27. パウラ、悪役令嬢のくせにと言われる
ふわふわの白銀の髪に、好奇心いっぱいの元気な緑の瞳。
エリーヌ・ペロー。
黄金竜の泉地、その神殿奥の間にパウラと共に並んで跪く。
やはり来たかと、パウラは覚悟を決める。
正直なところ、会いたくはなかった。
無邪気を装うエリーヌが、パウラにだけ見せる底意地の悪い目つき、聖使に見せるべたべたした態度。
あんな下卑たものを、好んで見たいはずもない。
けれど逃げるわけにはいかない。
逃げれば即刻、飼殺しルート決定だ。
(平常心だわ、パウラ・ヘルムダール)
2度目の今生、彼女のやり口の稚拙さ陰険さは、既にパウラの知るところ。
それなら前もって、事が起こる前に手を打ってやる。
「ヘルムダールの女子二人、パウラとエリーヌだったな。
この世の平穏を護るため、両名のうちどちらかが聖女オーディアナに選ばれる。
悔いのないよう、最善を尽くせ」
当代の聖女オーディアナが、つま先まですっぽり覆ったヴェールの向こうから微笑する。
「かしこまりました。
卑小の身ではございますが、微力を尽くしてまいります」
「わたしも頑張ります!
パウラとも仲良くします!
安心してください!」
ああ、これは前世のとおりだ。
ここでパウラを呼び捨てにすることで、パウラの神経を逆撫でするつもりだろう。
前世パウラは、その策略にまんまと乗った。
「わたくしは貴方に名前を、しかも呼び捨てで呼ぶことを許した覚えはありませんわ。
ペロー様」
その後、エリーヌは泣きべそをかくのだ。
「だってここでは一緒に試験を競うライバルで、お友達なんでしょう?
この方が、早く仲良くなれると思ったから」
腹立たしい記憶のヴィジョンを振り払い、パウラは心中で唱える。
(心頭滅却すれば火もまた涼し)
ナナミに教わった呪文の言葉。
動揺したら負けなのだ。
ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、パウラは無表情を保った。
けして挑発にはのらない。
沈黙を守ることで、パウラ呼びを拒む。
「エリーヌ・ペロー」
凍てつくような低い声には、静かな怒りが見え隠れする。
燃えるような見事な赤毛の青年が、跪くエリーヌを睥睨していた。
「なぜパウラ・ヘルムダールを呼び捨てにする?」
「え?
セスラン様、なんでそんなこと聞くんですか?」
明らかに動揺した様子のエリーヌは、信じられないと大きな目を見開いている。
「パウラを呼び捨てにできるのは、おまえが聖女になり、パウラがそうならなかった時だけだ。
今のおまえは、ヘルムダールの男爵令嬢に過ぎない。
公女を呼び捨てにする特権など、誰も与えてはいない」
ぴしりと空気に亀裂が入る音を、聞いたような気がした。
峻烈な口調で、セスランはさらに追い打ちをかける。
「いまだ候補に過ぎぬ身。
よくよく心得よ」
「セスラン様、どうして?」
震えながら見上げるエリーヌに、セスランは冷たい表情をちらとも動かさない。
「そこまでだよ」
凍りついた空気をぱりんと割ったのは、シモンだった。
ぱあっと花が咲くような笑顔になったのは、エリーヌ。
「シモン様、わたし…驚いて」
「そうだよね。
セスランに叱られたら、びっくりすると思うよ」
淡い緑の瞳が、微笑する。
形の良い薄い唇が綺麗な弧を描いて上がり、シモンの表情をより優し気に見せる。
その表情で彼は続けた。
「事前報告にあったとおりだね。
初級の礼儀作法も、特別補講案に追加しなくちゃ」
表情に不似合いな事務的な言葉に、エリーヌはびくりと肩を震わせた。
「な…んで?
どうして…、こんな。
おかしい」
うつむいてブツブツと何か言っているエリーヌに、パウラは違和感を覚える。
まるでこんなことは、起こるはずではなかったと、そう知っているような驚き方に見えたから。
(まさかエリーヌにも記憶がある?)
「ごらんのとおりです、聖女オーディアナ。
以前お願いいたしましたとおり、エリーヌ・ペローには特に基礎教養の補習を。
重ねて進言いたします」
シモンが軽く頭を下げて、腕を胸に引き寄せる。
「エリーヌ・ペローは、ヘルムダールの下級貴族の娘です。
直系公女のパウラ・ヘルムダールとでは、受けてきた教育に差があるのは当然のこと。
ですが黄金竜オーディが、特にお選びになった者です。
不足分を、速やかに補強せねばなりません」
青銀の髪が、伏せた顔の表情を隠す。
「なるほど…。
いかにもシモンの言うとおりだ。
わかった。
良いように」
聖女オーディアナが頷いて、退出する。
「君は期待の星だからね」
跪くエリーヌに手を貸して立ち上がらせると、シモンは薄く笑った。
「がんばってもらわなきゃ。
ぜひとも聖女オーディアナになってね。
僕、期待してるよ」
「シモン様!
わたし、がんばります!
シモン様が応援してくださるんだもの。
嬉しい!」
明るく笑ったエリーヌの顔は、無邪気でかわいらしく、パウラには馴染みの表情だった。
本心から喜んで笑っているのかと、パウラは不思議に思う。
あのシモンの表情、曖昧な薄い笑いを浮かべた顔に、言葉どおりの期待を感じられるのだろうか。
自分であれば、かえって警戒するだろう。
胡散臭いことこの上ない。
そう思って注意してエリーヌを見てみると、やっぱりただものではなかった。
うわぁ…と、かわいらしい甘い声を出しながら、元気の良い緑の瞳で4人の聖使を順々に巡っている。
視線だけをわずかに動かして、視線の向かう先の相手に、エリーヌが自分だけを見ているような錯覚を与えるテクニックだ。
(ああ、これは…。
セスランやアルヴィドは、ぼーっと見惚れてるでしょうね)
前世最初の出会いで、パウラに厳しく咎められた後、エリーヌが見せた笑顔は今目の前にあるものと同じ。
それにすっかり呆けたあの2人である。
パウラにはけして真似のできない「無邪気な少女」の演技に、またもや先手をとられた。
けれどエリーヌの挑発にのらなかった分だけ、前世よりダメージは少ないはず。
それを確かめる為に、パウラは顔を上げる。
「待ちかねたぞ、パウラ」
すぐ傍、息のかかるほど間近で、最高級の翡翠の瞳が愛しげに優しく微笑んでいた。
9年前より威力がすごい。
圧倒される思いで見上げるパウラに、さらに新手の追い打ちがかかる。
「何をしている。
そこは冷える。
早く立て」
辺りの空気を震わせる、しんと響く艶のある声。
わずかに首を傾けて声の方を見上げると、針葉樹の深い緑をのせた瞳にぶつかった。
「膝を傷める」
記憶にある限り、限りなく無口なアルヴィドまでがこれか。
前世と違い過ぎる。
「なんでよ。
こんなのおかしい」
すぐ傍で、おそろしく低い、恨みのこもった声がした。
ギンと音のしそうな視線を感じるが、パウラはあえて振り向くことをしなかった。
関わるべきではない。
せっかく好感度にダメージなく対面を終えたのだから、ここでエリーヌに関わって面倒なことになるのは困る。
「悪役令嬢のくせに」
向けられた負の感情よりも、その言葉の意味にひっかかる。
(悪役令嬢?)
理解不能の言葉を吐きながら怨嗟のオーラをばしばしと出すエリーヌが、パウラには不気味だった。




