案件105:アイドルストームGO!
ゴゴゴゴゴ……。
突然目の前に現れた六花の背後から、闇紫の後光がその先端を五方向へ伸ばしつつある。
それは夜空に穴をあけるような闇の一番星であり、無限の重力を内に秘めているようにも見えた。
「り、六花ちゃん……!?」
「あ、あらら~……?」
その暗黒の輝きに捉えられたイトとステラが繋いだ手を支えに後ずさると、ダーク・後光はさらに勢力をさらに拡大していく。
これは……その……何?
イトはひたすらに面食らった。六花とは初対面となるステラはさらにそうだろう。
と。
「説明しよう」
混乱するイトの耳に届いたのは、いつの間にか六花の後方に参上していた結城姉妹の妹なずなの声だった。
「月折六花の嫉妬の炎が頂点に達した時、彼女の背後には五つの暗い光――“どうして”“その子誰”“WSS”“絶対に逃がさない”“もう××するしか……”が現れ、イトに襲いかかるのである!」
「わたし限定!?」
たじろぐイトを、闇オーラを揺らめかせる六花の瞳が射抜く。
「イトちゃん。も、もう一度聞くね。その子は、だっ……誰なの……?」
ゴゴゴゴゴ……ウオオオオオオン!!
「わーっ、待って待って第二段階に移行しないで! 全部話しますから聞いてください! ていうか、むしろ相談に乗ってください! 今とても困ってるんですううう!」
イトは絶体絶命者特有の早口で、ステラとのこれまでのことについて洗いざらい説明した。
最初は炎のように猛っていた六花の後光も、それを聞くうちにみょんみょんと縮んでいく。
「エンジェルキャスケットから、記憶がないプレイヤーの女の子……」
この不可思議な事態に、さすがの〈サニークラウン〉も言葉をなくしてステラを見つめた。
「それに、まさか本物の〈タペストリー・オブ・ステラーパピヨン〉なんて……」
六花のつぶやきをイトは聞き逃さない。
「六花ちゃんはこのコスについて何か知ってるんですか? むしろ持ってる……?」
「まさか! さすがに持ってないよ。ただ案件で色んな地区の人と会うから、名前を聞いたことがあるだけ」
手をぶんぶん振って完全否定した後、「ただ……」とステラに目をやる。
「ステラーパピヨンは、実装された時からコスチュームとして誰かに着られたことは一度もないそうなの。ほら、コスチュームって武器と違って一度プレイヤーに帰属するともう取引できなくなっちゃうでしょ。衣装として使うよりも資産として扱われる存在だったみたい」
「むう……」
「だから、悪いけどステラさんについてはわたしたちも何も知らない。こんなプレイヤーがいるなんて噂自体、他の地区でも聞いたことがない……」
確かに、地区に三点しかないという希少なコスをおいそれと着られる人物はそうそういない。これだけの品、実装された瞬間からバカみたいな取引価格が付いただろうし、そしてこの並外れた煌びやかさ。試着室で試してみただけで、並のプレイヤーなら自分との落差に唖然としてしまうはず。
逆に言えば、それを完全に自分の所有としたステラは、容姿のみならず胆力にしてもずば抜けていたということか……。
「それで、〈ワンダーライズ〉が生ライズを見せることで、彼女の記憶を取り戻そうとしているわけよね?」
と、これはいづなからの問いかけ。100億の少女を前にしてもいつもと態度が変わらないのは、彼女たちもまたスペシャルな存在だからだ。
「はい。多分、ステラちゃんもそうしていたはずなので」
ステラーパピヨンを身に纏ってのパフォーマンス。それが当時どれほどの熱狂を巻き起こしたのか想像もつかないが。
「それならいっそのこと、彼女も一緒にやってもらったらどうかしら」
『えっ』
いづなの提案にその場の誰もが目を丸くする。
「〈ワンダーライズ〉の持ち歌はステラも持っているんでしょう? ダンスはオートモーションに任せればいいし、その方が過去の感覚を取り戻しやすいと思うの」
「た、確かにそうですが……。ステラちゃん、どうします……?」
イトはそう問いかけた直後に、酷な選択を迫ってしまったと内心で後悔した。記憶もなく、見知った人もおらず、突然大勢の前でライズしろだなんて。
しかし、
「イトたちが一緒なら……わたし、やってみたい!」
怯むどころか爛々と輝く瞳を向けられ、イトは鼻白んだ。こ、これがステラーパピヨンを纏う者の胆力……!
