51. 同じ種類の男?
まさかオリヴェルが同意してくれるとは、パウラも思わなかった。
仮にも現役の聖使だ。
黄金竜オーディの忠実なるしもべであるべき彼が。
本気?
すぐには信じられなかったけれど、嬉しそうに「いいね」と笑う顔を見ると、本気なのだとパウラにもわかる。
「で、どこに逃げようか?
それが問題だね」
一緒に逃げる前提ですかと突っ込みたくなるが、妙案があれば聞きたいので黙っていることにした。
「この世界、どこに行っても黄金竜の息がかかっているからね。
他の種族の国へ行けば、少しはマシかな。
でも絶対じゃない」
かなり真剣に考えているようで、時々考え込むような間があった。
「そんなことをしたら、その国に迷惑がかかりますわ。
黄金竜オーディに叛いた大罪人をかくまうなんて。
何をされるか」
昔出会った白虎の王子を思い出す。
助けてほしいと言えば、かくまってくれるかもしれない。
でもその後は?
パウラをかくまったら、白虎の一族すべて滅ぼされてしまうに違いない。
今でさえ恵まれているとは到底言えない暮らしをしている彼らを、もっと苦しい目に合わせることになる。
「巻き込まれた方こそ良い迷惑ですわ」
すぐには答えの出ない難題だと思う。
人払いしたとは言え、競技場の観覧席でするにはヘビー過ぎる。
目の前の競技場では、新しい試合が始まっていた。
銀狼の毛で織られた特注のどーぎが目に入る。
黒髪のすっきりとした美女は、間違いなくナナミだ。
相手はむくつけき赤毛の大男で、どうやらゲルラの騎士らしい。
(1分で勝負がつくわ)
ナナミの華麗なるイッポンゼオイが炸裂するまでの時間を、パウラは1分と読んだ。
あの瞬発力と華麗さは、いまだパウラにはとどかぬ高み。
わくわくしながらその瞬間を待って。
「あ……」
思わず声が出た。
今ならここにナナミがいる。
黄金竜の泉地にあるよりは、内密の話もしやすいだろう。
ナナミにパウラのいっさいを打ち明けて、ヘルムダールの両親と話せる機会を作ってもらう。
聖女オーディアナを拒むとなれば、それがただの辞退で穏便にすむはずもない。
実家のヘルムダールにも、なんらかの影響はあるだろう。一言、断っておくのが筋というものだ。
もし両親が「そんなことはやめてくれ」と言ったら?
前世とは違い、パウラは両親に愛されてここまで育ったと知っている。
反対されたら、心は揺らぐだろうなとは思う。
けれどやはりそれでも、何も言わずに勝手なことはしたくない。
ある日突然、パウラが逃げたと聞かされてひどい衝撃を与えるくらいなら、いっそヘルムダールから除籍してほしいと願った方がマシだ。
わぁー------!
ひときわ大きな歓声が上がる。
ナナミのイッポンゼオイが決まった。
赤毛の騎士はあっという間に背中から落ちて、天に腹を向けている。
掴んで抱えた相手の右腕を、最後までナナミは支えて離さない。
地面にあおむけに沈んだ騎士に、なにやら声をかけていた。
おそらくは「けがはないか」のような言葉だと、パウラにはわかる。
そんなナナミを、相変わらずかっこ良いと思う。
ぽぅっと見惚れていると、間近でオリヴェルがふんと鼻を鳴らす。
「パウラはやっぱり騎士が好きみたいだね」
相手はナナミだ。どうしてここで好きの嫌いのという言葉が出てくるのか。
オリヴェルの騎士コンプレックスは、長年こじらせている分だけタチが悪いようだ。
「あのオリヴェル様?
あれはナナミ、わたくしのお師匠様ですわ」
「そうだね。
けどパウラの護衛騎士でもあるはずだよ?」
あー-----。
面倒くさい。
こんなに面倒くさい性格だったのか、オリヴェルは。
これまでの陽気で粋で、他人との距離を上手にとる彼は、なんだ。
あれは表の顔で、実はこちらが本当の顔?
これでは父テオドールと、たいして変わらないではないか。
「ナナミを見ていたのは、ちょっと思いついたことがあるからですわ。
この先のことで、ちょっと」
かっこ良いと思ったのは確かだが、それは言わない方が良いような気がした。
今のオリヴェルなら、「この先のこと」、このワードに反応してくれるはず。
騎士が好きとかそうじゃないとか、そんな話題からは逃れられる、きっと。
「この試合が終わったら、そのことをナナミに話そうと思っていましたの」
本当のことだから、自然に口にできる。
それでも真偽を伺うような様子のオリヴェルも、ついにはぁとため息をつく。
「わかったよ。
でもおぼえておいて。
わたしは伝えたんだからね、好きだよって。
聞いたよね、パウラ」
唇が触れるほどの距離にまでつめられて、オリヴェルの青に近い緑の瞳がパウラをじぃっとのぞき込む。
「パウラに、他の誰かを見てほしくないんだよ。
パウラの興味を少しでも惹くようなヤツ、みーんな消してやっても良いね。
ああそれともいっそ、パウラをわたしの部屋に閉じ込めようか。
うん、それなら少しは安心できるかな」
ますます父と同じ人種だとぞっとする。
父もよく似たようなことを言っていたものだ。
「わたしのアデラ、君のその美しい目に映ったというだけで、あの男は万死に値するよ。
いますぐ消してきますね」
女性よりも繊細な美貌の父が、物憂げな微笑を浮かべてそんなことを言う。
毎日のように似たようなことを聞かされていれば、その危うい感じもパウラには珍しくもないものだったが、それがオリヴェルから出るとなると全く違う。
怖い……。
たとえや冗談口ではないのだ。きっと本当にやるだろう。
うっそりと重くて暗い微笑が、そう言っている。
「わ……わたくしは!
インドア派ではありませんわ。
と……閉じ込められるのは、困ります」
ひきつれた声が裏返る。
母は父のことを愛していると言っていた。
よくもこんな危険な種類の男をと、この時初めてパウラはわが身のこととして、リアルに実感した。
2日後、ナナミの中継でパウラは密かに両親との面会の機会を得た。
祭りに浮かれるシェンタの街なら、貴人のお忍びも目立たない。むしろ珍しくもないといったところで、世界中のあちこちから尊い身分の人々が、彼らの思う平民らしい仮装をして、街の賑わいを楽しみに来ていた。
イェーリクの店、ヴェサーケレ商会奥の応接間で、人の世で最も尊い女性、ヘルムダール大公アデラが夫テオドールと共にパウラと向き合っている。
「久しぶりだね、パウラ」
相変わらず薔薇のように艶やかな母だった。
艶やかでありながら、一点のシミもない汚れのない潔い美貌は、赤ではなく白い薔薇だと思う。
久しぶりに会う懐かしい両親を前に、しゃんと背筋を伸ばす。
ひとつ息をついた後、緊張気味にパウラは口を開いた。
「お母様、お父様には、ご無理をお願いいたしました。
わたくしのわがままをお聞き届けくださって、ありがとうございます」




