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78.竜の姫

「セスラン様は、半分だけ竜なんでしょう?」


 正面切って、無邪気に投げかけられた問いに驚いた。

 ソーダ水のように透明な緑の瞳をきらきら輝かせて、唇に邪気のまるでない微笑を浮かべて。


「つらい思いをしたんですよね!」


 元気で明るい声は、つらいという言葉になんとも不似合いだった。

 だから怒るより、笑ってしまった。

 この少女の、なんと怖いもの知らずであることかと。


 少女はエリーヌ・ペローと名乗った。

 次期の聖女オーディアナ候補の一人らしい。


 聖女オーディアナ。

 黄金竜(オーディ)の側室であり、竜后オーディアナの代理である。

 普通はヘルムダール公家より、聖紋(オディラ)の出た公女がその任に就くが、今回だけはヘルムダールに二人、聖紋(オディラ)持ちが現れたらしい。

 そこで異例の選抜試験が行われることになった。

 と、ここまでは公式の話。

 実のところセスラン達4人の聖使は、このエリーヌ・ペローが()使()()の聖女だと、皆気づいている。


 セスランが召喚されたほぼ同じころ、他の3人の聖使も代替わりをした。

 彼らは皆、強い魔力、竜の力を持つようで、その任期はとりわけ長くなりそうだと黄金竜(オーディ)から聞かされていた。

 そこでその長い任期中、わずかの楽しみも希望もなしでは気持ちがもたぬと、寛大なる黄金竜(オーディ)のお情けである。

 本命はもう一人の少女だとは、誰が見てもわかる。

 ヘルムダール公国の跡継ぎとして育てられた公女、パウラ・ヘルムダールである。

 ヘルムダール特有の細い銀糸の髪に、特徴的なエメラルドの輝く瞳。

 立ち居振る舞いは模範的な淑女のそれで、加えて飛竜を操る魔術騎士でもあった。

 文句のつけようもない。

 

「セスラン様のお気持ちは、わたしわかります。

 半分だけ竜だからって、そんなの関係ないから」


 幼稚な言葉で元気づけてくるエリーヌに、パウラ・ヘルムダールは俯いて視線を外した。

 エメラルドの瞳に嫌悪や軽蔑が映っていたわけではなかったが、竜の中の竜であるヘルムダール公家の令嬢なら、当然の反応だとセスランは思った。

 半竜の血を歓迎すべき理由が、彼女にはない。

 触れないように、見ないフリ聞かないフリを保つだけ、高位の姫としては礼にかなっている。

 ところがどうも、そういう意図ではなかったらしい。


「白虎ってどんな見た目なんですか?

 どこに住んでるんですか?」


 エリーヌが立て続けに質問してきた時に、それは起こった。



 

「いいかげんになさい」


 つかつかとこちらに近づいてきたパウラが、エリーヌを真正面に見据えて厳しい声を上げる。


「知りたいのなら、書籍を貸して差し上げます。

 目上の方に、しかもお許しもなく、して良い質問ではないわ」


 生まれのこと、育った環境のこと、父のこと母のこと、その他諸々。

 かなり私事の領域に入る、デリケートな話題である。

 貴族の間では、よほど親しくならない限り、この手の話題は取り上げない。

 

 なるほど……。

 視線を外して俯いたのは、エリーヌの無作法が気に障ったからか。


 そう気づいて、セスランは少しだけほっと気が緩むのを感じる。

 半竜の血を目の前にしたからではなく、半竜の話題を人前にさらしてしゃあしゃあとしているエリーヌにこそ、竜の姫パウラは苛立ったのだとわかって。


「畏れ多いことではございますが、あえて申し上げます。

 このような無作法は、許されるべきではありません。

 どうぞ然るべき方から、お叱りいただければと」

 

 当代の聖女オーディアナ、4人の聖使。

 おまえたちは何をしているのかと、パウラは言ったのだ。

 注意すべきはパウラではなく、その5人だろうにと。


 無作法だとパウラは怒る。

 聖女オーディアナ候補といえど、エリーヌはヘルムダールの男爵家の娘に過ぎない。

 家格や位から言って、セスランの許しなく質問できる立場にはない。

 ましてあのようなごく立ち入った質問など、無作法どころではない。

 ごくまっとうなことだった。

 けれどセスランには新鮮だった。

 これまでセスランのために、まっとうな怒りを示したものはいなかったから。

 昂然と頭をもたげ背筋をしゃんと伸ばした後、腰をかがめてパウラは綺麗なお辞儀をして見せる。

 

「どうぞよろしくお願いいたします」

 

 誰が見ても明らかだ。

 本命の候補、本物の竜の姫君。

 3人の聖使の、視線の温度が変わる。

 そして多分、セスラン自身の視線の温度も変わっているのだろう。

 本命の、本物の竜の姫。

 次代の聖女オーディアナ、つまり黄金竜(オーディ)の側室になる姫だ。

 惹かれても、その先はない。

 半竜であるセスランが、竜族の頂点に立つ黄金竜と競うなど、端から考えられない。


(かなわぬ夢はみないことだ)


 目を閉じて軽く首をふったセスランの腕に、柔らかい腕がからみつく。


「セスラン様~。

 聞いちゃいけないことだったんですか?

 ごめんなさい。

 わたし、知らなくて……」


 うるうると涙の浮かんだ、ソーダ水の瞳が見上げていた。

 聖使用の聖女候補。

 わかりやすすぎる偽物に、己の立場がただ情けなく疎ましかった。 

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