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「娘とぉ~、一夜を~……一つのベッドを共にしたですとぅおおおぉ~? 本当はこの世の果てまで追い詰めて樽詰めにして深海に沈めてやりたいと思っているろくでなしデイルの他に、あなた様も我が娘を我が物にしたですとぅおおお~~~~?」
その手の素養がないはずなのに今にも呪いの黒魔術でも放ちそうに薄暗い顔付きの男爵は、まだディランへと仄暗くも超高圧な眼差しを送っている。
ミミは自国の王太子の身に穴が開かないかとちょっと冗談みたいな心配をした。しかもデイルの事を海に……とかそんな風に思っていたとは知らなかった。
これは王宮陰謀劇以前にガチで国を巻き込んだ舅と婿のバトルが勃発するかもしれない。
(……って、法的にじゃなくあくまでも血の繋がり上での舅と婿だけどっ)
ミミにはまだディランとの真実を告げる気はなかったというのに、彼の不用意な発言が彼女の方でもうっかりを招いてしまった。
(気を抜いていた私も悪いけど、配慮なく口走った殿下には腹が立つわ。この馬鹿殿下ッ。与えるショックは少しずつって考えていたのに。お父様がショックの余り昇天しちゃったらどうしてくれるのよ。そりゃあいつかは天国でお母様に会わせてあげたいけど、まだまだ全然早いでしょ。死ぬなら孫の顔と立派な成長を見届けてからにしてもらうんだから)
心の中が結構忙しいミミがどう言い訳をしようか苦悩する前で、ディランが男爵へと身を乗り出した。
「義父上安心しろ。生涯を懸けて俺はミミと腹の子を護り抜くと誓う。血腥い王宮陰謀劇になど巻き込まない。それにその通りだ、彼女とはもう既成事実があるし、――腹の子の父親は紛れもなくこの俺だ。誰より俺が責任を取るべきなんだ」
堂々として臆面もなく恥ずかしげもなく、また悪気もなくディランが更なる真実を告げる。
サニー男爵が怪訝にした。
「な、にを仰っているのですか? 腹の子はデイルという行商人の腐れ外道の馬の骨ですが?」
「その腐れ外ど、いやいや行商人デイルは俺の裏の身分なんだ」
「な、んですと……?」
娘夫婦のイチャコラを見たくないと常々思っていて見なくて済みそうだと安心していた男爵が、まるでこの世の終わりのような顔になった。彼にもし強大な魔力があれば確実に絶望で世界を崩壊させていただろう。
「……殿下の御託、いや御言葉は本当なのか、ミミ?」
男爵のか細い声が、何をしでかすかわからない者特有の危うさを孕んで聞く者の不安を掻き立てる。今だって御託と皮肉る意味でハッキリ言い切ってから言い直した。絶対にわざとだ。
「ええと、残念ながら本当です」
「残念!?」
ディランがどんよりとして項垂れた。
男爵は事実の確定に更に顔色を悪くしている。
二体のゾンビと無言の三者面談をしている心地のミミは頬をヒク付かせつつ、面倒臭い男達を置いてさっさと馬車を降りたいと本気で思った。でなければとっとと出ていけと蹴っ飛ばしてやりたかった。
(ああもうどこまでも辛気臭いわねっ。胎教に良くないっ)
「お父様、どうかそう悲嘆しないで下さい。この子は男でも女でも絶対美人ですから!」
「いやそう言う事を気にしているわけではなく……」
「誰の子供であれ、私の子供でありお父様の孫であるのは揺るぎませんし、そんな怒った顔をしないでお父様?」
ディランもはたと我を取り戻して背筋を伸ばすと男爵を正面に見据える。
「義父上、どうか俺を認めてほしい」
「殿下、それは……ありがたきお言葉ですが、その……あくまでも私は娘の意思を尊重します故、私を懐柔しようとなさっても娘との関係の好転や進展は期待なさらないで頂きたい」
男爵は後々の曖昧さ或いは足枷になってはいけないと、ピシャリとしてハッキリ意思表明を試みた。最悪ディランの不興を買うかもしれなくとも一人の娘の父親として決して退いてはならない一線があるのだ。
「はははっ、奇遇にも義父上の信念は俺にも通じるところが多々あるな。俺も義父上の立場ならそう考えるだろう。好きな女のハートは己で勝ち取れってな。そうだろう?」
果たしてディランはあっさり同意できると頷いた。
「あ、左様ですねー」
貴様のような男に娘はやらーん!な頑固な護りを披露してでもミミを嫁がせないつもりだった男爵は、ディランの案外ピュアな面に拍子抜けしたように間抜けた相槌を打った。
「こほん。まあ、殿下が子供の父親なのはミミの様子を見るに事実のようですし、そこだけは、その一点においてのみは認めましょう。しかしそれと婚姻はまた別ですぞ」
「ははは、わかっているって。だが俺は諦めない。それに懐柔するというよりは、やはり嫁の父親には正式に婿に相応しいと認めてもらって家族になりたい。そこは義父上に承諾してもらえるよう努力を続けるさ。……ただ、将来ミミ本人が受け入れてくれたのに義父上に反対されたままなら、俺はミミを義父上から隠してしまうかもしれないが」
「「えっ」」
からからとしてとんでもない物騒なことを言い放つディランにサニー父娘は震えた。
ミミに至っては本当にヤバイのに目をというか手を付けられてしまった……いや、自らで手を付けてしまったようだと、改めてひしひしと勢いと直感で事に及んだ引き返せない人生というものを感じていた。
(ううっ、この男ならこっちが承諾しなくてもさらっと監禁しそうだわ。監禁なんてされたら体の負担だし、これはもう子供のためにも無駄な足掻きはやめて王太子妃になるのが無難?)
