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21. パウラ、地竜祭に招かれる


秋が来ると、ヴォーロフ公国には黄金色の風が吹く。

豊かに実った小麦の穂がさわさわと揺れて、金色の粒子をまき散らすから。


黄金竜(オーディ)の季節。


他の公国では夏至祭で祝うその季節を、北のヴォーロフでは秋に迎える。

国中に恵みの喜びが満ち満ちるその季節に、ヴォーロフの民は感謝の祈りを黄金竜(オーディ)にささげる。


今年の恵みをありがとうございます。

来年もどうか、豊穣の恵みをくださいますように。


けれど今年はどうも、豊穣とはいかないらしい。

夏の長雨が実りを悪くしたようで、小麦の穂はすかすかと軽い。

茎も穂も色づきが悪く、艶もなかった。

間違いなく凶作だと、民は怯えている。


<大公様のせいだ。

大公様が愛妾をおかれたから。

だから黄金竜(オーディ)がお怒りになった>


妻以外を愛せないはずの竜が、愛妾をおいた。

現大公もまた、竜にあるまじきことをしたのだと。






風竜の祭典から2年が過ぎて、パウラもはや12才である。

ころころと転がる子犬のようだった身体も成長して、背丈だけは160センチまで伸びている。

出るところは出てしまるところはしまって、という曲線美には程遠いけれど、それでもなんとか将来の楽しみな少女くらいにはなったと思う。


ヘルムダールの女子らしい銀色の髪は、ここ2年の間にさらに伸びて、今では背中を覆うほど豊かに長い。

素直にまっすぐで、絹糸のようにつやつやサラサラしているものだから、リボンで結べない。


柔術の稽古の際に、邪魔になるから束ねようとしたところ、固く結んだリボンはするりと滑り落ちてしまった。

今はナナミお手製の、「へあごむ」とかいう紐を使っている。

黒い糸を伸び縮みするように編んだもので、芯になにか入っているようだ。

ナナミは時々、こういう便利なものを作り出しては周りに重宝がられている。


そのナナミがこの頃、よく口にする。


「姫様は美しくおなりですね」


稽古の後、汗水漬(あせみず)くで髪は額に貼り付いているし、擦り切れや汚れの目立つ「どーぎ」はよれよれで、控えめに言ってもかなり汚い。

これのどこをどう見たら、美しいことになるのだろう。


「姫様はまず、ご自身でお考えになります。

稽古でも、それ以外のことでも。

最近、特にそのようにお見受けいたします」


よく光る黒い瞳を和ませて、ナナミは微笑む。


「お気持ちの成長が、お姿にも良い影響をおよぼしているのだと、そう思います」


正面切って師匠に褒められると、さすがに面はゆい。

照れ隠しに適当な相槌をうって逃げるパウラに、ナナミはさらに笑みを深くする。


「そういうところは、おかわいらしい。

姫様は、本当にお母君によく似ておいでです」


ナナミが母アデラに心酔していることをよく承知しているパウラには、それが最上級の誉め言葉だとわかる。

だから素直に嬉しいと思った。


「ありがとうございます。

先生にそう言っていただけると、もっともっと頑張らなければと思えますわ」


技とナナミが言う決め手も、一通り教わった。

キレが大事だと言う技のうち、パウラがもっとも得意とするのは「イッポンゼオイ」という大技で、身体中の筋肉を瞬間的に最大パフォーマンス値にして相手を背負って投げる。


「柔よく剛を制す」


ナナミが言うには、小さい人でも大きな人を投げ飛ばせるのだそうだ。


もうじき地竜の祭典を控えるパウラには、しっかり磨いておかねばならない得意技である。

ヴォーロフ公国は、ゲルラと並んで治安が悪い。

蛮族の勢いが盛んで、治政に少しでも気を抜けば、たちまち乱世になるような危うさと隣合わせの国。

何かあれば、自分の身は自分で護るくらいの覚悟は必要だ。


「先生、もう一本『らんどり』お願いします」


「らんどり」、実戦形式の稽古を、数こなすことを当面の課題とした。





「ヘルムダールのパウラ様、ようこそおいでくださいました」


黒に近い緑の髪、深い緑の瞳をしたヴォーロフ大公が、パウラを出迎える。

おそらくは公子だろう少年が、銀色の魔法陣から少し離れて跪き、頭を下げていた。


ヘルムダールの神殿から、いつもどおり送り届けられたパウラも、これで4度目ともなれば移動の感覚には慣れたようだ。

ふわりと身体が浮き上がるような感覚の直後に、重しをつけられたように地面に引っ張られる。

目を開けば、そこは目的地であった。


(素っ気ないくらい、不愛想なところね)


視界に入る限り、ヴァースキー、ゲルラ、ヴェストリーのどこよりも地味で、粗末な神殿だった。

切り出した石をそのまま積み重ねた壁、床には同じ素材の石が敷き詰められている。

表面を磨きもしていない、特に吟味されたというわけでもない灰色のしごくありふれた石材。


燈台にはあまり質の良くない油が使われているのか、獣臭い臭いが漂う。

ぱちぱちはぜる篝火には、切りっぱなしの薪が無造作に使われていた。





「ヴォーロフ大公アンセルムと申します」


しんと空気に染み入るような、低く艶のある声。

父テオドールと変わらないだろう年頃の大公は、冴え冴えとした凍るような微笑が美しい男で、パウラの記憶にあるアルヴィドにどこか似ている。


「大公陛下には、お初にお目にかかります。

ヘルムダール公女パウラでございます」


右手を差し出せば、大公は手袋ごしに唇を落とす。

見上げる深い緑の瞳には、パウラではない誰かを見ているような熱がある。


「お故国(くに)とはいろいろと違いましょう。

姫君の御身に傷一つつけては、お母君に申し訳がたちません。

護衛をつけることを、姫君にはどうぞお許しいただきたい」


「お心遣い、お礼申し上げます」


やはりここは、ゲルラ同様、治安の良くない国らしい。

城内にあってなお、護衛が必要だとは。


明日歓迎の昼餐を一緒にと続けられて、頷く。

晩餐を一緒にと言われたら、公務であるからには従わざるをえないところだったし、その心づもりだった。

けれど大公は、今夜は解放してやると言う。

ゆっくりさせてもらえるのは、正直なところ嬉しい。


「ゆっくりなさるがよろしかろう。

姫君の美貌が、お疲れで損なわれませんように」


艶めいた微笑とありがたい気遣いに、つい比べてしまう。

パウラのよく知るヴォーロフの男。

無口で不愛想、けれど顔と声だけはとびきり良いあの男と。


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