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案件139:血のヴァレンシュタイン!

〈六花クライシス〉の始まりから一週間が経過した。


 同時期に始まったキングダム運動の争乱により、六花の不在はやや目くらましをかけられたようになってはいたが、彼女が何事もなかったかのように現場に復帰できるのはこれが限界(リミット)――と事務所が見ていることを、イトはいづなから教わっていた。


 今日はその日。

〈血のヴァレンシュタイン作戦〉はそれに合わせて決行される。


 計画はこうだ。

〈流血の傭兵隊長〉というスカイグレイブが、現在十七地区の上空に来ている。


 このグレイブには一風変わったバフ方式があって、このエリアで他のプレイヤーにチョコレートなどお菓子をプレゼントすると、渡した方、受け取った方共に強化効果を得られるというものだ。


 ジェネラル・タカダを中心とした抵抗派は大規模攻略イベントを開催し、プレゼントを贈るフリをしつつ、PK監視のためにグレイブ前に来ている深紅の機動騎士へ接近。これを撃砕する――。

 似たような事件が古いMMORPGで起こったという故事にあやかり、この計画は命名された。


 そしてその騒ぎに乗じて、イトたちはライズ会場にいるロキアを確保するのだ。


 先の防衛戦勝利により、今回のイベントに参加する抵抗派のクランは一気に増えた。これに対抗するように、〈キングダム〉も幹部を派遣してこのイベントの盛況を視察に来るそうだ。


 幹部級が襲われたとなれば〈キングダム〉側は援軍を次々に送り込み、最後には大将であるKを引きずり出せる可能性もある。

 K自身、これだけ抵抗派が集まっているのなら一網打尽の好機と捉える見方もあるだろう。


 すべてに決着をつける一日になり得る――ということだ。


 ※


「みんなー! 元気ですかー!」


 うおおおおおおおおお……!!


 ライズ会場はいつもにも増して熱気が渦巻いていた。

 それもそのはず、今日のグレイブ前特等席には、にらみ合うように二つのステージが並んでいる。


 一つは〈ワンダーライズ〉。そしてもう一つはロキア。


〈ワンダーライズ〉は抵抗派と公言しているわけではないが、彼らのイベントにゲストとして呼ばれていることはすでに告知されている。そしてロキアはキングダムのアイドルとしてすでに不動の地位を獲得していた。


 両者が相対しつつ並ぶ布陣。その間にいるプレイヤーたちも自然と気合が入る。

 ちなみに他のアイドルユニットは、派閥を問わずこの激突から少し離れた位置でこれまで通り平和にライズを行っていた。


(いよいよ始まった……)


 イトは覚悟の生唾を喉下に落としながら、ステージ前に集まった人々に目を向ける。

〈コマンダーV〉や〈破天荒〉、〈西の烈火〉に加え、〈ルナ・エクリプサー〉にセントラルアーマーの皆さんまで、これまでお世話になった人たちが、バフエリアをはるかにはみ出す勢いで肩を並べている。


 対するロキアのステージ前には、キングダム賛成派の攻略プレイヤーたちが普段通りバフを受け取るために集まっている。彼らは今回、本当に無関係な第三者で、コウたちの狙いは会場入り口を見張っている深紅の機動騎士団ただ一つだ。


 最強のプレイヤーバフ能力――〈フェンリルの酔〉を持つロキアのパフォーマンスは、今日も変わらずオートモーションに任されていた。しかし、その端々からはみ出る才覚ゆえか、観客のボルテージはなかなかに高い。負けられない気持ちでイトは声を張り上げた。