自問自答するも、王太子妃などという大舞台の大役が務まるのか、それは本当にミミである必要があるのかと疑問しか出てこない。
自分の願いは国を拡げるとか高い地位を得るとか巨万の富を築くなどという大それたものではない。どこにでもある幸せだ。
しかし「どこにでもある」が誰にでも当てはまるわけではない。
しかも、今のところは王宮を掌握しているとは言えディランには敵が多い。
一部は恐怖政治にも似た強硬な進め方をする彼とその一派を心の中では苦々しく思っている者達は確かにいるのだ。
実際にミミの父親もどちらかと言うと敵側に入る。
将来反逆なり革命が起きディランの傍らが危険地帯になる可能性は決して否定できない。
(そりゃあ長く一緒にいれば情が湧くかもしれないけど)
彼の顔と体は頗る好きだ。声だって。少ししかまだ知らないが、彼は怖い男のくせにミミには勇敢で優しくひた向きだ。
そう思うと怖くないのがとても不思議だった。
(でも、愛する人とならどんな困難も乗り越えられる……なんてのは理想論だわ)
両親のように最愛と言えど秘密を乗り越えられない時もある。
それでも二人はありきたりだが死が二人を分かつまでお互いに愛し合い幸せだったろう。そんな形もある。
(うーーーん、仮面夫婦とまでは言わないけど、彼の半分は素敵だからと妥協すべき?)
「ミミ、俺は俺の持つもの全てを用いてお前を誘惑してやるからな。この顔も体も地位も財も権力も、今までは退屈で無価値にもどこか感じていたそれらの全ては、お前と共に歩むために俺のこの手にあるんだと思えるんだ」
「殿下……」
(ううう、やっぱり無理そう。仮にこれが彼の本心なら愛が頗る重いっ……!)
内心では嘆く彼女が感激したとでも受け取ったのか、ディランは輝かんばかりに微笑んだ。
彼は慈しみの表情を浮かべている。
ミミは半ば不可思議なるものでも前にしたように見つめた。
氷下に置かれた能面のような顔で人を殺す日もあるのだろうこの男にもこんな幸福の体現者みたいな顔ができるのかと思えば、一体どんな表情筋をしているのかなんて気になって、気付けば指先で彼の頬をつんと押していた。
「ミ、ミミ……?」
予期せぬ可愛い接触にドギマギとなるディランへと、彼女はじっと探るような眼差しを差し向け続ける。
「フィ、フィフィ……?」
「あっ、申し訳ございませんっ!」
ついつい誰かが変装したディランではと疑い、今度は無意識にぐいぐいと彼の頬を横に引っ張っていたのだ。
幸いディランは怒ったりはせず目を白黒とさせていたが、ミミは離した指先をぎゅっと握りしめる。
(一度、騙されたと思って彼の気持ちを額面通りに受け取るべき? 子供と私自身のためにも彼を知らないとならないもの。ううん、知りたい。だけどそのための第一歩は……うん、やっぱり王宮騎士だわ)
ミミは悲嘆していなかった。
彼の下で働くことで、妃ではたぶん見えてはこないだろう彼の考え方や様々な選択、目的達成へ向けた手法、理念や理想、その他色々とわかる面があるに違いない。……勿論暗黒面も。
「ディラン殿下、私――」
決意のミミが顔を上げたその時だ。
ガタンと馬車が大きく揺れた。
「きゃあっ」
「くっ」
「ぬおっ」
御者が「申し訳ありませんっ予期せぬ窪みがっ」と声高に謝罪するのを耳に、サニー男爵は馬車の座席で跳ねて打った尻を擦りながら向かいの席を案じて目を上げる。
「ミミ大丈夫か……あああああ!?」
男爵は両手を頬に当て絶叫した。
彼の目の前では何と娘と王太子が口を合わせているではないか。馬車が弾んだ拍子にミミがディランに乗り上がってそのまま……という具合だった。
完全なる事故チューだ。
ディランへの殺意を新たに倍増させる男爵ではあったが、偶然の重なりなのでどうにか我慢した。
馬車が揺れ、ディランが咄嗟に抱き寄せてくれたのはわかった。少しは衝撃を感じたが彼の体がクッションになってくれたおかげでミミに大事はなかった。
ただ、思わず体を強ばらせて目を瞑ってしまい気が付いたら唇に何やら柔らかいものを感じた。温かくもあり、何だろうとそろりと目を開けたらディランの唇だったというわけだ。
文字通りディランにキスをしていたというわけだ。
(えっ、キャーッ、何よこの状況~っ)
思い切り赤面した。
それは向こうも同じだった。
これには正直びっくりしたミミだ。何故なら彼は綺麗な女性など見飽きていて、ミミにこんな初な反応を見せるなんて思わなかったからだ。女慣れしていると思っていたのに。
とにかく、慌てて顔を離したが何故か甘い気持ちが広がってそれ以上離れるようには体が動かなかった。まるで彼が欲しいと強烈に思ったいつかの夜のように。
ミミの目の前でディランは完全に動転しているようで、湯でダコのような顔色で目を大きく丸く見開いて固まっている。それがどこか幼くも見え、いつもスッとした鋭い眼差しでいる彼からは想像もつかない。
その意外過ぎるピュアさにキュンキュンとドキドキが同時にミミを襲ってより頬を赤らめさせる。
(やだこれ、どうしようっ。無性に触りたいっ)
