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57.これはこれで幸せ

 黄金竜の代替わりがあった。

 黄金竜の泉地(エル・アディ)に詳細な情報は伝わっていなかったが、力のつきた聖女オーディアナが去り、ヘルムダール大公が竜后と聖女の役割を兼任していれば、おおよそのことは皆察しているようだ。

 次の黄金竜(オーディ)はどうやら暫定的に風竜が立つようで、それは黄金竜(オーディ)代行とでも言うべき立場だった。

 聖使オリヴェルに風竜の継承を終えれば、現風竜は即日黄金竜(オーディ)を彼に譲ることになっている。

 新風竜は既にヘルムダール公女を得ていた。

 彼女を愛し、そして愛されて、実質的には黄金竜(オーディ)の資格と力を備えている。



「それでいつになったら、私のアデラを返してくれるのかな?」


 ほぼ毎日のようにやってきて、父は同じことを尋ねる。

 これはもういやがらせだ。


「こんな立派な宮を用意しなくとも良いのでは?

 これじゃ、まるでこのままアデラがここに住むようじゃないか」


 母の住まいにあてられた仮宮にまで、とばっちりがゆく。

 元は聖女オーディアナが使っていた宮で、前世のパウラもここに住んでいた。この世を支えながら一生を飼殺される女のために、贅をつくしたしつらえのかなり豪華な宮なのだ。ヘルムダールの質素な城とは比べるのもおこがましいほど。


「そんなことは絶対にないと思うけど……。

 ここの方が快適だと、アデラが言い出したらどうするの?

 それにここにいるヤツら。

 あいつらは毎日アデラに会うのだろう?

 あー、今すぐ消してしまいたいよ」


 執務中の母に代わってその話を聴きながら、パウラは内心で思い切りため息をつく。


(やっぱり同じ種類の男だわ)


 同じ種類の男から、毎日毎晩同じようなことを言われるパウラには、父の言葉がその男のそれに重なって聞こえる。

 母娘ともどもに似たような男を伴侶に持ったものだ。

 そしてそれを本心では嬉しく思っているところも、母娘ともどもで。


「もうじきですわ、お父様。

 じきにオリヴェル様が風竜をお継ぎになります。

 そうしたらお母様はヘルムダールへお帰りになれますから。

 もう少しだけお待ちくださいな」


 これもまた何度も繰り返したセリフを口にする。

 毎日言っていれば、言い回しさえ同じ調子になってきた。

 

「義父上、ごきげんよう。

 また義母上ご帰還の催促ですか?」


 良いタイミングでオリヴェルが入ってきてくれた。

 助かった。

 苦笑しながら見上げると、その先でオリヴェルも素早く小さなウィンクを返してくれる。

 オレンジ色の髪に青に近い緑の瞳、すっきりとしなやかな立ち姿。

 白いトーガには金糸の縫い取りが3本入っていて、彼が次の黄金竜(オーディ)であることを表していた。


「これはこれは、次期の黄金竜(オーディ)

 ええ、そのとおりです。

 そろそろ我が妻をお返しいただきたいと、お願いにあがったしだいです」


 娘婿とはいえ同時に次期の黄金竜(オーディ)であるオリヴェルに、父テオドールは立ち上がりその前に跪いた。


「どうぞお立ちください。

 義父上にそのようなことをしていただくと、わたしがパウラに叱られます」


 鷹揚にオリヴェルが手を差しのべる。


「時に義父上、ここのところ毎日おいでいただいておりますが、義母上もたいそうお心を痛めておいでですよ。

 他の者にはできないお仕事だからと、ご尽力いただいておりますのに……」


 立ち上がった父テオドールに、ひんやりと美しい微笑が浴びせかけられる。


「最愛に嫌われるのが、わたしは一番恐ろしい。

 義父上、ねぇそれはおわかりでしょう?」


 うわぁ……。

 パウラは声を懸命に抑えた。

 

(妻が懸命に仕事しているのに邪魔するつもり?

 愛想つかされるよ?)


