クリスマス特別案件:目指せ聖夜のトップスター!
季節は冬……ではない。
クリスマスでも、もちろんない。
しかし十七地区は突然の聖夜に包まれていた。
舞い散る雪、どこからともなく聞こえてくるベルの音。
スカイグレイブ〈慌てん坊の聖父〉、到来中。
この季節外れの雪を降らしまくるグレイブは、スカグフプレイヤーの間ではハーフクリスマスといういい加減な名前で知られ、年に二回クリスマスがあって誰が困るのだという強い意志によって熱烈に支持されていた。
かつて冬の時代、毎回クリスマスを爆破しようと目論む不逞の輩がいたという。
だが時勢は変わった。今やクリスマスは世界中のゲーマーが多忙を極める日。公式からのゲキウマイベントとお祝いガチャチケのため、他人など呪っている場合ではなくなったのだ。
そしてここは墓荒らしたちが跋扈する世界。
お行儀よくベッドで寝ているだけでは、公式からのプレゼントは手に入らない。
ゲットする方法はただ一つ――。
「どうも皆さん、メリーハーフクリスマス!〈ワンダーライズ〉です! 本日は聖夜特別生配信でお送りしています!」
ボールカメラの前で三人でポーズを決めるイト、千夜子、烙奈。
背景は薄暗く、空からは雪がちらついている。
「クリスマスイベントは初参加ということで、今日も頑張っていきたいと思います! 覚悟はいいですかチョコちゃん、烙奈ちゃん!」
「が、頑張るぞっ」
「気を引き締めて取り掛かりたい」
呼びかけに応える二人。やる気は十分だ。
「そして、じゃ~ん。見てわかる通り、本日は一日限定無料レンタルのミニスカサンタコスとなっておりまーす。どうでしょうか~!」
イトがぱっと腕を広げて新コスをアピールすると、千夜子と烙奈もそれに倣う。
三人はそれぞれ異なったデザインのミニスカサンタ服に身を包んでいた。
イトは半袖とケープ付きで、露出をやや抑えた活動的なスタイル。
コメントモジュールには《可愛い》《素直に可愛すぎる》《これがすでにクリスマスプレゼントだよ》といった好意的な投稿が並ぶ。
続いて千夜子。オフショルダー型のワンピースで、肩と胸元を大きく露出し、ケープは羽織っているものの少し腕を動かしただけで谷間や脇がチラ見えする。本人は恥ずかしがっていたが、どう見ても彼女のためにあるようなタイプだったため採用された。
《10点》《10点》《10点》《10点》《これ大勢に見せていいものとちゃうんちゃう?》
最後の烙奈は、ミニスカとは名ばかりのケープ付きロングコート。プレイヤーの間ではメーテルコートと俗称がついているが、その由来をイトは知らない。
《北国系クーデレ美少女!》《お人形さんみたい》《イトちゃんに抱きつかれると一フレームだけトロ顔するってマジ?》
いずれも反応は上々だ。大丈夫だとは思っていたが、視聴者からこれだけ喜ぶリプがもらえてイトたちも一安心する。
「聞くところによると、この“中聖夜”では公式プレゼントを得るために特殊なイベントをこなさなければいけないそうです。そろそろ目的地だとは思うんですが……」
三人が歩いているのは、町から遠く離れた荒野――今は薄っすらと雪原――だった。
頭上には雪を降らす〈慌てん坊の聖父〉の巨影。そして星空に大きな満月が浮かぶ。
無言で降り積もる雪片と、風も吹かない雪原の静けさが幻想的だった。このまま何もなくても、ずっと歩き続けたくなるような光景。
ズウン……。
その静寂の原に、重々しい震動が走る。
「ん。何でしょうか、地震……?」
初見の驚きを視聴者と共有するために、イトたちはあえて下調べせずに来ていた。
「いや、イト。これは地震ではない……」
「イ、イトちゃん、あれっ……!」
千夜子が目を丸くしつつ、雪月に照らされる前方の闇を指さした。
ズウン……!