もっと、もう少し、あと少しだけこうして見つめていたい。
あわよくばこの可愛い男にまた口付けを――――
「――さっさと離れんかあああああっっ!」
寸でのところで烈火の如く怒り出した男爵から事故じゃないチューは阻止された。
とは言え、娘を向かいの不埒男から奪還せんと伸ばされた男爵の手を我に返ったらしいディランが払いのけた。男爵が「貴様小癪な!」とか言い出しそうな小悪党紛いな顔付きになる。
今は婿ポイントは気にしないらしいディランはミミを自分の隣から放さなかったので彼女は男爵と依然向かい合う位置にいた。そんな彼女は暫くの間は羞恥のあまり俯き膝の上で両手を握っていた。
(私ってば信じられない信じられない信じられない~っ。よりにもよってお父様の目の前でやらかすところだったなんて~っ。甘い誘惑に流されるなんて~っっ。でも、私ってばもうこんなに……?)
「次は義父上のいない時に、な」
「――!?」
最早そんなつもりはなかったと否定して取り繕っても遅いだろう。耳元に口を寄せて声を低めたディランは男爵の手前行儀良くしたが、この上なく蕩けそうな笑みを浮かべていて、ミミはくらくらして倒れるかと思った。
一分一秒毎にこのディラン・ルクスという男に嵌まっていく。
加速度を伴って。どんどん、どんどん。
「ああそうだ、馬車が揺れる前は何を言いかけたんだ?」
「え? ああ、私はやっぱり王宮魔法騎士になりたいと言おうかと」
「半魔の、魔法の力を公表するのにはリスクがある。確かにお前の能力は魅力的だ。だが俺はお前をそのために傍におくつもりはないと言ったはずだ」
「それは、私の入団は認めないという意味ですか?」
「そんなに王宮騎士になりたいのか? 乗り気じゃなかったんだろうに、どうしてまた?」
「それは……」
まさかディランを知りたくてとは言えない。
(ん? あれ? だけど、どうして言えないの? 隠すことでもないわよね? 現在の気持ちを伝えておくことは彼への誠実さにもなるし)
トンズラしようとした誠実でない過去は考えない。
ミミはすぅと息を吸い込んだ。
「それはですね、冷静に客観的に近くであなたを観察できて、政略や恋愛とは一線を画する身分、それは王宮騎士だからです。私は偏りなく公平な目であなたを見極めたいのです」
「ミミ……」
「理由は他にもあります。これは仮の話ですが、もしも妃になったとして、王宮であなたに護られるだけの存在にはなりたくないのです。身分はともかく、心は対等でいたいのです。叶うならあなたと同じ舞台で国のために働きたい」
「ミミ……しかしだな」
ここで彼女は急にディランへと身を近付け彼を見上げた。微かにディランの顔が赤みと困惑と硬さを滲ませる。
「…………時にお飾りで、時にお荷物で、閉じ込められるだけの妃なら私には務まりません。土台無理です。死んでも逃げます。そこを忘れないで下さい」
「え」
先のようには照れもしないミミのいつにない据わった目付きにディランは完全に凍り付いた。
向かいでは男爵がごほごほと噎せる。彼はたらりと汗を額に浮かべつつ信じられないものを見るような見開いた両目を娘から逸らせないでいる。
「そ、そのブラック化、アリエルそっくり……っ」
娘は亡き最愛の妻にそんなところまで似たのか、と彼は感慨深そうにした。
「わ、わかった、よく考えてみる」
男爵はディランに少しの同情と共感を覚えた。あの頃の自分も目の前のディランとほとんど同じ反応しかできなかったのだ。ミミやアリエルのこの肝の据わった豹変が半魔の血によるのか、はたまた母娘で性格が似ただけなのかは男爵にもわからない。
だが、逆らえない怖さがある。惚れた弱みと言ってしまえばそれまでだが。
「ああですが、王宮騎士になっても何の憂いもなく過ごしたいですし、仮面は許可して頂きたいですね。勿論今日の集まりでも」
ミミの顔はあの肖像画の通りだと思われているはずなので、素顔を晒して王宮を欺いたと非難されるかもしれないのだ。いや確実にそうなる。他の妃候補達は一人でも多くのライバルを蹴落としたいからだ。
ミミからの尤もな意見にディランは「それは一理あるな」と重々しく頷いた。
「でしょう? そんな女は王宮騎士は勿論のこと、王太子妃候補も不適格だと後ろ指を指されます」
「よし、どこか途中で仮面を買ってくか。……変な虫が寄ってくる心配もなくなるし一石二鳥だしな」
最後の台詞はほくそ笑みながら一人口の中で呟くディランは、もしも肖像画の件で彼女を非難する者がいれば容赦はしない腹積もりでいたが、そちらへの労力はどうやら不要になりそうだ。周囲もそれをわかっているので愚かな非難はしなかっただろうが。
それでなくてもミレイユ・サニー男爵令嬢には非難など霞む大きな大きな功績がある。
若くして数々の軍功を立てた父親にも劣らない輝かしい手柄が。
(まだ一部にしか知られてはいないがな。まぁそれもすぐに多くの知るところとなる)
ディランは心中で我がことのように得意気にした。
三人を乗せた馬車はテレポートで王都入りすると、整然たる石畳の馬車道を王宮へと走るのだった。
