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68.信じているから

 黄金竜の郷(エル・オーディ)に発つ朝のこと、アルヴィドはエリーヌを黄金竜の泉地(エル・アディ)へ戻した。


「どうせパウラがまたお節介を言い出したんでしょう?

 ならパウラだけおいて、アルヴィド様も一緒に帰りましょうよ」

 

 エリーヌはパウラを睨みつけた後、いつもの甘ったるい声でアルヴィドにしなだれかかる。

 けれどその細く白い手は、情け容赦なく振り払われた。


「どうして……。

 アルヴィド様はどうしてパウラなんかを……」

 

 真っ黒のオーラをもくもくと立ち昇らせながら、エリーヌはまたも鬼の形相で睨みつけてくる。

 けれどもう、いまさらエリーヌがどうしようと、パウラには毛ほども気にならない。

 銀狼族の存亡がかかっている。時間がなかった。

 エリーヌの歪んだ自己承認欲求に、つきあってやる余裕はない。

 セスランを拝み倒して連れ帰ってもらうことにした。

 アルヴィドが残るのなら自分も残ると言いはるセスランも、試験官の正副の序列を指摘すると渋々従ってくれた。

 残ったのは3人だけ。

 アルヴィド、ハティ、それにパウラである。



 

 「で?

 いつのまにおまえが、パウラとそういうことになったんだ」

 

 不機嫌を隠そうともしない仏頂面で、銀狼の王子ハティは口を開いた。

 アルヴィドがパウラを自分の「唯一」であると、そう宣言したその直後のことだ。

 ほとんど表情を変えないアルヴィドをしばらくじっと見つめて、その後パウラに視線を移す。

 突然のことに、面白いくらいパウラはアワアワとうろたえた。

 

「は……ん、そうか」


 控えめに言って、ハティ王子の艶聞はかなり賑やかなものだとか。その経験値から導き出したらしい推測に、唇の端をあげてにやりと笑う。

 目の前のパウラの様子が、「そういうこと」になった後のものではないとすぐに気づいたらしい。


「竜は精神性を尊ぶとは聞いているが、『そういうこと』になる前に唯一とは、気が早いのではないか」


 銀狼族にも「唯一」はあって、生涯にたった一人の伴侶を選び必ず添い遂げるのだとか。

 互いに伴侶と認め合った後は、この世にただ一人の相手と慈しみ大切にして、いつかどちらかが先に逝けば、ほどなくして残された片割れも後を追う。

 愛の濃さ重さは、竜族のそれに勝るとも劣らない。

 ほとんどの場合、それは同族同士で見つけるのだが、ごく稀に異種族に「唯一」を見つける場合もあるらしい。

 ハティの青灰色の瞳に、危険な暗い灯を感じたような気がして、即座に首を振って否定する。


(ないから。

 そんなに連続で、わたくしが求愛されるなんてありえない。

 これまでそんなこと、一度だってなかったし)


 4大公家の公子たち、それに白虎族の王子ヴィート、それに4人の聖使が知れば、はぁー---と盛大にため息をついただろう。

 これを素で考えている。

 このあたりが劣等生の所以なのだと、パウラはまだ理解できていない。

 今は目の前の切羽詰まった問題に注力すべきで、得意ではないことは後回しにするとパウラは決めていた。

 幸いアルヴィドもそれで良いと言ってくれている。

 但し、黄金竜(オーディ)、竜后と相対する時には、アルヴィドと相愛である必要がある。

 少なくとも黄金竜夫妻よりも深い相愛でなくてはならない。

 それを思うと気が重くて、とても他のことに気を向けてはいられない。


黄金竜の郷(エル・オーディ)には、パウラと俺だけで行く」


 淡々とした口調で、決定事項だとアルヴィドが告げる。


「竜の長に叛くには、資格が必要でな。

 悪いがおまえには、その資格がない。

 あきらめろ」


 もっと違う言い方があるだろうに。

 ハティは、一族の誰にも自分の意思を伝えていない。

 ヴォーロフと全面交戦を決めている兄スコルには、黄金竜の郷(エル・オーディ)行きについて口に出してさえいないだろう。

 往きて還らずの覚悟は、一族を滅ぼさないために。

 より多くを生き延びさせるために、誰にも内緒で己の命を賭けて。

 アルヴィドはそれをよくわかっている。

 だからこそ彼を惜しむ。

 だからこそあきらめろと言う。

 相変わらずアルヴィドは、不器用で本当に素直ではない。


(変わらないわ)


 前世パウラの記憶にあるアルヴィドも、やはりそうだった。

 まるで「優しいね」と言われることを避けているようにさえ見える。

 照れなのだと、ようやくわかった。

 素っ気ないフリは、その照れ隠し。

 なんだかかわいらしく思えるのは、パウラに数千年の人生経験がついたからだろうか。


 事情はともあれ、ハティには遠慮してもらわなくてはと、パウラも思う。

 これから先は、竜対竜の戦いになる。

 頂点に立つのは、最強の竜でなくてはならない。

 そこに他種族の存在は、けして歓迎されない。


「ハティ、わたくしとアルヴィドを信じてくださらない?

 銀狼の一族の存亡も併せて、全力であたってきますわ」


 竜后オーディアナの贅沢、これだけはなんとしても撤回させてくれる。

 たかが家具ごときのために、人が命を賭けて良いはずはないから。


「あんな愚かな者たちが、一族の長とその正室なんですもの。

 恥ずかしくてなりませんわ。

 ハティ、本当にごめんなさい。

 許してとはとてもお願いできませんけれど、もう少しだけ待っていただけて?」


 パウラの心からの願いが通じた。

 ハティはまっすぐにパウラの瞳を見据えた後、頷いてくれた。


「信じよう、パウラ。

 どうか頼む。

 きっとうまくゆくと、そう信じているから」


 銀狼族の存亡と、竜族の命運と。

 どちらも軽くはない、なかなかに重い荷を背負って、パウラはアルヴィドとヴォーロフ城の転移門へと飛ぶ。

 そこから先は、けして負けられない戦場だった。

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