そんなお話
「・・・あれからその3年間は中々に激動でしたよ。 本当に。」
そう語ったサルガミット・コーナンは、今やすっかりと大人びた風貌を見せつけている。
「僕は信じていた。 もとい来ると分かっていたけどね。」
部屋の中で座っているサガミの対面に寛いでいる人物、勇者のマサトはカップに入っている紅茶を飲みながら、笑ってみせている。
3年。 サガミにとってその数字はもはや生涯をかけている程の数字だった。
マサトと再開の言葉を交わしたあの日から、元々ワーカホリックのサガミは、Bランカーということもあって、行く依頼を留まるところを知らなかった。 時には特別依頼を受けて、その実績を遺憾無く発揮したこともあり、ある貴族の依頼を達成した数日後に、サガミのランク昇格の推薦状が届いたのは去年の事。
そして無事Aランク昇格試験を達成したサガミ達クランは晴れてAランクの仲間入りを果たして、更に言えば史上初の快挙とも言える「調成師のAランク昇格」という偉業すらも成し遂げたのだ。
そこからと言うものサガミのところに依頼が舞い込んでくるので、ユクシテットの頭を抱えつつも、認められていった事に喜びを感じていた。 フェルモンドも若くして自分と同じAランクになったサガミに対して祝福を挙げていた。
まだ認めていない人物はちらほらとは居るものの、それでも今まで目を向けていなかった冒険者達も、サガミの実力を努力が産んだ結果だと認めてくれていた。
そしてAランクでの依頼をひとしきり終えたのは昇格してから半年後のこと。サガミ達はマサト達が居るという土地に足を踏み入れ、そこである洞窟に差し掛かったところでマサト達と合流し、今ではこうしてマサト達の会話の相手をしている、というのが今の現状である。
「最近はみんなとの時間は取れているかい? 君と一緒にこの辺りを見回っているシルク以外のみんなとは。」
「それなりには時間を取ってくれてるみたいですよ? まあ僕自身も依頼をこなしに行かなければならない都合上、日程を合わせるのはかなり苦労しますがね。」
「Aランクになってあっちこっちに引っ張りだこみたいだからね。 それにそう言った意味でも、君と会うのを楽しみにしてるんじゃないかな?」
そう言うものですかね? と言わんばかりにサガミは頬杖をつく。
実際サガミ達がAランクになってからというもの、みんなとの都合は合わなくなっているのは事実である。
マニューは治療師のAランカーということで、冒険稼業ではなく、医療関係の方で大活躍をしているのだそうだ。 ただたまにマニュー目当てで来る冒険者も居るとのことで、その辺りに関しては他の治療スキルを持った先輩方が牽制しているらしいし、なんだったらヨコエがマニュー目当ての冒険者に対して慈悲もない圧をかけたのだとか。 女って怖い。
シンファも新しい魔物達のお世話で手一杯になっている。 なんでも最近別々の魔物同士での求愛行動が、シンファの領域内で行われていて、近々また数体の魔物の赤ちゃんが産まれるのだそうだ。 シンファ自身も中々興奮が止まないのだそう。
ちなみにたまたまサガミが魔物達の様子を見たいと言って案内されたタイミングで魔物の赤ん坊が産まれ、それを魔物達も含めてみんなで祝福をしていた際に「私にも出来るかな。 先輩との間に産まれた」と、サガミがいることを忘れて独り言を言った辺りでサガミがいることを思い出し、肌という肌が真っ赤に染まったのはサガミの中でも記憶に新しい。 ほとぼりが冷めるまでは会わないでおこうとも決意しているサガミである。
ネルハはまだサガミ達とは離れてはいるもののBランカーには変わり無く、サガミのようにソロで依頼に行ったり、同期ならパーティーで参加することも多くなった。
そして今の彼女のスキル「高速生成」は経験を重ねに重ね、今では「音速生成」の域にまで達していた。 そのスキルはもはや作っているのが見えないくらいだ。
そしてそんな彼女に魅力を感じた同世代の冒険者は数多くいたが、ネルハは全て玉砕したのだという。 ランクが低いのはともかく、同ランクの冒険者すら一蹴した事態に、その冒険者は狂乱したかのごとくネルハに問うと、彼女は一言、「自分にはもう心に決めている人がいるんです」と宣言し、男子冒険者は苦渋な顔を、女子冒険者は納得した顔を見せていた。 それだけ彼女の想い人というのが誰だか分かっていたから。
「それでもここには来ますよ。 何て言ったって、今日から少しの間はここに留まらなければいけないんでしょ?」
「そうだね。 時期的にもそろそろだったし、今はそこまで強くないし、地上に出さない程度には食い止められるさ。」
