63.アレよりマシであれば良い
黄金竜の郷にのりこんでやる。
そう決めたら、とてもすっきりした気分になった。
黄金竜に叛くような真似をしたら、実家に迷惑がかかる。その前にそもそもそんな畏れ多いこと、思うだけでも罪だ。
前世のパウラなら、おそらくそう考えただろう。
けれど今のパウラは違う。
他人の思いやその身の幸せなど、まるで頭にないバカ野郎とその妻を、どうして畏怖し敬う必要があるのか。
一族すべてを束ねる者なら、その身を誰よりも厳しく律していかねばならぬはず。そうでなければただの暴君だ。暴君には天も地も、そして累々と続く竜の血も味方しない。ならばそれを倒してなんの罪になろう。
アレよりマシであれば、誰が黄金竜であっても良い。
黄金竜の郷にある水火風地いずれの竜でも、その血を継いだ聖使の誰かでも、かまわない。
もし誰もならないと言うのなら、その時はパウラがなっても良い。進んでなりたいとまでは思わないけれど、なり手がないなら仕方ない。
(案外それも悪くないかもね)
もしパウラが黄金竜になれば、竜后も竜妃もいらない。この先、本意ではない不幸に巻き込まれる女を作らないで済む。結構なことではないか。
エリーヌの成績はひどいもので、このまま事が進めばほぼ間違いなく、パウラは聖女オーディアナになる。前世と同じ飼殺しルートだ。
嫌だと言って逃げたところで、とても逃げ切れるものではない。どこへ逃げても、必ず連れ戻される。
それならばこんなバカバカしい世の仕組みを作った張本人を引きずり下ろして、仕組みそのものを作り変えた方が良いのではないか。
(でも黄金竜って、どうすればなれるのかしら)
黄金竜は、世襲制だっただろうか。前世の記憶を手繰り寄せても、はっきりと思い出せない。
前世のパウラは生真面目に与えられた仕事をこなすだけで精いっぱいで、他のことを考える余裕などまるでなかった。パウラをちらとも顧みることのなかった夫を憎いと思っていても、弱みを握ろうなどとは、露ほども思わなかったのだ。
(なんてお人よしなのかしら)
相手がろくでもないヤツの場合、誠実とか誠意とか、常ならばほめられるべき性質は、けして美徳ではない。かえって弱みになる。
こと黄金竜と竜后に関してだけは、それを肝に銘じておかなければ。不遜なくらいでちょうどいい。できるのだろうかと不安に思うが、それよりもまず敵を知らなければとそちらの方が心配だった。
(黄金竜の代替わりについて、どうやって調べよう。
誰なら知ってるかしら)
深く考え込んで、いつの間にか周りに人のいることを忘れてしまっていた。
「これはこれは……」
こらえ切れないといった風に、ハティが破顔した。
ほぼ同時に、アルヴィドも声をあげて笑う。
「黄金竜の郷に行くつもりか?
なんとも剛毅なことを考える」
つい先ほどまでの張りつめた空気はすっかり緩んで、いまや温かみさえ感じる和やかな雰囲気に変わっていた。
一人エリーヌだけが、面白くなさそうにパウラを睨みつけているが、不思議なほど気にならなかった。
もうどうでも良い。
能力だけで勝負するなら、初めから競うまでもないのだ。
飼殺されないルートは、聖女オーディアナの座をエリーヌに押しつける道だけではない。
それに気づいた今なら、何もパウラの苦手な分野で競ってやる必要もない。
「それ以外に、解決策がありまして?」
あるなら言ってみると良い。
ないからこうして紛争が起こっているのだろうに。
無法者に情で訴えても無駄だ。無法者を相手にするなら、それなりの方法を選ばなければ。
「プラチナムの家具が欲しいなんて寝言、まともに相手にする必要はありませんわ。
寝ぼけた竜后の頬に、平手打ちを入れて差し上げればお目覚めになるでしょう」
「それは良い」
銀狼王族特有の青灰色の瞳に好意と熱をのせて、ハティはパウラの前に跪く。
「そのご夫君を張り倒す役は、ぜひ私に賜りたい」
竜族のそれも最高位の大公家の人間でさえ、滅多なことでは行けない場所だ。
異種族の、まして現在敵対関係にある銀狼の王子が行けるところではない。仮に行けたとして、おそらくは片道切符になるだろう。
「このまま事が進めば、兄は必ず兵を挙げる。
いずれ戦わねばならぬとしたら、万に1つの勝機に俺は賭けたい」
ハティの言うことは正しい。
今のまま兵を挙げれば、銀狼族に勝ち目はない。ただ滅亡に、誇りを添えることができるだけだ。
けれど滅びに美学を求めること自体、無意味ではないか。銀狼族の多くの命を、負けるとわかっている戦に賭けるなど、一族の長のすることではない。
生きてこそ、その先の未来を見ることができる。
ただ命より大切なものがあると信じこんでいる人々に、それを説いても受け付けるとは思えない。それをあえて説得するなら、かなりの時間を要するだろう。けれどそんな時間はない。
それならば万が一にでも勝機のある戦にこそ、わが身を投じたい。
彼の悲壮な思いが伝わるだけに、即座に拒むことはできなかった。
「まず準備が必要ですわ。
黄金竜の弱みを、なにか掴まなくては」
聖女オーディアナの選抜試験の課題は、確か「小さなトラブル」ではなかったか。
どこが小さいものかと、パウラは苦笑する。
銀狼族の存亡のかかった、かなり大きなもめごとではないか。
これ1つとっても、黄金竜の治める世の傲慢さがうかがえるというものだ。
負けられない。
聖女オーディアナ試験にはまるでやる気がでなかったが、今は身体の中心からやる気の熱がふつふつと湧き上がってくる。
ずるく、汚く、賢く、なによりも不遜であらねばと考えて、やはり不安になる。
(参謀が必要だわ)
ヘルムダールへ戻って、相談してみようとパウラは思った。




