案件1:案件0!
ユリガ カキタカッタ
新実装されたスカイグレイブ〈愚劣なる闇道騎士〉の前には大勢の人々が詰めかけていた。
風化した巨石神殿に絡みつく奇怪な黒いツタ。それに取り込まれて白骨化した過去の探索者たちの亡骸。彼らが握りしめた遺品としてのアイテム。どれもプレイヤーたちの冒険心を揺さぶるものばかり。
にもかかわらず、完全武装で集結した空墓探検家「シンカー」たちの熱狂が第一に注がれるのは、ダンジョン前に特設されたステージの上。そこで可憐なダンスと歌を披露する少女たちだった。
“ライズバフ”。少女たち――支援特化ジョブ「アイドル」だけが付与できる特別な能力向上効果。
他ジョブのバフとは別枠で維持され、しかも長時間機能するこの加護を得て探索に向かうのがシンカーの定石。そしてそんな献身的で可憐なアイドルたちを愛さない者はなく、少女たちはゲーム上の役割を超え、文字通り偶像として君臨していた。
スカイグレイブシーズン8、第三節の始まり。
そんな晴れ晴れとした景色に突然、悪辣な蛮声が響き渡る。
「ちょっと待ったぁ!」
「誰に許可を得て集まってんだオォン!?」
ステージ前に集まったプレイヤーたちになだれ込む粗暴な一団。同時に沸き起こる無数の悲鳴。
「うわあああ! PKだあああ!」
「せっかくの新グレイブ解禁なのに何考えてんだこいつら!?」
PKまたはプレイヤーキラー。プレイヤーを襲うプレイヤー。ここはPK禁止の“セントラル”ではなく、無法の“アウトランド”。
「うるせえ! こっちの目的はあくまでアイドル様の曇り顔じゃボケェ!」
「うわこいつら“スナッチャー”かよガチのクズじゃねえか!」
集まった観客たちをかき分け、プレイヤーキラーたちはアイドルたちのいるステージ上を目指してくる。
「ぐへへ……待ってろよ六花ちゃん! 今から君が一番可愛い曇り顔をSSで撮影してあげますからねえ!」
「最低!」
「六花ちゃん逃げて!」
周囲のシンカーたちが阻止しようとするも、乱入者たちの突進は止まらない。
PK集団が狙うのは、ステージ上で立ちすくむ黒髪の少女ただ一人――。
「コラアアアアーッ!」
そこに、澄み渡るような怒声が撃ち込まれた。
「アイドルたちの怖がる顔を撮影し、それを投稿サイトに流しては悦に入るという不埒な行い、許すわけにはいきません! それに六花ちゃんの一番可愛い顔は笑顔だろぉ!? そこ間違ったの絶対許さん!」
現れたのは、身の丈サイズのバスターソードを構えた、初期装備レザードレスアーマーの少女。
「ゲエッ!?」
それまで破竹の勢いだったPK集団が、靴底から粉塵を上げる勢いで急ブレーキをかける。
大剣の少女の横からはさらに、折り鶴のような飛行オプションを浮かべた三角帽子の魔法使いと、大型拳銃を手にしたゴスロリドレスの少女が姿を現す。
「わあああ止まれ! 止まれ! ヤツだ! ヤツらが出た!」
「まさか、最悪のPKK傭兵団〈ヴァンダライズ〉か!?」
「ダメだ襲撃は失敗だ! ヤツらが雇われてやがった! 負けカウント増やしたくないんです、逃げろおおおお!」
無法者たちは周囲のシンカーたちを押しのけ、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
残されたのは、たった三人で悪漢たちの前に立ちはだかった三人の少女のみ。プルプルと肩を震わせるバスターソードの少女は、顔中を口にして叫んだ。
「ヴァンダライズじゃありません! わたしたちは〈ワンダーライズ〉! れっきとしたアイドル! です!!」
※
『スカイグレイブファンタジア』。
世界初のAIによる完全製作が謳い文句の、五感没入型大規模MMO。通称スカグフは「その先の冒険をマジで誰も知らない」のコピーが示す通り、運営側でさえその全容を把握しきれていないという、未知へのスリルと期待を煽る触れ込みで人気を博している。
そのフレーズがすべて真実かどうかはともかく、経営するプラネットワーク社の開発スピードは人間業ではなく、リリースから八年たった今でもプレイヤーが存在すら把握できていないフィールド、アイテム、イベント、スキル等が山ほど存在していた。
掘り尽くせぬコンテンツとシステム。あまりにも未知で、まるで宇宙のように現在進行形で広がっていくこの世界に、プレイヤーはとことん魅了された。