ディランがカーテンを少し捲って窓の外を見て「そろそろ王宮に着くな」と上機嫌に目を細めた。ミミは途中で手に入れた仮面を膝の上から顔へと移動する。これで準備は万端だ。誰の前に出ても問題ないだろう。
王宮前広場には大勢の王国民が押し寄せていた。ミミ達を乗せた王太子の馬車が到着するや人々の熱狂染みた歓声は弥が上にも高まった。
馬車は王宮の門は潜らずに何故か広場の中央で停車する。
「ここで降りる。最終選考に残った他の者達も既に全員この広場に集合しているはずだ」
「ここで? ええと、どうしてまた……?」
小首を傾げ困惑を表すミミへと、ディランはふっと凛々しい笑みを浮かべてみせた。見方によっては何かを企む笑みとも見えたが。
「――すぐにわかる」
そう言い置いて最初にディランが優雅に堂々と馬車を降り、次にサニー男爵が。最後がミミだ。正直彼女は外からの歓声に少し気圧されていた。
「ミミ、手を」
「ありがとうございます」
ディランから差し出された手に手を添えてミミはゆっくりと馬車の乗降タラップに足を下ろす。
その瞬間、馬車に近い人々の歓声はピタリと止み、その波が伝わりいつしか広場全体が静まり返った。その静けさの中には当惑の気配が濃厚だ。
(何事……?)
慎重に短いタラップを下り石畳に両足を着いて顔を上げれば、目の前の大観衆は紛れもなくミミを見ていた。最初彼女のどこかの土着の部族的な目や口元をカラフルに縁取られた仮面には皆驚いたようにしたが、途中の土産物屋には変な仮面しかなく一番マシなのがこれだったのだから仕方がない。
(あ、そっか。仮面だし、お父様もいて私が誰かわかって、どうして王太子と一緒に馬車で~ってわけね。納得だわ)
ミミが得心していると、横のディランは一歩ミミ達の前に出るとあたかも舞台役者がそうするように両腕を大きく広げた。
「皆の者、待たせたな! 今日ここに集ってもらったのには訳がある。皆にこの彼女を紹介するためだ!」
ディランは片腕で群衆の視線をミミへと誘導する。
(へ? 私!?)
「此度のグラニス国奇襲を未然に防げた一番の功労者は、何を隠そうこの彼女だ! 皆の俺を讃える声には嬉しく思っているが、まさかの予想を超えた盛り上がりには少々俺としても戸惑っている。しかしだ、今日のこの時まで黙っていた甲斐があったな。俺だけでは奇襲に気付くのが遅くなり、あの大勝利は決して得られなかった。今ここで真実を告げよう。皆の称賛は俺よりも彼女へと向けられるべきものなんだ」
ディランがゆっくりとミミの手を引いて、自らの隣に立たせる。いきなり始まったとは言え、王太子の演説中に下手に動けないミミは黙って従うしかないが、話の流れ的に彼が何を言おうとしているのか薄らとわかってきた。
「サニー男爵もこの場にはいるのでもう気付いている者も多かろう。だが改めて皆には紹介しよう。グラニス撃退の立役者、ミレイユ・サニー嬢だ。仮面なのは極度の恥ずかしがり屋だからだ。故に表舞台に出るのを渋っていたが、俺がこうして強引に連れてきた。くれぐれも余計なプレッシャーは与えないでもらいたい」
恥ずかしがり屋という言葉には、例の肖像画を見た者やその話を聞いていた者はさもあらんと頷こうとして止め、こほんと咳払いをして誤魔化した。サニー嬢が不細工だなどと認めるような言動はディランから殺されかねない。加えて、余計なプレッシャーを与えるなと釘も刺された。
「グラニスの姑息な奇襲作戦を見事我が国に一人の犠牲なく撃退できたのは、全て極秘裏に国のために動いてくれていたサニー男爵と、そして彼と共に任務に就いていたその娘のミレイユ・サニー嬢彼女が、事前に敵の動きを察知してくれたおかげである!」
「え、な、ちょっと殿下!?」
極秘裏には行動していたが、国の任務のためにサニー家が動いていたという部分など真っ赤な嘘だ。事実とは半分以上異なる内容に器用に小声で抗議するも、ディランは確信犯宜しく悪びれた様子もない。
それどころか、我が事のように誇らしげに胸を張っている。見ればサニー男爵は頭痛持ちのように額に手を押し当てている。してやられたと苦々しく思っているのだ。
いくら話を盛っているからと言って、男爵もさすがに王太子直々の発言を言ったそばから否定するリスキーな真似はできない。
望まずも自身の株を上げられてしまったのはまだいいとして、娘ミレイユ・サニーの名はゼニス国内に華々しく周知されるだろう。こうなるとそうそう簡単には妃候補を辞退できない公算が高い。見事に、いやまんまとしてやられたのだ。この狡猾な王太子殿下に。
「仮面の英雄だ!」
最初は誰か一人がそう叫んだ。
奇しくもその声がやけに通ってしまい、離れた場所の別の誰かが呼応する。
「おおっそうだ! まさに仮面の英雄だな!」
水溜まりに雨粒が落ちるようにそれは波及しあちこち拡がって、そうだそうだ仮面の英雄だ、とあれよあれよと広場全体に認知されていった。
しまいには仮面の英雄コールが上がって、ミミは仮面の奥の目を困惑に染めてディランへ向けた。
「どうしましょう仮面の英雄だなんて、私が英雄だなんて、おこがましいですよ」
