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33. 水竜の試練、始まる

試練の儀も二月(ふたつき)目になると、実践課題がそろそろ始まるはず。

ヘルムダール以外のどこかの大陸に降りて、そこで現に起こっているトラブルを解決してくることが課題だったと記憶している。

トラブルの大小でいえば、南のゲルラと北のヴォーロフが大きく酷い。

前世、最初は東のヴァースキーだった。

このままいけば、おそらくそうなるだろう。


「防寒着も入れておいた方が良いわね。

後、防水のジャケットとパンツも」


黄金竜の泉地(エル・アディ)では、よほどのことがない限り自分のことは自分でしなければならない。

候補から聖女オーディアナに上がって、はじめて側付きの神官がつく。

最初こそ戸惑ったパウラも、2度目の今回では手慣れたものだ。

防水の大きな布バッグに、コンパクトにたたんだ荷物を詰めてゆく。

肩掛けのベルトの長さを調整して、完了。




ヴァースキーはヘルムダールを除く4公国の中で、最も大公の力の強い国である。

貴族制度はあるにはあるが、大公以外の貴族家の権力はほぼないに等しい。

議会もない。

大公家とそれ以外と言って過言ではない独裁体制を、建国以来続けてきた国である。

歴代大公が水竜を絶対とする信仰を意識的に強調し続けた結果、多くの公国民は潜在意識のレベルにまで、水竜の血を何より尊いと刷り込まれてしまった。

その水竜の血を継ぐ大公家は、彼らにとって絶対の君主であり、神に最も近い存在でもある。


そんなヴァースキーにトラブルなど、通常であれば考えにくい。

あるとすれば水竜を崇めない一族による反乱だが、ヴァースキーのある東の大陸では、蛮族の勢いはさほどでもないはず。

トラブル。

前世のトラブルは、確か風水害の視察と慰問であったはず。

事前に聞いた話では今生でもそれは変わっていないようだが、少し違うのは蛮族の脅威があるかもしれないと付け加えられた点だった。



「緊張してる?」


実践課題に発つその日、シモンは少し離れた位置に立ったパウラの傍まで近づいて、その長身をかがめるようにして彼女の顔を覗き込んだ。


「そ……れは、していますわ。

これから向かうのは、現実の、何が起こるかわからない世界ですから」


素直に緊張を認めるパウラに、シモンの淡い緑の瞳が優し気に笑う。


「大丈夫だよ。

何があっても、パウラには傷一つつけさせやしない。

安心して?」


こほん……と、わざとらしい咳払い。


「シモン、おまえは正試験官だろう。

エリーヌも控えている。

あちらにも声をかけるべきでは?」


今回の課題に同行するセスランが、シモンとパウラの間に割って入る。

課題成果の判定に偏りがでないように、正副二人の試験官がつく。

正がシモン、副をセスランが担当する。


「ああ、セスランはよく気がつくよね」


ぎりっと忌々し気に、シモンが赤毛の青年に視線を向ける。

すぐに戻ると言い残してシモンがその場を去った後、セスランがパウラの右手をとった。


「案ずるな。

片時もパウラの側を離れぬ。

私を信じよ」


まるで壊れ物を扱うように繊細に優しく手をとって、そっと唇を落とす。

全身の血流が一気に百倍速になったかのようで、パウラの心臓はバクバクとうるさい。


「あ……りがとうございます」


詰まりながらようやく返すが、セスランの顔を見ることはできない。

恋愛音痴に、これをやりすごせと?