また、もう一つの大きな特徴が、世界の空を漂う巨大で膨大な浮遊物――スカイグレイブだ。
ここではいわゆるダンジョンがすべて空に浮いており、それらはいずれも古代に栄えた“蒼穹族”と呼ばれる何者かの墓だった。
かつて地上を支配し、空を我がものとし、そして空で滅んだ謎多き種族。
今はただ、その遺物と思しき残骸と墓だけが高空を漂っている。
この不可思議な空墓に挑み、その奥の主を倒し、お宝と世界の秘密を得る。それこそがプレイヤーたち「シンカー」の主目的だ。
……なのだが、AIの不手際かそれともバグなのか、探索の結果そこに何もなかったということも少なからずあった。
しかし、それならそれでもいいとプレイヤーたちはうそぶく。
その先の冒険をマジで誰も知らないのだ。ゲームがプレイヤーを楽しませてくれるとは限らない。これは本当の冒険なのだから。
悠然と空を行く誰かの墓の下で、今日もプレイヤーたちは思い思いの人生を楽しんでいる。
※
アウトランド。PK不可の「セントラル」とは違い、プレイヤー同士の決闘――あるいは一方的な暴力が許可されているこの土地は、その殺伐としたルールとは裏腹に新規プレイヤー、あるいはごく普通の一般プレイヤーたちで多くが占められている。
安全なセントラルで家宅を構えられるのは、潤沢な資金を持つ古参プレイヤーや廃課金勢、そして大手クランのみ。アウトランダーたちは決してPKがしたくてそこにいるわけではない。仕方なくそこに住んでいるのだ。
第十七地区のアウトランドにぽつんと建つタウン6は、ホーム五百を抱える平凡な町だ。
町の様子は、外の荒野に比べると妙に小奇麗な近代ヨーロッパ風。そこに魔法的に解釈されたSFチックなガジェットがちりばめられている。
しかしそこがどんな町であろうと、日々空を漂う膨大な残骸に日光を遮られ、まだら模様の明暗を際立たせてることだけは変わりがない。
「ぬうん」
そんなタウンの一角。
赤レンガ積みの外観はそこそこオシャレでも、古臭さはいかんともしがたい安アパートの三階の窓から、その少女の姿がうかがえる。
弱小クランもとい、駆け出しアイドルユニット〈ワンダーライズ〉のメンバー、白詰糸。手持ちの資産ではそれが精いっぱいだった最安価ホームの一室で、彼女は端末の画面とのにらめっこを続けていた。
緩くウエーブしたライトブラウンのロングヘアー。
身長は平均的だが、実る部分はそれなりに実っており、顔立ちも愛らしい。ただし、豊かすぎる表情筋がそれを少々、いやだいぶイロモノ風味にしてしまっている感はある。
服装は、初期装備のレザードレスアーマーにフラワーヘアバンド。最弱モンスターの“ベトベトライム”を三匹までなら安全に倒せる保証付き。四匹以降は知らない。
「ぬううううううん……」
「イトちゃん。ダメだよアイドルがそんな顔しちゃ。眉間にシワの跡がついちゃうよ」
イトの変顔に心配そうな声をかけたのは、備え付けのソファーに腰を沈めた別の少女だ。
飯塚千夜子。通称チョコ。
背丈はイトと同等ながら体形は大変豊作であり、魔法使いの初期装備であるミニスカとニーソからは耳をすませばムチムチという音が聞こえてくるという(イト談)。
優しさと慈しみを体現するような愛らしい丸顔で、髪はミルクティーベージュのセミロング。
そんな彼女にイトは唇を尖らせ反論する。
「でもですねチョコちゃん。このメール画面見てくださいよ。わたしたちはアイドルなんですよ。クラン案件とか、コラボ依頼とか、そういう連絡を受けるためのフォームですよね、ここ。なのにどんな依頼が来てると思います?」
「用心棒であろう」
淡泊に即答したのは、同じくソファーに腰かけた――というより、置かれた、とも言い表せる人形のように小柄な少女。
草景烙奈
クラシックなダークブルーのゴスロリドレスとスーパーロングの銀髪は、小学生並みの彼女の体をほとんど埋もれさせている。
色白な小顔に、妖しい光を奥に湛える青い目。雰囲気も、名前も、言葉遣いも、いかにも“作っている”ことが明白だというのに、そこに不自然さを見せたことは一度もない。
そんなミステリアスかつ妖しい少女の返答に、イトは真夏の太陽のように率直にうなずいた。
「そうなんですよ! どこを見ても護衛! 襲撃! 強奪! 何ですかこれ……どうすればいいんです!?」