「今日はみんなで、絶対楽しんでいきましょおおおお!!」

「うおおおおおおお!」

「〈ヴァンダライズ〉!〈ヴァンダライズ〉!」

「じゃありませえええええん!!」


 爆笑を誘うやり取り――こんなの打ち合わせにはなかったが――を挟みつつ、緊張に強張った笑みを浮かべる千夜子と、冷静に視野を広く保つ烙奈に目配せする。


〈ワンダーライズ〉の仕事は、あくまでイベントの盛り立て役。実際に深紅の機動騎士団とぶつかるのはここに集まっているプレイヤーたち。

 ひとまずは本来の役割に集中だ。


「では早速ですが、最近即興でやって好評だったこれを――。モモさん、コウさん、ちょっとお手伝いお願いします!」

「オッケー」

「任せろぉ!」


 客席からステージに飛び入りした二人に客席は大興奮。特に二人をいただくクランのメンバーは手を叩いて大喜びだ。


「『夜風の蝶』! いきまーす!」


 この際大事なのは、バフ効果より盛り上がりだ。参加者はどうせバフエリアからはみ出てしまうので、それより皆のテンションを上げることを優先する。

 観客も取り込んだ一曲目は、早くも十分な熱狂を会場にもたらした。


 その最中――。イトの目は自然と正面のステージに向くことになった。

 ロキアのステージ。六花の片鱗を感じさせながらも、実際は至って普通のライズ。普段の彼女を彩る唯一無二の熱気はない。


 その中でオートモーションのダンスを披露するロキア。まるで人形。本人も虚ろで、ただ操られているだけのよう。そんな彼女がひどく孤独に見えて、イトの胸はざわついた。


「みんな、もっといけますよね!?」


 有志手伝いによる『夜風の蝶』を終えて、いよいよ〈ワンダーライズ〉の本番、『草原を駆ける』が始まる。

 イトはステージの前面に出て客席を煽った。一層盛り上がる観客たち。元より一大決戦を控えているのだ。生半可なテンションでここに来てはいない。


「もっと! もっと!」


 音楽が始まるとイトは何度も客席を煽った。そしてたびたび、正面を指さした。


「イ、イトちゃん……」

「やりすぎだぞイト……!」


 ダンスが交錯する瞬間、千夜子と烙奈が戸惑いを口にしてくる。


「ごめん、やらせてください……!」


 イトはそう返し、指先をまた突きつける。

 正面――ロキアのステージ。暗色の鎧とオートモーションに自分を閉じ込めた月折六花に。


 それは明らかにアイドル間における挑発だった。

 指をさされるたび、ロキアがわずかに反応する。

 見ている。彼女も確実にステージを……こちらを見ている。この盛り上がりを。この激しさを。いつも彼女が身に纏っているものを!


 狼を模したフルフェイスヘルメットの中から、意思をこらえる息苦しさが聞こえてくるみたいだった。

 イトはパフォーマンスの中に渾身の言葉を込める。


 そんなものじゃないでしょう、あなたは。


「もっと!」


 もっと本気を出して。もっと自分を出して。


「もっと!!」


 もっと楽しく。もっと明るく――。


「もっと!!!」


 もっと月折六花で来いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 ――ドグワッ!!!!!


 風雪にも似た突風が、かなりの距離を置いてあるはずの〈ワンダーライズ〉のステージにまで届いた。


(これは……! アイ・ドルオーラ!!)


 騒然とした空気に背中を撫でられ、思わず振り向いた抵抗派メンバー多数。

 しかしそれ以上に、賛成派の客席はどよめきに包まれていた。


 ヒーロー着地のような勇ましいポーズで構えたロキア。

 彼女を彩る白いファーが、本当に炎のように激しく吹き上がり、揺らめいている。


「な、何だあのエフェクト!?」

「あんなすげえの見たことないぞ!」


 ――来、たあああああああああああああああああ!!!!!


 イトは満面の笑みでその現象を受け入れた。

 相手はあの月折六花なんだ。その本領を正しく表現するために、AIがリアルタイムでエフェクトを追加するくらい平気でする! それくらいのアイドルなんだぞ!


「かかってこおおおおおおおおおおい!!!!!!!」

「イ、イトちゃん待ってええええ!」

「全員吹っ飛ばされるぞ!」


 千夜子と烙奈が悲鳴を上げた直後、特大のアイドル圧が来た。

 間に挟まる有象無象のすべてを蹴散らすほどの暴風。しかし、〈ワンダーライズ〉と抵抗派のメンバーはこれに耐える。


 イトたちのステージと観客は一つとなっていた。熱望と熱狂が混ざり合い、巨大なオーラ球を形成しながら六花の圧力に耐え、むしろ自身の領域を拡大させながら相手のステージに迫る。


 ロキアはさらに出力を増してこれに対抗。さらなる暴風が〈ワンダーライズ〉に反撃する。

 ここで犠牲となったのは――。


「うわあああああ!」

「ぴええええええ!」


 何も知らない賛成派の一般参加プレイヤーの皆さん。

 二つのオーラ球の狭間で右へ左へと翻弄され、最後は溜め込んだ運動エネルギーの暴発により、次々に空の彼方へと連れ去られていった。


 ちなみに他のアイドルとその観客たちは、まるで経験からこういう未来を予測していたかのように、直前でさらに距離を置いていたため無傷だった。


 激しいオーラの激突が何度も何度も繰り返され――。

 そして、ライズは終わった――。


「ぜえ、はあ、あ、ありがとうございましたー……! イベント頑張ってくださいー……!」


 うほおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 息も絶え絶えのイトがマイクにそう吹き込むと、客席ですっかり野性化していたプレイヤーたちは一斉に拳を突き上げてそれに応えた。


 ここから作戦は第二フェイズへと突入する。客席のコウやモモたちは深紅の機動騎士団へのプレゼント贈与へ。イトたちは六花の確保へと備える。


 イトは、正面のステージに一人立つロキアに視線を移した。

 まるで自分がしたことを信じれないように立ち尽くす彼女。

 イトは遠くから微笑みかけた。


(それが、あなたです)


