73.無口で無愛想で不器用なのでは
ヒョォー-----------。
効果音をつけるとしたら、こんな感じだろう。
アルヴィドとパウラの周りだけ、局地的なブリザードが吹き荒れている。
(怒ってる……のよね)
ブリザードの源、アルヴィドの表情の変化には、さすがに気づいた。
何が気に障ったのだろう。
披露宴、アルヴィドはしたかったのか。新婚旅行の方か。
「まだいろいろと落ち着きませんし、そんなに余裕があるわけではありませんでしょう?」
銀狼族との諍いは、ヴォーロフにプラチナム鉱山から手を引かせることで、とりあえずは解決をみた。
けれど大元の諍い、竜とそうでない一族との間にある争いのタネ、数々の因習は挙げればきりがないほどで、そのひとつひとつを解決してゆかねばならない。
気の遠くなるほどの数だ。
領土の問題だってある。
銀狼族と竜の共生を目指すなら、銀狼族の主張する先祖伝来の領土について、竜側にある程度の譲歩が必要であろう。その譲歩にも時間と金がかかる。
とかく何をするにも、お金はかかる。
長の地位に就いた者なら、己の楽しみは二の次。世の中全体のことを考えなくては。
そしてそれを支えるのが、長の妻の役目。
新婚旅行や披露宴に、うかれている場合ではない。
「余裕ができたら、その時に考えましょう」
駄々っ子に言い聞かせるように、パウラは優しく微笑みかける。
今はまだその時期ではないと。
「ほう……。
俺の唯一は、その先は要らぬと、そう言うのだな?」
深緑の目がすわっている。
ずいっとパウラとの間を詰めて、息がかかるほどの近さからパウラの瞳を覗き込む。
「それはつまり、俺は要らぬ。
そういうことか?」
抑揚のない冷え冷えとした声。
披露宴をしないことが、どうしてアルヴィドを要らないと思うことになるのだろう。
ここまできてパウラは、アルヴィドとの間になにか行き違いがあることを理解した。
「アルヴィド、あの、なにか勘違いを……」
言いかけたパウラの唇を、アルヴィドの長い指が塞ぐ。
白いトーガの袖口からのぞく絹のシャツの袖口が、パウラの目の前にある。
金色の縫い取りにツタ柄が使われているのかと、妙なことに気がついた。
遅れて唇に、アルヴィドの指の感触を感じる。
ぼんっと、頭の中の熱線が焼けきれる。
パウラの全機能が、瞬間的に停止した。
「煽ったのは君だ」
唇を塞いでいた指がそのまま頬にすべる。
耳の後ろに手のひらが添えられて、抱き寄せられた。
「式まではと、俺がどれほど抑えているか」
掠れた声が、耳元で続ける。
「パウラ、君は知るべきだ」
ショートしたままの回路には、いかな情報も流れてこないはずなのに。
キャパオーバーの電気信号が、洪水のように流される。
溺れる。
空気を求めてはくはくと動かす唇に、あたたかい感触が落ちる。
しっとりと湿って温かい何か。
ふわりとオークモスの香りが、鼻先をくすぐった。
ふにゃりと柔らかいそれが何か、さすがにパウラにも理解できる。
ぐぅ……と、色気のない声が漏れた。
抵抗しようと突っ張った腕は、アルヴィドの腕になんなく抱え込まれてしまう。
「褒めてほしいものだな。
ここで抑える、俺の自制心を」
パウラを抱きしめる腕が、かすかに震えている。
ふう……と大きく息をついて、アルヴィドはその腕を緩めた。
「これから先は、式の後で。
その時には、もう止めてやれない」
深緑の瞳に、ちらちらと燻る火が見えた。
さすがにパウラにも、式の後でアルヴィドの「したい事」が、披露宴や旅行ではないとわかった。
勘違いも甚だしい。
鈍い、鈍すぎる自分の恋愛センスが、恥ずかしいやら情けないやらで赤面する。
「ごめんなさい」
蚊の鳴くような声で詫びて、顔を伏せた。
直前まで倹約家の良き竜后のつもりだったことを思い出せば、さらに顔から火が出る思いがひどくなる。
「その顔……。
セスランにも見せたか?」
アルヴィドの口調が、突然尖る。
なにやらまた、機嫌が悪くなったらしい。
もう、本当に許してほしい。
パウラは泣きそうな思いだった。
何をどうすれば、わずかの間に機嫌が良くなったり悪くなったりできるのか。
もう少し、恋愛特化型の心理学書籍を読み込んでおくべきだった。いやそれだけでは不足だ。専門の教師をつけてもらった方が、さらに良かったかもしれない。
とにかくパウラにこの方面の対応を求められても、困るのだ。
どうして良いのか、まったくお手上げだった。
「どう答えるのが正解ですの?」
開き直ったパウラは、真面目な口調で返した。
苦手なのだと、正直に打ち明けたではないか。
もってまわった言いまわしや、裏を読まなければならない言い方に、満足のゆく答えは返せない。
間違った答えを返して、また不機嫌になられてはたまらない。
わからないことは質問するようにとは、ヘルムダールで最初に習ったことだった。
そもそもセスランとは、こんな風に見つめあったり、抱き合ったりしたことはない。
前世、今生通して、一度も……。
と断じかけて、そういえばとゲルラで出会った昔を思い出す。
いや、でも、あれはまだ幼い少女の頃のことだ。
あれはカウントしなくても良いだろう。
良いはずだ。
「相変わらず俺の唯一は、思っていることがそのまま顔に出る。
つまり、見せたと。
そういうことだな」
しんと静かなアルヴィドの声からは、不機嫌や怒り、負の感情の類は感じられなかった。
かといって喜んでいるわけでもない。
無表情の声が、パウラにはかえって気味が悪い。
「ヘルムダールへ向かう。
今すぐにだ」
深緑の瞳がまっすぐにパウラを見据えている。
両肩をしっかりと抱いて、視線を逸らすことを許さない。
「今日中に立后式をすませる。
そのつもりでいてほしい」
ああ、どうやらスイッチが入ってしまったらしい。
無口で不愛想で不器用なアルヴィド。
実はこんな人だったのかと、初めて知った。




