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案件103:100億の少女

「ひとまずステータスを読ませてもらおう……」


 いち早く思索の迷路から脱した烙奈の一声が、イトの肩を叩いた。

 そうだ。さっきはレイアウトをパッと見ただけで仰天してしまったが、中身をきちんと確かめればもっと詳しいことがわかるかもしれない。


 一番単純なところでは、名前だ。所属クランなんかも。

 ところが。


(うっ……)


 イトは飛び出そうになるうめき声を、すんでのところで呑み込んだ。もちろん、心配そうにこちらを見守る少女に聞かせたくなかったからだ。


 少女のステータス表には、名前の欄がなかった。所属するクランもだ。空欄ですらない。そのスペース自体が削り取られている。


(何ですかこれ……)


 ヒヤリとしたものが背中を走っていくのをイトは感じた。

 名前も所属も剥ぎ取られた――この詰められたレイアウトがなぜか、そんな不吉なイメージを思い起こさせたのだ。


「イトちゃん、これ……!」


 そんな考えに動けなくなっているイトの視界に、突然千夜子の指が飛び込んできた。彼女の指先が示すのは職業の項目だ。


「あっ……アイドル!?」


 イトたちは揃って少女を見た。


「アイドル?」


 またも可愛らしく小首を傾げる彼女に、「わたしたちもアイドルなんですよ」とイトはそれまでの不安を一気に吹っ飛ばされながら話しかけた。代わりに沸き出てきたのは同業という親近感。


「わたしが、アイドル……。だった」

「いや、今でも絶対そうですよ。こんなに可愛いんですから!」


 自分の胸に手を当てて考え込む少女に、イトは興奮しつつ訴えかける。

 この容姿に、華やかなコスチューム。彼女がアイドルというのなら納得しかない。逆にアイドル以上の適役があるだろうか(いやない)。


 アイドル仲間。それは自分たちが持つもっとも強い絆だった。時に競い合い、時に騙し合……いや騙し合いはしないか、対立することがあっても、同じステージにいるという連帯は、クラスタやクランその他の関係とはまた別種の強固さで皆を繋いでいる。


「ね、ねえイトちゃん、コスチュームも見せてもらっていい?」


 千夜子が興味津々に聞いてきた。手元にはすでに検索用ウインドウを持参している。

 彼女は最初から少女の服装に関心を示していた。あのコスについて一刻も早く調べたかったのだろう。確かに特徴的なコスだ。少女の正体を探る大きな手掛かりになるのは間違いない。イトはうなずき、別窓にコスチュームを表示させた。


 そうして現れた名前に、千夜子は目をまん丸にした。


「ドレスが〈タペストリー・オブ・ステラーパピヨン〉で、ショールは〈ゾディアック・エンド・イコン〉、頭巾は〈ジェネシス・ネビュラ〉……!? ひええ、すごい名前……」


 一見してそれが何なのかわからないほど壮大な名称。千夜子はおののきながらもコスチュームカタログの検索をかける。が、


『ヒット……0件……!?』


 その結果にイトたちは声を揃えて驚いた。


「そんなことがあり得るんですか? こうしてコスが存在してるのに?」

「う、うん、一応……。これ、一般ガチャ景品のカタログだから」

「なるほど、つまりイベントか何かの限定品という可能性か……」


 それならそれで、より細かい絞り込みができそうだ。もし〈HB2M〉のような大がかりなイベントの景品なら、その優勝者も記録として残っているはず。

 イトたちは早速、有志謹製のイベントページをあたってみた。しかし適当にコスチューム名で検索をかけるも、それらしいものは見当たらない。


「それならバザールを調べてみるとかはどうですか。あそこなら大抵のものは売ってます」

「これだけのものだよ? 一般に流れてくるものじゃないよ絶対……」


 何やら裏事情に通じた口振りで返した千夜子だが、「あっ、でも……」と何かを思いついたようにメニューから動画投稿サイトを開いた。

 ポチポチと画面を操作して呼び出されたのは彼女のマイリスト。中には「超絶高額コスチューム10選」などの、過去の人気コスチュームを取り扱った動画の数々が詰まっていた。


