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案件126:本業じゃありません!

 クラン〈スノーソードシアター〉創作劇『白と純白の境界』の初回公演が終わった時、その成功は劇場から溢れんばかりの熱狂的な拍手によって証明された。


 演者と裏方とエフェクトが三位一体となったこのアクション演劇。舞台挨拶に立つ団員たちの自信と達成感に満ちた顔を見た時、イトは胸の内より来る感動にただただ身を任せる。


 あれから――。

 ガラスと佐々と吉備を取り巻く状況が判明した翌日、〈ワンダーライズ〉とのコラボCMは無事撮影され、大きな反響を得た。


 元より好評だったアクション演技に加え、どう結びついたのかわからないが〈ワンダーライズ〉と組んだということはより進化したバトルシーンが見られるに違いないという意味不明の前評判が立ち、事実彼女たちはその期待を満たす卓越した剣技を披露して見せた。


 だが、イトが感激したのはそれらを含んだ舞台上のすべてだ。

 練習をずっと見てきた身だからこそわかる。あそこにあるものは徹頭徹尾、小さな仕草や息継ぎの姿勢一つとっても、団員たちの努力と研鑚の成果だった。最初から舞台の上にあったものなど何もない。すべては、脚本という文字列から削り出され、演者たちの創意と情熱によって創造された新たな生物。それが舞台を作るということなのだった。


 イトたちはそれを、舞台正面二階席という特等席で堪能することができた。特別報酬とは別口の、フロッグマンからの粋な計らいで。


「お疲れ様でしたぁ!」


 舞台挨拶を終えた楽屋に、イトたちは祝いの花束を持って突撃した。

 CM撮影を完遂して以降、〈ワンダーライズ〉は差し入れを手に足しげく稽古場に通っていた。フロッグマンの始末を知らないガラスたちを安心させるためだ。


 初めはちょっと練習の邪魔にならないかなと心配だったが、ウジカワ曰く、役者というのは稽古の段階でも観客が多いほど燃える生き物だそうで、曲がりなりにも有名人であるイトたちの見学は多くの団員たちから歓迎された。


〈ワンダーライズ〉が近くにいることでガラスたちも安心してくれたらしく、それからの彼女たちの演技は、これまでの鬱憤を晴らすかのように飛躍的に進歩していった。

 そうして本日の大成功に至る。脅しをかけていたオージは結局、影も形もなかった。


「〈ワンダーライズ〉! 今までありがとう!」


 楽屋に飛び込んだイトたちは、こちらの祝福の言葉よりも先に、彼女たち全員から熱烈な感謝を受けることになった。


「へえっ!?」


 と目を白黒させるイトに、興奮した団員たちが口々に言うには、


「今回は稽古の時からみんなモチベやばかったんよ!」

「今までで一番いい演技できたかも」

「これって絶対イトちゃん効果だよ!」


 とのこと。聞くところによると、〈ワンダーライズ〉が頻繁に出入りしているということで交流サイトでも〈スノーソードシアター〉が日々話題に上がっており、それを目にした一般プレイヤーが劇に興味を持ち、その様子を目撃した団員たちがテンションを上げるという、ちょっとアガりすぎて怖いくらいの好循環が生まれていたという。


 イトたちが見学していることで稽古に力が入っているという話は何度か耳にしていたが……まさかそんな支援効果までが生まれていたとは。


 多くの団員たちから口々に感謝を述べられる中、イトたちは少し離れた壁際で待っていたガラスたちと対面する。

 イトは客席からここまで溜め込んできた言葉を吐き出した。


「すごかったです、みんな! 本当にすごくて……マジですごく……語彙が死んだ!」

「えへへ……ありがとう。イトちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」


 照れ笑いするガラス。


「佐々ちゃんも……すごくカッコ良かった。客席の女の子たち、何人か感動して泣いてたよ」

「あ、ありがとうチョコちゃん。よかった、上手くいって……」


 ほっとした顔を千夜子と見せあう佐々。


「吉備もよくあれだけのアクションを自力で成功させられたな」

「当然にゃ! 烙奈からのアドバイスもしっかり活かしたにゃ!」


 ニャハハハハ! と脳天から高音を発する吉備。

 それぞれ、ここ数日で繋ぎ合った新しい縁だ。


「でも、あれよね。三人とも本番で本気出してきた、ってやつ?」


 そんな話の中、今回はある意味一番寡黙な用心棒っぽかったアビスが放った一言に、イトたちは「そうそう!」と鼻息荒く連動していた。


〈ワンダーライズ〉及びお手伝いのアビスは、ずっとガラスたちの練習風景を見てきた。リハーサルにも立ち会った。それでもなお、本番には驚くべきシーンがあったのだ。


 こちらのそんな態度を見て、ガラスたちはニンマリと顔を見合わせる。


「ええ、そうよ。わたしと佐々と吉備の見せ場。そこで隠しておいたものをすべて見せた」


 劇中でも一番の盛り上がりを見せた、三人が入り乱れる剣戟シーン。それ以外のアクションシーンももちろん良かったのだが、そのシーンは何というか、メチャクチャ激しいわけではないのだが、息を呑ませる迫力があった。まるで本当の緊張感のような。