「ははっ何故? 事実だろうに」
「実際に兵士を蹴散らしたのは殿下でしょうに! 私は情報提供したに過ぎません!」
「ミミ、有用な情報は時にどんな武器よりも有効だ。この件はそれを示した好例だろう」
だからと言ってこんな風に目立つことは望んでいないと、ミミは反発心を覚えつつディランへと顔を寄せた。会話が周りに聞こえないようにしたのだが、歓声が煩いので必然的にとても近くなる。
ただ、仮面を着けているとは言え、それが周囲にどう映るかまでを彼女は考慮していなかった。
広場には最終選考に残った令嬢の関係者だろう貴族達の姿もある。無論令嬢本人の姿も。
最終選考前に大きな差を付けられたとでも思っているのか、彼らは敵意剥き出しにして悔しげな面持ちでいる。
時に、妃は容姿ではない。あのキテレツな肖像画を見ていても利権のためならとミミを指示する勢力は必ず出てくるだろう。
この先は本当の本当に厄介事が増えそうだと男爵は愛娘をチラと見て、潤みそうになる目元を手でそっと覆った。
「殿下、私を英雄になんて担ぎ上げてどうするつもりです?」
「担ぎ上げたつもりはない。俺は他者の功績を自分のものにする悪趣味はないからな。だから真実を真実として皆に伝えた、それだけだ。ま、多少の脚色はしたが」
「脚色自体が問題ですよ! 私が気付けたのは偶然です。気になってたまたま聞き耳を立てたから気付けただけです。それを何ですか、軍の極秘任務だなんて」
「ああそれな、軍と絡めたのは義父上のためでもある。担当方面とは全く異なる地域に軍事面での大物が予告なく滞在していたとなれば、要らぬ非難を浴びかねない。それがたとえ旅行だろうとな」
「な……そ、そうなんですか?」
その可能性を考えた事のなかったミミは仮面の内側で動揺を浮かべる。この時彼女はその思考に忙しく、ディランが「旅行」の部分をやけに強調していたのにはついぞ気が付かなかった。彼はミミの様子にまぁいいかと流したようだ。何しろ今は彼の最も近くにいる。
(指摘をもらって感謝だわ。だけどお父様は私とは違ってその危険性を知っていたんじゃないのかしら。何しろ現役軍人だもの。思い至らないわけがないんだわ。たぶんきっと、それでも私のために一緒に来てくれたのね。……どうせ亡命するから関係ねえっとか思っていたのかもしれないけど)
「それなら、まあ、致し方ないですね。わかりました、極秘任務とそのようにしておきましょう。ですが私の察知は偶然です。そこは正確に情報開示して下さい」
「運も実力のうち、だ」
「殿下!」
納得いかないでいると、ディランがミミの背に手を当てる。何だろうと疑問を抱くと同時にあっという間に両腕に抱え上げられた。
「えっ何ですかちょっと? ひゃあっ!?」
しかも状況把握も儘ならないうちに彼の破格な跳躍で広場を見渡せる王宮建物の高見のバルコニーにまで運ばれる。
豊穣祭などのイベント事でよく国王や王族が国民への顔見せで使う場所だ。
最早魔法能力を隠すでもないディランは、ミミを抱いたまま驚き顔が大半を占める観衆を見下ろした。
慌ててディランを止めようとするも一歩遅かったサニー男爵へも彼は一度視線をやる。男爵はハラハラした様子でミミ達を見つめている。次は何をしでかすのだあんちくしょーの王太子はっとか思っているのは明白だ。
ディランはミミを下ろすとその手を取ってバルコニーの手摺前に二人で並んだ。彼の意図がわからずミミは目を白黒させながらとりあえずは大人しく従っている。
ディランはそんな彼女をとても愛おしむように見つめてから前に向き直った。
「皆の者とくと聞け! 国境の町ルピナスでは、この彼女は敵に矢を射られあわやという危険に身を置いてまで、このゼニス国を救ったのだ! さあこの勇敢なる者に盛大なる拍手を!」
王太子の口からの新たな証言を耳にした観衆は一瞬息を呑んで静まったが、直後王宮広場は今し方以上の興奮と熱狂に包まれた。
暫くは仮面の英雄ミレイユ・サニーを称える言葉が広場を満たしていた。
言わずもがな、ミミも男爵も呆然としていた。男爵に至っては広場の人々からわっしょいと胴上げまでされ出す始末。
(うううっ、こんなはずじゃなかったのにいいーっ)
亡命計画など立てて国境の町になど行かなければ、この状況はなかったはずだ。
(ううん、でも後悔はない。私が知らせなかったらルピナスの人達は酷い目に遭っていたかもしれないんだもの。むしろディラン殿下に会えて迅速に対処してもらえたからこそ、皆の笑顔があるんだわ)
渋い気持ちは拭えないとは言えど空気を読んで努めて笑顔でいると、ディランが繋ぐ手に願いを込めるかのようにしかと力を込めた。
「この場を借りて皆にはもう一つ重要なことを知らせておこうと思う。俺の妃選考についてだ。色々と俺なりに考えて答えを出した。選考の発案者の王妃陛下の承諾も既に得てある。最終選考者達をこの場に喚んだのもそのためだ」
(あぁそう言えば、この選考は王妃様の肝入りだって聞いた事があったわね。でも結局は息子が乗り気じゃないからと折れたのかしら?)