「黙って受けるしかないのではないかな。報酬は出るのだし」
「違ああああう! わたしたちはアイドル! 主な役割はライズ会場でのバフ! それからクランのコマーシャルや調合商品の宣伝とかもしたい! なのにどうしてこんな、騙して悪いが……みたいな殺伐とした依頼ばかり来るんですか!?」
「ごめんイトちゃんの例えって毎回わたしにはわかんないよ……」
白詰糸、飯塚千夜子、草景烙奈。この三人が結成わずか一か月の〈ワンダーライズ〉のメンバー。しかし世間はなぜか――いや、とある“活躍”をきっかけに、彼女たちをまったく別の集団――傭兵団として見ている。
「しかしイトよ、活動実績は多ければ多い方がいいのではないかな。コネも作れる」
「間違った依頼選びをしちゃダメですよ烙奈ちゃん! 最初の仕事は入り口なんです。軽い気持ちで始めたらどんどん親密になって、やがて企業の極秘任務とかを任されるようになって、最後には“おまえは知りすぎた”とか言って消されるに決まってます! じゃあ最初から頼むなよなぁ!?」
「く、詳しいねイトちゃん……」
「わたしたちはあくまでアイドルとして仕事を受けます。世間の評判に流されてはいけません!」
イトは改めて、じいっとメールフォームを見つめた。
ずらりと並ぶ闇系案件のどこかに、アイドルらしい可愛いい仕事が一つくらい挟まっていることを信じて。
『スカイグレイブファンタジー』のアイドル職は、他のゲームをいくつか知っているイトにとってもかなり特殊だ。
ここのアイドルたちはほとんどが“ホンモノ”だった。
イトも、千夜子も、烙奈も、現実世界に存在する芸能事務所〈ハニービスケット〉に所属するれっきとしたアイドルだ。
ただしスカグフ内限定の。
そういう企画に応募したのだ。
超大人気MMOのゲーム内からホンモノのアイドルになろう! という。
スカグフはもはや仮想現実の枠を超え、現実世界の一部に食い込むほどの人気になっている。そこで知名度を上げられれば、リアルへの進出も当然あり得る。そうしたデビューのルートが社会的に認知されているのだ。
そうしたアイドルたちは、グレイブアイドルなんて呼ばれていたりする。
地下アイドルならぬ墓アイドル。よりアングラに沈んだ気がしなくもないが、スカイグレイブという単語が世間に肯定的に受け止められている今、ゲゲゲの妖怪みたいなアイドルかと勘違いする年齢層はごく限られている。
その大成功例を、イトはすでに間近で見ている。
同じ事務所のトップアイドル月折六花。そして彼女をリーダーとするユニット〈サニークラウン〉の現実世界での快進撃。今のグレイブアイドルは、みんな彼女たちに憧れ、その背中を追いかけている。
ただ、道のりは長く険しい。
グレイブアイドルたちは基本セルフプロデュース。細かなやりとりはユニット結成時に配布されるAIサポートマスコットがやってくれるとは言え、人間のマネージャーすら付かない。自分たちでコネクションを作り、他プレイヤーやクランから案件をもらって、のし上がっていかないといけないのだ。
イトたち〈ワンダーライズ〉は自他ともに認める弱小、ミジンコ級ユニットだった。
アイドル職に必須なバフダンスは初期の一種類しか持っていなかったし、コスチュームだって今の初期装備のみ。何より、これまでの“行為”が原因で知名度が致命的に歪んでいる。これじゃリアルなアイドルになるなんて夢のまた夢。
イトはメールフォームを完全に見限って宣言した。
「やっぱり待ってるだけではダメです。わたしたちも今のイメージを払拭すべく、何かアイドルらしい配信企画を立てて地区のみんなにバリモリアピールしていかないと!」
「ずいぶんまっとうなことを言う」
「でも何をするの?」
仲間たちの顔を見て、イトは「任せてください」とそれなりに豊かな胸を張る。
「バグ技攻略なんてどうです!?」
「ゲーム内の不具合は発見から一分でAIによる修正が入る」
「ならコレジャナイ探しとか!」
「AIの造形美に致命的と言える部分はなかった」
「これでどうですRTA!」
「タイムアタックなぞガチ勢の極致だ。そんな装備で死にたいのか?」
並べた企画をすべて烙奈によって両断され、イトは後ずさった。
「くぬぬ……! か、かくなる上は――禁断の百合営業でェェ!」
