案件11::歌姫をホームにお招きせよ!
「じゃーん。ここがわたしたちのホームです!」
タウン6。ホームの価格としては下から二番目の赤レンガアパートに、イトたちはセツナを招いていた。
彼女に案件もとい護衛を了承させたのがついさっき。ひとまず安全なところへ場所を移し、これからのことについて作戦会議を開こうという算段だ。
「わあ……」
セツナはまだスカグフを始めて日が浅く、他人のホームにお邪魔するのもこれが初めてだという。その記念すべき訪問第一号の感想は。
「すっごい散らかってますね」
「オフッ!」
ズバッ。と一刀両断。
「なんか窓際に変なワカメと踊るヒマワリが一緒に並んでるし、そこらじゅうに謎の時計が置かれてるし、全体的に統一感がないです……」
「ち、違うんですよセツナちゃんこれは……」
初のホーム訪問に感動してもらう予定だったイトは、窓際で揺れるワカメのようにへろへろと手を伸ばしながら釈明する。
「これらはすべてガチャのハズレ景品で、どうせ後でバザールに出品するから、どこに置いておいても一緒かなあって……」
「それでも、こんな適当な置かれ方じゃ小物が可哀想です。あの、わたしが模様替えしてもいいですか?」
「も、もちろん……?」
許可を得るが早いか、セツナは部屋の奥まで踏み入ると、雑然と置かれていた部屋のオブジェをてきぱき動かし始めた。
イトはその様子をぽかんと眺めていたが、そのうち隣の千夜子がソワソワしだし、
「セツナちゃん。こういうのもあるんだけど、どうかな?」
「あっ、千夜子さん、それ貸してください。そういうのがほしかったんです」
そんなやりとりとしつつ、なにやら二人であれこれ話し始める。
そしてわずか十数分後。
「ど、どうですか……?」
「お、おお……!?」
上目遣いにおずおずとたずねてくるセツナに、イトは声を震わせた。
「何ということでしょう……!」
そこにはまるで別宅のように生まれ変わったリビングが。
個性が殴り合いをしていた観葉植物は同系統のもので揃えて見栄えも良く、雑に置かれていた目覚まし時計は、ぬいぐるみの山から埋もれるように顔を出させることで、それが正式なオブジェのようなまとまりを見せる。
「可愛い!」
「見違えたな」
千夜子と烙奈も同じく感激を口にする。
ハズレガチャの倉庫と化していた室内には、今や物語性が生まれていた。統一感のない有り合わせでここまでできてしまうのは、セツナが自分の中に確かな感性を持っているからに違いない。
「物凄くイイ……! いいですよセツナちゃん」
「よ、よかった。えへへ……」
はにかむセツナ。
「ああ~。その表情もイイよイイよ~。ホラ恥ずかしがらないで、こっちに目線くださ……いや恥ずかしがったまま目線くださーい」
「イトちゃん」
「ごめんなさい」
イトがハラスメントを咎められていると、不意にリビングの扉がノックされた。
「お嬢様方、お茶が入りました」
「あっスパチャだ。入って大丈夫ですよー」
イトの返事に、トレイを頭に載せたペンギンがぺたぺたと部屋の中に入ってくる。
「ほう……これは随分と愛らしいリビングになりましたな」
「そうです。このセツナちゃんがやってくれました」
「ち、チョコさんにも手伝ってもらいましたから……」
「ううん。わたしは家具を教えただけ。これはセツナちゃんのセンスだよ」
またも恥ずかしそうに肩をすぼめるセツナ。どうやら人から褒められるということにあまり慣れていないようだ。これはいつか真っ赤になるまで褒め倒してあげなくては、とイトは密かに企てた。
「お嬢様方が衝動的に引いては確実に当ててくるハズレガチャがこのような形で生まれ変わるとは。セツナ様には感謝申し上げます」
「い、いえ、そんな……って衝動的にガチャを引いてるんですか?」
じろっと見てくるセツナ。イトたちは反射的に全員でそっぽを向いた。それで完全に察された。
「ダメですよイトさん。ガチャは計画的に引かないと……」
「そっ、それはわかってるんですがぁ……」
「運営が言い値で引かざるを得ないものを配信してくるから……」
「わたしだけ引かないのは仲間はずれみたいだろう……」
「だからって、確率的に一回一回引いても当たりませんよ。コアグレブンを貯めて一気にたくさん引けば、回数ボーナスがもらえて好きなのを一つ選べたりもするんですから、そういうところまで考えて……」
何だかセツナに火がついてしまった。どうやら彼女は、春になったら溶けて消えてしまいそうな儚い外見に似合わず、夏でも平気で生き残るかなりのしっかり者らしい。
