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案件133:魔女と重騎士

「やーだーね」


 樹上の隠れ家を包囲された感のある中、ユラは平然と野菜のナスを模したベッドに寝そべり、タブレットで各地の混乱配信を見物しながら返事をした。


「各地区を荒らしまくっているPK魔で賞金首のユラ。あなたに相談があって来ました……」


 横柄な態度はあちらもか。こちらの取り付く島もない応対に動じることもなく、勝手に要件を告げ始める〈キングダム〉の使者。


「こんなこと言うと絶対藪蛇だと思うんですけど、Kが言えって言うから……。十七地区に来てから、あなたのPK活動はほとんど確認されていないそうですね。今後もPKを抑え〈キングダム〉の唱える平和地帯に協力すると約束するならこちらも手出しはしませんが、どうですかー……」


 あー?

 確かにそりゃ藪蛇だと喉の奥を鳴らしつつ、ユラは再度小屋の外に返事を送る。


「やだって言ったらー?」

「その場合、あなたを危険人物として討伐しまーす……。何しろアウトランドでも随一のPKプレイヤーですからー。今回だけでなく、賛同を表明するまで連日連夜攻撃することになりますー……」

「アハッ、やってみなよ!」


 いい加減高鳴る胸を抑え切れず、ユラはタブレットを手元から消して叫んだ。アビスを襲った〈キングダム〉とのバトル。今度こそたっぷり味わわせてもらおうと小屋を飛び出し、枝葉から顔を突き出した。すると――。


「……!?」


 思わぬ人物がそこにいた。

 隠れ家正面に陣を組む討伐隊の数は三十ほどか。

 真っ赤な機動鎧に身を包んだプレイヤーはうち十人ほど。残りはてんでばらばらの防具で、しかし唯一、背中に担いだ武器だけは統一されている。


 バスターソード……。


「モズク……」


 その中心に立つ青十字紋章の鎧少女の名を、ユラは呼んでいた。


「よう……ユラ」


 返す言葉に力はない。


「じゃあそういうことなんで……後はよろしく……」


 すぐ近くに立っていたビキニアーマーの少女が、面倒事を押しつける定型文を残して後方へと下がろうとする。


「お、おい。もっとちゃんと話し合えよ。全然説得になってないだろ!」


 そんな相手をモズクが引き留めようとするも、


「いやどう考えても倒す以外無駄だし無理なんで……。討伐よろです、モズクさんと大剣クラスタの皆さん……」


 覇気なくそう突っぱね、〈キングダム〉勢力は一歩離れた場所から高みの見物を決め込んでしまった。

 改めて、モズクがこちらと向き合ってくる。


「すまねえ、負けちまった……」


 髪型の見える頭装備を選ぶ女性プレイヤーが多い中、律義にかぶった防御力重視の重兜をうつむけさせつつ、彼女が苦々しい告白をする。

 あの会議に来なかったのは、そういう……。


 アウトランドのPVPは格付けと切っても切れない縁だ。

 負けた方は絶対服従なんて決まりこそないが、発言権は自然と弱まる。〈キングダム〉に対して独立を保持することができなかった。

 そうして傘下に組み込まれれば、キングダム運動の下働きをさせられることもある――。


「いいさ友よ」


 ユラは顔も胸の内も苦しそうな友達に向けてにっこりと笑った。


「まとめてかかって来な」


 ※


 予想外の奮戦と、言ってよかった。

 参戦した大剣使い二十余名。得物は当然いずれも大剣で、こちらが持つ魔力武器への対策は薄弱。大魔法で遠間から一蹴する味気無さを避けたとしても、近接で叩き潰すのにそう時間はかからないとユラは思っていた。


 しかし彼らは異様にタフだった。直撃を受けてもなぜか倒れない。

 大剣クラスタは元々重武装だが、エメラルドグラットンの超重撃に耐えられるほどではない。


 カラクリはすぐにわかった。

 攻撃がヒットした瞬間、近くにいる数人のライフバーも同時に削れていることに気づく。

 一人が受けた大ダメージを複数人に分散させる、ダメージコントローラーが紛れ込んでいるのだ。その傷はすぐさま、広域回復を担うモズクが打撃ヒールで癒してしまう。これで削り合いを仕掛けるつもりだ。