 意訳すれば、そういうことだ。


「な……っっっ!」


 くやしげになにか言いかけた声を飲み込んで、父は黙る。

 さすがに自分のやりすぎが、わかったらしい。


「お父様、ほんとうにもうすぐですから。

 お母様だってお父様に会いたくて仕方ないんですのよ?」


 母アデラから直接そんなことは聞いていないが、そこはそれ。

 内心ではきっとそうだろうと、その意を汲んで父の喜びそうな言葉に変換する。

 嘘も方便だ。

 思ったとおり、その嘘の効果は絶大だった。


「そう……」


 みるみる頬を染めた父が、嬉しそうに微笑む。


「わかったよ、パウラ。

 待ってるからと。

 せめて連絡くらいしてほしい。

 私が泣いていたとそのままを伝えておいて」


 泣いていたとは大げさな。けれど父の場合、本当かもしれないと思う。

 その後オリヴェルとパウラ二人がかりでなだめて、ようやく父をヘルムダールへ帰した。




「後はわたしがやるから。

 下がっていいよ」


 その夜ドレッサーの前でブラシをかけられていると、いつのまにか背中に立っていたオリヴェルがメイドにそう命じた。言葉どおり銀の(くし)を手に、パウラの銀糸の髪をくしけずる。


「ねぇパウラ。

 聖女オーディアナだけどさ、ほんとに要らない?」


 大きな鏡ごしに見るオリヴェルは、真剣な顔をしている。


「もちろん側室にはしないよ。

 パウラの補佐をしてもらうだけの聖女。

 わたしは要るんじゃないかと思うんだけど」


 あー---。

 昼間の父を見ていて、いつかは言い出すのではと思っていたが、こうも早いとは。

 竜后と聖女の役割を一人でこなす母を見ていれば、不安に思うのも当然かもしれない。


「お母様がお忙しいのは、先代の竜后がまるで仕事をしていなかったからですわ。

 あれが普通ではありませんから、心配なさらないで」


 飼殺された前世でさえ、それほど忙しくはなかった。

 それは真面目なパウラが日々の仕事を確実にこなしていたからで、だからこそ今回の例外さ加減がよくわかる。

 ためこんだ量がとにかく膨大なのだ。

 何万年分か先代竜后の在位期間分の仕事と、聖女オーディアナが処理した仕事の差分だけたまっている。

 それを有能な母アデラが、今一気にはかそうとしている。

 できるだけ早く帰るために、フル稼働でこなしているのだから、父に連絡するどころではない。


「う……ん。

 パウラがそう言うんだから、そのとおりなんだと思うよ。

 でもね、これからだってないとは限らないだろう?

 こういうイレギュラーなことが」


「どうしてもそうするとおっしゃるのなら、離婚しますわよ?」


 ぐだぐだ続きそうなオリヴェルの口を、ぴしゃりとパウラは遮った。

 パウラが執務に就くこと自体、その時間を自分が独占できないという理由で、オリヴェルは機嫌が悪い。

 これでは歴代バカ野郎黄金竜(オーディ)と同じではないか。

 

「他人の人生を平気で振り回すような奴は、サイテーです。

 大っ嫌いですわ」


 効果はてきめんで、叱られた子犬のようにオリヴェルはしゅんと項垂(うなだ)れる。

 ちょっと薬が効きすぎたかと、振り返ってその顔を覗き込んだ。

 途端、腕を掴まれて抱きしめられて。

 ふりあおぐと、パウラのよく知る危険な微笑がそこにあった。


「わたしを捨てるのかい?」


 そろそろ慣れてもいいはずなのに、いまだにオリヴェルの「捨てられスイッチ」オンの加減がわからない。

 聖女オーディアナはダメだと言いたいだけだったのに、言い方がまずかった。

 離婚、サイテー、大っ嫌い。

 強烈過ぎたと反省するが、時すでに遅し。


「パウラに捨てられたら、わたしは生きていけないよ。

 わたしはかわいそうではない?

 他人のことはすぐにかわいそうがるくせに」


 ああ、そこか。

 選ばれてもいない聖女オーディアナをかばって、離婚だと言ったから。


「わかってもらわないとね。

 今夜は、しっかりわたしが一番かわいそうだって」


 「今夜は」じゃなく、「今夜も」だろうと抗いつつ、パウラはオリヴェルの唇を受けいれる。

 朝まできっと、離してはくれないだろう。

 もっと体力をつけなければと思いながら、これはこれで幸せだと満たされる。

 だから捨てることなどできないのだと、それはけっして言ってはあげないけれど。


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