振動の正体が、居た。
「ほあッちゃ!?!?!?!?」
ゴフウウウウウウウ……!
白い吐息はまるで地吹雪。鋭い眼光は月光の破片。
巨躯は連峰のようにゆるりと広く、突き立った角は鬱蒼とした森の一角を思わせる。
その相手は――。
「ト、ト、トナカイイイイ!?」
サンタのソリを引いているはずの彼だった。
赤レンガアパートなど一蹴りで解体しそうな超巨大トナカイ。それが、静かな夜の雪原を単騎で練り歩いている。
「え……これが公式のイベント? プレゼント配布って聞いてたんですけど……?」
「イトちゃん、あそこを見て!」
千夜子がさらにトナカイの角を指さした。
巨木の根を逆さまにしたような、荘厳かつ多岐に分かれた大角だ。
そのところどころに――。
「あ! ある……!」
プレゼントの箱が吊るされている。
それに気づいた瞬間、トナカイの樹木めいた角が一斉に青白い光にライトアップされた。
「わあっ……!」
イトたちはそろって声を上げる。
まるでクリスマスツリーの飾りつけ。カラーボール、リボン、モールにステッキ、その他にもたくさん。
ライトアップされたことで、角によじ登っていた一人のプレイヤーが飾りの一つを手に入れるのが見えた。プレイヤーがそれを掲げると、たちまちプレゼントボックスへと変化し、彼に歓喜の声を上げさせる。
どうやらあの飾りすべてがプレイヤーへのプレゼントのようだ。
ゲットしたプレイヤーがすぐに離れたあたり、一人一つまでの限定品らしい。
中身は同じだろうか? いや……どうもそういう雰囲気ではない。
角の先端、より高みにある飾りは他よりもきらびやかな光を放っている。そして一番高い角の先端にある頂上星――。あれは明らかに特別だ。手に入れた者は、ガチャのレア景品確定演出と同じ光に包まれるに違いない……!
しかし……!
ズウン……! ズウン……!
ギャアアア……!
ウワアアアアア……!
トナカイが一歩歩くごとに、高みを目指したプレイヤーたちが振動で振り落とされていく。
まるで強欲な者たちが、その性の罰として奈落の底へと突き落とされるように。
聖夜に悲鳴が鳴り響く――。
「地獄の景色じゃないですか!」
「厳しこの夜……」
「聖なる夜になんてことを……」
歓声と悲鳴が二パートに分かれて聖歌を歌うこのイベント。
果たしてイトがカメラに向かって宣言したのは――。
「狙うはもちろんトップスターです!」
「イトちゃん!?」
「本気か……?」
おののく仲間たちにイトは言い切っていた。
「アイドルの高みを目指す者として、これははずせません! 名前だってそれっぽいでしょう!?」
「それはそうだけどぉ……」
小さな成功より大きな失敗の方が動画的にも盛り上がる。それにもし万が一ゲットできたら、感動の瞬間として切り抜き動画も多数作られて、案件もぽこじゃかやって来るに違いない……!
