案件100:ドレスの季節を終えて
サマードレス仮面たちの暴りょ……活躍によりオウミヤの企みは崩れ去った。
裏稼業用ジャーナルによると、この件で実力行使を担っていたクラン〈ギガ=マンエン〉は一時的に活動を鈍化。今後は地区の情報収集に力を充て、再びよその地区に移動するかどうかの算段を立てていくとの見方が強い。
そんな裏の事情を知ることもなく――十七地区のコスチュームトレンドは、緩やかにプリンス・ドーターへと移行しつつあった。
奇跡の復活を遂げたハイランド・サマードレスは、それまでの鬱憤を晴らすがごとくもてはやされ、咲き乱れ、その役目を終えた。流行に敏感なプレイヤーの関心はごく自然にプリンス・ドーターとそのアレンジアクセサリーに向かっており、いち早くそれを手に入れたシンカーたちは、自分たちのセンスを見せびらかすように通りを闊歩している。
バザールにて安価で大量の供給があったことも、その流行に拍車をかけた。
まるで、迂闊にも大量に在庫を抱えてしまった誰かが、今すぐ吐き出さないとブーム終了までに間に合わないと焦っているようだと、一部の人々は囁き合った。
しかしそれでも、サマードレスを着続けるプレイヤーは確かに残った。
プリンス・ドーターにさほど惹かれなかった者、ようやく手に入れた憧れをまだまだ愛用したいという者。いずれも、その姿でいることに何の気後れも怯えもなく、心行くまでゲーム内でのコスチュームプレイを楽しんだ。
そして……そんなプレイヤーたちの多くが、まるでセットアップとして作られたような、お似合いの飾り紐を腕に巻いていたという。
※
「ごめんくださぁい」
千夜子が年季の入った引き戸をガラガラと開けると、以前見た時と変わらない店の景色が出迎えてくれた。
クラン〈雅ケ原〉ホーム兼直売店。前回訪ねたきりとは言え、そう時間が空いているわけでもなし、様変わりしていなくて当然だった、が。
「ちっ、ち、千夜子ちゃん!?」
ドタンバタン! ゴロゴロゴロ!
一人明らかに様子のおかしい店主のカサネが、帳場柵につまずき、三和土に転がり落ちて千夜子の目を剥かせた。
「カサネさん!? 大丈夫ですか!?」
「へ、平気や平気! それよりよう来てくれたなぁ。さささ、上がって上がってぇな」
すぐさま起き上がったカサネは、千夜子の背中を押して店の中へと引き込もうとする。
「ちょっと……」
そこに警戒するような声が割り込んだ。
引き戸の外側にいたアビスだ。彼女が不機嫌そうにカサネを見つめると、カサネもまたアビスを温度のない糸目で見返し、
ガラガラガラ……。
「ちょっと! 何閉じてるのよ!」
無言で戸を閉じようとしたカサネの手を押さえ、アビスが抗議の声を上げる。
「あっ、お友達もおったんかぁ。えろうすんまへん」
「しっかり目が合ってたでしょ! どこ見てんのよ!」
「おほほほ……堪忍やでぇ」
改めて扉を開け、アビスを店内へと招き入れる。
しきりに奥の部屋を勧めるカサネに対し、千夜子が「挨拶しに来ただけだから」と遠慮して上がり框に腰かけると、彼女はすぐさま隣に座って肩を寄せてきた。
「なんか……近くない?」
カサネとは反対側の隣に座るアビスが、こちらを挟んで不満げな声を投げれば、
「そんなことあらへんよぉ。なぁなぁそれより、久しぶりやなあ千夜子ちゃん。元気しとった? アイドル活動は順調?」
と、何だか前よりも親しみを込めた言葉を向けてくる。
「はい。おかげさまで。カサネさんは?」
「うちも元気ばりばりやよぉ。特に最近いいことあってなあ。ほら、これ見て?」
そう言って、非フレーム式のタブレットを差し出してくる。
画面には、サマードレスの女の子たちと一緒に映るカサネが表示されていた。
「これは?」
「うちのファンやて」
「ええっ、すごい」
「せやろ~?」
へらへらとだらしなく笑いながら、カサネはSSを見つめる。
「この子ら、最初は特に接点もなく、ただうちの商品を買ってくれとったお客さんやったんやと。それがライズ会場でたまたま会って、飾り紐以外にもうちのアクセサリーをつけてることに気づいて、意気投合したそうなんよ」
「……!」
ライズ会場でサマードレス。それは。
「そう、千夜子ちゃんたちのライズステージや」
カサネの細い目が開き、柔らかくこちらを見据える。
「そんで、この子らで話をしてるうちに、今度みんなで買いに行こうって流れになって、来てくれたんや。このSSはその時のもん」
ほうっというため息がタブレットの上にかかる。
「嬉しかったなぁ。“カサネさんのアクセサリーのファンなんです”とか“一緒にSS撮ってくれませんか”とか言われたの初めてやった。今までは普通のお客と店の関係やったから。でも――」
ふわりと、千夜子の手にカサネの手が重なった。
「千夜子ちゃんたちのおかげで、うちも小間物屋として一歩前に進めた気分や。ほんま、ありがとうな……」
「いえ、それはカサネさんのアクセサリーが良かったからで、わたしは別に……?」
千夜子はここで違和感に気づいた。
カサネの頬が何となく赤い。上品な薄化粧のせいでは決してない。手の温度も高いし、柔らかい声音とは違って肩も少し緊張しているように見える。
「むむ~……!」
隣から唸り声がして、反対側から両方の腕を引っ張られた。犯人はアビスだ。
「ア、アビス?」
