案件125:残党処刑人
「“オージ”というのは、ちょっと前まで劇団の照明係をやっていた男の名だ」
シャッターと鉄格子で閉ざされたフロッグマンのオーナー室。
普段は馬鹿馬鹿しいと思えるこの大袈裟な設備も、今回ばかりは役に立ったとイトは思う。ゲーム内の話とはいえ犯人は身内で、被害者もいる内容だ。
「なかなかイケメンで、腕は並だったが、団員にちょっかいを出す悪癖があってな。注意したら悪態をついてそのまま抜けていった」
それがガラスを脅して裏稼業に従事させ、報酬まで全額吸い上げていた人物の素性。この時点ですでにお近づきになりたくない臭いがプンプンする。
「人づてに聞いた話だと、自分が抜けたことで照明係に大穴が開き、ワシが泣きながら詫びを入れに来るのを期待していたようだ。しかし実際のところ、ヤツの助手を務めていた後任が先任以上によくやってくれている上に人間性も問題ないので、奴が望むようなイベントは何一つとして起こらなかった」
本人に問題がある場合はこんなものだろう。身から出た錆だが、彼的には踏んだり蹴ったりだ。
「それで、オージはフレンド登録を通じて灰谷君に脅迫メールを送っていたのか?」
「実際に送られていたのは空メールで、その後で特定の場所に指示書を置いていたそうです。差出名も宛名も不要の簡易メモ帳です」
「なるほどな。後々の言い逃れのためのつまらん小細工か」
ガラスたちによると、オージはクランを抜ける際、数人の女子たち、それも可愛い子ばかりにフレンド登録をそのまま維持してくれるよう頼んでいたらしい。フレ登録はクラン加入時に全員が共有しており、彼の所業を知る団員たちの多くは無視してすっぱり切ったようだが、ガラスはそうではなかったらしい。
「あの三人が加入したのは、オージが抜ける直前だったからな。彼女たちの前ではギリギリまだ親切な先輩の仮面をかぶれていたのだろう。灰谷君の人の良さが裏目に出てしまった。だが……」
フロッグマンの組み合わせたレンガのような指に、めきりと音がしそうな力が入った。
「まさかそんな身近な人物が悪事を働いていたとはな。しかもこの町でだ。ぬかったよ……! そういうバカは周囲からあらかた駆逐したものだと思っていたが……!」
趣味の遊戯からはずれた本気の怒りだった。声の奥底でどす黒いマグマが渦巻くのを感じる。彼は横に広がった鼻から荒っぽい息を吐いた。
「ヤツは大きな過ちを犯した。灰谷君に対する脅迫が一番悪質だが、その他にも裏稼業のロールプレイを侮辱した。ワシらは“楽しいから”これをやっておるのだ。決して本当の悪党だからやっているのではない。ワシらのゲームには報酬があり、参加者にはそれが正しく分配される。だが、ヤツは彼女の夢や仲間を脅かしてただ従わせた。それはもう遊びではない。この世界は架空だが、プレイヤーの心は本物なのだ」
イトも同意見だ。〈ワンダーライズ〉のメールフォームにも故なきダマシテ案件が数多く舞い込むが、それらはいずれもある種紳士淑女的で、共にゲームを楽しくプレイしようという大前提が感じられた。
あくまでゲームとして楽しむための裏稼業。オージはそれを破った。
「オージの始末はこちらでつけよう。旧知の仲で一番凶悪な仕置き人をつける。自分が何をしたか、その身でたっぷりと味わってもらおう。しかし、ワシの表の立場上、それらを灰谷君たちに直に伝えることはできない。そこで君たちに追加のお願いだが――」
ちらと様子をうかがう目を寄越したフロッグマンに、イトたちは揃ってうなずいた。
「ガラスちゃんたちが安心できるまで、しばらく劇場に見学に来ます。わたしたちも劇団の人たちと仲良くなりたいですし」
「エクセレント……!」
フロッグマンはさっきまでの怒りを完全に晴らし、朗らかに手を打った。
「荒くれ傭兵団ではそこまで繊細な気配りはできん。女の子同士なら、彼女たちもより気を許せるだろう。さすが〈ヴァンダライズ〉。君たちにしかできない仕事ぶりだ」
「ヴァンダライズじゃありません」
「おいおい」
「今度はスムーズに返してこないでください!」
「ハハハ……報酬にはもちろん色をつけさせてもらうよ」
そう笑ったフロッグマンは、この反論まで含めてお約束だと思い込んでいる様子だ。
「そして……改めてお礼を言わせてもらう。君たち」
再び開いた口から、真に実感のこもった声がそう告げた。