「というわけで、早速トナカイチャレンジやっていきましょう!」
三人でトナカイに近づく。薄暗いせいでよくわからなかったが、彼の周辺はケーキに群がるアリのごとく、プレイヤーたちで溢れかえっていた。
噂によると、公式からのプレゼントは、有償ガチャチケやレア強化素材など、滅多に手に入らないものが目白押しだという。
そんなうまみ賞品に目の色を変える人々に混じり、巨塔にも似たトナカイの四肢にしがみつく。目指すはまず背中の上だ。
と。
「いや、ノアもう無理だって! わたし帰って焼酎飲みながら中継でこれ見てたい!」
「ダメです」
なんか聞いたことある声がすると思ったら、黒百合とノアだ。こちらよりも少し上にしがみつき、何かを言い合っている。
「先生はわたしと一緒にプレゼントの箱を開ける約束をしてくれました」
「それはわたしが後で買ってあげるやつでしょ! 公式配布のプレゼントなんて、ちょっと課金したらもっといいもの手に入るわよ!」
「課金は記憶に残りません。苦労は体に染み込んで残ります」
「あーそういう大昔の頑固オヤジみたいなこと言う!」
相変わらずノアが過激に黒百合を引っ張っているようだ。ノアの体術ならこの程度余裕で登っていけるのだろうが、黒百合が駄々をこねて進展は遅い。二人のイチャイチャ言い合いを尻目に、そそくさと追い抜いていく。
「ふーっ。どうにか背中までたどり着きました。日頃からグレイブの鎖を登ってる経験が活きましたね」
「こ、怖かったぁ……」
「これに経験豊富なアイドルというのもどうだろうな……」
イトはカメラへの視線を意識しつつ、コメント欄をちらと見やる。
「素敵だ……」「ありじゃないか貴様」「黒百合さんいたねえ」「よくやった」「ちょっとローアングルが足りんとちゃう?」などの投稿が快調に流れている。ここまでの華麗な登攀に視聴者も喜んでくれているようだ。
その矢先。
ズウン……!
キャアアアアア……。
オワアアアアア……。
「わあっと!」
突然の振動に、イトたちは慌ててモフモフの大地に身を伏せた。
トナカイが歩く際に生じる地震。彼の歩みは非常にゆっくりだが、その分エネルギーは絶大だった。油断していると余裕で吹っ飛ばされる。地面に落ちたら一からやり直しだ。
一昔前、このちょっとミスったら一からやり直しという状況を、“壺ゲー”といったらしい。多分、ドツボとかそういうのから派生したものと思われるが、クリスマスに壺ゲーをやることは、もっともアワレな行為の一つとしてカウントされたそうな。
イトとしてもそんな古の標語をなぞりたくはない。他のプレイヤーに混じって、フワフワのモコモコなトナカイの背中を、姿勢を低くしながら進んでいく。
「チョコちゃん、烙奈ちゃん。見てください、前」
足元ばかりに気が行っている二人に、イトはふと呼びかけた。
揃って見上げた先に、色とりどりの光の群れが広がる。
背中から見るトナカイの角は、山を丸々一つクリスマスツリーにしたかのように幻想的だった。ボールカメラも上手い具合にそれを映してくれているらしく、コメント欄にも感嘆の声が溢れる。
雪、月、そして光。もし大切な人とこんなものを見たら、たちまち二人だけの世界に浸ってしまうだろう。イトはそんな気がした。
ほどなくしてトナカイの頭部、角の根本にたどり着く。
トナカイの首は馬と違って水平に伸びているので、斜面を山登りする必要はなかった。
ここからはいよいよプレゼントゾーンだ。
すでに手の届くところにアイテムがずらりと並んでいる。飾りは一人一つ取ったとしても取り切れないほどあった。慌てる必要はない。
ここで満足して撤退していくプレイヤーもいた。ここから先は、より不安定な足場を伝っていくことになる。人間、妥協も大切だろう。
しかしイトは迷わず角の道へと進んだ。宣言通りトップスター狙いは変わらない。
トナカイの角は平べったく、近くで見ると木の幹というより橋に近いものだった。これなら歩きやすい。
その道中にて――。
「あっ。あれは……」
イトたちはふと足を止めた。
角の先にいるのは、小柄な見知った二人。
サンタコスのセツナとキリンだった。
「も、もう少しっ……」
「気をつけてくださいまし……!」
二人は角の道から少し離れた位置にあるオーナメントを取ろうとしていた。
二つ仲良く並んだカラーボール。この周辺にあるものの中では一番輝きが強い。
セツナが角から大きく身を乗り出し、キリンが後ろから彼女の手を引っ張って支えている。
何とも愛らしい共同作業。
「頑張れっ、頑張れっ……」
イトたちがこっそり応援していると、ついにセツナの手がオーナメントに届いた。
「やった!」
「やりましたわ!」
と喜んだ直後。
ズウン……!
