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槻本家の確約

 槻本(つきもと)美蕗(みぶき)冨田(とみた)柊牙(しゅうが)熊野(くまの)史岐(しき)、そして佐倉(さくら)(がわ)利玖(りく)がアパートの一室に集まった。

 学生向けのワンルームで、あまり広くはない。客を招いてもてなすといった用途を基本的に想定していない家具配置である為、美蕗も含めて、四人が平等に炬燵を囲んだ。

「まずはこうして、全員が無事に集まった事を祝しましょう」

 美蕗がそう切り出し、利玖と柊牙は頷いたが、史岐は無言を貫いた。

「貴方に黙っていた事について、わたしは説明する立場にありません」美蕗は、史岐に視線を移して言う。「利玖に直接訊きなさい。それが最も誤解がないと思うわ。今、ここで議論するべき問題ではない事はわかりますね?」

 考えるような間がやや空いたが、史岐は頷いた。

 それを見届けると、美蕗は「では、手短に」と左手を上げた。

 柊牙が動き、(かたわ)らに置かれていたボストンバッグのファスナを開ける。彼はその中から工具箱のような四角いケースを取り出した。

 柊牙がケースを炬燵に置き、全員の目に入る所でロックを外して蓋を開ける。

 スポンジ製の緩衝材に包み込まれるようにして、無色の硝子瓶が入っていた。さほど大きいものではない。美蕗の片手でも簡単に持てるだろう。中は、透明な液体で満たされており、崩れかけた果肉のような繊維質の塊が一つ入っている。

「これが、今回最も手に入れたかったもの」美蕗の指が硝子瓶をそっと持ち上げ、利玖と史岐の前に置く。「銀箭の肉片よ」

 二人は息をのんで肉片を見つめた。

 しかし、しばらくすると、利玖が何かに気づいたように「あ……」と口を開け、おずおずと挙手をした。

「確かに、わたしは湖に引きずり込まれた後、近くにあった『何か』に針を刺しました。()(ごた)えはあったと確信しています。ですが、水の濁りがひどく、ほとんど周りが見えませんでした。銀箭どころか、怪異でも何でもない、元々湖にいた魚や両生類の組織を()ってしまったという可能性も……」

「それはないわ」美蕗が即答する。「わたしは多少の縁がありますから、こういうものを前にした時、それが銀箭の息がかかったものか、そうでないかの判別はつきます。その感覚から言えば、これは銀箭の体、それも、本体の一部と見て間違いない。末端も末端でしょうけどね」美蕗は硝子瓶を横に倒し、指先で転がすようにして利玖の方に近づける。「たぶん、傀儡(くぐつ)を操るほどの力はまだ取り戻していなくて、これほど離れた土地であっても自ら手を伸ばしてくるしかなかったのでしょう。もう少し彼に時間を与えていたら、本体を守る強固な殻を作って閉じこもり、自分は一歩も外に出てこなかったかもしれない」

「それが本当に、銀箭の体の一部だとして」史岐が部屋に来てから初めて口を開いた。「手に入れて、どうするんだ? (まじな)いでもかけるのか」

「肉片にどの程度の情報が残っているかによるわね」美蕗はわずかに首を傾ける。「一度で使い切るわけにはいかないから、まずは培養して数を増やす。ここだけは、どうしても時間をかけて段階を踏む必要があるわ。その後は複数の研究機関に検体を渡し、あらゆる手法をもって解析する。この肉片から得られる情報は、余す事なく、すべて活用し、銀箭を討つ武器として用いるわ」

 美蕗は再び柊牙に合図を送り、硝子瓶をケースに収めさせながら、利玖の方に顔を向けた。

「どれくらいの間隔でレポートが出せるか、それも、検体を回してみないとわからないけれど、一週間以内には連絡をさせるように命じます。それでいいかしら?」

「はい」

「よろしい」美蕗は、にっこりと笑った。「この件、確かに槻本が預かりました。貴女には近々、体の冷えに効く薬酒を届けさせます。きちんと飲んで、次の戦いに備えるように」

「え、そんな、そこまでは……」

 利玖はびっくりしたように両手を振ったが、美蕗に「つべこべ言わない」と睨まれて口をつぐんだ。

「せっかく使える駒が増えたのだから、丈夫でいてもらわないと困るわ」

「駒、ですか?」

 利玖はそのフレーズを繰り返し、笑おうとしたように見えたが、ふいに、何かが喉につかえたように顔をひきつらせると、ぎゅっと目をつぶって服の胸元を握りしめた。

「あの瞬間、貴女は紛れもなく自分の命を()けた」

 うつむき、体を震わせながら息をしている利玖に、美蕗は静かに語りかけた。

「ならば、わたしもそれに報いる。今夜、貴女が為した事を、無謀な真似だ、傲慢だと(そし)る者もいるでしょう。それでも、わたしに対してだけは胸を張りなさい」

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