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案件106:閉ざされた歴史を求めて

「それで、どうでしたステラちゃん。ライズステージの感想は……」


 グレイブ前の特等ステージで大暴れしたステラに、イトは問いかけた。


 さっきまで彼女は確実にアイドルをしていた。

 自ら舞台と曲目をセレクトし、培った技量を遺憾なく発揮して周囲を圧倒してみせた。その魅力、正に災害級。美しい衣装にも可憐な外見にも劣らない、強烈な内部。


 彼女が元気よく振り向いて答える。


「うん。イト、わたしとっても楽し――」


 しかしそこで。

 イトは微笑みかけてくる瞳から、ぽろりとこぼれる雫を見る。


(えっ――)


 満ち足りた微笑は一瞬で溶け消え、たちまち悲愴に満ちた彼女は両手で顔を覆い、静かに嗚咽を漏らした。


「オーロラ……。オーロラ、どこ……?」


 そうつぶやき、少女は一人すすり泣いた。


 ※


「大丈夫ですか。ステラちゃん」

「うん。ありがとうイト」


 イトが近くの商店で買ってきた『いちごジュース☆フルパワ』を受け取ると、ステラは行儀よく両手でそれを持って飲んだ。


 場所はライズ会場裏手。よくアイドルたちの休憩場所になっているところだ。

 急に泣き出したステラに大慌てしたイトたちは、すぐさま彼女をそこに運び、落ち着くのを待っていたのだった。


「ごめんね。急に泣き出したりして」


 ステラは失敗でもしたみたいに片目を可愛らしく閉じ、皆にそう詫びる。そこにさっき見た悲愴感はまったくない。


「いいんですよ。涙が出ちゃうのは女の子だからです。でも、それってもしかして何か記憶が……?」


 彼女が落ち着くまでの間、皆と話し合っていたのがそれだった。ライズステージを直に体感することにより急速に記憶が回復した。そのショックで彼女は泣き出したのではないかと。


 しかしステラは「んん~」と眉間にしわを寄せ、


「急に胸が苦しくなって、悲しい気持ちになったのは確かなの。でも、それ以上のことは今もわからない……」

「オーロラがどうとか、言ってましたけど……」

「わたしが? 何だろう。オーロラ、オーロラ……」


 そう繰り返すも、何か思い当たるものはないようだ。ではさっきのは何だったのか。


「体が覚えていたのかもしれない」


 と、横から意見を述べる葵。共にパフォーマンスを演じ(そしてたくさんのプレイヤーを吹っ飛ばし)た縁で彼女もこの場に付き合ってくれている。

 ちなみにグレイブ前はすでに別のアイドルたちによって占有され、一時姿を消したシンカーたちも復帰済みだ。


「わたしから見た限りでは、メニューからステージや曲はスムーズに選べていたわ。記憶がなくてもできたということは、そういうふうに手が覚えていたとしか言いようがない」


 ステラが落ち着くまでの間、葵にもこちらの事情は一通り説明してある。

 確かに、体に染み込ませた動きというのは意図せずとも再現されることがある。アイドルなら誰しも覚えがあるはずだ。事務所から小遣いをもらって流れるようにガチャを引きにいくムーブとか。


「うん。確かに音楽やダンスは体が勝手に動いてた。次にどうするかが自然にわかるみたいに」


 ステラがうなずいて肯定する。それなら、その最後に出てきたオーロラという単語にも必ず意味があるはずだ。彼女にとってとても重大な意味が。


「人の名前かな」と首を傾げる千夜子。「あるいは場所?」との意見も六花から出る。なまじ一般的な言葉だけに候補は多い。そして一番考え込んでいるステラからもとうとう答えは出なかった。

 半歩進んだつもりが、ゴールもゴールで三歩遠ざかってしまったような気分。


「古いコスについて調べたければ、セントラルに行くのがいいかもしれない」


 次はどうしようかと考えるイトたちに道を示してくれたのは、これまた葵だった。


「セントラルには検索データベースに紐づかないクラン独自の記録とかが結構あるから、そこでなら何かわかるかも」

「なるほど。セントラルには黒百合さんやキリンちゃんいますし、自治クランのお兄さんに聞けば色々教えてもらえるかもしれません。ありがとうございます、葵さん!」


 イトは勢いよく頭を下げる。アイドル三強対決では巻き添えにされたけど、彼女がいてくれて本当に助かった。


「いいの。ステラさんがどういう状態でログインしているかはわからないけれど、同じ地区にこれほどのアイドルがいてくれたというのは素直に嬉しいから。本調子になってからまた共演したいわ」