「団員たちの評判やメンタルに気を配った、とても丁寧な仕事だった。君たちもそうだろうが――華やかな舞台に立とうとする少女たちは、注目を浴びたいという願望とは裏腹に、非常に繊細な心を持っている。あるいはその繊細さが、人々の心に届く作品を生み出すのかもしれん。君たちはそれを守ってくれた。仲介してくれたケンザキ社長にも礼を言わないとな。本当にありがとう。それと、もうしばらく彼女たちを頼むよ」
「はい、任せてください!」
イトたちは元気よくうなずくと、お互いにもう一度頭を下げてオーナールームを辞去した。
※
「あ。切りやがったあいつ」
ホームの革ソファーに崩した姿勢で座っていたオージは、フレンド欄から灰谷ガラスの名前が消えていることに気づき、周囲に聞こえる露骨な舌打ちを放った。
「どったの?」
と同じくソファーにふんぞりかえった仲間の一人が、ガチャ景品の雑誌に目を向けたまま声だけでたずねる。
「劇団にいたコ。なんか小遣い稼ぎに使えそうだったから使ってた。いい臨時収入だったのになぁ」
「あー、あの貢物か。一方的に登録切ってきたってこと? え、裏切りじゃん。どうする? マジで報復しちゃう?」
愉快そうに横から口出ししてきたのは、丸刈りを七色に染めたサングラスのフレ。側面に「334」という刈り込みがしてあり、本人はこれを「勝利の数字だよ知らねえの?」と嘯いていたが、どうせどこぞのネットスラングだろうとオージは調べもしなかった。
「するわけねーだろ、メンドくせえ」
ガラスに散々刺しておいた脅し文句をあっさり翻し、オージは用のなくなったフレンド欄をぞんざいに閉じた。
「あんなのただの脅しだよ。ビビって言うこと聞けば儲けモンだろ。まさか、マジで従うとは思わなかったけどな。あんな必死な変装までしてよ。ハハッ、うけるー」
「それな!」
ハハハと悪びれもしない笑い声たちが、散らかったリビングの中を軽薄に巡る。
「だったらよ、今日はここ行かねえ? グレイブ〈呑気な農夫〉で“ゴールドラビット”狩りやってるって」
まるで、それまで奴隷扱いしていた少女のことなど一瞬で忘れ去ったかのように、仲間の一人がそう提案した。
「いいねえ。楽に稼げるのオレ大好き。バイクの乗り物にそろそろ手が届くんだよ」
すぐに賛同を示したオージは、仲間二人を伴って早速現地へファストトラベルした。
見渡す限りの草原に転移するなり、金色のウサギが二匹目に入った。正にイベントのターゲット。とんでもない幸運だ。早速弓矢で仕留めると、ウサギはたちまち金のインゴットへと変化した。これだけで20万グレブンは破格――。
「やっべ、やっぱ334は勝利の数」
そう言って、仲間がインゴットを回収しようとした時。
ズギィン! という耳をつんざくような金属音がして、彼の体が人形のように吹き飛んだ。
「え?」
ギン! ズギン!
立て続けに鳴る――銃声。
気づけばオージも、もう一人も、宙を舞って無様に地面に転がっていた。
(は――?)
何が何だかわからない。だが、この金切り声めいた異様なヒット音は知っている。狙撃銃だ。それも長射程大威力の特殊大型狙撃銃……!
なぜ? 誰に? まさかこの金塊を横取りしようと? いや、これは金のウサギを倒した時点で帰属が確定する。PKされる意味がわからない。
一つわかるのは……全員がダウンしたこのパーティでは、目の前のインゴットを拾うことはできないということだ。そしてこのアイテムは、一定時間経過すると消えてしまう。
(……ッざけんな!)
オージは身動きの取れないダウン視界から、すぐにホーム帰還を選択した。
仲間二人もそうしていたらしく、目を開けた時にはホームに全員揃っていた。悪態をつきながらすぐにグレイブへと再突入する。
ズギン! ズギン! ズギン!
が、まただった。しかも今回はワープアウトした直後。ほとんどリスキルだ。
「うっぜえええええ! どこのカスだよ頭おかしいんじゃねえか!?」
再びホームへと戻され、オージは悪罵を吐き散らかした。
「どうすんの? 何かワープ地点狙われてね?」
「……地上から直に行く。どうせすぐそこだし」
「えーマジ? メンドクセーよ」
「ッせーな! あんなイカレた野郎にゲームを邪魔されんのが許せねえ!」
肩を怒らせ歩き出すオージに続き、二人も渋々ホームを出る。直後だった。
ズギン! ズギン! ズギン!