「わわわっ……!」
トナカイの一歩でセツナがバランスを崩し、角から落ちそうになる。
「セツナさん!」
キリンが慌てながら思い切り彼女を引っ張った。火事場のバカ力とでもいうのか、キリンは落ちかけていたセツナを容易く引き揚げ、二人で抱き合うようにして角側に倒れ込んだ。
「いたた……。あっ、ごめんキリンちゃん。大丈夫?」
「わたくしは大丈夫ですわ。セツナさんは?」
「大丈夫。あと、これも」
二人分のカラーボール。満月よりも明るく輝いている。その光が、重なり合った二人の少女の笑顔を照らす――。
「おおブラボー…… ブラボー!」
イトは手袋をはめた手でバフバフと拍手を送った。
『!!??』
慌てて飛び起き、背中を向けて正座するセツナとキリン。
「イ……イトお姉ちゃん……!?」
「い、いつからいましたの……!?」
「少し前からです! お見事なコンビネーションでした、メリークリスマス!」
祝福したのに、二人は顔を真っ赤にしてこちらを恨めしそうに睨み、そして。
『~~~~ッ!』
二人で道に積もった雪を丸めると、無言のままぶんぶんと投げつけてきた。
「ひょあっ!? な、なぜ……!」
「余計なことをするからだイト」
「イトちゃんが悪い」
「ノオオオン! 退散、退散です!」
セツナとキリンに別れを告げ、〈ワンダーライズ〉は逃げるように奥へと向かった。
やがて道の先に大きな輝きが見えてくる。
何かの照明かと思ったら、一際大きな金色のベルだ。
明らかにゴージャスなプレゼント。そしてなぜか、剣戟の音と悲鳴が聞こえてくる。
「? 何でしょう?」
イトたちは興味本位で近づいてみた。
奇妙に思うべきだったのかもしれない。取りやすい位置にあるにもかかわらず、ゴージャスベルがそのまま放置されていたことに。
近づくにつれ、イトは周囲に無数の破壊痕があることに気づく。まるで大勢がここで争ったみたいに。
さらに進み、それが少しだけ間違っていることをイトは知った。
争ったのは大勢ではない。一人と、多数――。
「アビス……?」
そうつぶやいた千夜子の視線の先に白髪褐色の少女がいた。黒いウェディングドレス。静かに目を閉じ、手には地に垂らしたヒュベリオン。その姿はさながら秘宝を守る番人で、この例えが例えになっていないことをイトは直感する。
「千夜子。ま、待ってたわ……」
まぶたを開いたアビスは、なぜか落ち着かない様子で声を震わせた。そしてすぐ後ろにあるベルを取ると、両手で突き出すように千夜子に差し出す。
「こっ、これ、あなたへのプレゼント……! う、受け取って……!」
「わ、わたしに?」
千夜子は目を丸くした。
「うん。黒百合から……クリスマスには一番大事な人にプレゼントを渡すって聞いて、それで……」
もじもじと肩を揺らし、いつになく気弱な様子で上目遣いになるアビス。
そのいじらしい態度にあてられたみたいに、千夜子の顔にもぐいーんと赤みが差す。
恐らくアビスは千夜子が来るのをずっと待っていたのだ。このベルが他人に渡るのを阻止しながら。イトは烙奈と顔を見合わせ、戸惑う千夜子の背中をこっそり押し出してやった。
「こ、こんなに豪華なもの、もらっちゃっていいの……?」
「もらって。そのために待ってたんだから」
「それなら、わたしからも何かお返しなくちゃ。でもどうしよう、まだ何も持ってない……」
「い、いいわよ、わたしは別に……」
「お返ししたいの。アビスに。させて?」
「……!! わ、わかったわ。それなら、え、ええと、これ……。これがほしい……」
アビスが指さしたのは、ベルの輝きの裏に隠れていたリンゴだ。命のように赤く、知恵のように艶めいている。
千夜子はそれを取り外すと、アビスに差し出した。
「プレゼント交換だね」
「プ、プレゼント交換っ……!?」
「うん。これもね、大切な人とするんだよ。プレゼントありがとう。メリークリスマス、アビス」
千夜子がにっこり微笑みかけると、アビスの顔から雪を解かす高音の蒸気が上がった。
「うっ、うん、ありがとう千夜子、ありがとう……! これ一生大事にするから……!」
リンゴを抱きしめて目を潤ませるアビスに、コメント欄からも祝福の声が溢れた。
《イエス!》《マイ!》《メリー!》《ダーク!》《クイーン!》《いやこんなんズルやろカメラ止めろ!》《抜け駆け禁止!》《反則や!》《過度の連投が検知されたのでこのコメントは表示されません》……。
アビスと手を振って別れ、イトたちは再びスターへの道を進む。
いつの間にかプレイヤーの数は減少し、オーナメントの輝きも少ない。それと反比例するように、遠くからはぼんやりと見えていた頂点の星の光が、現実味を増してきていた。
これはもしかして本当に……いけるか?