こんな風に2人は会話をしているが、実際はもっと殺伐とした内容が後に控えている。 具体的にはモンスターのスタンビートがこれから襲ってくるのだ。 しかもどのモンスターも一筋縄ではいかないので、通常の冒険者では手に負えないのだ。 それを1体でも地上に出さないようにするのが、今の勇者の仕事となっている。
「サガミさん、マサトさん。 その拠点の要塞化が整いましたよ。」
上から顔を覗かせたのはハヤカだ。 彼女も勇者パーティーメンバーとして一躍を買っている。
そもそも彼女も勇者と同じ転移してきた人物で、職業もそこそこ特殊だったのだが、サガミ達と冒険を重ねたことにより、自分の存在意義を見いだした。 最近では魔力が高まっているのを実感したようで、何かしら理由を自分で考えて、色々なものを模写したり、デッサンしたりしていた。
「こんだけガチガチに固めりゃ、この場所も沈むことは無いだろうよ。 元々ボロい場所ではあったからなぁ。」
同じく顔を覗かせたジュンは上から下までガッチガチの装甲を身に纏っていた。 この装甲はハヤカのスキルで造ったもので、ハヤカの行き場を無くしそうだった魔力を最大限に使っている。 そのお陰もあってか、ある程度多めに魔力を入れておけば、例えハヤカが倒れても、数時間は持つ程までに、ハヤカも成長をしていた。
なので元々殺風景だったこの拠点も、今は要塞のような鉄の塊が密集している形になっていた。
「全くもう。 こんなところなんだから、魔物がすぐに通り過ぎるのも仕方ないと思うわよ。」
そしてもう一人の勇者、ヨコエも同じ様に顔を下ろす。 勇者達が居た場所にしては全くもって威厳がない。 その為魔物達も通り過ぎることも多かったが、それはマサト達が止めるまでもない魔物。 これから来るのは、そんなレベルの魔物ではないのだ。
「父さん。 2時方向、大群が湧いてくる。」
「数は?」
「大体3万弱。 多分様子見も兼ねた先頭集団。 強いのは後ろ。 時間にして、最初が10分。 後ろがその5分後。」
そう言いながら窓部分から入ってきたのは、竜人族として成長を遂げたシルク。
シルクは基本的に一人行動をしない。 しないと言うよりも、サガミと一緒にいる方が、彼女にとってなにかと都合がいいのだ。 学ぶ上でも、戦闘面でも。
そしてシルクは他の皆とは違った部分がある。 それは肉体的成長についてだ。 今のシルクはサガミと同じくらいの背丈をしている。 3年としてはかなり成長が早く感じられるが、そもそも竜人族は竜の姿が人に変化したような姿なので、人の姿での成長と言うのは、竜にとって早いペースだと言うことになる。
今のシルクの姿は背中に立派な羽が生え、尻尾も太く逞しく育ち、なにより額の角が伸びていた。 そしてその角から様々な情報を手に入れることが出来るようになったのが、今のシルクである。
「マニューやシンファ、ネルハにはこの事は伝えたかい?」
「大丈夫。 後5分で来れるって。」
元々はサガミの固定スキルだった「使役」だが、その中でも2人はシンパシーをよく使っていたお陰か、サガミの考えや言葉を、サガミが親しくした人物に対してならば、シルクを通じて同じ様にシンパシーを送れるようになっていた。 スキル内でスキル成長をするのはユクシテットも初めての光景だったのだとか。
「そうか、お疲れ様。 おいで。 頭を撫でてあげる。」
そう言ってサガミは、席に座りながらシルクを手招きする。 そのシルクも決して嫌悪せず、むしろ早くやって欲しいと言わんばかりに窓から降りて走り出す。 そして体を発光させて、サガミのところに付く頃には、3年前の姿になっていた。 シルクは竜から人に変わること、そしてその逆も出来るのと同様に、自分の姿をある程度自由に変えることが出来るようにもなっていた。
「・・・なんでその姿にわざわざなるのさ。」
「この姿の方が撫でやすい。 ボクも大きく撫でられたい。」
そう回答されてサガミはやれやれと言った具合にシルクの頭を撫でてあげる。 シルクもその行為に、物凄く満足気にされるがままにされていた。
「クスッ。 本当にこれから過酷になる依頼を行う冒険者とは思えない立ち振舞いだ。」
「こうやってティーブレイクしている時点でそもそもおかしいでしょ。」
これから魔物が大群で来るにも関わらず、ここまで落ち着いた様子なのは、ここにいるメンバーや、これから戻ってくるメンバーの強さが完全に桁違いだからと言うことにあるかもしれない。
「・・・」
「ん? どうしたのハヤカ?」
「いえ、別に。」
「もう、素直じゃないんだから。 「私もこれだけ頑張ったんだから労いを下さい。 出来たらシルクと同じ様に頭を撫でて下さい。」って言わないと伝わらないわよ?彼鈍いってレベルじゃないくらいに、こういうのに察しが悪いんだから。」
「そ、そんなことまで思ってません!」