王太子の意味深な語り出しには、今度こそ広場は聞き耳を立てて静まり返った。胸を張るディランは声も張る。
「――王太子妃選考は、本日を以て取りやめとする!!」
(なっ嘘おー!? それ馬車で教えてくれても良かったのにっ)
ディランは候補者への公平を期したのかもしれないが、ミミはちょっと恨めしく思った。
彼女の視線を受けて察したディランは苦笑いする。
「やめるならやめるで、俺の口からきちんと説明するようにと王妃陛下に言われて、仕方なくこうして最終通過者全員を集めたんだ。因みにミミを通過と決めたのは俺じゃない。リオンの作ったあみだくじだ。そこは断じて公正公平に決められたと誓う」
「……」
「まあそれはともかく、元々俺の意思で選考会を開催したわけじゃないし、俺の気持ちがガチガチに固まっている以上、残りの選考はやるだけ時間とコストの無駄なんだよ」
無駄と言い切った。国を挙げての一大イベントとも言えた妃選考をさも簡単にゴミ評価する辺り、さすがは横暴殿下だ。
ミミへと小声で真相と本音を告げると、彼はまた群衆を見渡した。
「それともう一つ! 妃については、きっとすぐに皆に朗報を届けられるだろう!」
ディランは意味深に横のミミへと目配せした。それだけで広場の大半は彼の想いを察したようだ。後にも先にも王太子が気遣い大胆な真似をした女性はミミ以外に知らないので尚更だ。
ミミの方は笑顔で固まった。まるで戦で川縁へと追い詰められた武将の心地だ。
集合を掛けられていた貴族達は一様にショックで顔面蒼白に。広場は暴虐王太子がとうとう恋に落ちたのか、と驚き沸いた。
それでは以上だ、とこの上なく満足顔で会見終了を宣言したディランは、またもやミミを抱いて跳んでサニー男爵の元に戻った。胴上げは終わったようだがまだ放心しているようだ。
(もーっ、どうすんのこれ!? 選考を取り止めたところで私には同じだしっ。むしろ対抗馬がいない不戦勝同然に唯一の妃候補にされちゃう流れよねこれ? しかも英雄視されている中じゃ辞退するのも難しいかも……)
くっこのっ策士ディランめ、とミミは臍を噛んだ。
見えている人々の表情一つからでも気持ちが透けて見える。
国民達の期待の目と、貴族達の怨嗟の如き敵愾心丸出しの目と。
(ううう~っおうちに帰りたいっ)
「殿下お待ち下さい! それで済まされては私共も納得できませんよ! よもやそこの顔も晒せない男爵令嬢を妃にするつもりではありますまい!? 我が娘の方が美しく、殿下とは気が合うかと!」
「こんな所で娘自慢だなんて、いやですわお父様ったら。ですけれど、殿下、わたくしがそこの醜女などに劣ると言うのですか!」
ぴくり、とディランの眉が痙攣したが、前髪の下で彼らはよく見えていなかったようだ。ミミはすぐに気が付いて彼に触れて「落ち着いて下さい」とこそっと宥める。
(お願いだから血の雨を降らさないでよね! それにそこの貴族達ナイスよ。もっと言って私がいかにお妃に不釣り合いかを広めて頂戴!)
