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54.貴女はサイテーですわ

「ヘルムダールの末裔(すえ)が二人か。

 豪勢なお迎えだの」


 銀の鈴を振るような涼やかな声で、今ははっきりと人の姿をした女が笑った。

 腰まで届くまっすぐな銀の髪、パウラたちとそっくり同じエメラルドの瞳。


「竜后オーディアナ陛下」


 オリヴェルと母アデラが膝をつくのに、パウラも倣う。


「やっとわたくしに、引導を渡す覚悟ができたか。

 待ちかねたぞ」


 竜后オーディアナは、ほっとしたような笑顔で母に手を差し伸べる。

 促されて立ち上がった母は、顔を上げてまっすぐに彼女を見つめた。


「お覚悟がおありですか、陛下」


「ああ。

 はよう楽になりたい」

 

「なぜ……と、うかがっても?」


「さぁのう……。

 わけなど……、今となってはどうでも良いわ」


 確かにヘルムダールの遠い先祖だとわかるその人は、切れ長の美しい目をすぅっと細める。

 年齢不詳の美しい女性。

 背の丈は、母より少しだけ高い。


「もうひとつ。

 訪問者(ヴィト)は、陛下と関わりが?

 彼らがこちらに現れたのは、陛下が竜后にお立ちになってからのようですが」


 これにはパウラも驚いた。

 竜后が関わっているとなれば、そうそう簡単に情報の出てくるはずもない。調べてもわからないわけだ。

 でもどうして?

 なんの目的で、ナナミを呼んだのか。


「あぁ、異世界人のことか。

 退屈でのう……。

 散歩のついでに連れ帰ったこともあったの」


 退屈?

 散歩?

 何を言っている、この人は!


 掴みかかりそうになる衝動を、パウラはこぶしをぎゅっと握りしめて耐えた。

 まだだ。

 まだ吐いてもらわなくてはならないことが、たくさんある。


「この世と隣り合わせ、背中合わせにある世界はいくつもあっての。

 ここで何もせずにいるのもいい加減飽きて、たまに遊びに行くのだ。

 恨みつらみや嫉妬にまみれた女を見ると、ついほだされてのう。

 連れて帰ったりしたこともあったの。

 こちらでやり直せば、あれらも満足であろう?」


 本気か?

 本気で言っているのか、この人は。

 ナナミの、他人の人生をなんだと思っているのだ。


「何もせずにいるのに飽きた?

 退屈だから連れて帰った?

 おそれながら陛下、貴女はサイテーですわ」


 我慢できなかった。

 ある日突然見知らぬ世界に連れてこられて、帰れないと言われたナナミ。彼女がいったい何をした。

 そしてパウラは、そんな身勝手な竜后が遊び歩く暇を作るために、数千年もの時間を飼殺されて過ごした。

 ばからしい。ばからしすぎて、腹が立つ。

 泣けてくる。


「そんなにヒマなら、お仕事をすればよろしいのでは?

 聖女オーディアナなんて要りませんわ。

 仕事もせず、遊び歩いてヒマだと嘆き、あげく人さらいですか!?」


 怒りで噴きこぼれる涙をぬぐいもせず、パウラは詰め寄った。

 こんな女を竜后、正室にと望んで離縁もしない黄金竜(オーディ)は、大バカ野郎だ。

 そしてその大バカ野郎こそが、前世のパウラの夫だった。

 惨めで惨めで、また泣けてくる。


 さらに言い募ろうとするパウラを、母アデラが視線で制した。


「わたくしの下におりますナナミも、陛下がお連れになった者ですね?

 かの者も嫉妬にまみれておりましたか?

 元の世界にいたくないと、そう望むほど」


 母の問いかけに、竜后はふむと少し考え込むような様子を見せた後、首を振った。


「覚えておらぬ」


 視線で射殺せるものならそうしたいと、パウラは心から思った。

 これほどまでに人を憎んだのは、初めてのことだ。

 記憶にないとは、どこまで傲慢なのだろう。


「そうですか」


 母の声は冷たい。


「これ以上の問答は、無意味のようですね。

 では陛下、初代竜后陛下より賜った特権を、現ヘルムダール当主たるわたくしが行使いたします。

 道を外れた竜后を、(ちゅう)(たてまつ)る」


 母の身体から、銀色のまばゆい光がぱあっと現れて、拡がってゆく。

 銀色の光の粒はやがて大きな光の矢の形をとり、母の左手にある銀の弓、その(つる)の内におさまった。

 ぎりぎりと引き絞られた弦。

 矢が放たれたその瞬間。

 竜后は微笑んでいた。




「ご先祖様は懲らしめたけど、ここからが大変だよ。

 始めるより、片付ける方がずっと大変なんだからね」


 銀の光が消えた後、母は大きく息をついて眉を寄せた。

 それはそうだろう。

 竜后をヤってしまったのだ。

 竜妃、側室である聖女オーディアナも、そろそろ力の限界を迎えるというこの時期に。


「とりあえずの応急処置だけれど、竜后本来の仕事を私がかたがわりしよう。

 すぐに黄金竜の泉地(エル・アディ)へ向かう」


 緊急時の即断即決は、相変わらず見事なものだ。

 母アデラのきりりとした様子をよく知っているはずのパウラでさえ、つい見惚れてしまう。


「オリヴェル様、じきに黄金竜(オーディ)が来る。

 娘をお任せしてよろしいですね?」


 傷1つつけようものなら、わかってるね?

 静かに見据えたエメラルドの視線が、恐ろしい。


「安心して任せてもらおう。

 わたしのパウラに、指一本触れさせやしないよ」


 青に近い緑の瞳が、逸らされることなく母の視線に応える。

 そしてにやりと笑った。


「母君にかっこいいところを持っていかれたままで、わたしも終われないからね」


「なるほど。

 ではせいぜいかっこいいところを、娘に見せてやってください」


 ふっと小さく笑って、母は銀の魔法陣の中に消える。


「パウラ、心配要らないからね」


 オリヴェルがパウラの肩を抱き寄せたその瞬間、ごごぉっと大きな地鳴りが黄金竜の宮を揺るがした。


「来たね」


 くすんだ金色のオーラがゆらゆらと部屋に立ち込める。

 悲しみ、怒り、悔いや、恋情、胸の痛くなるような負の感情が、生々しく伝わってくる。

 最後に感じた刺すような殺気。

 けれどそれは、思いの他弱くて。


「竜妃オーディアナ、私の情けを(あだ)で返してくれたね」


 前世の肩書で呼ぶその声を、パウラは憶えていた。

 黄金竜オーディ、その人に違いない。


 輝く黄金の美貌だと聞くその人は、確かに腰まで覆う豊かな巻き髪をしていた。

 けれど黄金の髪はくすんでいたし、新雪のようだと言われる肌は、土気色をして生気がない。

 

「残念だよ、竜妃オーディアナ。

 君にはもう一度、私の力になってほしかったのだけれど」


「もう一度?

 やり直した意味がありませんわ」


 竜后といい黄金竜(オーディ)といい、いったいどこまで都合の良い思考回路をしているのか。

 他人の人生をどこまでも無視してくれる。


「ちょうど良い機会ですから、いまはっきりお断りいたします。

 二度と、金輪際、あなたの妻などごめんですわ」


「竜后として迎えると言っても?

 それでもダメかい?」


 金色の瞳がとろりと誘う。

 

「みっともないね」


 冷ややかな声。

 抑えた怒気が、空気を震わせた。


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