「大剣クラスタの同志だからこそ、全力でやらせてもらう!」

「それがオレたちからのせめてもの手向けだ!」


 そう言って躍りかかってくるクラスタメンバーは、確かにヤる気だった。

 対してこちらは――遠慮……してる? とユラは自らの意志を疑った。


 ダメコン担当のプレイヤーを探すでもなく、明確にヒーラーであるモズクを魔法で撃ち抜くでもなく、ハナから防御など捨てている大剣使いたちを正面から迎え撃っている。


 彼らに付き合うことなどない。相手が作戦を練るなら、その急所を一点突破することこそ真っ当なバトル。後ろめたさを感じる必要など微塵もない。なのに。


(付き合っちゃってる、なあ……)


 モズクたちの努力に。奮闘に。

 どうしてだろう。今すぐホウキに飛び乗り、高空から爆雷をばら撒けばそれで終わりにできるのに。

 ユラは人々の隙間からちらと見えるモズクの姿を認める。


(なんて顔してんのさ)


 まったくゲームを楽しんでいない、苦しそうな彼女の顔。

 ダメージ分配に広域ヒール。このクレバーな配置は攻撃偏重の大剣クラスタのやり方ではない。彼女の本業――〈ホスピス騎士団〉のメンバーが混じっているのだ。そしてその作戦はこの上もなく機能している。


(だったらもっと楽しそうにしなよ)


 敵の攻撃がわずかにユラの魔女衣装をかする。そのたびに、モズクはびくりと身じろぎする。ヒールのタイミングも一瞬遅れる。


(ちぇ、見てらんないなあ!)


 ユラはギアを一段階引き上げた。

 一人に対し、三種の武器を高速で切り替える単独飽和攻撃。相手はたちまちダウン。


「!!」


 それまで互角にやり合えていると思っていたクラスタメンバーたちが、動揺を露わにする。


 そんなことない。この魔女、痣宮ユラ様の集中攻撃を受ければ、ダメージ分散もヒールも到底間に合わない……! その自信と共にユラはモズクをにらみつける。焦った彼女は、今までよりも精度の高いプレイに切り替えた。


 広域ヒールと単体ヒールの合わせ技。変幻自在なユラの攻撃に合わせ、ベストな方を常にチョイスし続ける。それに応えようと必死で戦う大剣クラスタ。

 そうだ。それでいい。


 圧倒的人数差にもかかわらず、バトルは数十分にも及んだ。


 やがて、決着の時が来た。

 立っているのは、肩で息をするユラと、座り込んだモズクのみ。


「なかなか頑張ったじゃないかモズク……」

「……くそっ……」


 突きつけられたエメラルドグラットンの切っ先を見返しつつ、ライフバーの八割を消失させたモズクがうめく。

 対するユラのHPも残り四割。ただ魔女の軽装では大剣の小技直撃で全ライフが消し飛びかねないため、見かけほどの余裕はない。


「一応、何があったのかだけ聞いておこうか。〈ホスピス騎士団〉も揃って負けたの?」


 ユラが放った問いに、モズクは不承不承の態度で答える。


「六花ちゃんが活動休止って聞いて、クランもクラスタも浮足立ってた。けど、イトちゃんたちが踏ん張ってくれたから、一旦落ち着こうってんで同時に集会を開いた」


 所属するクランとクラスタを交流させて精神的に安定させる。面倒見のいいモズクのやりそうなことだ。


「そこに〈キングダム〉が来た。〈ホスピス騎士団〉はダンジョンでの救援活動がメイン。PKがなければ活動に専念できる。けど、大剣クラスタは他所が決めたルールに従うのが嫌いだ。当然のように揉めた」


 大剣クラスタは控えめに言って蛮族の群れだ。ウオオオとばかり叫んでるし、キングダム思想のような規律的で堅苦しい考え方は嫌がるだろう。


「このままじゃ空中分解どころか、大剣クラスタと〈ホスピス騎士団〉が対立しかねなかった。だから、あたしとクラスタメンバー何人かで〈キングダム〉とパーティー戦をやったんだ。……そこで負けた」


