第9話:異世界観光~実践編~
何やら言いたげな勇者を連れて森までやってきた。
「さあ、日が落ちる前にテントを張ろう」
「まさかその背負い袋の中って」
俺は重い荷物を卸し、中からテントや鍋などの夜営道具を取り出していく。
「ここで夜営するよ。 二日間」
「えぇ……?」困惑する佐々木を無視して、指示を出しながらテキパキと設営して火を起こしていく。
「なんだかすごい慣れてるんだね? 貴族なら使用人にやってもらうイメージだったけど」
「うん、異世界人のたしなみさ」
本来は佐々木のイメージの通りだろう。 かつてまだ異世界に夢を抱いていた頃、経験したことを打ち明けるつもりはない。
「さてご飯を取りに行こうか」
「えぇ……」
冒険は楽しいキャンプとは違うってところを思い知らせてあげよう。
***
「とても打ち解けているように見えます」
王女が建物の陰から勇者とフランツを見つめている。
「あんなに楽しそうに……私の接し方は間違っていたんですね」
まるで異国からやって来た友人を案内するように、いくつかの店を回る。 普段から馬車移動が多い王女の足は限界だ。
「明日は筋肉痛ですね」
しかし色々学ぶことも多かったから良し、と王女は自分を奮い立たせる。
もう日が暮れてきている。 後は宿に行って今日は終わりだろうか、と思いきや二人は町の出口までやってきた。
「一体なにを……?」そう呟くと同時に勇者の驚いた声が聞えてきた。
『ねえ、どこに向かってるの?!』
『外だよ』
「はい?」
王女は自分でも驚くほどフランツを信頼している。 そして勇者の面倒を見る三日間は不干渉でいるという約束を破るつもりはない。 しかしこれはさすがに緊急事態だ。 話を聞かねばならないだろう。
「私は第三王女アリストテレス・テンプル。 世界平和を思えばまだまだ頑張れます」
王女の尾行は続く。
***
「フランツさん……一体何をしているのですか?」
次の日、朝食の支度をしようとテントを出ると仁王立ちした王女が待ち構えていた。
勇者佐々木は初めての狩りやら解体やら、固い寝床やらで疲れ切ってグッスリ夢の中だ。
「冒険」
「どこが冒険なんですか? ホテルで休めばよいのに、意味もなく固い地面で睡眠を取り、小銭を出せば簡単に手に入る食事をわざわざ狩りをしただけではないですか」
そう、この世界の人と勇者の冒険の価値観は違う。
この程度は楽しいキャンプに過ぎないのだ。
「俺たちからしたらその通りだけどね。 もしも満足していないようなら森にも入るつもり」
すぐ側にある森は浅いところなら定番のゴブリンや角ウサギが見れるだろう。
「約束は覚えてるよね?」何か言いたそうな王女に釘を刺す。
「さあできた。 そろそろ寝坊助を起こすかな」
「……わかりました。 私は退散いたします」
「ちょっと待って……はい」
俺は湯気の立つ鍋から朝食の具沢山スープをよそって、王女に椀を渡した。
「ずっと付いてきてご飯も食べれてないんじゃないか?」
「……いただきます」
王女は慣れない徹夜の尾行で疲れていただろう。 それで腹も減ってたら気が立つのは当たり前だ。
「おいしい」と王女は白い息を吐いて笑った。
「あ~豚汁うめえ」
佐々木は味噌もどきで作った豚汁をうまそうに啜った。
「で、昨日の冒険初級編はどうだった?」
「いやー、大変だった……やっぱ物語と現実は違うや」
「あんなの冒険じゃない!」と言われることも想定してハードプランも用意していたが今回は必要なさそうだ。
「そっか。 じゃあ今日は趣向を変えてお勉強をしようか」
「うへ~、異世界に来てまで勉強かよ~」
佐々木が文句を垂れているが、俺には彼が狂喜乱舞する姿が目に浮かぶ。 背負い袋から分厚い本を取り出し、俺は佐々木に差し出した。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
「魔法指南書」
「!!!?!!??!」
本来魔法は複雑なものだ。 この世界でのスタンダードな教え方は魔法の歴史を学び、関わりの深い精霊を学び、ひたすら座学を行った先に実践的な魔法を教えていく。
当然、召喚されてすぐに魔法を使いたがった佐々木に王女は一流の講師を付け座学を行ったらしい。 佐々木は主人公のように簡単に使えるだろう、というギャップに挫折したのだ。
「たのしいたのしい魔法のお勉強を始めます」
しかしこの世界でも魔法は直感で使える。
ただ変な癖が付くと最終的な技量がイマイチになりがちというだけで。
勇者の魔法が微妙で世界を救えるか、なんて俺にとってはどうでも良いことだ。