 圧倒的絶対的アイドル。そうでなければいられない少女。

 そんな息苦しくて暗い場所ではなく、本来の居場所に戻って来てください。

 わたしがそうさせる。

 必ず。


 ※


 景気づけのライズを終え、グレイブに向かうどころか自分たちに向かってきた抵抗派の一団に対し、バルサンク卿率いる深紅の機動騎士団は一切の動揺を見せずにその場を堅守した。


「よぉ、ここでのお約束は知ってるかい」


 とニコニコ顔の破天コウが投げかけると、


「うむ。お菓子好きの傭兵隊長殿の風習であるな」


 とバルサンク卿も応じる。


「だったら、俺たちの余興の一つとして受け取ってくれ」


 抵抗派は胡散臭いほどサワヤカな笑顔で、お菓子の入った箱を取り出すと、彼らに歩み寄ろうとする。


 が。


「あいや待たれよ」


 ここで深紅の機動騎士団が奇妙な動きを見せた。

 全員がなんとも和やかな空気で、同じくラッピングされた箱を取り出したのだ。


「!!」


 抵抗派に流れた驚きの空気を頬で浴び、バルサンク卿はニヤリと笑った。


「我々からも、そなたらのイベント成功を祈って贈り物があってな……!」

「ほぉ……!」


 ポップなプレゼント箱を手にし、笑顔の全員がその場で向き合う。


「どうかしたかね? その大きなプレゼント箱、いつまでも持っているにはだいぶ重そうだが?」

「そっちこそ箱から鉄臭えニオイがすんだよなあ。生レバーの詰め合わせでも入ってんのか?」

『はっはっはっは……!』


 二人が高笑いを交わした直後、双方のプレゼント箱が破裂した。中から出てくるのは――各々の得物!


「なら遠慮なくいくぜぇ皆の衆!!」

「かかって来るがよいレジスタンス!!」


 あまりにも近い距離からの正面衝突。左右から壁が圧するが如く、両者の鉄火が激突した。


「その首――もらったああああああ!」


 抵抗派最前列のすぐ後ろから、車輪のように猛回転しながら飛び出して来る黒い影があった。

 一線級バスターアックスソード・ヒュベリオンの軌跡が、過たずバルサンク卿の頭部に吸い込まれていく。


 凄まじい金属音と火花が散り、激闘の開幕を彩った。


「ヌウッ! そなたはダーククイーン!」


 同じバスターアックスソード・テュボーンにて、その重撃を受け止めたバルサンク卿が目を見開く。

 上からヒュベリオンを叩きつけた姿勢で、アビスは言葉をも振り下ろした。


「受けてもらうわよバルサンク卿。我ら〈ルナ・エクリプサー〉の逆襲を!」


 ※


 突然発生した抵抗派と〈キングダム〉の大乱闘。

 騒然とするライズ会場の中、そのPK範囲に囚われファストトラベルを封じられたロキア目がけて、イトたちは全力で走り出していた。


「六花ちゃん!」


 一人抜け出て、そのまま押し倒す勢いで伸ばしたイトの腕はしかし、立ちすくむロキアの残像を素通りする。


 獰猛なエンジン音が、その当惑を上から塗り潰した。

 間一髪のところでロキアを横からさらったのは、流線型の優美なバイクにまたがったビキニアーマーの少女――アリーメル!


「まあそういうことすると思ったんで、逃げさせてもらいまーす……サーセン」


 (ボウ)! とエンジンを一鳴らしすると、アリーメルと六花を乗せたバイクは、スカイグレイブの端へと突っ込んだ。躊躇なく崖からジャンプ。バイクからグライダーが現れ、そのまま地上へと逃れていく。


「イトちゃん、六花は!?」

「に、逃げられましたあ! バイクでさらわれて……!」


 これまで物陰に潜んで待機していたいづなに、イトは泣きそうになりながら応じる。

 あれだけ派手に煽っておいてこの結末は我ながら情けなさすぎる。

 しかし、いづなは焦った様子もなく、


「大丈夫、プランBで追撃するわ。ついてきて!」


 そう言ってライズ会場の裏側へとイトたちを手招きした。


皆さん生き生きとした決戦の始まりです。

ここでネットワーク障害とか出たら暴動ですよ(土曜日丸々続いたPSN障害ェ……)

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― 新着の感想 ―
イエス、マイダーククイーン! <<我らルナエクリプサー、行くぞ、ペイバックタイムだ!>> 作戦名、これは当事者たちの間ではその名を口にすることすら憚られると 言われたあの…w 運営は一体何を考えてあ…
リス「祭りを盛り上げるために僕たち害悪連合ボスラッシュイベントでも始めるとするかな…それで色々滅ぼうともそれは全部鎖マンのせいになるから問題ないね」 鎖マン「ふざけんなてめぇも一緒に地獄に落ちろや!…
正直、イトが (六花ではなく) ロキアにチョコを渡そうとする演技だけで、簡単に場に釘付けできた気はするんですが……w
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