 言い訳の余地があるとすれば、大剣クラスタはパーティ戦が苦手だ。好き勝手に大型武器を振り回すだけのスタンドプレイヤーの集まり。部隊化された深紅の機動騎士相手に不利は見えていただろう。それでも戦うしかなかった。クランとクラスタ。自分の大切な人たちが仲違いしないために。


 今こうして、不本意そうに魔女狩りに参加しているのも、きっと同じ理由。


「アハハッ、真面目なモズクらしいね」

「何だよ……鼻で笑ってんのか?」

「いいや。ちゃんとボクのことで悩んでくれてるんだなって」

「な……」

「だってそうでしょ? クランとクラスタが大事なら、もっと意気揚々とボクをヤりにくればいい。なのに、なにさ、あのしかめっ面。モズクってもしかして、あんな顔でモンハンとかやるの?」

「やるかバカ! 相手がおまえだからに決まってるだろ!」

「友達だから?」

「……そ、そうだよ……。大事な友達だから……」

「そっか。……ボクが大事な友達か。そっか――」


 胸の内で温かい気持ちが揺れた、次の瞬間。

 ユラはまばゆい閃光に弾き飛ばされていた。

 弛緩した手足は言うことを聞かず、土埃にまみれながら地面を跳ねるように転がる。


「ユラ!?」

「おや、当たりましたね……」


 驚くモズクの声に、間延びしたやる気のない声が連なってユラの耳に届いた。

 視界の端は滲む血のように赤く染まり、黄色い電流のようなエフェクトが散って見える。身動きのろくに取れないまま吐くように言った。


「これは電撃属性の……スタンか……!」

「えー、そうです。“神雷投槍(ユピトル・ジャベリン)”っていう、これと言って大したことないスキルなんですが……。何食らってるんです? 痣宮ユラともあろう人が」

「へへっ……」


 うつ伏せに地面の土をなめたまま、ユラは無理矢理口の端を吊り上げた。


「おい、アリーメル! わたしたちとユラの勝負じゃなかったのかよ!?」


 モズクが攻撃者に食ってかかるのが見える。ビキニアーマーのやる気のない少女。アリーメルというのかと今さら理解する。


「あー……一応任せましたけど……。別に手を出さないとは言ってないですよ。それにもう勝負ついてたし……。アシスト攻撃ってやつです。格ゲーでメンバーチェンジの時に攻撃しながら入ってくるあれ」

「ふざけんなよ! 不意打ちなんて!」

「不意打ちもおふざけも魔女の得意技でしょ……。何で怒られてるんですか、わたし……」


 抑揚のない声で困惑を白状しながら、アリーメルがこちらに近づいてきた。

 光の粒子と共に手元に出現させた武器は、流麗な形状の赤い槍。


 あの華奢で精緻なデザインは「天槍」という武器種だ。空中戦を得意とする蒼空騎士が、きっと彼女のジョブ。まあこの状況になっては戦法なんて微塵も関係ないが。


「まだスタンしてるだけなんで、トドメ刺しておきますね……。モズクさんはカメラ回しといてくれます?」

「え……」

「まさか負けをしらばっくれるほどみみっちいとは思いませんが、念のため記録を」


 失礼なヤツだなとユラは胸中で毒づいた。

 どんな形だろうと負けは負けだ。なんなら交流サイトで自分からばら撒いたっていい。


「い、いや、それは……」


 負け確だったついさっきよりもおろおろするモズク。

 何の顔だよそれは。ボクが負けるところがそんなにイヤか?

 メモリアルなのに。


「どーしたんです。ボールカメラの使い方わかりませんか? じゃ、これ持っといてください。わたしのボールカメラ」


 アリーメルが怪訝そうかつ面倒くさそうにボールカメラを投げ渡す。受け取ったモズクはさらに途方に暮れた顔になった。


「よ、よそうぜ。そこまでする必要ねえよ」


 たどたどしい足と言葉で、モズクがアリーメルの進路を遮る。


「あたしも証人になるし、ユラだって負けは認めるよ。何なら、もうこの時点で十分だろ」

「いやダメでしょ……。きっちりトドメさしてアウトーしてもらわないと。それとも、自分の手でやりたいとか。ま、いーですよそれでも。痣宮ユラが腑抜けてたのって、多分モズクさんとの話に気を取られてたからでしょうし……。いやーグッジョブでした……」

