47. 素直にくだってやる必要がありまして?
港町シェンタの祭りは、国中はもちろん国外でも有名なイベントである。
世界中の品物が集まるシェンタは、もともとにぎやかで活気があるところへ、年に1度7日間にわたる祭りとあれば、少なくとも300万の人出がみこまれる。
この祭りの期間中は、文字どおりの無礼講。身分の上下を問わず、自由に街を見回れる。
一番の目玉は仮装のカーニバルで、出歩く人々はみな思い思いの仮装をして誰が誰だかわからない。
非日常の空間は、思いもよらない恋の夜でもある。
そのカーニバルの夜をさらに盛り上げるイベントが、今年は追加された。
高貴な身分の公女と公子が参加する、武術大会である。
「これ、派手ではありませんか?」
武術大会当日、参加者控室の鏡に全身を映したパウラは、銀色のヘルムを外して細い眉を寄せた。
特注された防具は、銀の飛竜のうろこで作った盾と鎧だった。
そのままでは重いので、軽量化する比重魔法がかけられている。
磨き上げられてきらきらと銀色に輝く鎧は、パウラの身体にぴたりとフィットして、なかなかおしゃれでしかも機能的だ。
だがこれをパウラが身に着けると、いかにも目立つ。
パウラや4公国の公子たちが参加することは、公には伏せてある。けれど主催である商工会は、あえて厳格な緘口令を敷かなかった。つまり口コミはアリということだ。
噂は噂を呼ぶ。
あっという間にヘルムダールの公女が魔術騎士として参加することは広まって、武術大会の目玉になった。
そこへこの銀の鎧、ヘルムダール大公家の色で参加すれば、一目瞭然。「ヘルムダールの公女です」と宣伝しているようなものだ。
「まぁ、そうですね。
でも私のものも、それなりに派手ですから」
そう言うナナミの防具は、「どーぎ」だった。
但しその生地は銀狼の毛で織られていて、物理的攻撃であればほぼダメージを受けない最上級の特注品。
「いったいいくらかかったんでしょうね」
「すごい額とだけ、言っておきますわ」
予算を計上する際に見積もりを見たので、パウラはその額を知っていた。
城1つ楽に買えるくらいの額だったが、試算ではそれ以上の収益を見込める。
特注の防具を着けた参加者の務めは1つ。
せいぜい派手に活躍して、大会売上に協力することだ。
ぎりぎり黒字になる程度にで良いから。
がしゃん!
鈍い音が響く。
競技が始まってから、既に1時間が過ぎている。
ノーシードの参加者は、本戦出場権をかけて昨日すでに戦っていたから、今日の試合はどれもかなりの好カードである。
がっしゃん!
得物のぶつかる鈍い音が続いて、複数の炎が巻き起こる。
火属性の攻撃魔術が使われたようだ。
相手の立ち位置を取り囲むように、ひとつふたつと炎は増えてゆく。
「まいった!」
炎にまかれた騎士が、大きな声を上げた。
白かった鎧は、真っ黒に焼け焦げている。
大きなケガはしないと主催者は言うが、あくまでも「大きな」ものがないだけだ。
小さなケガならあるということで。
医師に付き添われて、敗れた騎士は退場した。
お椀をひっくり返した形状の競技場には、主催の思惑以上の観客がつめかけてきていた。
皆カーニバルのための仮装で、思い思いに美しい彩りのマスクを着けている。
用意された座席数では到底足らず、立ち見も出ている盛況ぶりだ。
押し合いへしあいの混雑で、汗と香水それに熱気とで、会場はむせかえるようだった。
競技者が打ち合う度、勝者が決まる度、割れんばかりの歓声が上がる。
「ヴォーロフ公国自由騎士、アルヴィス・レグナード殿」
呼び出しに応じて現れた長身の騎士に、会場の女性たちは一瞬だけ声を失くす。
直後。
「「「「「きゃー-------------!!!」」」」」
いっせいに悲鳴が上がった。
輝く黒色の鎧に身を包み、同色のヘルムに顔も覆われていたが、そのしなやかな長身とそこだけわずかに出された青い瞳の美しいこと。
女の本能が告げる。
間違いなく、極上の美青年だと。
「さすが……。
目や髪の色を変えたくらいでは、アルヴィドの美貌は隠せないのね」
競技場の端で、次の出番を待つパウラには、当然過ぎる会場の反応だった。
「やっぱり騎士は人気があるんだね」
誰も聞いていないと思った独り言に反応があって、パウラはびくりと振り向いた。
オレンジの巻き毛の先を指でくるりとやって、どこか憮然とした表情のオリヴェルが競技場に視線を向けている。
「まぁあの武術バカのアルヴィドが、黙って見ているとは思わなかったけどね。
パウラもああいうのが好みなの?」
答えに困る質問をされる。
「はい」と答えても「いいえ」と答えても、差しさわりがありそうだ。
「考えたこともありませんわ。
騎士かそうじゃないか、見た目が良いか悪いか。
そんな理由で、人を好きにはなりませんもの」
本当にそのとおりだから、パウラの言葉はまっすぐ揺らがずオリヴェルに向けられる。
顔の美醜など、毎日見ていればそのうち慣れてどうでも良くなってくるものだ。
体つきもまた同じ。
騎士が今かっこよく見えるのは、それが彼らの職業の技を競う場所だからに過ぎない。
誰でも自分の職業の技で競う時、みんなかっこよく映るはずだから。
その答えが意外だったのか、オリヴェルはほんの少し首を傾げてパウラに視線を落とす。
「じゃあどんな理由なら、誰かを好きになるんだい?」
それこそ考えたこともない質問で、答えに窮してしまう。
理由。
そんなものが必要なのだろうか。
前世、ほんの少しだけ胸の奥に灯った暖かい火には、理由などなかったような気がするが。
「いやしくも直系公子なら、国中のどんな騎士にもおくれをとるな。
そう育てられるのが普通じゃないのかい?」
パウラの答えを待たず、オリヴェルは続けた。
その表情が少し幼く見えて、パウラには彼の感情がなんとなく察せられた。
拗ねている。
おそらく「直系公子なら……」と言われたのは、オリヴェル自身だろう。
そして彼はあまり武術が得意ではなかった。
だから誰かがそこを突いたのだ。
オリヴェルを傷つけるために。
「上に立つ人って、なにもかもルールどおりじゃ、周りが迷惑するのよ。
生真面目すぎるんだってば、パウラは」
エリーヌの口調を、パウラは真似た。
「わたくしにそんなことを言う人がいますわ。
わざわざ口にする理由は、わかりきっています。
わたくしが自分の生真面目さ、融通の利かなさをコンプレックスに思っていることを知ってるからですわ。」
オリヴェルを傷つけたのが誰かとか、どうしてそれがトラウマになったかとか、そんなこと詳細を聞く気なんてなかった。
騎士になれなかった。
それがオリヴェルに、とても痛い思いを呼び起こす何かなのだとわかったから。
「人を貶めて自分を優位にしようとする卑しい悪意に、素直に下ってやる必要がありまして?」
泣いているような笑っているような。
不思議な表情をしたオリヴェルが、パウラの目の前にいた。