「きゃああああ!」
一転攻勢。ソファーで話を聞いていた千夜子に襲いかかる。
「ぐへへ、これも事務所のポイントのためなんですチョコちゃん。ステータス表のチュートリアルを読んでるうちに終わりますからぁ……!」
「や、優しくお願いしますぅぅぅ……」
「やめよイト。それはしょっちゅうやっておるし、もはや何番煎じかわからぬ。女子がイチャコラしているだけで人目を引ける時代ではないぞ」
「くっ、寒い時代になったものです……!」
千夜子の豊作な体に覆いかぶさっていたイトは、しかめっ面で彼女から離れた。
が、なぜかここでショックを受けた様子を見せる千夜子。
「えっ……イトちゃん、もしかしてわたしとのことは仕事だったの!?」
「なんかすごい複雑なルビを見た気がするけど、そうですよ……」
わなわな震える千夜子の両肩をしっかりと掴み、イトは重々しく語りかけた。
「営業だと思ってたから今までセーブできたんです。そうでなかったらわたしはチョコちゃんにもっとスゴーイことをしてタイーホされてます……」
「えっ」
「はぁ……企画は全滅かぁ。わたしなりに何とか考えてきたんですけど……」
ため息をつくイトに、烙奈は静かに微笑んだ。
「焦ることはない。わたしは貴女たちに可能性を感じている。いずれ何かを成し遂げると信じているよ」
「そ、そうですか? 烙奈ちゃんに言われると、なんか大丈夫そうな気がしてきました。じゃあわたしたちはこれまで通りということで、それでいいですよねチョコちゃん!」
「犯罪者になっちゃえ!」
「ホアッ!? いきなりの面罵!? な、なんで……。わたくし何か千夜子さんに嫌われるようなこといたしましたでしょうか……!?」
「ち、違っ……だってさっき……!」
イトが動揺し、千代子が手をバタバタさせ、会話の収拾がつかなくなりかけた、その時。
「ご歓談中失礼いたします。お嬢様方」
重厚なバリトンで一言断りながら、ぺたぺたと大きな足で部屋に入ってきた生き物がいる。
「あっ、スパチャ!」
イトの呼びかけに慇懃な一礼を返したのは、タキシード姿のペンギンだった。
彼こそ〈ワンダーライズ〉のAIマネージャー、スーパーセバスチャンことスパチャだ。
その姿はオールバックのイワトビペンギンで、イトはスーパーハードと名付けようとしたのだが重複が三百もあってやめた。性格設定は「執事風」をチョイスしており、そのためセバスチャンの名が与えられた。
身長約六十センチの彼のまわりに、「集合!」とばかりにイトたちは駆け寄る。
「それでは事務所より本日のお小遣いが届いておりますので、皆様にお支払いいたします」
『やったあ!』
スーパーセバスチャンが片羽を差し出すと、イトたちも一斉に手を出した。
チャリンと小銭チックなSEが鳴り、本日の活動費五百コアグレブンがそれぞれの財布に振り込まれる。
コアグレブンはゲーム内通貨のグレブンとは違い、課金によってしか手に入らない魅惑のトークンだ。衣装やアクセサリーが手に入るハイレベルガチャもこれで行う。
イトたちは一応は事務所所属のアイドル。落ちこぼれとはいえ、これくらいの配給はあるのである。
「じゃあ、早速ガチャ回しちゃおっと。すっごく可愛いアクセサリー配信されてるんだ。絶対にほしい!」
「チョコちゃんやるんですか? フフフ仕方ありません。ガチャ見てせざるは勇なきなり。助太刀いたぁす!」
「何だ二人とももう使うのか。これではわたしも使うしかないではないか。わたしだけが当たっても恨むでないぞ?」
三人そろって、メニューオープン。虚空に現れたデジタルフレームからガチャのマークをタッチし、数日前にラインナップが一新されたハイレベルガチャを立ち上げる。一回、実に五百コアグレブン。本日の日当すべてである。
『GO!』
高額ガチャに相応しい豪勢な音楽が鳴り、空飛ぶ墳墓から宝箱が降ってくるアニメーション。期待を煽るエフェクトが燦然と輝き……そして!
「スーパー薬草!」
「スーパー解毒薬!」
「スーパー復活水!」
『クソゲー!!!!!!!!!!』
本日のアイドル活動。ナシ!
お久しぶりです作者です。第四作目となります!
こちらはRTA小説再開の間に挟まる短めなお話になる予定です。
ほよばっかりだと何だから百合もね。
拙い作品ですが、よかったらお付き合いください!