「……わかった。場所は、わたしたちが使っていたところを使って」
六花からの発言に、イトは三度目を剥かされた。
「い、いいん、ですか。そんなベストポジションを……」
「うん。わたしも……ステラさんのパフォーマンスに興味あるから」
「ありがとう六花。あと、わたしのことはステラでいいよ」
「わかった、ステラ。よろしくね」
「うん、よろしく!」
「ひぇ……」
二人の短いやり取りを見てイトは悲鳴を上げる。
記憶がないんですよこの子。なのにグレイブ最前列の特等席に物怖じせずに挑み、スーパー・グレート・アイドル・六花ちゃんとも平然と話をしている。彼女が並のアイドルでないことは薄々察しているだろうに。
むしろこっちの方が恐縮しかけてしまっている。こんな異次元の女の子と一緒にライズなんてしたら、どうなってしまうんだ……?
そんなこんなで、グレイブ前のスペースへと移動する。
その途中。
「ん……」
イトはふと、また肌に寄せる波のような感覚を味わった。
それは左右――通路を挟んで立てられたアイドルたちのステージから流れているように思える。渾身のパフォーマンスが弾けるたび、それはより強く肌を圧してきた。
「ふふ……イトちゃんもわかってきたみたいね」
「えっ」
艶やかに微笑むいづなの声にイトは振り向く。
「今イトちゃんが感じているのは、ハイレベルなアイドルのみが感じ取れるスゴ味。アイ・ドルオーラよ」
「アイ・ドルオーラ!?」
「相手がどれほどの力量でどれほどの熱量を持っているか。一定の力があるグレイブアイドルはそれを肌で感じることができるの。チュートリアルも説明もないからオカルトっぽく聞こえるけど、でも確かにわかる」
達人は達人を知るという。その道のプロでないと、相手の凄さはわからないということだ。解像度、着眼点の違い……。これはそういうことなのか?
「今までいづなさんたちは、こういうのを感じ取ってきたんですか」
「ええ。より相手の脅威度がわかってしまう。それは怖いことかもしれないけど、自分の道を進む上で必ず見極めなければいけないものよ。おめでとう。まずは脱初級者ね」
脱初級者。そうか。強くなるということは、より厳しい世界に行くということなのだ。
六花ちゃんにまた一歩近づいた……ような気もするが、考えてみれば彼女は彼女で光る雲を突き抜けてその上に行ってしまったのだった。そしてこのステラもきっと。
「ここだよ」
そうして到着した、グレイブ前特等席。
巨大な鼓動のようなアイ・ドルオーラが伝わってくるのは、通りを挟んだ向こう側に葵のステージがあるからだ。何という力強いパワー。これまでは「超しゅごい!」としか思わなかったものが「は、はあああ……(脱力)」となるほど圧倒的に感じ取れる。
ステラは何とも思っていないのだろうか、と彼女をチラ見してみれば、葵の方をしっかりと見つめ、その上で楽しげに微笑んだ。葵を意識している。その上で、この天使のような笑み。あっ……はい(諦念)。
そうしてイトがステージを用意し、即席のカルテットとなった〈ワンダーライズ〉のパフォーマンスが始まる。
ダンジョン前に集まっていたシンカーたちもこの異変に気づき、人が集まり始めた。
お目当てはもちろん、神秘的な髪の見知らぬ美少女。
「じゃあ、行きますよ。みんな。ステラちゃん!」
――それは『草原を駆ける』のBGMが始まってすぐに起こった。
ドムッ!
「びゃおおおおおお!?」
「きゃあああああ!」
「なっ、なんだと!?」
イト、千夜子、烙奈の三人は、一瞬にしてステージから振り落とされていた。
曲のイントロにステラが首でリズムを取り、そのファーストステップを踏んだ瞬間だった。
重低音のように繰り出される波動。アイ・ドルオーラを感じ取れない客たちでさえ、思わずのけぞるような様子が見て取れる。
ステージ上のステラは――まるでこの星に住まう精霊のようだった。
お決まりのオートモーションは、とっくに追い抜かされている。
原型をとどめながらも大胆にアレンジされた振り付け。それに柔らかく追従するステラーパピヨンの揺らめき。星の色をした髪とアクセサリーが羽衣のように少女を包み、そして、そのどれにもスキルや魔法を用いた演出は使われていなかった。すべて、彼女単体のコントロール!