「イトちゃん?」
そう考えた時、すぐ隣になる角の道から声が聞こえた。
間違いようも、忘れようもない声。振り向いてみれば、そこにいるのは想像通り――。
「ミニスカサンタ六花ちゃん!? ぐふう!」
「ミニスカサンタイトちゃん!? あふう……」
二人はお互いの姿を見るなり、その場にくずおれた。
「何をしているのだ貴女は……」
「六花も何やってるの……」
それぞれの仲間に支えられながら、どうにか立ち上がる二人。
「可愛い可愛いどうしようもなく可愛い(六花ちゃんもここまで来ていたんですね……)」
「可愛い可愛すぎる何しても可愛い(うん。イトちゃんも、もしかしてお目当てはトップスター?)」
「すまないが、我々にわかる言葉で話してもらえるだろうか」
烙奈からの要望をよそに、イトと六花は二人で頂点の星を見上げた。
「あはっ、嬉しいな」
六花がどこか好戦的な声で笑う。
「イトちゃんとテッペンを取り合うの……どこかで望んでた気がする」
「い……いやいや、そういう大袈裟なものでは……」
「本当にそうかなあ?」
そこに別の声が差し込まれた。うきうきと弾みつつも、どこか薄暗い危うさを孕んだこの声は、
「ユラちゃん……」
雪陰に紛れるようにして、角の道に濃紺のシルエットが佇んでいた。陰の濃いボロ魔女のローブに対し、裂け目から覗く肌はほのかに光って見えるほど白い。
「一番星を目指すとなれば、ボクも参加しないわけにはいかないね」
魔女帽子の広い鍔を押し上げ、妖しく光る瞳で痣宮ユラがこちらを見据えてくる。
「――それならわたしも負けられないわ」
第三の闖入者に、全員の視線がそちらに移った。
サファリハットにサファリジャケットという、どう見ても探検家のいで立ちの少女。
セントラルアイドルの覇者、城ケ丘葵。
「高い所にある光るものは、とりあえず目指さないと気が済まないの」
「カラスか何かですか……?」
しかし……ここに集結する。アイドル職のツートップ。PVPと破壊の権化。そして正統派一般アイドルの自分……。
今こそ、頂上決戦の時!