ミミはこれでディランを断りやすくなるのなら、どんな悪口でも浴びてやるわと内心意気込んだ。そのためにもディランを怒らせて中断させるのは得策ではないのだ。
「ミミ……お前は心優しいな」
ディランは何か勝手に勘違いして感じ入っている。しかしすぐに貴族達を鋭く睨み付けた。
「何だ? お前達は俺だけではなく、王妃陛下の許可へも異議申し立てすると? 王家に反意があるのか?」
「そっそれは全くの誤解でございます! わわ私は単に娘の方がサニー男爵令嬢よりも、妃として殿下へ献身的にお仕えできると言いたいだけです! 決して王家へ反意の気持ちがあるのではございません!」
「そっそうですわ殿下! 伯爵家の者として父共々に欠片も王家に背く心はございません! ただ、この場を借りてサニー男爵には言わせて頂きますけれど、王国の臣下として明らかに王家のマイナスになるような娘を辞退もさせないだなんて、この国から爵位を賜る身として失格だと思いますわ!」
「娘の言う通りです殿下! そこなサニー男爵は私欲のために娘御を押し付けようとしているのですぞ!」
同意する、確かにそうだ、と別の貴族だろう身なりの良い男性らが同調した。最終選考に残ったのだろう彼らの娘達も傍にはいて、顔付きを見れば父親達同様の思考が丸見えだ。なるほどまずは共通の敵を排除しようという集団の利益のために即席で団結した烏合の衆か、とミミは冷静に分析する。
(でもね、辞退できるならと~~っくにしていたわよ! あと私はともかくお父様まで下げる発言は頂けないわね。赦すのは三度まで。ワンナウト)
加勢を得てか、伯爵令嬢はとうとう腕組みさえしてふんと高飛車に顎を上げてミミを睨んだ。言いたいことを言ってスッキリしたのか口を閉じたが、彼女の次に別の貴族が口を開く。
「サニー男爵は国防についてはとても有能だと聞き及んでいたが、娘の教育はそうでもないようですな。そんな変な仮面で顔を誤魔化して殿下に言い寄るなど、何とはしたない」
(それはディラン殿下に密着していて節操がないとか、そういうことを言いたいのかしら? だけどほとんど私から接近したわけじゃないんだけど! あとね、お父様のせいにするのはやっぱり違うでしょ……連帯責任でツーアウト)
「もしや、サニー男爵は美醜の感覚がおかしいのでは? 身内の贔屓目にしてもあの肖像画では……見世物ですよ? まさかミレイユ嬢は奥方似です?」
これまた、この場の令嬢の誰かの兄か弟か、貴族の若者が堪え切れずにぷふふっと噴き出した。ドミノ倒しのように貴族達の間に失笑の波が広がる。
ミミは仮面の奥であぁと瞑目した。
「……もしかすると殿下は肉欲に溺れる愚かな男なのでは?」
「それはわたくしも思いました。それならそれでこちらも誘惑しやすいですよね?」
こそりととある令嬢が横にいた別の令嬢へと囁いて、二人でディランへと下品な微笑みで秋波を送る。ミミは髪色が変わらない程度で密かに魔法能力を使っていたので、彼女達の会話が良く聞こえた。
(……何かムカつく)
彼女達の嘗めるような眼差しにミミの中の何かが大きく振り切れた気がした。想像してしまったのだ。何故か下着姿で半裸のディランに群がり腕を絡ませ胸を寄せ赤過ぎる唇を寄せる彼女達の姿を。無意識に奥歯に力が入る。
(ハッ、そうじゃなくてもお母様と殿下まで下げる物言いはスリーアウト、フォーアウト、ファイブシックスセブン……ってね!)
「ふ。……あはっ、ははははっ、ははっ、悪口が聞こえていないと思っているみたいね。ふふっ、何て浅はか」
貴族達は突然高らかに声を立てて笑い出したミミへと、困惑と憤りを滲ませる。怒り出しそうだったサニー男爵も困ったようにミミを見つめる。
「なっ何が可笑しいんですの! 浅はかとは私達のこと!?」
ミミは依然として軽やかに笑い続ける。
「ちょっとあなた何なのです!?」
さすがに怒った令嬢がミミに詰め寄ってきたが、ミミはそんな令嬢を仮面の奥から冷たい目で射ながら、令嬢の方へミミからも詰め寄るようにしてやった。尊大に胸を張って傲然と顎を上げて見下すようにして。
「な、何ですのその態度!」
「あら、そっくりそのままあなた方の態度をお返しして差し上げただけですが? 人を蔑むのなら蔑まれる覚悟くらいはお持ちになっているとばかり……」
ふふんと鼻で笑うミミに目の前の令嬢は元より他の令嬢や身内達も羞恥に顔を真っ赤にした。
彼らの様子など歯牙にも掛けず、ミミは敵と対峙する武将の如く自らの両足でしかと地面に仁王立つ。
たまたまだろう、カカッと太陽が仮面に反射して罵倒した貴族達の目を灼いた。うわっ、眩しいっ、目があぁ~っ、などの悲鳴が上がる。
またも彼らを毛ほども案じることなく、ミミは静かなのによく通る声を仮面の奥から響かせる。
「王族の妃は威厳を示すためにも見た目が良いに越したことはありません。しかし、全てではありません。まぁ私の言う意味は脳みそのしわの少ない短絡的かつ浅慮かつ浅知恵しか持ち合わせておられない方々にはご理解頂けないかもしれませんが」