再びの銃声三つ。
(あ……?)
オージは地を這う虫と一体化した視界で、自分がまたしても狙撃されたことを知った。
(何で? オレたちのホームの前だぞ。何で……?)
「ぐ……クソが……」
「スタンか。畜生、動けねえ……!」
視界の中で二人の仲間が芋虫のようにもがいていた。今度は一撃死じゃない。スタンを伴う大ダメージだ。しかしこのままではどのみち――。
ズギン! ズギン! ズギン!
予想通り追撃はすぐに来た。銃声三発。しかし、狙いはただ一人に集中していた。334ヘッドが紙くずのように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。そしてゆっくりと地面に落ちて来――。
ズギン! ズギン! ズギン!
――ない。とうに操作不能になった仲間の体が落ちて来ない。
そこでオージともう一人の仲間は信じられないものを目撃した。
銃撃によるアバターのお手玉。
特大のノックバックを起こす大型狙撃銃だからこそできる悪戯。いや、できるからと言って本当に人ができるかと言えば土台無理だが……。
直撃弾で相手を壁に磔にし、剥がれて落ちてきたらまた打ち上げる。その繰り返し。命中箇所と相手が吹き飛んでいく方向を完全に理解していなければできない芸当。
ズギン! ズギン! ズギン! ズギン! ズギン! ズギン!
それが繰り返される。何度も何度も。嘲笑うみたいに。
ようやく334ヘッドが地面に落ちることを許された時、もう一人の仲間の体が跳ねた。路上の隅にまで転がっていったそいつには、今度は顔面に対する執拗な集中砲火が浴びせられた。
(……!?!?!?!?)
オージは目を剥いた。今度も単なる死体撃ちじゃない。わざわざ目、鼻、耳、そして歯の一本一本までを正確に狙い撃ちにしている。ダウン状態の仲間の視界からは、ヒットエフェクトの火花でもはや何も見えていないだろう。
射撃間隔は機械のように一定。しかしこの狙いの正確さ、そして何より執拗さは、常軌を逸しているとしか思えなかった。何だこいつ? 何が楽しくてこんなことをする? こんなことをして何になる?
目の前の光景よりも、こんな病的な行為に耽るプレイヤーの存在そのものに吐き気と恐怖を覚えた。相手は間違いなくトップランカーだ。だがまともじゃない。ゲーム内で目立ちたいとか、強くなりたいとか、そういう普通の願望よりももっと強くこの“惨殺”を楽しんでいる。それが伝わってくる。オージは震える声を絞り出していた。
「何だよ……! 何なんだよテメェ! オレらがおまえに何したってんだよ、何もしてねェだ――!」
ズギィィィィ――――――ン!
オージの言葉は途中で遮られ、その体が宙を舞った。
続いて、怒りを露わにしたような銃弾の雨が彼を襲う。
真っ赤に染まった視界の中で、オージはただ底知れない気持ち悪さだけを感じていた。
何だよこれ。本当に人間がやってんのか?
腕は超一流なのに、性格は完全に破綻してる。
そんなヤツがグレイブからホームまでついてきてしまった。
こんなイカれたヤツに目をつけられて、これから先どうすりゃいいんだ……?