「千夜子の手はわたしのもの! よくて片方イトのよ!」
「なんやケチなお友達やなあ。ほな、うちはこうしよ」
言うが早いか、カサネがぴたーっと肩をくっつけてくる。
「あーっ、ちょっとあなたね!」
「ええやん? うち、千夜子ちゃん最推しやもん」
「カサネさん……!?」
目を白黒させる千夜子に、カサネの少し神妙な声が返った。
「千夜子ちゃん、こないだ悪者に襲われそうになったうちを助けてくれたやん……?」
「えっ!!? な、何のことだか……」
千夜子はたちまち目を泳がせた。サマードレス仮面のことはカサネには一切話していない。あの集団を撃退した後もすぐさま撤収していた。グレートヘルムをかぶっていたし、まさかあそこにいるのが自分だなんてそうそう気づけないはず……。
「なんかうち、すごく気が強くて腹黒に思われること多いんやけど、ホントはとても繊細で怖がりなんよぉ。夜、一人でいるところにあんな大勢からPKされたら、怖くて立ち直れんところやった。そんな時に、千夜子ちゃんが駆けつけてくれてなぁ……。ホンマ、カッコ良かったでぇ……」
はぁ~、と悩ましげな息を吐くカサネ。
うん……。ダメだ。完全にバレてる。なんというかんさつりょくだ。
「……でも、結局最後は、一人じゃ何もできなかったから……」
千夜子は気まずさで口の中を湿らせながらつぶやいた。そう。みんながいてくれて、ようやく敵に立ち向かえた。自分なんてそんなちっぽけな存在にすぎない。
「そんなことないで。最初に来てくれたんは、間違いなく千夜子ちゃん一人やった」
「そうよ」
カサネに同調したのはアビスだった。
「千夜子があの時ふらっと出ていかなかったら、わたしたち誰もカサネのピンチになんて気づかなかったわ。わたしが心細い時だって、千夜子は一番に駆けつけてくれた。一人で戦える勇気より、一人にさせない優しさの方がずっと大事よ。ずっとね……」
ぎゅっと握られた手の間に小さな熱があった。あの時、二人で手を繋いで逃げた時から変わらない熱が。
「なんや、アビスちゃんも同じやったんか。千夜子ちゃんモテモテやんなあ」
そう優しく言って、カサネが肩を摺り寄せてくる。
「カ、カサネさん。それは、その……」
「なあ、千夜子ちゃんは、年上のお姉さんは嫌い……?」
「そ、そういうわけじゃないけどもぉ……」
自分よりずっと大人びていて、バザールでバリバリ活躍しているカサネが、まるで少女のように甘えてくる。同年代の女の子とは違う、落ち着いて形の定まった色香が、首筋を伝って服の内側へと落ちていく感触。甘えてくれるし、甘えさせてくれる。そんなある意味ずるい未来予想図を抱かされ、千夜子の体温も自然と上がった。
し、しかし、これは困る。自分にはもうすでに心に決めた人がいるのに……!
千夜子が何とか健全な距離を保とうと、渋滞しかけている頭を必死に回した、その最中。
「……ところで、これうちの最新作なんやけどぉ」
すっと目の前に出されたタブレットに、新たな編み物アクセサリーが表示されていた。
「……!!」
千夜子は目を丸くした。リボン風のアクセサリーは相変わらず優秀、可愛いの一言。多分色んなコスに似合うだろう。しかしそれにも増して気になるのは……。
「これ、“墓森ガール”コスに合うように作ったアクセサリーなんやけど、ガチャの再販もしばらくないし、知名度がイマイチなんよなぁ~」
バザールに潜む悪魔の声が囁いた。
リアルでも定期的にプチ流行し、最近また注目を集めているという、牧歌的でふんわりしたデザインのワンピース。
スカグフでこのコスが配信されていたのは、千夜子がゲームを始めるよりずっと前だ。
存在はカタログで知っていたもののカサネの言う通り再販は長期間なし、バザールにあるものは目玉が飛び出るほどの超高額と、入手は絶望的。しかし、イトもこれを見て「絶対チョコちゃんに似合う」と言ってくれた……!
「また千夜子ちゃんたちに宣伝してほしいなぁ。もちろんコスは前と同じくうちが用意して、使った後は好きにしてもらってええからぁ……」
「あっあっあっ……」
千夜子が手を伸ばす。タブレットは蝶のように逃げる。千夜子が追う。タブレットはさらに逃げる。
「ちょっと! 千夜子をもので釣る気!?」
アビスが憤慨して眉を吊り上げる。
「お友達も協力してくれたら、また同じコスをあげられるんやけどなぁ。千夜子ちゃんとお揃いになれるんやけどなぁ~……」
「!! 千夜子と……またお揃い……」
気づけば、アビスもまたフラフラとカサネのタブレットを追っていた。
「みんなで宣伝、楽しいやろなぁ~。二人でSS撮ってサイトに上げてもええよぉ~。ほぉれ、ほぉ~れぇ」
「憧れのコス……コス……」
「千夜子と二人でお揃い……お揃い……」
虚ろな目の二人を誘導し、カサネは奥の部屋へと入っていった。
〈ワンダーライズ〉に新たな案件が入ったのは、このすぐ後のことだったという。
これにてバザール編はお開きとなります。ご視聴ありがとうございました。
※お知らせ
10月序盤からまた投稿が一旦止まります。あと1回投稿できるかできないかくらいなので、もしできなかったら「やはりな……」と思ってください。
再開は10月の下旬頃になると思われます。投稿の際はXと活動報告でお知らせしますので、そちらで確認していただけたら幸いです。それではまた!