「今思い出したんだけど、わたし前に、カタログだけじゃなくてコスの紹介動画もチェックしてたんだ。ここにならそのタペ……タペ……コスチュームのことも出てるかもしれない」

「うむ……しかし随分な数の動画が登録されているな。マイリストがパンパンではないか」

「まあ、うん……」


 けれども無作為に過去データを漁るよりは断然効率も良さそうだ。イトたちは手分けして片っ端から動画を開いていくとにした。


「わ、わたしも一緒に見る。もしかしたら何か思い出せるかもしれないし……」


 と、少女も協力してくれた。そして四人で動画をチェックすることしばし……。


「あっ!! あった! あったよ!」


 千夜子が跳ねるような声を上げ、全員を振り向かせた。

 動画のタイトルは――『現在入手不可!! 伝説のコスチューム20選』。

 全員がモニター前に集まったのを確認し、千夜子は該当部分を最初から再生する。


《次にご紹介するのは、スカグフコス史上最高傑作との呼び声も高い〈タペストリー・オブ・ステラーパピヨン〉です》


「ホントです、これですよ……!!」


 イトたちは思わず笑顔を交わす。追加で棺の少女の微笑みによって、全員がふやけた顔にさせられる。


《こちらのコスは旧シーズンのイベント報酬として配信され、実装数はわずか三とも言われる伝説的なアイテムです。私も画像でしか見たことありません。その特徴は何といっても――》


「そ、その過去イベントについてもっと説明してくれませんかね……!?」

「ぼかしているあたり、投稿者も調べきれなかったのかもしれないな……」


 さっきの有志サイトにも情報はなかったほどだ。こうした古いイベントに関して公式のアーカイブはせず、過去の記録はプレイヤーだのみ。意図してAIがそうさせているという話すらある。歴史を作るのはプレイヤー自身だと。たとえそれが不正確なものであっても。


《――それで、もし現在これに値段をつけるとしたらですが……安く見積もっても80億グレブンは下らないでしょう》


『はちじゅうおくう!?』


《同時期に配信され、コーデの相性が良いとされる〈ゾディアック・エンド・イコン〉とのセットで100億は軽く行くのではないでしょうか》


「ちょっとちょっとちょっと、全部言ってる! この人全部言っちゃってますよ!」


 イトは画面に向かってまくし立てた。三つのアイテムのうち二つまでが一気に登場してしまった。

 100億……100億の少女……!

 ゴクリ……と喉を鳴らし、イトと千夜子は少女を見た。


「あ、あらら~……?」


 彼女は困った笑みを浮かべ、両手のひらで小さくストップを出しながら後ろに身を引く。


 良いものだとは思ったが……想像以上にとんでもない超額アイテムだった。クオリティに希少さが上乗せされ、もはや一介のコスにはとどまらない資産価値となっている。


 そしてさらに恐ろしいのは、この少女がそのコスに「着られて」いないことだ。最初からこの服装でキャラクリしたかのように似合っていて、馴染んでいる。

 果たして六花ちゃんでもこれができるかどうか……。バ、バカな……。山の頂上が入れ替わるなんて……。


 プルプル震えるイトは、「い、いや待ってください。アイドルなら所持しているバフ曲もチェックしないと……」と、なぜか対抗するように次の調査対象を口にしていた。

 しかしここでもイトたちは奇妙なものを見せつけられることになる。


「何か、知らない曲がめっちゃあるんですけど……」


 少女のスキル欄には、基本的なバフ曲はほぼ網羅されていた。その充実ぶりは、さっき「わたしたちもアイドルなんですよ」と同列扱いした自分が恥ずかしくなるほどだ。


 しかしそれにも増して、見知らぬ曲が多い。

 一応、王道をゆく正統派アイドルとして、現行のバフ曲くらいは頭に叩き込んでいるつもりだった。しかし、ずらりと並んだ楽曲の半分以上が見たことも聞いたこともないタイトルだ。