※
「ホッホッホ――! わめいたわめいた、子犬がわめきおった」
凄惨な狙撃現場からはるか遠く。建物の屋上で腹ばいになっていた落ち葉の塊――ギリースーツのアバターが奇声じみた笑い声を上げた。
彼の手元にあるのは、全長三メートルを超える長大な狙撃銃。グレイブに持ち込むのはもちろん、野外の戦場ですら取り回しに苦労しそうな特大武器だ。
落ち葉の山と化していた彼の横に、ピピッと通知音を立ててフレンド通信のモニターが現れる。
現れたのは、前髪の少し長い、陰鬱な目をした青年。
「師匠~。ホームの前で始末されたら、グレイブで張ってる俺んとこまで獲物が来ないでしょうが~」
目つきに合った恨み言を述べてきた相手に対し、落ち葉の山から両目にレンズをはめた老人の顔が突き出る。
「ホッホ、すまんすまん。あのフロッグマンがワシら戦火の残りカスに声をかけてきたもんでな。懐かしくてはりきってしもうたわ」
「まあ、アイツらろくに回避もできねぇカカシなんで、練習になんねえからいいですけど……」
青年はそう前言を撤回しつつ、「何やらかしたんですか、そいつら」と覇気のない声で聞いてくる。
「フム、何でもフロッグマンとこの団員に、無理矢理裏稼業をやらせてたらしい。報酬も全額吸い上げで」
「へえ……外道っすね」
「うむ。それにこれはワシら裏稼業民にとっても激おこ案件じゃよ。ワシらのプレイは、表の人々が楽しく健全に遊んでくれていることでより際立つ。まぶしい光から隠れることで闇の住人としてのプレイフィールがアップするわけじゃ。その遊びに、泣き顔の女の子なんぞを無理矢理従事させてみろ。まるで同じ場所で遊んでいるワシら全員が本当のワルのようではないか」
「あー、まあ確かに……」
「フロッグマンのブチギレ具合も相当じゃぞ。〈ヴァンダライズ〉とかいうお嬢さんたちに仕事を頼んだ時点で、本気で団員を気にかけていたのが見て取れるしな。ナメた考えでフィクサーを気取った坊やたちに、このゲームに潜む本当の闇を食らわせてやれと注文が来た」
「〈ヴァンダライズ〉……って、あの?」
青年の陰気な目元が珍しく揺れたのを見て、老人は可笑しそうに微笑んだ。
「ホッ、世間のトレンドに興味ないお主でも知っておったか。さてはファンか?」
「いや、知んねーです。月折六花の番犬をやってる女子アイドルさんたちで、リーダーの名前が白詰イトさんってことくらいしか」
「十分知っとるやないかい……」
「いや別に……」と青年が曖昧な仕草で頬をかく。
「ただ、その女子さんのバスターソードの使い方が、何か昔の俺に似てたんで、ちょっと」
「ホウ……。お主、弟子でも持っとったんか?」
「いや師匠。俺がバスターソード握ってたの4シーズン前っすよ。俺もまだガキだったし、あの女子さんだって年齢制限に引っかかってゲーム始めてないでしょ。……そういや昔、攻略動画を……いや、ないな、サイトも消えちまったし……。まあたまたまっすね。俺なんかのプレイング、探せばいくらでもあるでしょ」
「戦争餓鬼と呼ばれて数々の戦場を荒らし回ったお主が、そこらにホイホイいてたまるか」
ぷいと横を向いた陰鬱な顔に対し、老人は思わずぼやいた。
とここで、いまいちゲームを楽しんでいる様子のない弟子に、軽い気持ちで提案を一つ放り投げる。
「どうじゃ。気立ての良いお嬢さんのようだし、バスターソード繋がりでちょっとお話でもしてみたら。お主も若いし、思わぬ出会いになるやもしれんぞ」
「はあ? 冗談じゃねえっすよ」
突然、青年がこれまでで一番の強い拒否を示してきた。これには老人も少し鼻白む。
「白詰さんが一番仲良くしてんのは月折六花なんですよ。月折六花の方も、彼女と一緒にいる時が一番楽しそうなんです。そこに男なんかが入っていいわけねえっしょ」
「お、おう?」
「いいっすか師匠。女子さんは女子さんと仲良くするのが一番いいんす。それが世界の真理なんです」
「い、いや待て待て。それではお主ら男子はどうなる」
「男は離れたところから仲の良い女子さんたちを見てればそれでいいでしょ。そうすりゃ無限にエネルギーを獲得できて生きられるし」
「最近の若者は生態が変わったんか……?」
「ともかく――シーズン・ウォーから未練がましく裏道をうろついてるようなヤツの出る幕じゃないです。俺は暇さえ潰せりゃそれでいいんで……」
それだけ告げると通信は一方的に切れた。老人はその虚空にふうっと嘆息を吹きかける。
「ま、あの時以上の熱狂を今のスカグフに求めるのは酷じゃろうがな。もったいないのぉ……今からでもバスターソードに戻ればトップランカーとして君臨できるじゃろうに――」
年寄りのお節介を口にしてから、彼はふとその言葉を止め、
「いや待てよ。そういう無名のチャンピオンが潜んでこそ、闇の住人感が強まるのでは? うむ、いかにも……闇っぽい! ホッホ、こりゃたまらんわ。ならばお主にはもう少しそこでくすぶっていてもらうか。のう、シックス」
ズギン! ズギン! ズギン!
つぶやきながら、指がまったく別の生き物のように狙撃銃の引き金を引き絞り、こっそりホームから顔を出したオージたちの顔面を消し飛ばした。
期間はたっぷり一週間はある。
彼らがどこまでこの環境に耐えられるか、今から楽しみだ。
スカグフの負の歴史から這い出てきた処刑人。そのうち一人は――。
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