「あそこだけは、わたしたちも見たことがなかったんですよね」


 完全部外秘ということで、ガラスたち三人だけが別室で特訓していたのだ。そして正にそのシーンが、アクション目当てに集まった観客たちを一番に魅了した。


「イトちゃんたちにも驚いてほしくて気合入れたからね」

「大成功……だったね」

「恩返しできたにゃ!」


 ぺちぺちとハイタッチする三人娘を見て、イトたちは首を傾げる。


「恩返し?」

「うん。あのシーンはね、あの夜のことを思い出しながら作ったの」


 この面子であの夜と言ったら、イトが三人を迎え撃ったあの晩しかない。


「どうして三人の攻撃がいっぺんに防がれちゃったのかって考えてたら、イトちゃんの立ち位置だって気づいたわ」

「……! オホンオホン」

「あっ、ああそうそう、イトちゃんじゃなくてバスターソード仮面様だった」

「ちなみに立ち位置の秘密を看破したのはあちしにゃ!」


 吉備がエヘンと平らな胸を張る。


「そう。最初は立ち位置一つでそんなことあるのかと思ったけど、確かに直前でなんか狙いやすい位置に移動してたなーって思い出したのよね。戦ってる最中はそんなの気づく余裕なかったけど。だからね、今回はその動きを取り入れてみたの。もちろん、単なるフリだけどね」


 お、おお~……とイトたちは思わず感嘆の声を上げた。それがあの妙に迫力と緊迫感を生んでいたのか。立ち位置を見抜いた吉備の分析力もすごいが……それを演技に組み込んで、観客にも伝わるよう機能させてきたのは、さすがの看板娘たちというところ。


「でっ、でもねっ、それだけじゃないんだよっ」と、ここで佐々が珍しく前のめりになって声を割り込ませてくる。


「わたしの役“ユリアンハット”は、世界一の剣の達人っていう設定だったの。だけど、その世界一っていうのがよくわからなくて、上手く役に入り込めなかったの。世界一って何? 世界二と何が違うのって……」

「それは……確かに」

「でも、その立ち位置の話を聞いて、そんな些細なことで本当にあんな風なバトルができちゃうんだって気づいた……。そこからなの、ユリアンハットのことがわかってきたのは。世界一の剣士は剣が上手いだけじゃなくて、きっとその他の微細なことにも目がいく人だって。それらすべてを強さに変えてる人だって。そうしたら、どんどん彼女のことがわかってきて、やっと彼女の言葉が言えるようになった……」

「おお……!?」


 佐々のかつてない勢いに気圧されつつも、イトはもっと別の個所に感動を見出していた。

 稽古中、ある時期から佐々の演技が劇的に変わった。それまで何かを模索するようだった彼女が、まるで中の人が入れ替わったみたいに凛々しく、気高くなった。多分それが、ユリアンハットが彼女の中に現れた最初の瞬間だったのだ。


「そんなこと一つで、あんなふうに変われちゃうんだ……」

「違うよチョコちゃん! あの気づきはとても大事なことなの! ユリアンハットがユリアンハットでいるための必須条件……! 最後のピースだったの!」


 横でつぶやいた千夜子を大声でぎょっとさせたところで、佐々は我に返ってしおしおと小さくなる。


「ご、ごめん……。つい興奮して……」

「ニャハハハ! 佐々がここまでおしゃべりになるのは何よりも役にハマれた時だけにゃ。バスターソード仮面には感謝しかないにゃ」


 そういう意味で、彼女たちにとってあの夜は本当に事態が決定的に好転した瞬間だったのだろう。脅迫から解放され、三人の友情を確かめ合い、そして演技の手がかりさえ得た――。