「その通りでございますセツナ様。お嬢様方には計画性をもって、しっかりとしたコアグレブンの運用をしていただきたく……」
「うわあ、スパチャまで何か始めました……」
「スパチャ一人なら何とかごまかせたけど、二人がかりには勝てないよ……」
「まったく……。三人ともわたしより年上なんだから、もっとしっかりしてください。特にイトお姉ちゃんは、クランのリーダーなんですし…………あっ……」
しまったとでも言うような顔で、セツナが口元を手で塞いだ。
「ん?」
それを見逃すイトではない。もちろん、彼女の言葉も“そこだけは”聞き逃していなかった。
「セツナちゃん今、わたしのことイトお姉ちゃんって言った?」
ボン! とセツナの雪のような白い顔が真っ赤になる。
「ち、違います。言ってません」
「ん? 確かに聞きましたよ? ん? お姉ちゃん? イトお姉ちゃんですか? んん? セツナちゃん、お姉さんいます? 言い間違えちゃいました?」
「い、いません! 言い間違いもしてません!」
手をばたばた振るセツナの肩に、ゲル状になってヌチャアとへばりつくイト。
「もしかしてお姉さんほしかったりします? わたしがお姉ちゃんだったらなあって、思ったりしてくれちゃいました? ブヘヘ、いいんですよぉ~。セツナちゃんみたいな可愛くてしっかり者の妹がいたら、わたしもすっごく嬉しいですからあ~」
「ううぅ~……」
言い訳をすっかり失い、セツナはべたべたスリスリされるままになってしまう。と、ここで助け舟を出したのはスパチャだった。
「お嬢様。同じアイドルとは言え、他の事務所のお嬢様に百合営業をかけるのはおやめください。苦情が来た場合、本社の方にも報告を上げねばならなくなりますので」
「うっ……それは困ります」
この真面目な説得には、さすがのイトも身を離さざるを得なかった。百合営業はあくまで営業だから許されている。苦情が出るまで踏み込んだら営業法違反。が、それを聞いたセツナはなぜか目を丸くし、焦った顔をこちらに向けてきた。
「え、イトさんたちって……アイドルだったんですか?」
『!!』
イトたち全員が、ぎょっとなった。
「そ、ソウダッタンデスヨジツワ……」
イトはカクカクと操り人形みたいになりながら答える。
秘密にしていたわけではない。まだ知り合ったばかりで話す機会にたどり着いていなかっただけ……。とは言いつつも、堂々と伝えられない感情があったことも確か。
「す、すみません、全然気づかなくて。お仕事を頼まれてわたしのところに来たから、ヨウヘイ……? っていう人たちだとばかり……」
「イ、イイノイイノ。ワカンナイデスヨネー。ミタメジャネー」
「あっ、だから目立たないよう初期装備なんですね。人に見られたら大騒ぎになっちゃうから……。すごい、完璧な変装だと思います」
「がはっ!」
無垢な一撃。しかし無理もない。彼女は戦闘力8000超のエリート。こちらはかろうじて三桁のミジンコ。一般ピープルも同然なのだ。これでは、とてもじゃないが同じアイドルの先輩だなんて明かせない。
「イトさんたちもアイドルなのに、ボディガードみたいな危険な役目を押しつけるようなことしていいんでしょうか……」
「い、いいんですいいんですそれは。一応、わたしたちの方がちょっとだけ長くアイドルをやっていますから、危険についても心得はありますし」
あくまで純粋にこちらを気遣ってくれるセツナに、イトは慌てて反論する。
「でも、いざという時に本当に戦える人がいた方がいいんじゃ……。たとえば〈ヴァンダライズ〉の人たちとか……」
ブーッ! とイトたちは揃って吹いた。
「ぶぁ……ぶあんだらいずですか……?」
「え、イトさんたちはご存じないんですか? 事務所の人にも言われたんですよ。どこからともなく駆けつけてアイドルたちを守ってくれるヒーローガールたちがいるって……。でもイトさんたちが知らないのなら、ひょっとしてただの噂なのかな……」
「い、いやぁ……。どうかな、そうかも……」
イトたちはぐんにゃり曲がりそうな顔を必死にこらえ、お互いを見やる。
アイドル〈ワンダーライズ〉として知られた以上、自分たちがその武装勢力であることは断固秘匿だ。いよいよもって「アイドルなのに何がしたいんですか?」と極太のツッコミを入れられかねない。
それにしても〈ヴァンダライズ〉とかいう誤った呼び名が、他の事務所、さらにはまだデビュー前のアイドルにまで知れ渡っているとは……。その原因の一端は大手マスコミ――つまりセツナの父親にあるということも皮肉がきいている。何やってんですか社長。娘さんまで釣られてますよ!