「ちょ、ちょっと待って。この〈夜風の蝶〉って名前、最近見たよ。そうだ交流サイトで……」


 千夜子が慌てた様子でメニューを立ち上げる。


「あった、これ……!」


 言って指さした直後、千夜子は硬直した。

 そのトピックのタイトルは、『アイドル職用限定ライズバフ〈夜風の蝶〉、第十七地区のバザールにて初出品。時価1億グレブン』。


「また億ぅ!?」

「何だか金銭感覚がマヒしてきたな……」


 開いた口が塞がらないまま、イトはそのタイトルの違和感に気づく。


「あの、この初出品ってどういう意味ですか……?」


 バフ曲がバザールに出されること自体は珍しくも何ともない。ガチャでたまたま引いて、いらないと思った人が出品する、ただそれだけのことだ。アイドル自身やコアなファンがほしがるため値段は高騰傾向にあるが、そんなことがなぜ交流サイトのニュースに……。


 イトは記事の内容に目を通してみた。

 ――〈夜風の蝶〉はシーズン2から配信されたガチャ景品用ライズバフ。しかしシーズン4以降復刻がなく、現在は入手不可能とされていた幻の楽曲で……。


「シーズン4から入手不可……」


 イトたちは顔を見合わせ、それから大慌てで他のライズバフについても調べた。

 やがてとんでもない事実が判明する。

 少女が持っていた見知らぬ曲は――いずれも絶版の希少品ばかりだった。


 バフ性能としては、そこまで大したものがあるわけではない。当時は高性能でも後発楽曲のインフレに呑まれて廃れていった感がまあまあある。

 しかし、スカグフでの市場価値は性能だけで決まるものではない。現実と同様、希少であればあるほど高い値が付けられる。


 その総額、手計算で…………ざっと10億! また億! 気軽に億……!


『…………』

「あ、あらら~?」


 イトたちが凝視する中、困り笑いの少女はまた、手のひらを小さく向けてこちらにストップを出してきた。


 とんでもない……とんでもない少女だ。

 彼女がそこにいるだけで極上の可愛さと110億の香りが周囲に拡散される。こんなの、歩く超絶可愛い指定文化財ではないか。


 ただ、少しだけこの少女の素性がわかった気もする。

 シンプルな話、彼女は古いシーズンのアイドルなのだ。


 現在入手不可のコスや楽曲をモリモリ持っているのも、当時現役だったから。しかもトップレベルの。それがタイムスリップでもしたみたいに現代に現れた……と大袈裟にしてみたがこれはゲーム、そんなに不可思議な話でもない。


 かつてアイドル職をやっていた有名プレイヤーが、最近になってカムバックした。それが一番妥当な推理だろう。

 エンジェルキャスケットと記憶喪失の謎とは直接は繋がらないけれど……。


(まさかその当時に棺に閉じ込められて、今まで眠っていたなんてことは……。いやいやいや、ないでしょ。ない……)


 と。


「大変お待たせして申し訳ございません。お茶が入りました」


 まるでこちらの話が一区切りつくのを待っていたようなタイミングで、頭にトレイを載せたペンギンがリビングに入ってきた。

 そういえばお茶を頼んでいたんだった。どう考えても時間がかかりすぎだったのは、やはりこちらの邪魔をしたくなかったのだろう。


「ありがとうございますスパチャ。このペンギン(ひと)がスーパーセバスチャン。わたしたちのマネージャです」


 イトは少女にそう紹介する。が、反応がない。不思議に思って顔をのぞき込むと、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、


「……ペンギンがしゃべった」


 つぶやき、それからすぐに「可愛い!」と彼に抱きついていた。


「あっ、何をなさるのですご友人様!」

「可愛い、可愛い! ねえどうしてペンギンがしゃべってるの?」


 頬ずりをし、問いかける少女。それを見たイトはすぐさま二人の間に割って入ろうとした。うちのAIマネージャーに対するこのような行いを黙って見ているわけにはいかない!