「そうね。それと、こんなこと言うと佐々と吉備に怒られそうだけど……」


 そう言い、不意にガラスがイトに近づいて来た。耳元で囁く。


「わたしちょっとね、案外裏稼業もできるんだって得意になりかけてた」

「……!」

「でも、全然そんなことなかったのね。あなたに止められた時、本当にとんでもない相手に会ってしまったって後悔した。もしあの中身が違う人だったら、わたしはきっと悲惨な目に遭ってたわ。あなたでよかった、本当に……」


 ガラスはすっと身を引き、気楽に笑った。


「やっぱり本業の人ってすごいのねー。遊びじゃないのがよくわかったわ」

「あはは、それは良かっ……ん? 本業……? い、いやっ、わたしたちは――」

「それで、さ」


 ここでガラスは体の後ろで手を組むと、何やら恥ずかしそうな様子でもじもじと肩を揺らした。


「やっぱりその……報酬って、百合営業、なの?」

「へ?」

「他の二人は知らないけど……わたしだったら……別にいつでも、いいけど。イトちゃん相手なら、大抵のことは……許せると思うし……」

「フニャ!?」


 頬を赤らめ急に上目遣いになるガラスに、イトは奇声を発した。

 これは……一体……? 今回は最初からシリアスモードだったので百合営業のゆの字も出していないはずだが……。まさか、〈ヴァンダライズ〉の噂と共に、報酬として百合営業に参加させられるみたいなデマも流れている……?


「ガ、ガラスちゃん、ずるい」


 ガラスの袖を佐々が可愛らしく引っ張る。


「わたしも……チョコちゃんとそういうことできたら楽しいと思うし……」

「あちしは何でも大歓迎にゃ。いっそみんなでまとめてやればいいにゃ、ニャハハハ!」


 なとど勝手に盛り上がり始めてしまう三人。


(て、訂正しなければ……)


 イトは慌てた。


 ……が、待ってほしい。本当にそうだろうか?

 別に百合営業は犯罪でもダマシテ産業でもない真っ当なビジネス。コラボ企画をきっかけにお近づきになった相手が百合営業OKと言ってくれているのだから、そこはまあ、多少の勘違いや思い違いを含んだところで結果オーライなのでは……?


「キュイイイイイイイイン……<〇><〇>」

「ほあああっ、待ってくださいチョコちゃん不穏な収束音待って! 何ですかそれ何かまたパワーアップしたんですか!?」


 目に淀んだ光を集めだした千夜子を、イトは慌ててなだめる。


「イトちゃん? わたしたちは〈ヴァンダライズ〉じゃないし、変な報酬も要求してないよね?<〇><〇>」

「はいそうですね百合営業は別に報酬とかそういうんじゃなくてやりたい人がやればいいだけのものですもちろん今回もそんな要求はしてませぇん!」

「あっ、なんだ、そうなんだ……」


 それを聞いた三人は、何だか少し残念そうに引き下がる。


(あれ……? これはもしかして、普通に三人ともやってみたかった気配……?)


 だったら今からでも遅くはない。ちょっとお誘いするだけ。それだけで三人ともOKしてくれそう。軽くジャブを……せめて今後に繋がるきっかけだけでも……。


「イ~ト~ちゃ~ん?」

「オワアアアアア! すいませんすいません、皆さんお疲れ様でしたまたよろしくお願いしまああああああアアアア!」


 胸中どころか背中までを見通される千夜子の眼光に恐れおののき、イトは悲鳴を上げてその場から逃げ出した。


「待ちなさーい! 今日という今日は許しませーん!」


 目をバチバチさせながらそれを追いかける千夜子。やれやれとため息をついて劇団員たちに会釈をしてから二人に続く烙奈とアビス。

 現れた時、そして居る間と同じように、去る時もまた、彼女たちは嵐のようだった。



 この後、〈スノーソードシアター〉主催の『白と純白の境界』は、上演するたびに完成度を増し、クランを代表する演目の一つとなった。クランのホームページには、あらすじと共にスタッフ一覧が記載されており、そのスペシャルサンクスには、いつまでもアイドルユニット〈ワンダーライズ〉の名が残されたという。


止めて、引く。

基本に立ち返る短めのエピソードでした。

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― 新着の感想 ―
百合の間に挟まる男は挽き潰されて家畜の餌だからね。一般向け小説では描写出来ないのも致し方無し。
百合報酬の件はそこにいるダークイーターさんが主な原因な気がするけど・・・
イエス、マイダーククイーン! 今回ウチのクイーンは完全に後方腕組みアビス状態だった >チョコちゃんとそういうことできたら楽しいと思うし…… ?「あ"ぁ"ん"?」 完全に引きがシティーハンターw E…
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