「って……違いますよ! 何でクリスマスイベントにこんな不穏な空気になってるんですか! みんなで仲良く上を目指せばいいじゃないですか! カメラ回ってますよカメラ!」
イトは緊迫した空気を腕でぶんぶん掻き回しながら、彼女たちの間を歩き回った。
「ふふっ……イトちゃんは優しいね。でもわたし、スイッチ入っちゃったみたい。城ケ丘さんにも痣宮さんにも負けない……!」
六花が微笑む。この笑顔は……まずい。かつて運動会で大暴れした時と同じだ。ユラと葵も警戒した顔つきになる。
「ま、まあまあ! 落ち着いてください六花ちゃん。せっかく聖夜を一緒に過ごすんですから、ここは仲良く穏便にトゥギャザーで……」
「……!」
突然――。
ここでピタッと六花が停止した。
「イトちゃん……今、何て……?」
「え? 落ち着いてくださいって……」
「その一・六八秒後」
「聖夜を一緒に過ごす?」
ドグン……! と、巨大な鼓動のような振動が空気を走り、周囲の角から雪を落とした。
「セイなる夜を……一緒に……?」
「へ……? り、六花ちゃん?」
六花の肩がプルプル震えだす。
「ふ、二人で……聖夜を……イトちゃんと二人きりで……朝までっ……!?」
「ッッ!! しまったッ!」
ユラが葵の前に飛び出てロッドをかざした。
最速で展開される魔力障壁。しかしそれごと、二人を光の膜が押し飛ばした。
「またやったな、この問題児!」
角の外にまで吹っ飛ばされたユラが、葵を抱き抱えたままホウキ型のマウントを発現させる。
しかし、飛行型マウントでトナカイに近づくのはNGらしく、そのまま周辺を飛び回るしかなくなってしまう。
「ええ、ちょ、六花ちゃん!?」
他方、イトは突如発生した光の球に六花と一緒に飲み込まれ、徐々にその場から上昇しつつあった。
「イトちゃん!」
「六花!」
と、それぞれのユニットメンバーから案ずる声がかかるも、
「だ、大丈夫です! なんかトップスターに向かってるみたいなんで、やります!」
イトは光の膜越しに空を見上げた。入り組んだ角の迷路を器用に抜け、球はトップスターへと確実に近づいていっている。
「えへ……えへへへ……イトちゃんと……サ、サンタコスのまま……」
うつむいたままぶつぶつと何かを言い続けている六花を、イトはひとまず見ないでおいた。何というか、同じアイドルとして、見てはいけない顔をしているような気がしたのだ。
それはそれとして、トップスターまで、あと少し……!
「よし……届……く!?」
というところで、球はスイーとトップスターの隣を通過した。
「り、六花ちゃん! ちょっと戻ってください! コントロールを右に!」
イトはそうお願いし、必死に手を延ばそうとしたが、球は逆にどんどん離れていく。
スターが……遠のく……!?
「六花ちゃん、お願いします! コースを戻って――」
「ぅえぇひひ……。プレゼントはイトちゃんなの……? ラッピングリボンを一本ずつほどいてあげる……違うっ……! それをほどくなんてとんでもないっ……! わたしも一緒に絡まる……手も足も……それから……もっと大事なところも絡めて……」
「り、六花ちゃあああああああんんんん!!??」
イトの声は六花に届かなくなっていた。いや最初からほぼ届いていなかったかもしれないが。
光の球はトナカイの頭上を越え、高く、高く、二人しかいない空へと登っていき……。
ビービビビビ……!
「のおおおおおおおおお!」
やがてトナカイの各所から放たれた禍々しいレーザー群に捉えられた。
閃光、爆轟。その輝きは、月よりも明々と聖夜を照らす。
それはまるで、天に昇ろうとした天使が、地の悪魔たちに撃ち落とされたようであった。
――クリスマスが爆発した。
特別イベントに参加していた人々は自然とそんな言葉を口にし……。
一部始終を記録した〈ワンダーライズ〉の配信は、ラストの大爆発が素材として切り抜かれ、様々な動画のオチとして活用されたという。
破綻した野望の……妥当な爆発だ。メリークリスマス……。
※お知らせ
少し早いですが、今回が年内最後の投稿となります。
今年も一年お付き合いありがとうございました。
短く終わらせるつもりで始めた話が何でここまで長引いてんねん……。
次回投稿は、2025年1月8日前後を予定しています。
投稿の際は活動報告とXで連絡しますので、そちらでご確認いただけると幸いです。
繰り返しになりますが、今年一年お付き合い本当にありがとうございました。約120話、読んでもらえるだけで普通にすごいことですぜ……。感想に誤字脱字報告、本当に感謝しています。どうもありがとうございました!
来年もまた是非、見に来てください!
それではよいお年を!