「……!?」
投げ出された地面からそのライズを見上げていたイトは、ふと周囲の異変に気づいた。
隣にあった別のアイドルのステージや、はす向かいの舞台までがステラの波動に煽られてガタガタと震えている。まるで暴風域が近づいているかのようだ。
「客席のみんな、ついて来てね」
多分、自分が他のメンバーをステージから吹っ飛ばしたことさえ気づかず、ステラの指先が魔法のようにメニューウインドウを操った。
途端に塗り替わる舞台。これは、彼女のカスタムステージ……!
『草原を駆ける』が、絶妙なタイミングで別の曲へとスイッチした。
そうして流れてきた新たな曲は――。
(『夜風の蝶』!)
彼女の所持バフを確かめた時に試聴したからわかる。
どこかオリエントのテイストを持った曲調。ステラのダンスもそれに合わさるように変化していく。体を波打たせるような、骨盤を中心に円を描くような、緩やかでありつつ激しい舞踊――これはベリーダンスのリズム!
そしてそれに合わせ、ドレスの翅脈模様が脈打つように変化して見える。髪の煌めきも一層増して……こんな、こんな奇跡みたいなパフォーマンスがあり得るのか……?
次の瞬間。
「きゃああああ!」
「わあああああ!」
ドゴオ!
波動に震えていた隣とはす向かいのライズステージが耐えきれず、とうとう吹っ飛んだ。それだけではない、そのさらに隣、そのまた隣も同じく地面から剥がされ、天高く舞い上がっていく。
「わ、わあ……」
イトは茫然とその光景を見つめた。
周辺でまだこらえているのは葵のステージぐらいだ。
これが、ステラのアイ・ドルオーラ……!
「くっ……このままじゃやられる……!」
「えっ、六花ちゃん!?」
それまでステージ脇で見守っていた六花が、突然葵の隣でライズステージを展開した。ステラに対抗するように〈サニークラウン〉のパフォーマンスを開始する。
バヂヂヂヂヂッッ……!!
「ふんぎゃああああああああああ!!」
一対二のステージからきらめきが吹き荒れ、その中央でぶつかり合った。つまり、バフをもらいに来た一般のシンカーたちのど真ん中で。イトたちもいるそこで。
「ほああああ……」
「うわあああ……」
満足そうな悲鳴を上げて、お客さんが一人また一人と光の中に消し去られていく。
何だこれは。何が起こっているのだ!?
イトはその渦中で、地に深く突き刺したガローラに必死にかじりついていた。千夜子と烙奈も一緒だ。過度な正義が悪と呼ばれるように、可愛いも最終的に暴力へと至るのか。きらきらと見た目だけはアイドルっぽい暴風の中、イトはただその真理を知った。
そうして――。
「みんなー! ありがとー! 楽しかったよー!」
一曲を終え、ステラが満足げな笑顔で客席へと手を振る。
「い……いえーい……」
周囲のアイドルとシンカーが軒並み吹っ飛ばされた中、唯一生き残っていたイトたちは、最後の力でそのコールに応じると、三人揃ってぱったり地面に倒れた。
「恐るべきライバルが現れたわね。月折さん」
そこに歩み寄るのは、同じく暴風域を耐え抜いた葵。
「ええ。〈HB2M〉以前のわたしだったら、どうなっていたかわからない」
その横で不敵に微笑む六花も健在。
息も絶え絶えのこちらと違って、彼女たちにはまだ余力があるようだ。それでもまったく平然としているステラには及ばないだろうが。
「これは面白くなってきたわ」
「次に会う時まで、できる限り磨き上げる……!」
挑戦者の面差しでステラを見やる我らが二大トップアイドルに対し、イトは泣きそうな声で、こう訴えるしかなかった。
「次からは別々の会場でライズしてくださぁい……」
マスターリード「これは演出。あくまで演出です!」
※お知らせ
11月上旬から中旬にかけて諸事情により投稿がお休みとなります。細かい再開予定については、次回かその次の回でお知らせできるかと思います。たびたび間が挟まってしまってすいません許してください! 何でも許してください!(傲慢)