12. パウラ、火竜祭に招かれる
やっと2年経った。
やり直し人生を始めてから、時の過ぎるのが遅い。
押さえるべきポイントと、それに関わる重要イベントはわかっているのだから、もっと効率よくサクサクやり直したいものだと思う。
黄金竜の泉地に召喚される17歳までに、4人の聖使の好感度を上げておくこと。
もう1人の聖女オーディアナ候補エリーヌより好かれ、けれど告白されるほど熱過ぎはしない程度に。
目下、そのためにだけパウラの毎日はある。
東の聖使シモンには、既に会った。
成功か失敗かは、おいておくとして。
多分、失敗はしていないはず。
次のイベントは、火竜の祭典。
ゲルラ公国からの招待状には、公女パウラの参加と返事をしている。
「パウラ、明日はゲルラへ行くんだろう。
今夜は夜ふかししないで、早めに休むんだよ」
久しぶりに両親揃った夕食を終え、いちごのタルトを前に気分を上げていると、珍しく母が小言を口にした。
「勉強熱心なのは感心なことだよ。
でもやり過ぎはいけない。
どうもパウラは極端みたいだからね」
おっしゃることは、ごもっともだとは思う。
ここ数週間、零時を前にベッドに入ったことはない。
何度言っても改めないパウラに業を煮やして、メイジーが母に泣きついたに違いない。
自業自得だ。
でも!
今度ばかりは慎重になるしかないじゃないと、言い訳したいパウラである。
明日向かう先は、ゲルラ公国なのだ。
そこで会うのは、南の聖使セスランである。
あのセスラン。
前世、エリーヌと共に生きることを選び、彼女を聖女候補から下ろした男。
1番の要注意人物である。
この攻略に、手を抜くことができようか。
いくら敬愛する母の小言でも、こればかりは譲れない。
でも。
「わかりましたわ、おかあさま。
今夜は早く休みます」
今夜だけは、大人しく言うことを聞いたふりをする。
どのみち最初から、今夜は早めに休むつもりだった。
明日、もしかしたら会うかもしれないセスランに、寝不足のひどい顔を見せたくはない。
あっさりと聞き分けた愛娘に、母は微笑んで頷いた。
それを父が、まるでウブな少年のように頬を染めて見惚れている。
「どうして君はそんなに美しいのだろう。
私の心臓を、何度止めるつもりなの?」
ああ、これは…。
このままここにいてはいけない。
もう慣れたとは言え、両親のデレデレいちゃいちゃを直視するのはさすがに気恥ずかしい。
「わたくし、お湯を使って早めに休みますわ」
既にパウラのことなど視界に入っていない両親に、一応退出の声をかけて、席を立つ。
さっさと撤退あるのみだ。
「ああ、おやすみ、パウラ」
それでも母だけは、おやすみの挨拶を返してくれた。
さすが母。
父より随分冷静だと思う。
パウラが明日訪れる南の大陸ゲルラ公国は、あまり治安の良いところではない。
竜を始祖にいただく一族がいるのであれば、当然始祖に竜以外のものをいただく一族もいるのだが、その存在はヘルムダールを含めた5公国どこでも、あえて無視されている。
黄金竜オーディを主祭神としない彼らは、公国の保護下にある民ではない。
多くは険しい山地や谷あい、深い森といった厳しい環境に追いやられ、そこに集落を作って生きている。
あちこちに点々とあるその集落の中には、小さな国程度の力を持つものもあり、それらが公国と諍いを起こすことも珍しくはなかった。
蛮族と、公国民が呼んで蔑み怖れる彼らは、南のゲルラ公国、北のヴォーロス公国に多く存在する。
だから今回の訪問には、念には念を入れて、パウラ付きの護衛騎士としてナナミが同行することになっていた。
保護者であり後見役でもある父テオドールも、優秀な魔術騎士であるが、後見役ともなれば護衛だけに専念するわけにもゆかない。
必要に迫られてのナナミの同行だったが、パウラは喜んでいる。
これで朝の稽古を一人でしなくても良い。
一人でできないことはないけれど、師匠に稽古をつけてもらうともらわないとでは、まるで仕上がりが違う。
柔術を始めて2年が経って、もっともっと強くなりたいと欲が出始めた。
稽古も以前ほど苦痛ではない。
身体の成長に合わせて、何度か裾を下ろした「どーぎ」とサイズアップした「すにーかー」、それに胸元をくるくると巻いて隠す「さらし」を、ふろしきに包む。
取り出しやすいところに入れておいてと、メイジーに渡した。
さあこれで、後は明日に備えて寝るだけだ。
8歳のぴちぴちぷるぷるの肌には必要のないパックをしたのは、念のため。
唇にもしっかり、最高級の蜜蝋を塗った。
セスランには、こんな幼い姿ではなく、もう少し成長してから会いたかったと思う。
色気のいの字もない今、セスランの興味を惹くのは正直難しい。
それでも努力だけはしなければと思うあたり、パウラの真面目さは前世と変わらない。
鏡の中には、まだ胸のふくらみもない幼い少女がいる。
銀糸の髪にエメラルドの瞳、素材は悪くないのだけれど、愛だの恋だのを感じてもらうには、幼過ぎると思う。
「良い子だと、思ってもらうしかないわね。
それがせいぜいだけど、何もないよりずっとマシだわ」
いろいろ思うことは後から後から湧いて出るが、とりあえず蓋をして眠ることにする。
燃えるような赤毛に、最高級の翡翠の瞳をした美しいセスラン。
まだエリーヌのものになっていない彼に、明日には会える。
緊張する。
でも少しだけドキドキするから、腹が立つ。
飼殺しの原因を作った男だから、だから平静ではいられないのだ。
きっとそうに違いない。
愛だの恋だのにまるで縁のない人生を過ごしてきたから、ほんのちょっとのことにでも、こうしてドキドキするに違いない。
ああ、経験値のなさが情けない。
やめよう。
これ以上考えるのは、不毛だ。
閉じた瞼をさらにキツく閉じると、今度こそ諸々の思いにぴっちり蓋をした。




