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88/95

88.だから辛かったんだ

「セスラン様……。

 もしやあなたも2度目なのですか?」


 それは確認だった。

 ほぼ間違いないと、パウラは思っている。

 幼い日に見た、あの蕩けるように優しい表情(かお)も声も、それならばすべて腑に落ちる。

 セスランは知っていたのだ。

 少女だったパウラの行く先に何があり、そしてセスランとパウラにどんな運命が待ち受けているかを。


 セスランは静かに微笑んで、頷いた。


「パウラ、私には白虎の母と火竜の父の、両方の血が半分ずつ入っている。

 このことを知られるのが、君が私から離れてゆくのが、怖かった」


 それはセスランの告解だった。

 赦しの秘跡を与えてほしいと、パウラに(こいねが)う。


「白虎でも竜でもない者、それが私だった。

 どちらでもない。

 だからどこにも居場所がない者だと嘆き、恥じていた。

 それを、その私の心の闇を、エリーヌは知っていた」


 そこからは聞かなくても想像できた。

 エリーヌが甘い優しい言葉で、セスランを肯定し、許し、励ましただろうこと。

 エリーヌだけが、セスランを孤独と苦しみから救うことができるのだと、刷り込んだだろうこと。

 汚い、なんと卑劣なことをと、腹が立つ。

 けれど同時に、それがとても有効な攻略法だと認めざるをえない。

 現にセスランは陥落したではないか。


「どうして知っているのか、考えたことはおありですか?」


 パウラの問いかけに、セスランは首を振った。


「彼女にも記憶があるらしいのです。

 それも異世界から、この、わたくしたちが生きているこの世界を見ていた、その記憶が」


 パウラの答えに、セスランはほんの少しだけ唇の端を上げた。

 

「さもあろう。

 知っていれば、さぞや容易(たやす)かったであろう。

 あの惨めな、情けない私を堕とすことなど。

 造作もない」


「驚かないのですか?」


「私も、そしてパウラ、君も、2度目を生きている。

 エリーヌがそうであったからとして、そうか……とむしろ得心したが」


 エリーヌの正体を知っても、セスランにはなんの感動もないらしかった。嫌がる風でもない。むしろ興味がないようにさえ見える。

 憎くはないのかと、パウラは口に出さなかった。

 もしそうだとしても、それを誇り高いセスランが認めるはずもない。

 彼はあくまでも自分の罪だと言うだろう。


「白虎でもあり、竜でもあるものだ。

 2つの一族であれることは、とてもめでたいことだと、そう教えてくれた方がいてな。

 私はその時、ようやく自分の愚かさに気づいた」


 今はもう恥じてはいないと、セスランは綺麗に微笑んだ。


「もう一度、君に会えたら今度こそ告げようと思っていた。

 パウラ、君を愛している。

 私と共に生きてほしいと」


 跪いたままのその言葉は、求婚だった。

 パウラの右手をそっと取り、翡翠の瞳に溢れるばかりの熱をこめて見上げる。

 くらっと眩暈がした。

 これに耐えられる女などいるのだろうか。

 ここまで一気に詰め寄られるとは、想定範囲を超えていた。

 まずは前世と同程度に、ふんわり柔らかい雰囲気になって、胸がほわほわと温かくなって。

 そこまでの心の準備しかないのに、いきなりこれは過負荷もいいところだ。

 8歳の時、正確には8+数千年だが、とにかく今から9年前、あの時のセスランの蕩けるような口説き文句と表情(かお)は、反則だと思ったものだ。8歳のパウラにはとても処理できない質と量で、気絶しなかった自分を褒めてやりたい、そのくらいの威力があった。

 そして現在。

 時間はきっちり9年分経っているというのに、パウラの恋愛経験値はまったく上がっていないことを思い知る。

 

 聖女オーディアナ、黄金竜(オーディ)の側室にならなくて済むように、とにかくエリーヌとセスランが恋に落ちるのだけは防がねばならないと思っていた。

 けれど前世を思い出せば出すほど、パウラがセスランに抱いた淡い想いが顔を出す。それが破れて永遠にかなわなくなったあの日の衝撃も。

 普段なら無視できるエリーヌの図々しさ、低俗さ、そんなものがやけに目障りなのは、あの日の衝撃をパウラが忘れられなかったからだと気づいてしまった。

 つまり、簡単なことだ。

 パウラはセスランに惹かれている。

 理屈は要らない。

 セスランの傍にいると、いつも胸の動悸が速くなる。

 温かい気持ちになれる。

 好きだから。

 認めてしまうと、急に恥ずかしくなった。


「わ……わたくしも……」


 言いかけて言葉に詰まる。

 私も好きだ、ずっと好きだったと、そう答えればいいだけだ。

 けれどパウラの唇は、思うように動いてくれない。どくんどくんと、頭の芯で音が鳴る。セスランに預けたままの右手の感覚は、既にない。

 わかるでしょう、言わなくてもわかるわよねと、涙目で訴えてみる。

 翡翠の瞳が見開かれ、次の瞬間歓喜の色に染まる。

 けれどセスランは許してはくれなかった。

 緩やかにうねった紅い髪を振る。


「その先を聞きたい。

 どうか聞かせてくれ」


 甘い艶やかなテノールが、パウラを促す。

 どうしてもパウラ自身の口から、その思いを告げよと。

 

「わたくしはセスランが好きですわ。

 前も今も変わらず、ずっと」


 口に出すと、涙がこぼれた。

 ああ、そうだ。

 自分はセスランをずっと愛していたのだ。

 だから辛かったのだ。

 セスランがエリーヌと共にいることが、なによりも。

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