79.願ってはいけない
聖女オーディアナ候補による試験は、本当に形ばかりのものだった。
一般教養の段階で、既にその優劣は明白で、歴史、文芸、政治経済、語学、礼儀作法と、どれ1つとってもパウラの圧倒的優勢が覆るものはない。
黄金竜ももう少しマシなものを送り込めば良いものを。
当代聖女をはじめ聖使は皆ため息をついているが、黄金竜のお志であれば表立って批判もできない。
お志を傷つけぬように、皆気遣うばかり。
無作法も無知も、曖昧な微笑でやり過ごす。
そんな日々が続いた。
試験も後半に入る頃、課題は実践編に移っていた。
セスランが正試験官として担当したのは、南の大陸ゲルラ公国で起こる紛争の、平和的解決の支援である。
ゲルラでは日常的に起こる白虎族と公国の争い、そのうちの1つ。
今回の争いは白虎の女を公国の騎士が連れ去った、そのことが原因である。
女は白虎王族に連なる者で、ゲルラの騎士によって攫われたのだと、白虎側は申し立てている。
女の返還と連れ去った騎士への制裁が、彼らの要求だ。
当然ゲルラが、素直に頷くわけもない。
白虎の里と公国との境で、今もにらみ合いが続いている。
「どうして攫ったりするんですかぁ?
お嫁さんにほしいと申し込めばいいのに」
事件の概要を説明したセスランに、二人の候補のうちの一人、エリーヌが不思議そうな声をあげた。
「白虎も白虎ですよね。
お互いに好きあってるんだったら、邪魔することないのに。
それに竜族になれるんですよ~、その白虎の人。
王族と言っても、所詮蛮族じゃないですかぁ。
ぜったい竜になった方が良いと思う」
無作法無礼な言葉に免疫のあるセスランでさえ、眉を顰めるほど不躾な言葉だった。
罪の意識などまるでないのだから、注意しても何が悪いのかはわからないだろう。わからないものに注意するだけ無駄だ。
あきらめてやり過ごそうとする。
「所詮、男爵家の娘ね」
凛と透き通る声で、パウラが短く言い放った。
「ひっどーい。
なんでそんなこと!」
真っ赤になって食ってかかるエリーヌの大きな瞳には、悔し涙が浮かんでいる。
この少女にとってのタブーは2つ。
身分のこと、父親が恋人を作って出て行ってしまったこと。
そのうちの1つを、パウラが口にしたのだ。
「男爵家の娘だからなによ?
パウラなんか、たまたま大公家に生まれただけでしょ。
たまたまがそんなにエライの!?」
あら、とパウラは目を丸くする。
「たまたま白虎に生まれたこと、竜に生まれたこと、そこに優劣があるのでしょう?
てっきりわたくし、たまたま男爵の娘に生まれたけれど、男爵なんだから劣っていると言われても仕方ない。
あなたはそう考えているのだと思っていたわ」
辛辣な皮肉を極上の微笑にのせて、パウラは返した。
「それとも、自分は良いけど他人はダメということかしら?」
切れ長のエメラルドの瞳がきらりと輝いて、無作法で無知な少女を威圧する。
放っておいても良いはずだった。
自分とエリーヌの能力の差が、わからないパウラではあるまい。
あきらかにはるかに劣るとわかっている相手に、真面目に取り合う必要はない。
むしろとりあえば、泣いたりわめいたりされて面倒なことになる。
関わらないのが賢い対応だ。
それなのに、パウラは口を出した。
「ひどい……。
わたしはただ本当のことを言っただけなのに」
ほらやっぱり、とセスランはため息をついた。
エリーヌはぐすんぐすんと、派手に泣き始める。
パウラは肩をすくめて、彼女に背を向けた。
見計らったように、さらに声をあげて泣き出すエリーヌ。
セスランは正試験官だ。
立場上、場を収めなくてはならない。
「わかった。
もう泣くな。
悪気はなかったのだろうが、おまえの発言が不用意だったのは確かだ。
次から気をつけてくれれば良い」
不本意ながらセスランは、不器用な慰めの言葉をかける。
ぱぁっと輝くソーダ水の瞳。濡れたまつ毛をぱしぱしと上下させて、エリーヌはセスランの腕にしなだれかかる。
「わたし本当のことを言っただけなんです。
悪気なんて、ぜんぜんないんです」
つんとそっぽを向いたパウラがどんな表情をしていたか、セスランからは見えない。
けれど地竜の聖使アルヴィドが、彼女の側に近づいて何か話しかけているのを見ると、胸の奥にちりりと不快な熱が走った。
(近づくな)
浮かんだ言葉に、セスランは動揺した。
何を、今、自分は思った。
近づくななどと。
パウラはセスランのものではないというのに。
目の端に入るアルヴィドの美貌が、セスランの胸の熱をさらに上げるようだ。
美貌で知られるヴォーロフの、その中でも群を抜くと言われた秀麗な美貌。
竜の中の竜、純粋な地竜の血を継ぐ証が、アルヴィドの美貌。
それが目障りだった。
パウラの側にあの男が立つ。
純粋な竜の男が。
(何を考えているのか)
我に返って、セスランは目を閉じて首を振った。
「セスラン様?」
セスランの左腕にしなだれかかる偽物が、甘ったるい声で彼の名を呼ぶ。
(私にはこれで十分だと、そういうことか?)
乾いた笑いが口元に浮かんだ。




