34. 本気だ
大公家が力を独占するヴァースキーでは、地方領主に余剰の経済力などあるはずもない。
豊かな自然といえば聞こえは良いが、人の手を入れるだけの余裕がないのが本当のところ。
特に毎年のようにどこかで起こる風水害や雪害には、どこの領主も渋い顔をする。
治水に莫大な費用が必要であるため、つい後回しになってしまう。
けれどそのために起こる災害の後始末にも、ばかにできない費用が必要であった。
ないところからなんとか工面して捻出するものだから、次を見据えてという補強もできず、場当たり的な応急処置でやりすごしている。
パウラたちがこれから向かうのも、そんな災害現場のひとつであった。
「建物を借りるとね、周りが気をつかうから。
災害の視察とか慰問とか言うのなら、自分たちの面倒くらいみられないと」
小高い丘の上に仮設の天幕を張りながら、シモンはそう言った。
「食糧も飲み水も、寝起きするところだって、みんな困っているんだ。
他人に気を遣う余裕なんて、あるわけないからね」
事前の案内文には、確かに野営とあった。
被災地訪問の目的と、彼らがお忍びであることも。
それを受けて、パウラは必要と思われるものを準備していた。
これには魔術騎士としての訓練が、とても役に立った。
固形燃料に携帯食糧、魔法で圧縮した飲み水、応急処置用の薬と包帯等々。
なにより忘れてならないのは、携帯のトイレだった。
おそらく現地の下水は壊滅状態だろうが、生理現象であるだけに止めようもない。
ストレス原因のひとつになるからと、騎士の野営訓練では自然浄化魔法をつけた携帯トイレの必要性を何度も聞かされた。
「パウラはよく気がつく」
魔法で圧縮したテントを二つ、天幕から少し離れた場所に展開しているパウラに、艶やかなテノールの声がかかる。
「少し贅沢ですけれど、2つにいたしました。
一緒に使うのは、いくらなんでも……」
いくらアウトドア、非常用のものだとしても、シモンやセスランと同じトイレは使えない。
下世話に言えば「出るものも出ない」。
非常事態への覚悟が甘いとナナミには叱られそうだが、二人と同じトイレを使うとなれば、別のストレス原因ができる。
「これで心置きなく、ゆっくりできましてよ?」
本音が漏れる。
ふ………。
セスランが笑っている。
腹部に手をあてて、声を抑えて。
「あ~~!
そこ、随分楽しそうだね。
でも手が止まってるよ」
あからさまに不機嫌な声。
「食事の用意、ぜんぜんできてないんだからね」
既に陽は、すっかり傾いている。
丘から見下ろす被災地は、未整理のがれきが散在して惨憺たる有様だったが、それでもあちこちで煮炊きをしているらしい煙が上がり始めていた。
火を熾そう。
携帯燃料はいざという時のために、とっておきたい。
今はまだ、持ってきた乾いた薪が使えるのだから。
熱気が十分に回るように気遣いながら、薪を積む。
ぽぅ……と小さな火がパウラの指先に灯って、薪に移る。
オレンジ色の炎が勢いよく上がる頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
缶詰を温めただけの豆のシチューに、エリーヌは唇をとがらせる。
「保存用のシチューでも、もっとおいしいブランド、わたし知ってます。
次はそれを持ってきた方がいいと思います」
まぁ確かに、おいしくはないなとパウラも思う。
けれど同時に、非常用の食糧なのだからこんなものだろうとも思う。
だからエリーヌに、何か反応を返す気にはならない。
それは他の二人も同様のようで、シモンもセスランも黙ったままスプーンを口に運んでいた。
「ここの人たちだって、少しでもおいしいものを食べれば、元気が出てくると思うんです。
取り寄せて、明日配ってあげたら喜んでもらえると思います」
良いことを思いついたとばかり、ぱあっと顔を輝かせるエリーヌに、パウラは冷めた視線を送る。
家や畑、家畜を流された人たちは、味をうんぬんする前にそもそも食欲さえないだろうから、体力が落ちるのではとむしろそちらが気になった。
「瓦礫の撤去は、大公家からお借りした騎士団が担当してくださるのですか?」
昨日まで穏やかに暮らしていた生活がひっくり返った後、心穏やかでいられるはずもない。
泣いたりわめいたりできる人はまだ良い。
問題はすっかり気力をなくしてしまう人たちだ。
瓦礫を撤去して、とりあえずの住処と簡易インフラを確保しなければ。
「医療テントが必要ですわね。
騎士団の方々と現地の方、共用でよろしいでしょうか?」
こんなことをしていると、「聖女オーディアナ」飼殺しルートに近づいてしまう。
ちらりとそんなことが頭をよぎったが、目の前の惨状をほっておけるほど冷酷にはなれない。
「うん。
瓦礫は騎士団に任せておけば良いよ。
そうだね。
医療テントは、パウラとエリーヌ二人にお願いするね」
最後のひとすくいを口に運んだ後、シモンは目元を和ませて優しく笑った。
「パウラは優しいね」
「あーーー。
シモン様、わたしだってここの人たちのために、いろいろ考えてますよ~。
教わったとおり、ここの人たちの目線で、困ってることってなにかなぁって」
不満げに、でもかわいらしく甘い声のエリーヌに、シモンはすぅっと目を細めて頷いた。
「そうだね。
エリーヌは立派だよ。
ちゃんと聖女オーディアナ候補として、みんなのことを考えているね」
当然だと、エリーヌは鼻を上に向ける。
「だったら褒めてください。
パウラばっかり、ずるい」
「僕が褒めて君が嬉しいのなら、いくらでも。
えらいね、エリーヌ」
「シモン様、ありがとうございます!
明日はわたし、もっと頑張ります!」
「うん。
期待してるよ。
次の聖女オーディアナに、きっとなってね」
エリーヌの希望どおりの褒め言葉なのに。
優しげな微笑は、とても綺麗なのに。
霜が降りたようだと、パウラは思う。
「パウラのお願いは、僕の思惑にだいたい沿っているからさ」
以前エリーヌを励まして欲しいと願ったパウラに、シモンはそう応えた。
その意味を、今パウラは理解する。
シモンは本気だ。