「スパチャ、ちょっとそこ代わってください! わたしがスリスリされます!」

「イトちゃん?<〇><〇>」


 ビービビビビビ……!


「びゃおおおおお!」

「きゃあっ!」

「お嬢様!?」

「ええい、突然混沌とするな! 全員戻れ! ブレイク!」


 レフェリー烙奈が大声で仕切りを入れると、全員があたふたと元の位置に戻った。

 改めて少女にスパチャの説明をし、AIマネージャーには色んなタイプがいることも併せて紹介する。彼女はそれを何度もうなずきながら熱心に聞いていた。


「貴女もアイドルだから、何らかのサポートAIがついていたと思うが」

「そうなのかな……。あ……」


 烙奈の問いかけに、少女は今までとは少し違った反応を見せた。


「何か思い出しました?」

「ん……んん~……。何か……頭の中で動いたような気がするんだけど……」


 少女は両方のこめかみに人差し指をあて、


「う~ん、う~ん……。ごめんなさい、気のせいだったみたい」

「はい可愛いのでセーフ」


 しかしこれは一歩前進と捉えていいかもしれない。彼女は確かに何かを感じていた。記憶の影、「そこに何かがあったはず」という感覚を。この路線で行くのは正解かもしれない。スパチャ。AIマネージャー。つまり……アイドル!


「お嬢様方――」


 ここで申し訳なさそうに声が挟まった。


「立て込み中のところ大変心苦しいのですが、そろそろ本日のデイリークエストを消化しておかないと事務所からの査定が……」

「あ……」


 イトもはっとなる。

 ここ最近、スパチャはスケジュールに関して以前よりうるさくなっている。というのも、〈ワンダーライズ〉が事務所から見張られるようになったからだ。これまで野で放し飼いにされてきたところを、ようやく本格的に注目してもらえたということ。今こそ真の力をアッピルする時なのだ。


「そうだ!」


 ここでイトはポンと手を打った。


「この子にライズ会場でわたしたちのステージを見てもらうっていうのはどうでしょう!」

「えっ、いいの? 見たい!」


 いち早く応じたのは少女だった。

 ライズ会場の雰囲気、そして本物のライズパフォーマンスを見れば、記憶回復の助けになるかもしれない。さらにデイリーも消化される。一挙両得の名案だった。


「だ、大丈夫かな……。多分、すごい注目されると思うよ、その子……」


 千夜子が気後れした様子で懸念を口にする。確かに大騒ぎになるだろう。しかし、


「それも狙いの一つです。もしかしたら、彼女を知っている誰かが名乗り出てくれるかもしれません。こんな可愛い子ですよ。むこうだって絶対この子を探してますよ!」


 もちろん、下心丸出しで近づく輩がいれば、その時は「護衛任務」のサービスを提供しなければならないが……。


「本人も乗り気なようだし、やってみる価値は十分にある。マスコミクランも放っておかないだろうしな」


 烙奈の発言に千夜子もうなずき、これで次の方針が決まった。

 100億の少女と共に、いざ人々が溢れるライズ会場へ!


再開をちゃんと待っててもらえてホントに感謝しかないです!

次回、ライズ会場にて。まあ別に事件とか起こらないでしょ常識的に考えて……。

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イエス、マイダーククイーン! 他作品でもある、表示が文字化けしていたり、■で埋め尽くされていたり、或いは■■■ノ■ガ■ みたいに僅かに見える、みたいな演出は大好物です 不気味さと隠された部分を想像さ…
> タペストリー・オブ・ステラーパピヨン > ゾディアック・エンド・イコン > ジェネシス・ネビュラ つ、強そう…って思ったらそういやアイマスの衣装もこんな感じだったわ(´・ω・`) しかし宇宙関連か…
スナッチャーが、ほぼ毎回襲ってきて撃退するのが、恒例じゃないの!?
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