46. 風竜の試練、始まる
風竜の試練は、西の大陸ヴェストリー公国で行われる。
4つある実践課題の中で、これだけは少し変わっていた。
他の試練は何かしらのトラブル解決の成果を評価されるが、風竜の試練では企画とその実施の成果をもって評価される。
近く予定されているシェンタの港祭りで、何かしらのイベントを企画してそれなりの集客と収益を上げ、かつその企画自体に社会的な貢献がなくてはならない。
前世のパウラは世界中の食べ物を集めたフードフェスタを企画して、それなりに成果を上げた。
エリーヌが何をしたのか、詳しくは知らない。
この課題では、二人がそれぞれ別に活動する。
評価者である正副の試験官は、その二人を別々に見て回るから、パウラとエリーヌが接触することはない。
企画の独自性を守り、課題の公正を担保するための配慮である。
エリーヌの企画はドレスの品評会のようなものだと聞いたような気がするが、そもそも彼女には最初から勝つ気がなかったのだから、企画のできについてだけ気にしても仕方ないだろう。
今生では4人の聖使の応援もあって、それなりにやる気になってはいるようだが……。
初めての実践課題を前に、パウラはどうしたものかと思う。
2度目の企画に、前と同じものをあてるのは考え物だ。
高評価だったあれでは、また前世と同じ聖女オーディアナへ一直線コース。
かといって、あからさまに手を抜いてはさすがにまずい。
バレてやり直しなどさせられてはたまらない。
適当にありきたりで、そこそこ難しいもの。
(そこそこって、案外難しいものね)
かかる費用はいくらでもかまわないが、それを上回る収益がなくてはならず、それだけの収益があがることを説得力のある試算で試験官に説明しなくてはならない。
それが認められて初めて、費用にあてる予算がおりる。
「武術大会を企画しますわ。
手伝っていただけませんか?」
ヴェサーケレ商会の応接室。
久しぶりの挨拶もそこそこに、当主イェーリクにパウラは本題を切り出した。
彼ならパウラの身分を知っている上、ヴェストリー大公家御用達商人でもある。
面倒な説明は最小限に済むはずと、彼に企画の司令塔を持ちかける。
「武術大会なら、今でもやっていますよ?」
「ええ、そうですわね。
でも小規模だし、第一本当に強い騎士は出ていませんわ」
今でもやっている。
これこそパウラが、武術大会を企画した理由だった。
目新しくなく、無難な企画だったから。
少しのアレンジを加えるだけだから、エリーヌが頑張ってくれている今なら、圧倒的優勢にはならない。
「本当に強いとおっしゃると、たとえばヘルムダールの飛竜騎士とかでしょうか?」
「他にもヴァースキーやヴォーロフの魔術騎士、ゲルラの騎士もそうだわ」
「出てくれるでしょうか?
彼らがこんな祭りの出し物などに」
イェーリクの疑問はもっともだ。
彼ら、騎士はそれぞれの公国に忠誠を誓う。
自国でならいざ知らず、他国のしかも催し事で技量を披露するなど、まず考えられない。
「わたくしが出ますわ」
えへんと胸を張って、パウラは答える。
自慢ではないが、そこそこに強い自信はあった。
なにしろヘルムダールの後継ぎ公女で、しかもナナミ仕込みの武術家の端くれである。
「え?」
まさかとあっけにとられたイェーリクに、これで驚いてもらっては困ると先を続ける。
「わたくしが出ると実家に話しましたら、護衛騎士のナナミが自分も出ると言ってくれました。
それにヴァースキーのリューカス公子も、出てくださるそうですわ」
武術大会では真剣は使わない。
魔術もその威力を本来の半分以下に抑えることが、出場にあたっての条件である。
しっかりした防具さえつけていれば、大けがをすることはない。
けれどパウラに何かあってはと、二人は心配してくれたようだった。
「それが本当であれば……。
他の公家からも出場者が続くでしょうね。
盛況まちがいない」
イェーリクが真顔になっている。
商売の計算をし始めたらしい。
「リューカス公子はきっと女の子たちの人気をさらうでしょう。
いっそ防具一式を、特注で製作してみてはどうかしら?
後から同じものがほしいと言ってくる人、いると思うわ」
リューカスモデルの防具、モテたい男性が喜んで求めそうではないか。
イェーリクは大きく頷いた。
「それを言うなら、姫様とナナミ様のものも同じです。
姫様がお使いになったもの、ナナミ様がお使いになったもの。
こちらは使うためではなく、飾っておくために求められる方もいるかもしれませんね」
パウラは少しだけ眉を寄せた。
ちょっと気持ち悪い。
けれどまぁ、この際少々のことには目をつぶることにした。
「広報と商工会との調整をお願いできますか?
費用の見積もりをいただければ、説明資料の作成ができますわ」
通常の武術大会と違うのは、参加者に少し名前の通った広告塔数人が入ること。
それとそれらに特注の防具を用意して、着用させること。
後は相当の人出が予想されることから、警備も手厚くする必要があるだろう。
これらの要素を勘案して、費用を上積みすれば良い。
警備費用が一番大きいだろうが、シェンタの祭りに少なくともヘルムダールとヴァースキーから参加者が出るのだ。
祭りと武術大会の権威づけには、申し分ないだろう。
人出があれば、近隣の商店の売上も悪くはないはず。
「承知いたしました。
早急に手配いたします」
イェーリクが応えたとほぼ同時に、応接室の扉が開く。
「特注の防具、予算は目いっぱい積んでおいた方が良いよ」
扉に身体をもたせかけるようにして、オリヴェルが笑いをかみ殺していた。
「おそらくゲルラもヴォーロフも、それにこのヴェストリーからも、公子たちが参加したいと言い出すだろうからね。
パウラが出るなんて聞けば、ヴァースキーにだけ良い思いはさせられないだろう?」
いや、そこまで大がかりにするつもりはなくて。
そう言いかけたパウラを遮るように、オリヴェルの緑の瞳はいたずらげに輝く。
「パウラが出るってことは、そういうことだからね。
中途半端な謙譲は、美徳ではないよ」
ぴしゃりと図星をつかれて、パウラは真っ赤になった。
中途半端な謙譲。
そのとおりだったから。




