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93/95

93.言ってきかせてわからないなら

 艶を失った金色の髪はそそけて貧相で、生気のない緑の瞳はいっそ不気味なくらい。

 これが竜族一美しいと言われる黄金竜(オーディ)の姿か。

 とても信じられない。


「半竜の身がパウラを得たか……。

 怖れを知らぬことだ」


 セスランがパウラを得た瞬間に、勝敗は決している。

 それを承知している黄金竜(オーディ)は、自嘲の笑みを口元に浮かべていた。


「私の身は好きにせよ。

 焼き滅ぼすも、首をさらすも、思いのままに。

 だが()()は、私の唯一だけは、許してほしい。

 ()()が道を外したのは、私が無理に望んだがゆえだから」


 息をするのもやっとのような、やつれ果てた黄金竜(オーディ)の最後の哀願に、パウラの胸はつきんと痛む。

 これが竜族の唯一への想い。

 わが身より唯一の身を案じてやまない。

 たとえその唯一が、彼を愛していなくとも。


「出ていらっしゃいませ!

 (さき)の竜后オーディアナ、聞いておいでになるのでしょう?

 逃げ隠れなど、ヘルムダールの名がすたりましてよ」


 宮に向かってパウラは声を上げた。

 夫が命を賭けて、命乞いをしてくれているのだ。

 知らぬフリなど許せるものか。

 愛しているとかいないとか、竜后の幼稚な言い訳はどうでも良い。

 命を賭けて自分を護ろうとしている男を捨て置けるとしたら、それは女のクズだ。


「騒がしいの」


 ゆらりと空間が歪む。

 銀の鈴を鳴らすような清らかな声。

 歪んだ空間がゆっくりと女の形を描き出す。

 銀糸の長い髪、エメラルドの瞳、ほっそりと優美な肢体。

 まさしくヘルムダールの血を継ぐ女が、不快気に眉を顰めていた。



「ヘルムダールの末裔(すえ)の小娘が、わたくしに意見するか。

 礼節をわきまえぬと見える」


 美しいご先祖様は、パウラを氷の柱にでもするつもりか。

 おそろしい数の冷気の矢を、次々と撃ち放つ。

 燃え盛る炎の壁が、瞬時にその矢を焼き尽くす。

 鬼の形相をしたセスランが、その背にパウラをかばい立った。


「夫が命を賭けての願い、無用のこととお見受けしたが。

 それでよろしいな」


「やめてくれ」


 もうセスランの怒気を止める力もない黄金竜(オーディ)が、悲痛な声で叫ぶ。


「竜后、あなたもやめてくれ。

 あなたがこれまでしてきたことは、けして許されることではない。

 わかっているはずだ」


「誰のせいとお思いじゃ?

 わたくしがいつ竜后になりたいと言った?

 わたくしの気持ちなど聞きもせず、勝手に召し上げたのはどこのどなたじゃ?

 許されぬ?

 ああ、かまわぬ。

 許してほしいなどと、わたくしは思わぬ」


 心が凍る。

 どうしてこんなに夫を憎むのか。

 憎んで嫌って、それでも傍にいるくせに。

 

「あなたはとても美しいわ。

 それは誰のおかげだとお思いですか?

 ごらんなさいな。

 あなたの夫のお姿を」


 やつれてぼろぼろの黄金竜(オーディ)を指し示す。

 竜后はパウラと並んで遜色ないほど、若く美しいというのに。

 彼女の夫が尽きてゆく力の残りをふりしぼり、唯一(つま)の美貌を護ったに違いない。

 

黄金竜(オーディ)の姿など見とうもないわ。

 どのような顔や姿であったかすら、覚えておらぬ。

 興味もないでな」


 さらりと当然のように、竜后は冷酷な言葉を吐く。

 ぶちんと、パウラの堪忍袋の緒が切れた。


「アルヴィドを今すぐここに呼びましょうか。

 告白なさるとよろしいわ。

 あなたのことをずっと想っています。

 だからわたくしは、こんなバカなことをしたんですって。

 それを聞いたら、アルヴィドはきっと泣いて喜んでくれるでしょうね」


 黙って去るのなら、黄金竜(おっと)ともども生涯の生活は保障しても良いと思っていた。

 セスランがなんと言っても、特にひどい目に遭わせる必要はないと。

 けれどこれは、ひど過ぎる。

 竜后にとって一番大切なのは自分の胸にある初恋の思い出で、それ以外の誰も彼もどうでも良い存在なのだ。

 例えば前世、竜后の仕事を丸投げされて飼殺されたパウラも、異世界から召喚されたナナミもエリーヌも、そして何よりも彼女を愛し護ってきた夫黄金竜(オーディ)さえ。

 言って聞かせてやる段階を、とうに過ぎている。


「小娘がわかったようなことを。

 わたくしとアルヴィドの、何がわかる」


 怒りに染まるエメラルドの瞳を、パウラは負けじと睨み返した。

 どうしてこんなに幼稚なのだろう。

 どうしてこんなに自分勝手でいられるのだろう。

 恋ゆえというのなら、この人は竜后になるべき人ではなかったと思う。

 そしてこの人を唯一と呼んで愛した黄金竜(オーディ)もまた、竜族の長になるべきではなかった。


「できれば貴女ご自身に、自らの後始末をしていただきたかったのですけれど」


 ナナミやエリーヌを元に世界に戻すことも、その1つだった。


「異世界から連れてきた彼女たちには、この世界とは異なる輪廻があったはずですわ。

 それを壊した貴女は罪深い。

 ですが、もうあきらめました」


 すぐ隣でパウラを護り続けるセスランを見上げて、優しく強請る。


「わたくしが代わりに、彼女たちを返してもよろしいでしょう?」


 既に新竜后となったパウラには、セスランの許しさえあれば叶わぬことはない。

 当然だとセスランは頷く。


「わが唯一(つま)の望みのままに」


「聞いてのとおりです。

 だからもう、貴女には何もしていただきませんわ。

 でも罰は受けていただきます。

 貴女がしたのと同じことを。

 異世界へお送りいたしましょう。

 そこで一人で、一人っきりで生きてごらんなさい。

 これが貴女への罰、本望でしょう?」


 黄金竜(オーディ)がひきつれた悲鳴を上げた。

 やめてくれと、弱く叫ぶ。

 けれど仮にも竜族の長であった彼なら、それが仕方のない罰、甘すぎる罰だとも理解している。


「もちろんヘルムダールのそのお姿は、捨てていただきます。

 あちらでどなたかのお姿を借りて、そうエリーヌのように、転生していただきます。

 ご自分がなさったことの罪深さをお分かりいただけるまで、何度でも」


 アルヴィドがもしここに居れば、許してくれと嘆願しただろうか。

 涙に濡れる黄金竜(オーディ)の姿に、ちらとそんなことを考えもしたが、竜后の腐った性根はそう簡単に直らないとパウラは思う。

 嫌な仕事だ。

 好んでしたくはない。

 けれど竜族の長の妻となったパウラなら、しなくてはならない務めだった。

 道を外れた竜后には、それなりの報いを。


「ごきげんよう。

 どうか一日も早く、ご自身の罪にお気づきくださいますように」


 嫌だと泣き喚く竜后を、パウラの放つ光の渦が巻き込んで、消した。

 

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