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18. パウラ、風竜祭に招かれる

「こちらの夏は、皆ここのようなのでしょうか?」


もう夏も終わりになるかという日の夕刻。

いつものように稽古の仕舞い、道場で整理体操をしていると、ふっとナナミが言った。


「ここのよう…って?」


すぐにはナナミの意図するところがわからない。

パウラが屈伸の動きを止めて顔を上げると、ナナミは道場の小さな窓の傍で、木枠の格子越しに外を眺めていた。


カナカナカナカナ……。


もの寂しい蝉の声。

夕暮れの空気は、昼間の熱をまだ残しているが、だんだんにひんやりとした湿り気に染められてゆく。


「わたくしは生まれも育ちも、地方の小さな田舎町です。

そう高くはない山ですが、家の近くにありまして、この季節には毎日のように遊びに出かけておりました。

気づいたらとうに日が暮れて、探しに来た父や兄に叱られることなど珍しくもなくて」


窓の外に向けられたままのナナミの顔は見えなかったけれど、多分ナナミはパウラの返事を期待していないのだろうと思う。

振り向いたナナミの顔は、もういつもと同じ謹み深い落ち着いたもので、稽古の終わりを告げ夕食の時間に間に合わなくなると、パウラをやわらかく急かした。






ゲルラの火竜祭から、2年が過ぎていた。

秋が来れば、今年はヴェストリー公国、風竜の祭典である。

聖地へ召喚される17歳までに、すべての聖使に会っておきたいパウラは、当然今年も参加すると母アデラに願い出ている。


「ヘルムダールの公女らしくなってきたね。

頼もしいことだ」


公務への積極的な参加を、母は喜んでくれた。


「それで…、どうだ。

パウラのお眼鏡にかなう公子はいたのか?」


頬づえをついて微笑む母は、いたずらげでかわいらしい。

ヘルムダールの女子は竜后オーディアナの加護を受け、身体の老化速度が緩やかである。

聖地に召喚されない当主の寿命は、おおよそ100年。

その生命のある限り、容姿の衰えはほとんどない。


「まだ2家の公子様に、お目にかかっておりませんわ」


正直なところ、目下4人の聖使で手一杯で、公子どころではない。

飼殺しルートから逃れられなければ、その先はない。


「それよりもお母さま。

ナナミを故郷に帰してあげることは、できませんの?」


師匠のナナミがいなくなるのは、とても寂しく心細い。

けれど時々ぼんやりと心を飛ばすナナミを見ると、帰せるものならばと思ってしまう。


「ヘルムダールに現れた訪問者(ヴィト)は、ナナミが初めてだからね。

役に立ちそうな記録もないんだよ」


執務机から離れて、母は書棚から1冊の本を抜き出した。

パラパラとめくり、付箋のついたページを開くとパウラに差し出す。


「ごらん。

ナナミの前の訪問者(ヴィト)は、今から約100年前だとある。

ヴェストリー神殿に現れた、とあるね」


「ではヴェストリーに行けば、もう少し詳しいことが聞けるかもしれませんわね?」


ナナミが帰れる可能性があるのなら、探してみたいとパウラは思う。

ナナミを手放したいわけではない。

それは絶対に違う。


彼女はパウラの師匠であり、同時に前世の記憶を持つパウラの精神を救ってくれるだろう話相手でもある。


故郷から理不尽に離されたナナミは、否応なく現在を受け入れざるをえない。

押し付けられた未来に従わざるをえなかった、かつてのパウラに通じるものがある。


だからこそわかる。

戻れないのと、戻らないのとでは違う。

戻れる方法がもしあるのなら、ナナミの未来に選択肢を差し出したい。


「良いね。

そういう顔のパウラ、誇りに思うよ」


少しだけ目を瞠るようにして、その後で母は微笑む。

ヘルムダール大公の顔をして。




 

「ヘルムダールの姫君、ようこそ我がヴェストリーへ。

ヴェストリー大公イクセルと申します。」


2年ぶりに直通の路を開いてもらった先、ヴェストリーの神殿である。

幾何学模様の壁は、神殿というよりむしろ宮殿のように見える。

淡い色の微妙なグラデーションが、なにやらつやめかしい。

やわらかい朱鷺色の床に跪いている貴公子は、ヴェストリーの直系らしいオレンジの長い髪に、明るい緑の瞳をしている。


「お出迎えに感謝いたします。

ヘルムダールのパウラでございます。」


父テオドールやナナミ、それにパウラ付きのメイドのメイジーが次々と転移してくる度、床に描かれた魔法陣が銀色の微粒子を撒いた。


「姫君にはどうぞお心やすらかに、ご滞在をお楽しみいただけますように。

お聞き及びのこととは存じますが、我がヴェストリーはなにごとも…、緩やかな国でありますれば…」


大公はにやりと笑ってみせる。

初対面の他国の姫君に向けるにはいささか無遠慮な表情であるはずなのに、不快ではない。

むしろ愛嬌があると感じるのは、彼の容姿が美しいせいか。


いやいや、それは違うとパウラは内心で首を振る。

美貌の男など、嫌というほど見てきたと思う。

父テオドールなど、そこらの美青年が束になってかかっても敵わない絶世のレベルである。


おそらくヴェストリーの血なのだろう。前世よく知るオリヴェルの顔が浮かんだ。

軽口を叩く彼にセスランあたりは眉を顰めていたが、パウラはどこか救われる思いがしたものだ。

 

「あーあ、うっとーしい。

マジメに話し合えば、状況がかわるのかい?」


濁音まで軽く鼻に抜ける声は粋で、くだけた口調も雑には聞こえなかった。

明るいオレンジの髪に青に近い緑の瞳。

懐しいオリヴェル。

ヴェストリーの大公イクセルは、彼を思い出させる。


「大公陛下、感謝いたします」


この大公になら、頼めるかもしれないと思う。

訪問者(ヴィト)について、詳しい情報を知りたいと。


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