37. 叛乱ノススメ
「パウラは4竜に寿命があることを知っているよね?
代替わりがあって、たいていはその時の聖使が次の竜になることも」
「ええ」
「じゃ、黄金竜に寿命があることも知ってるね。
代替わりはどうしているのか、考えたことある?」
考えたことがないわけではない。
パウラの生家ヘルムダールから選ばれる聖女オーディアナの中から、ごく稀に竜后が出る。
それは先代竜后がなにかの事情で没したか、そうでなければ黄金竜が別人になったかのどちらかであるから。
竜后が天にも地にもただ一人の夫を残して先に逝くなど、ありえないことだ。
彼女たちは夫を見送って、さほど時をおかずして静かに後を追う。
竜后オーディアナが選ばれる時、それは黄金竜の代替わりがあったと考えるのが自然だろう。
そして新しい黄金竜は、先代黄金竜と竜后の間にできた息子だろうと考えるのも。
「水竜、火竜、風竜、地竜はね、正式な妻をもつことを許されないんだよ。
子供を作らせないためにね」
ふんと鼻を鳴らして、シモンは嫌な笑い方をする。
「遠い昔、自分を助けてくれた弟たちの血の記憶を残したいんだって。
僕が水竜になった時、たしかそんなこと言ってたよ」
薄笑いを浮かべたまま、シモンは続ける。
「竜になるとね、その個体個体に個性が出るらしくてね。
先代の竜とは異なる血の記憶や能力が備わるんだ。
だから僕は水竜だったけど、大昔の水竜とは別物でね。
僕が子を作れば、僕の血の記憶を持つ竜が生まれるでしょう?
その記憶も次代には書き換えられるんだけどね」
なんと勝手なと、パウラは憤る。
ヘルムダールの女子に押しつけた竜妃聖女オーディアナ、飼殺しの妃にも吐き気がするが、まさか4竜にまでこうも勝手をしていたとは。
だってそうだろう。
個体ごとに血の記憶が書き換わるというのなら、黄金竜だって同じだ。
自分は良いが、4竜はだめとはどの口が言う。
よくもまあ、これまでの竜たちは黙って言うことを聞いたものだと思う。
「くたばってしまえ!
ですわね」
もはや本心を隠す気もないパウラは、怒りのままに口にした。
「金輪際関わらないように生きよう。
ごくごく平凡な領主として生きられればそれでいいと思っていましたけれど、なんだかそれでは許せませんわ」
怒りに染まるエメラルドの瞳に、シモンは目を瞠って、照れたように微笑んだ。
「嬉しいな。
僕のために怒ってくれるんだ」
「怒るでしょう、誰だって。
そんな勝手な、どうしようもない男の話を聞いて、怒らないでいられる方が不思議ですわ!」
至極当然だと、パウラは語気を強める。
前世パウラが耐えた飼い殺し人生は、あきらめてあきらめて、さらにあきらめて過ごした日々だった。
それと同じ、いやもっと長い日々をシモンも過ごしていたと初めて知った。
共感せずにいられようか。
「あのね、パウラ。
ひどい天災ってさ、不思議じゃない?
黄金竜の恵みがあれば、ひどいことにはならないはずなのにってさ」
シモンの口調が穏やかに変わる。
「今の水竜、パウラ知ってるよね?