「しかしセツナ。今はまだそこまで事を大きくする時期ではない。下手に騒げば、貴女のデビューライズにも変なケチがついてしまいかねない」
烙奈が場を落ち着かせる一声を置いた。こういう時に淡々とした彼女の語り口は頼りになる。
「そうですそうです。悪い噂を聞きつけてさらに集まってくる悪い人たちもいますから。それより、デビューまでの三日間。そのことについて考えましょう」
「三日後ってことは……スカイグレイブ〈黄金の墓守〉だね」
非物質のタブレットですかさず検索した千夜子が横から告げてくる。
スカイグレイブ〈黄金の墓守〉。空飛ぶ墓に、墓守という、このゲームに深く関わりそうな名前だけあってデンジャーランクはA。いまだに未開拓の通路が多く眠るとされる、人気のグレイブだ。
「かなりの人出が予想できるな」と、烙奈。もちろんこれには、華々しいデビューへの期待と共に、相応の危険がついてくることも含まれている。
「三日後までに犯人を見つけるというのは難しいと思います。ですから、わたしたちはセツナちゃんのまわりをしっかり守るという方針でいきましょう」
イトの言葉に千夜子も烙奈もうなずく。このあたりの対策は、事務所のおかん役であるいづなからもレクチャーされていた。こうしたつきまとい犯は、自分と相手の二人だけの世界を望んでいる。第三者がいるところへ近づく勇気はない。客観、を拒むのだ。
「セツナちゃんがインした瞬間から相手にはバレているので、やっぱりわたしたちがホームまで迎えにいくのが一番ですかね」
「でも、イトさんたちにもリアルの都合が……」
「確かに、高校と中学だと学校終わる時間も違うしね……」
「それまで家から動けないというのも窮屈だろう。デビュー前の落ち着かない気持ちも解消せねば」
いざ考えてみると意外と障害が多い。
うーん、とみんなで早速うなってしまう。
「でしたら、こういうのはいかがでしょうか」
横で話を聞いていたスパチャが口を開いた。
「セツナ様に、クランの仮加入制度を使って〈ワンダーライズ〉に入っていただき、ホームを一時的にこちらに移していただくのです」
「あっ、その手がありました!」
イトはぽんと手を叩く。
クランの仮加入制度は、クランに新規加入する者が、お試しで数日間だけホームを移し、クラン機能の一部を体験できるシステムだ。一週間で勝手に切れるため、後腐れも面倒な手続きもない。
「よそのホームにいるとなれば犯人も近づきにくくなりますし、セツナちゃんにも最速で会えます!」
「事務所には、セツナ様のAIマネージャーを通じて事情を説明しておけば十分でございましょう。なんなら、わたくしの方からご連絡差し上げますが」
「そ、それくらいは自分でします。させてください。でも、本当にいいんですか。イト……さんたちのホームにいさせてもらって」
「もちろんですよ!」
この期に及んでまた遠慮がちなセツナを、イトは正反対の無遠慮さでハグした。
「ホームの仲間が増えるなんて初めてです! 短い間ですけど、よろしくお願いしますね!」
「は、はい……! 不束者ですが、どうぞよろしく……」
きっちりと挨拶したところで、ヌチャアと軟体化するイト。
「というわけで、わたしのことは我慢せずにイトお姉ちゃんと呼んでくださいねえぇ~。毎回、欠かすことなく、朝の挨拶から、一日一回は必ずぅ!」
「~~~っっっ……! そんなことよりイ・ト・さ・ん・には、ちゃんとした生活をしていただきます。ガチャも無節操に引かないよう見張ってますので……!」
そんなこんなで、突然ながら戦闘力――もといフォロワー8000以上のスーパールーキーと〈ワンダーライズ〉のコラボ生活が始まってしまったのだった。
大型新人を取り込んだように見えて母屋を余裕で乗っ取られそう。