難易度、いきなり高すぎる。


「どうした、パウラ。

顔が赤い」


わかっていて聞いている。

絶対、そうだ。

こんな意地悪を、前世のセスランはしなかった。


「あーーー。

セスランも仕事してよね。

はい、交代だよ」


場の空気をぶった切る声と共に戻ってくると、シモンはセスランの背をぽんと叩いて、エリーヌの方へ押しやった。


「ったく、油断もスキもない。

あいつと組むことにしたのは、失敗だったな」


ぼそりとつぶやいた声は、しっかりパウラに聞こえている。

内容には同意する。

なぜか既にダダ洩れの、控えめに言っても「かなりの好意」を示してくれる二人と、同じパーティにいるのはつらい。

エリーヌよりも少しだけ好かれ、でも好かれ過ぎもせず。

これがパウラの目標とする好感度なのだから、こうして押せ押せでこられると、正直なところ扱いに困る。

かといって、バシリと拒めばエリーヌの好感度が上がるだろう。

力加減が実に難しい。

どうか何事もなく実践課題が終わりますようにと、願わずにはいられない。





黄金竜の泉地(エル・アディ)の転移の間、通称転移門をくぐると、懐かしいヴァースキー公国の神殿だった。

当主である伯父と従兄のリューカス公子が、出迎えてくれる。


「ヴァースキー当主ヴァルデマル、聖使様にご挨拶申し上げます。

ようこそおいでくださいました」


「嫡子リューカスがご挨拶申し上げます。

聖使様には、ようこそヴァースキーへおこしくださいました」


「うん。

久しぶりだね。

またお世話になるよ」


遠い昔に出たとは言え、シモンの故郷には違いない。

幾度も訪れる機会はあるはずだからか、気安いくだけた調子で彼は返している。


「南の聖使セスランである。

面倒をかける」


こちらは「らしい」といえば、この上もなく「らしい」挨拶を返したものだ。

眉一つ動かすでもない白皙の美貌の彼は、確かにゲルラ公家直系の出自だとよくわかる。

威厳と品格を具現化したらこうなるという姿が、ここにある。


「聖女候補のお二人も、よくいらした。

城にとどまる余裕はないとか。

残念ではあるが、公務であれば致し方ない。

どうかご無事でお戻りになるよう」


大公ヴァルデマルの挨拶が終わるやいなや、跪いたままの姿勢でリューカスが口を開く。


「ごきげんよう。

聖女候補の姫君。

ご無事のお帰りを心よりお待ちしていますよ」


聖使に配慮して、一応「聖女候補の姫君」と呼びかけてはいるが、その緑の視線はまっすぐパウラに向けられている。

そういえば父テオドールが何やら言っていたなあと、パウラは思い出す。

念願かなって実家(ヘルムダール)へ返品されれば、父の言っていたような未来もありえるかもしれない。

今はまだ、目先のことで手一杯であるが。


「聖女候補パウラ・ヘルムダールでございます。

ヴァースキー大公、継嗣(けいし)の君にご挨拶申し上げます」


「エリーヌ・ペローです。

綺麗なお城ですね!

青くてきらきらしていて、水竜様のお城って感じで、感動しました!」


わくわく、きらきらと、擬態音がつきそうなエリーヌに、リューカス公子はやわらかく微笑んだ。


「お気に召して、なにより」


「ほんとにすごいです。

こんな素敵なところ、見たことない!」


重ねて同じ調子で返すエリーヌは、無邪気でかわいらしい。

銀白色のふわふわの頭を揺らして小首をかしげる様など、彼女の正体を知っているパウラでさえ、羨ましいと思うほどの美少女ぶりである。


「もういいよね。

挨拶も終わったし、さっそく行くよ?」


薄い微笑を浮かべたシモンの顔に、パウラは「え?」と思う。

少し不機嫌かもしれない。

今のやりとりのどこに、彼の機嫌を損ねる要素があったのか。


「今日中に目的地へ着いておかなくちゃ。

野営になるから、むこうでやることたくさんあるよ」


「やえい?」


無邪気に言葉の意味を確認するエリーヌに、微笑んだままシモンがちらりと視線をむける。


「うん。

外で寝るんだよ。

事前に説明してあるよね?」


「は……い……」


「そういうことだから、準備がいるんだよ。

急がなくちゃね。

陽が落ちる前に、せめて寝る場所だけでも確保しておかなくちゃ」


すべて話しきる前に、シモンは既に神殿出口へ向かって歩き出している。

続いてセスランが向かい、後にパウラが続いた。


「外で寝るなんて……。

そんなの知らない」


小さな声でエリーヌがこぼす。

(うつむ)いて本当に消え入るような声で。


「候補の姫君?」


怪訝そうなリューカス公子が声をかけても、エリーヌはまだ(うつむ)いていた。



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