「うん。わたしも――」


 その横で六花もうなずく。


「わたしもぜ~~~~ったい負けないから」


 ズゴオオオオオオオオオ……。


「あ、あらら~?」


 背中から暗黒後光を放つ六花に、ステラは両手を小さく出しながら困り笑顔を浮かべた。ライズに関しては一歩も引かずに渡り合った彼女だが、さすがにこの分野はノーセンキューのようだ。

 もっとも、ステラまで対抗して闇を放ち出したらアイドル職はもう魔王か何かになってしまうかもしれないが……。


 こうしてオーロラという新たなキーワードを手に入れたイトたちは、次の目的地、古都セントラルへと向かう。


 ※


「わあっ、綺麗な街……!」


 そうしてやって来ましたセントラル。

 シミ一つ見当たらない純白の街並みは陽を浴びた雲のように輝き、ヨーロッパのアール・ヌーボー様式を思わせる優美で繊細な尖塔群は、記憶のないステラを一目で恋に落としたようだった。


 セントラル住人とはライズ会場でたびたび会うようにはなったものの、街自体に遊びに来るのはイトとしても久しぶりだ。それでも寸分変わらぬ白亜の街並みに、長い歴史の流れを感じずにはいられない。ここでなら、ステラーパピヨンの細かい情報も……。


「まずは〈モカ・ディク〉に言って、キリンちゃんがいるかどうか確かめましょうか」


 イトは手始めにそう提案する。

 生粋のお嬢様でありながらツイン縦ロールヘアを装着した途端、小生意気アイドルに変身してしまう今川キリン。彼女とはフレンド登録してあるから、連絡を取ろうとすればすぐに取れる。が、今はグレイブの周期混乱で何かと立て込んでいる時期。直通連絡は間が悪いかもと、まずは彼女の本拠である第七自治クランを訪ねることにする。


 そうして真っ白な大通りを歩くことしばし。


「えっ……あの子、なに……!?」

「うわっ、可愛い……髪綺麗……ってコスも凄い! どういうこと? 隙はないの?」


 案の定、ここでもステラは人々の注目を集めることになった。

 元よりセントラルはPK不可の安全性からオシャレコーデが発展しており、目も肥えている。これほどのコスチュームを前にすれば、たとえその正体を知らずとも話題となるのは必然。


 しかし。


「あっ、あれってイトさんたちじゃね?」

「うそっ、本物? ああ本物よね。偽物なんてする度胸のある人いないだろうし!」


 イトたち〈ワンダーライズ〉の知名度も負けてはいない。かつて〈百合戦争〉を仕掛け、セントラルとアウトランドの架け橋となったその功績は、今でも全住人のゲームプレイに影響をもたらしているのだ。


「えへへへ……。どーも、どーも」


 などと周囲に手を振りながらイトが歩いていると、ふと、小路の角から見知った顔が現れた。しかも、二つ。


「えっ!?」

「あっ!?」


 二人はこちらに気づくなり、それまで仲睦まじく繋いでいた手を慌てて離した。

 一人はちょうど探していた金髪ツインドリルの今川キリン。そしてもう一人はなんと、甘やかなパステルブルーの髪を持つ愛川セツナだ。


 少女たちは揃って顔を真っ赤にし、あたふたと弁解を始める。


「こっ、これは違いますのよ!」

「こ、これは違うのイトお姉ちゃん……!」

「あらあらあらあらあああ~?」


 そんな二人の元にイトはシュゴオオオと元気よく飛んでいった。


「セツナちゃんとキリちゃんじゃないですか! こんなところで会うなんて奇遇ですねえ!」

「なっ、何でイトさんがセントラルに来てますのよっ……!」


 キリンがうつむきながら上目遣いに睨んでくる。が、声も表情もよわよわ~すぎて全然威嚇になっていない。イトはますますニンマリしながら、


「ちょっと調べものがあって今来たとこなんですよお。それよりどうして手、離しちゃったんですか。照れてないでほらほら、ちゃんと繋いでないとダメですよ。二人が〈HB2M〉以来仲良くしてるのはわかってるんですから。二人の公式サイト、ちゃあんとチェックしてますからねぇ」