顔を真っ赤にしながら反論をしたハヤカを見て、サガミはどうすればいいやらとマサトになげかけると、「やってあげたら?」と言わんばかりに肩を竦めた。 そしてサガミは席を立った後、ハヤカの方に歩み寄り、優しく頭を撫でてやるのだった。
「・・・っ。 別に、良かったのですけれど・・・」
「まあ、不公平にならないように?」
サガミは自分でなにを言っているんだろうと疑問に思ってしまったが、やってしまったものは仕方ないのだ。
「師匠、お待たせしました!」
ハヤカから手を丁度離したところで、ネルハがやってくる。
「お疲れ様ネルハ。 シンファとマニューは?」
「すぐに来ると思います。 それよりも」
「そうだね。 第二陣の準備をしようか。」
そう言ってサガミは今の部屋から屋根へと登る。 ネルハは下の格納庫のような場所に向かっていった。 サガミが屋根に登った時に、マニューとランクが上がったことで新たになった魔物と共にこちらに向かってくるシンファの姿を確認できた。
「父さん。 来るよ。」
シルクの言葉で2人に素早く拠点に入るよう促して、サガミは屋根に付いている出っ張りに触れる。 するとそこから出てきたのはスイッチだった。サガミはそのスイッチに右手と左手を添える。 そして目標である魔物達が下から現れた。 空を飛んでいるものが大半なこの光景、どれだけ強い冒険者でも背を向けて逃げ出そうとするだろう。 だがサガミは怯むどころか、既に準備万端の体制になっていた。
「今までの敵だと方向に沿った量しか撃てなかったけど、この数なら、フルオープンの方が断然いいね。 さて、と・・・」
サガミは深呼吸をする。 そして・・・
「どんな魔物だろうと、地上には出させないぞ!」
両方のスイッチを同時に押すと、閉じられていた門が開き、その開いた所には複数の穴がある。 その瞬間に円上に何かが複数回飛んでいった。 敵がそれに当たると、そこから連鎖的に爆発が起こった。
「ひゅー。 試行錯誤の結果が凄まじいな。」
「私達、とんでもない知識を彼に渡してしまったようね。 一歩間違えば普通にこの世界を制圧出来るわよ?」
「それをしないだろうと思ったから、彼に僕らの知識を渡したんじゃないか。 彼は僕達に十分な価値を見いだしたんだよ。」
勇者パーティー3人が揃いも揃ってサガミの事を言っていた。
先程サガミが放ったのはミサイルだ。 ミサイルと言っても円筒状の物に火薬や飛ばすためのエンジンを付けた程度であるが、それでも今回の作戦に置いては大成績を叩き出した。
「先行部隊、残り1000ちょっと。 ほとんど倒した。」
「OKシルク。 ネルハ、外装の準備は?」
「後数秒で全部作れます。」
「第2陣が来る前にもう一度作ってしまおう。 掩護射撃がしやすくなるから。」
「じゃ、残った残党と第2陣の相手は俺達の出番だな。」
「ええ。 このまま後輩だけに仕事をさせるわけにはいかないものね。」
みんながそれぞれに動き始める中、マサトは武器を持った後に、サガミの方を見る。
「君のお陰でこの戦いが本当に楽になった。 君の今までの苦労が労われている瞬間だと、僕は思うよ。」
「止めてよそういうのは。 僕はそういうのにあんまり慣れてないんだ。」
「クスッ。 ならこの戦いが終わったら、誉め殺しでもしてあげようかな?」
「それは本当に止めて。」
「師匠、火薬とエンジンを詰める準備が出来ました!」
ネルハの言葉にサガミがすぐに空筒の中に火薬とエンジンを詰めて、ミサイルを生成していく。
外を見れば次の大群とマサト達が対峙していた。
「これで準備は出来た。 第2陣も迎撃しよう!」
そうしてサガミはミサイルを発射口に詰め込んだ後にまた上に登る。 ここはなんとしても通さない、それが今のサガミの原動力だ。
「どうせ今回の魔物達は様子見だけど、ここで手を抜くわけにはいかない。 やるからには全力だ!」
サガミ達の戦いに終わりは無い。 だが使命として果たしていくとサガミは決めていた。 この戦いは、まだ序の口。 だが決して地上には出さないと言う決意は変わらない。 彼らの戦いは始まったばかりなのだから。
これにて「調成師」完結とさせていただきます。
いや、実際のところは色々と書きたいことが山ほど浮かんでいたんです。
シルクの親の事とか、Aランクの昇格試験とか色々とあったのですが、仕事の合間での執筆、複数小説の執筆、そんな中でも浮かんでくるアイデアのせいで、まともに続きが書けそうにないと判断しての打ち切りエンドとなってしまいました。
突発的な小説で投稿もかなり不定期ではありましたが、何とか半年は出来たので、まあ、よしという形にしました。
それではまた既存小説、新作小説でお会いいたしましょう
ここまで本当にありがとうございました。