「なっ何ですって聞き捨てならないですわ!」
「教養のない醜い娘が我らを侮辱とは……恥を知れ!」
「あら、別に私はそちらの皆様のことを言ったわけではありませんでしたが、ふっ、もしやお心当たりが?」
ミミは仮面の中でにんまりとする。貴族達は墓穴を掘る流れを自分達で引き寄せておきながら、返す言葉を失って悔しそうに歯噛みした。
ここでミミは手を仮面へと当てた。
「さてと、ここまで言われては私も我慢できませんし、どうでしょう? 少なくともディラン殿下の隣に立ってもそこまで酷くはない顔だとは思うのですが」
次の瞬間、あっさりと仮面を外した。
現れたちょっといないような美少女に、対面していた貴族達はポカンとなった。肖像画のミミがマイナスに振り切れているとすれば、実物はプラスにそうなって尚お釣りがくる。
真の素顔を見た男達はほとんど皆悉く頬を赤らめた。
ミミ本人に自覚はないが、彼女はとびきりの美少女なのだ。
伯爵令嬢などは、負けた……という面持ちで無自覚にも力無く膝を突く。そんな彼女も美人ではあるのだが相手が悪かったと言える。
(全く面倒な人達だわ。容姿がそこそこ普通ならこうやって文句も減るわけでしょ? これでお父様達を悪く言う理由は確実に一つは減ったわよね。それから、もう一つ……)
ミミはディランへと近寄ると、爪先を上げて彼の頬にキス。
さっきから黙っていた彼は溢れる怒りをどうにか我慢していた風情だったが、見事に一瞬で蕩けた。
「一応お伝えしておきますと、殿下が私以外に靡く可能性は万に一つもごさいませんので」
にっこりと花の精のように微笑んでやる。
貴族連中の唖然とした顔に少し溜飲を下げていると、それまで昇天していたらしいディランから仮面を奪われた。しかも何故かまた顔に被せられる。
「ミミ、これ以上は駄目だ。勿体ない」
「え、はい? 何が勿体ないと?」
彼は答えなかったが、まぁいいかときちんと仮面を装着し直した。
ディランはどことなく憮然として横から肩を抱くようにしてミミを自分の方に引き寄せる。
密着状態へと逆戻りして徐々に自身の大胆な行動への恥ずかしさと動悸が増してきた所で、いつの間にか立ち上がってわなわなと震えていた伯爵令嬢が、糾弾するように勢い良く人差し指をミミへと突き出した。
「皆を騙したのですわね! それが本当の顔ならあの不細工肖像画は嘘だったと言うことですもの! つまりサニー親子は王家を欺いた大逆人ではありませんの!?」
ミミは伯爵令嬢も案外馬鹿ではないのかと感心してしまった。迎えの馬車の中でも懸念したことを見事にビシリと指摘してくるとは中々にやるな、と。
だがそこも仮面を外すと決めた時には織り込み済みだ。
「極秘でしたから」
「は?」
「先にディラン殿下が仰っていたでしょう? 私達親子は極秘任務を受けていたと。私の素顔はだから秘密だったのです。国内にいるスパイに顔を知られて極秘任務がパーになってはいけませんもの。ですよね、殿下?」
唐突に水を向けられてもディランは動じず「ああそうだ」と頷いた。奇しくも先の自分のでっち上げにでっち上げで返されたと言うおかしな展開になっているのを楽しんでもいるようだった。
「正直、まさかあの芸術的な絵一つでこんなトラブルを招くとは思いもしなかったがな」
彼からすっと細められた鋭い目を向けられて伯爵令嬢は青くなって首を竦めた。伯爵は伯爵で額を地面に擦り付けて赦しを乞い始める。
(悪いけど、利用できるものは利用させてもらうわ。私達のためにもね)
自分もそこの令嬢達も性格の悪さは大概だなと頭の片隅で思いながら、話を合わせてくれたディランに感謝する。にこりとはにかんでみせると、彼は瞳を急に赤くした。
「殿下?」
「ふっ、ははっ、ミミには参ったよ。まさかこうなるとはな。ホント……何をしてでも絶対に手放したりしない。ミミには悪いが少し強引にする」
「はい?」
言って彼はミミから距離を取る。
彼女が何事かと疑問に思う間もなく、刹那、ドォンッと広場に轟音が上がった。
観衆は絶句。誰もが度肝を抜かれて目を丸くした。
見れば、ディランが片足で踏み付けた石畳が大きく凹み足を起点に無数の放射状の亀裂ができている。
ミミを非難していた貴族達は恐ろしさに尻餅をついた者もちらほら見受けられた。
「皆に言っておこう。俺の未来の妃はこのミレイユ・サニー嬢と決まっている。もしも彼女に何か危害を加えようとするなら、俺はこれまで隠してきた俺のこの力で以て必ずやその者を屠ると誓おう」
ごくり、と一体誰の喉が鳴ったのか。
俺の女に手を出すな、とのダイレクトな脅迫だ。
(ちょっと! きゃーーーーっ、何てこと宣言してくれてるのよーーーーっっ!)
自分の牽制は棚に上げ内心取り乱すミミは、戻ってきたディランから真正面に跪かれて何事かとギョッとする。
「ミミ、愛してる。俺と結婚してくれ!」
「――っ!?」
展開が早すぎてミミは開いた口が塞がらない。
公開プロポーズだなんて聞いていない。どうしてこうなった。