「イ、イトお姉ちゃん……」


 同じくうろたえているセツナの手を取り、キリンと繋ぎ直させると、イトは改めてこの二人の並びに目を細めた。


〈HB2M〉。あのアイドル感謝祭の名を冠した大運動会で、愛川セツナと今川キリンは同世代としてたびたび対決し、そして最終種目のケイドロにおいては、協力して〈魔女〉痣宮ユラを追い詰めるという大健闘を見せた。


 このことからファンの間ではさらなる交流を期待する声が多く、それに応えて――というよりは自発的にだろうが――、彼女たちは自然と仲良くなり、ブログにお互いの活動を載せ合うなど友情を育んでいったのだ。


 スカグフ初心者のセツナも、城ケ丘葵追っかけマシーンだったキリンも、共にフレンドが多い方ではなかった。だから二人を妹のように思うイトとしては、その慎ましくも微笑ましい交流がとても嬉しかった。


「イト。その子たちは?」


 と、そこにステラがひょこっと顔を出す。彼女は好奇心旺盛。こちらが仲良くしている相手となれば、引っ込んでいるはずもない。


『……!?』


 途端、セツナとキリンの表情が変わった。

 そして、二人揃ってステラとイトを何度も見比べた結果――。


 ビービビビビビ……!


「びゃおおおお! まだ何もしてないのにびゃおおおおおお!」


 特に理由のない――いやこれまでの経歴からすればそうなってもやむを得ないビームがイトを襲う。


「気持ちはわかるけど二人とも落ち着いて」


 イトをたっぷりと()いたところでジャッジ千夜子からストップが入り、二人はピタリと停波した。この道の大家である千夜子の指示にはみんな素直に従っている。


 ここでようやくキリンがステラがただ者ではないことに気づいた。


「えっ、ちょっと待ってくださいまし。この方の服って……まさか〈タペストリー・オブ・ステラーパピヨン〉!?」

「! キリちゃん、知ってるんですか!?」


 イトたちは目を丸くする。手がかりを求めてここまで来たが、まさか一目で正体を見破られるとは。

 驚きの視線を一身に浴びたキリンは、一瞬「え?」と固まり、


「あっ……フ、フフッ、も、もちろんですわ! まさかイトさんたちはご存じなかったのかしら? アイドルともあろう者がこんな世界的に有名なコスチュームを!」


 胸に手を当て尊大にそっくり返る。いつもの一言二言多い彼女のムーブだ。しかしこれが直撃したのはイトたちではなく、


「わたしアイドルなのに知りませんでした……。キリンちゃんはすごいですね」


 横からセツナにちょっと萎れた声でそう言われ、キリンは慌てた。


「あっ、いえ、その、あうあう……! セ、セツナさんはゲームを始めて日が浅いのですから仕方ありませんわ! そ、それにわたくしも、つい先日にたまたま資料館で知っただけですしゴニョゴニョ……」

「――!! それですキリちゃん!!」

「わあっ何ですの!?」


 イトはキリンの肩をわっしと掴み、さらに顔をぐっと近づけた。


「ちょ、ちょっとイトさん、セツナさんの前でっ……!」

「その資料館の場所、教えてください!」


 真っ赤になるキリンにはっきり告げると、彼女の瞳にじわじわと恥じらいの涙が溜まっていき、


「あなたはいつもそういう紛らわしいことを!」


 次の瞬間、ズガンという頭突きがイトのおでこにお見舞いされたのだった。


なんかイトちゃんの受難の旅になってないか?


※お知らせ

前回お伝えしたとおり、ここでまた中断を挟みます。次回投稿は11月18日前後の予定です。

投稿が飛び飛びになってしまい申し訳ありませんが、投稿の際は活動報告かXでお伝えしますので、また見に来てもらえるととても嬉しいです。

それではまたお会いしましょう!

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イエス、マイダーククイーン! しまった、送信押したつもりが押されてなかった事に今気づいた (4日経過) >アイドルなら誰しも覚えがあるはずだ。事務所から小遣いをもらって流れるようにガチャを引きにい…
もはや、百合の間に挟まって潰れて不定形生物になっておる・・・
リス「この前目からビームで不意打ちでクソ忍者焼こうとしたんだよね、そしたらビーム出す前に目にちくわぶち込まれて目ごと脳を粉砕されちゃったんだよね、酷いと思わない?」 鎖マン「自業自得だろ」 メガト…
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