち向かう相手は、今まさにテュボーンを振り上げたバルサンク卿。
「推しのために勇壮に散るか、それもよかろう! 食らえええい!」
重厚な兜に打ち下ろされる、隕石の如き無慈悲な一撃。
ドズン! と地に響いた致命的な重低音はしかし、
「なに!?」
というバルサンク卿の驚きの声によって意味を上書きされる。
セントラルアーマーAは立っていた。
確かにテュボーンの直撃を受けたというのに。
先にやられた一人は、天高く吹っ飛ばされるほどだったというのに。
その理由に真っ先に気づいたのもまたバルサンク卿。
「これは……インパクト直後に打点を滑らせダメージを軽減する……〈フェンサーガード〉!」
その場に居合わせた赤白両方の騎士たちが騒然となる。
確かに、脳天に振り下ろされたはずの怪奇絢爛な刀身は、セントラルアーマーの肩装甲の上に落ちていた。
兜の曲面に沿って重撃を滑らせ、肩で受け止める。衝撃が分散したことによりダメージが再計算され、アーマーAのライフバーを二割近く残したのだ。
「しかしこれは、最軽装の剣士が致命の一撃を防ぐためにやる悪あがきのようなテクニックのはず……! そんな運任せの防御を重装騎士がやるのか!?」
「これがオレの輝きだ! 推しにもらうだけじゃない……オレ自身の!!」
雄たけびを上げたアーマーAのHPが、祝福のように降り注いだヒールによって即座に全快する。
「いくぞセントラルアーマーズ! オレたちが――もっと輝けええええええ!!」
ウオオオオオオオオオオオオ!
「ヌ、ヌオオッ!」
純白の騎士たちが激流となって赤い壁に雪崩れ込む。
ここで再び情勢は逆転した。
※
この時――。
バルサンク卿は見ていた。
白熱のごとく燃え上がった純白の騎士団のすぐ後ろ。彼らの陰に、ダーククイーンが潜行するのを。
縮こまっていたセントラルのプレイヤーたちを、あっという間に立ち直らせてしまった烈女。
何度か打ち合ってわかったが、彼女の持つヒュベリオンは極めて攻撃的な強化をされている。
一度食いついたら離れない。彼女のプレイスタイルに瓜二つな、魔物のごとき獰猛な一刀だ。
その脅威ゆえに、バルサンク卿の目はダーククイーンの姿を第一に追った。
純白の重鎧を遮蔽物に、その背後を滑るようにして迫ってくる。
右から左、左から右。同時に風を巻くように回転しながら……あれは〈アクセルブリンガ〉の動き! 最大の力を溜めている。やはり目を離すのはまずい!
右、左、右……。アイドルのダンスのように滑らかで俊敏な動き。しかし追えている。見えている限り対応はできる。このテュボーンの最大の一撃なら迎撃で打ち砕くことも可能。
(来い……!)
右、左、み……。
!?
そこで彼はぎょっとする。鎧の右側に出てくるはずのダーククイーンの姿がない。では左に二度行ったか――それも違う! 右にも左にも誰もいない!
「まさかっ……!」
上!!
眼球の動き二つ分の間に、ダーククイーンはバルサンク卿の間近にまで迫ってきていた。
視線を誘導されていた。これはまともなPVPの技術ではない。まるで、敵も味方もわからない泥仕合から生まれたような。話に聞くシーズン4にでもあったような――。
(防御――間に合うか!?)
テュボーンを握る手が、思考するよりも早くヒュベリオンの直撃コースを塞ぎにかかろうとする。
ガッ!!
「!?」
しかしその刀身が、突然何かに押さえつけられた。
「黒姫ちゃんに見惚れ過ぎだぜ」
いつの間にか、目の前に角を生やした鬼コーデの男がいた。クラン〈破天荒〉のリーダー破天コウ。そしてその特大木槌がテュボーンの頭を踏みつけている。
「わたしを見ろ、千夜子、〈ルナ・エクリプサー〉!」
黒雲のように頭上を覆ったダーククイーンが叫ぶ。
「わたしはここにいる! このわたしが! あなたたちの敵を討つ!」
「う、うおおおっ……!」
バルサンク卿は確かに見た。
こちらよりもはるかに小柄だというのに。
誰よりも鮮明に、リアルよりも重厚に存在を見せつけてくる少女の姿を。
同時に、彼女に繋がる沢山の人影を感じた。
何と大きく――そして美しい。
「沈めええええええええ!」
直後。稲妻のような一撃が、バルサンク卿の頭部へと振り下ろされた。
刃に目を当てるほどの凝視が必要になるフェンサーガードなど、元よりできるはずもなく。
「天晴……」
ライフバーのすべてを砕かれた彼は、そう一言残すと大の字になってその場に倒れ込んだ。
カサネ「な、な、なかなかやるやないかぁ……!」