ヴァースキーの平穏を護ってるの、黄金竜じゃない。
全部水竜なんだってことも」
「ええ。
他の公国もそうですわよね。
本当はそれぞれの竜が、国を護っている」
「そう。
だからこんなひどい天災が起こるってことは、水竜の力が弱まったってこと。
魔力なのか、気力なのか。
多分、そのどちらもなんだろうね」
弱りもするだろう。
先の見えない、果てしなく長い長い時間を、たった一人で他人のために生きるなど、経験したことのないものにはけっして理解できないだろう。
むしろこれまでが出来すぎだ。
ここ最近でこそ毎年のように起こる天災も、少し前までは数十年に一度の頻度でおさまっていたものだ。
水竜は十分仕事をしてきたと思う。
よくやってくださってありがとうと、今のパウラならきっと言う。
「竜の標準魔力ってさ、どのくらいのものか数字で示したものはないから、はっきり言えないんだけど。
僕の力はたぶん、とても強いものらしいよ。
おそらく一人でこの世を支えられるくらいには、強い。
だからこうして君を追って来られたんだ。
あいつに邪魔されずにね。
この意味、わかるよね?」
この上もなく美しく、シモンは微笑んだ。
「つまり黄金竜に叛くということですの?」
「ん、半分正解かな」
うーんと、少しだけ考え込む真似をする。
「交渉するって方が、より正しいと思うな
最初から力づくなんて、カッコ悪いからね」
よく言っても脅迫するの間違いではないのか。
交渉などと、そんな穏やかなものでないことだけは確かだろう。
「それにね、これを聞いたら、パウラもっともっと怒ると思うんだけど。
君には真実を知る権利があると思うから、言っちゃうね」
さらりと続けたシモンの言葉は、流れるように自然で緊迫感などまるでない。
「最初のヘルムダールが、初代黄金竜とその竜后との娘だって、知ってるよね?
そのヘルムダールの役割が、秩序と安定、それに愛をもたらすことだというのも」
「ええ、もちろんですわ」
「じゃ、これは?
ヘルムダールの力は、なにも下界でだけ有効なものじゃない。
黄金竜の支配する竜の世界でも、有効なんだ。
黄金竜は、生まれながらに他の4竜より強いわけじゃない。
ヘルムダールの聖紋をもつ姫を傍において、そしてその愛を得て、初めて全能と言われる黄金竜になるんだよ」
今、シモンは何を言った?
ヘルムダールあってこその全能の力?
「それはつまり、他の4竜でもヘルムダールを得さえすれば、黄金竜になれるということですの?」
声が震える。
「だからそうさせたくなくて、ヘルムダールの血を継ぐ娘を名のみの側室にする必要があったということですの?
竜后オーディアナの仕事を押しつけるためだけでなく?」
これを実家の母は知っていたのだろうか?
いや、知らないに違いない。
知っていてなお、パウラを黄金竜の泉地へやったとは信じられない。
「くそ…ですわね。
ふざけるなと、胸ぐらをつかんで投げてやりたい気分ですわ」
思いを品よく変換するなど、その余裕はまるでない。
ふつふつとたぎるような怒りが、胸の奥から湧き出でる。
「あ~あ。
超S級の機密、しゃべっちゃった。
これだけで僕、黄金竜に十分敵対したことになるね」
軽いふざけた調子で笑いながら言う内容ではない。
それでもシモンは、さらに美しく微笑しながら軽やかに続けた。
「君の言うとおりだよ、パウラ。
だから君だったんだ。
エリーヌじゃなくて、君。
君は選ばれたんだよ、あいつにね」
「でも……あれは仕方なくでしたわ。
エリーヌがセスランと……」
「表面的にはそう見えるよね。
だけどあいつが黙って見ていたのは、どうしてだと思う?
もしセスランの相手が君だったら、黙っていなかったと思うよ」
「そんなこと……」
「たとえ名のみの妻であっても、君ならけして浮ついた真似はしない。
黙って黄金竜に従うだろう?
エリーヌには、けしてマネのできない美点だよ。
もちろん黄金竜にとっては、だけどね」
淡い緑の瞳が挑発的に笑う。
掴みかかりそうになる。
シモンが悪いわけではないのは、十二分にわかっている。
それでもなお、どうしようもない怒りがパウラの全身からあふれ出す。
「君の人生をいいように振り回した、その罪をやつらは償うべきだろう?」
いいように振り回した?
ああ、そのとおりだ。
パウラの生真面目な性格を、黄金竜と竜后は利用した。
これが自分の運命なのだとあきらめて、他人のためだけに生きた長すぎる年月を思い出す。
悔しくて、惨めで、悲しかった。
涙がこぼれる。
後から後から、いくらでも。
「償わせよう、パウラ。
君を悲しませるものは、すべて僕の敵だよ。
大丈夫。
もう何も怖くないから」
パウラを抱き寄せて、静かに静かにシモンが告げる。
「愛しているよ、パウラ。
僕の……ただ一人の水竜后」