「……!! ちっ、違えよ!! わたしはそんなつもりじゃ……」


 モズクが悲鳴じみた返事をした時だった。


「使えねえ……」


 ひどく見下した一声が、その場に押し込まれた。


「……!」


 驚いた様子でモズクが目を向けたのはアリーメル……などではなく、地面に倒れているダウン中の大剣クラスタメンバー。


「この期に及んでまだ迷ってるとか、マジで使えねえわうちの代表」

「な、何だと……!」

「はげどうー」

「恥ずかしくないのかよ。大剣使いとしてよー」


 口々に上がってくる非難の声に、モズクがたじろぐ。


「これさ……もうあれじゃないか?」

「ああ。オレもそう思ってた。あれしかねえよ」

『追放……!』

「なっ……!」


 すぐさま床ペロメンバーから「賛成」の声が連なった。


「あーもう決まりですね。クビですクビ」

「〈ホスピス騎士団〉の人、どうですー? こんなんがクラン長で大丈夫ー?」

「……あー……いや困りましたねー……。こんな決断力のない人だと思わなかったのでー。わたしの独断で切っちゃおうかなー。みんなには後で報告するとしてー」

「おう切っちゃえ切っちゃえ! 今からあんたが代表代行だ!」


 やんややんやと死体たちが好き勝手言ってくる。立ちすくむのはモズクばかりではない。アリーメルもこのやり取りに面食らい、


「何ですかこれ? いやそういうのは後でやってくださいよ……」


 と苦情を述べるも、「追放!」「解任!」と囃し立てる声は止まらない。

 とうとうモズクが涙目になってしまった、その時。

 クラスタメンバーの一人が言った。


「だからホラ、なにしんてんすか元代表。もうオレらとは関係ないんだから、好きなとこに行けばいいんすよ」

「……えっ……?」


 またうつ伏せにノビている〈ホスピス騎士団〉のメンバーからも、


「わたしたちも子供じゃないし……何ならクラン長より年上だし……。わたしたちのためにつまらないゲームをしないでください。クラン長の友情くらい、守らせてくださいよ」

「……!!」

「えぇっ、ウソでしょ……。こっから選べるシナリオ分岐があるっていうんですか?」


 意図を察したアリーメルの反応は早かった。

 一人身を翻すと、手にした天槍を迅雷の動きで投擲する。

 スタン中のこちらには、それを防ぐ手立てなどなく――。


 ギィン!


 痛烈な金属音が鳴り響き、赤槍が虚空を突き刺したまま停止した。

 切っ先をせき止めているのは魔力で編まれた小さな盾だ。


「うえ! アンチショットバリア!」


 飛び道具専門のシールド魔法を差し込んだのは、片手を突き出したモズク。


「さっきまでそんなの使ってなかったじゃないですか……。やっぱ手ぇ抜いてましたねー……!」


 返事は大地を叩く大剣の音。

 広がった緑の光が、ユラの体から電撃による痺れを即座に抜き去る。


「ユラ、逃げろっ!」

「当然――」


 ユラは飛び起きるなりホウキのマウントに飛び乗った。

 突っ込む先は――逃げ道とは逆側。アリーメルとモズクがいる方。


「バカ、こっちじゃないだろ!」


 わめくモズクの近くでアリーメルが身構える。槍を手放しても戦うスキルはある。しかしユラは構わず、


「おいで、モズク」


 彼女に手を差し伸べていた。


「……!」


 さっきまで何一つ決められなかった少女の手はこの時、一人でに動いたように、魔女の手を掴み返していた。


「あーっ、ちょっと……! アリなんですかこれ……えぇー……!?」


 慨嘆するアリーメルを無視し一気に急浮上。さしもの機動騎士たちもこの動きにはついてこられないようだった。

 モズクを後部席に載せたユラは振り返ることなく、激戦の地から飛び去っていった。


百合はすべてのルールに勝る。はっきりわかんだね。

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いや、初戦PVPはPVPでしかないし、普通に逆らえると思うけど。PVP負けたら奴隷になるゲームって何やねん。まともにプレイ出来ないだろ。
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