勇者パーティー
「意外と遠く感じたわね。 でも帰りは馬車も用意してくれるなんて、夜なのにわざわざ来てくれるんだもの。」
乾燥地帯を夜通し歩いて草原に戻った時に、サガミが持っていた「馬車呼びの札」を使用して、深夜帯でも呼べたのだ。
この世界での馬車の認識は24時間使用できるようになっている。 その辺りはハヤカとしてはタクシーの様なものだとの認識である。 そして「馬車呼びの札」は何時でも馬車を呼び寄せることの出来る札である。
ただし帰りは馬車で帰ることになるし、どこでもと謳っていないのは、扱っているのが生物なので、環境に適さない場所での使用を不可にしているからだ。 雪山ならともかく火山で呼ばれては馬の方がバテてしまう。
ちなみに「馬車呼びの札」は本来消費アイテムで、行きでの馬車の中で、馬車を提供している店にお金を払って、使用できるように念を込め、紛失しない限りは使用できるというものだが、サガミはわざわざソロで何度も繰り返し何度も使用しているので、「馬車呼びの札」が特注仕様になっており、消費しない形になっている。 つまり亡失しない限りは、無期限に使用できるものになっているのだ。
馬車を降りた後も帰りの分と深夜に呼び出してしまった事への謝礼金として多く支払っていたりもする。
「私の魔物で飛んでくれば良かったと思うんですけど・・・」
「・・・夜中に魔物が飛んだ来たら大騒ぎだよ。」
シンファの提案には最初から却下を出していたサガミ。 いきなり飛行型の魔物が街に向かってきたら迎撃体勢に入られるかも知れない。 それを知っていたので、馬車を用意したのだ。
「それで、その調査依頼の報告って、どうやってやるの?」
「基本的には書類の記入が主になるかな? どんな場所だったのか、どんな魔物がいたのか、今後依頼する場所として何を携帯しておくのがいいのか。 前回の時はそんな感じだったかな?」
「報告書を作るって感じね。 その辺りは変わらないんだ。」
疑問が解決したようで、ハヤカも納得する。 分からないことだらけのこの世界において、自分が分かるものがあるのは強みになるからだ。
「まずは朝御飯を食べよう。 報告はそれからでも出来るから。」
サガミはみんなを先導するように街の中へと溶け込むのだった。
そしてギルドハウスへと戻った時に異様な雰囲気を放っていた。 まるで何かに押し潰されるような形で、空気が重たくなっていた。
「な・・・なんで・・・」
そしてサガミは気が付いた。 カウンターにいる3人の存在を知っているがゆえに、驚愕せざるを得なかった。
「うん? あぁ、あいつらだよ。」
この中で唯一空気に飲まれていないユクシテットは帰ってきたサガミ達を指差す。 そしてその注目を一心に浴びる。 サガミとしても何故勇者一行がいるのか疑問に思うのは当然の事だが、わざわざユクシテットが名指ししたことにとんでもない意図があるかもと感じたのだ。
「あなたがこのユクシテットさんの言う人かい?」
疑問を聞きながらサガミに近づいてきた人物。 彼こそがこの世界で「勇者」と呼ばれる人材である。 勇者一行の功績はごく一般的な職業であるにも関わらず、その実力を隠さず臆せずさらけ出し、今の地位を手に入れた程の、このギルドハウスに来ること自体異質とも取れる人材だ。 実際に現在勇者達はここから遠く離れた地で、この世界の秩序を乱すものがいないかの仕事をしているという話だった筈だ。
「おっと、急なことで申し訳無いね。 困惑するなと言う方が無理だろう。 みんな知っていると思うが一応紹介しよう。 僕はマサト・カラタ。 職業は「剣士」のAランカーだよ。」
一体どんな素材を使ったのだろうか分からない鎧や剣を据えた、黒髪ストレートのキリッとした顔立ちは、歴戦を乗り越えてきたとは思えないほど清々しいものだった。
「んじゃ、次は俺だな。 ジュン・マジマ。 職業は守護者だ。」
後ろからひょっこりと顔を出した男は、身体は飄々としているのに、持っているのは自分の身長よりも遥かに大きいタワーシールドを装備していた。 そのタワーシールドはボロボロではあったが欠けること無くしっかりと形を保っていた。
「私は「演奏家」のヨコエ・マツモトよ。 突然押し寄せてごめんなさいね。」
後ろから現れたのは吟遊詩人のような風貌の女性。 しかし彼女も勇者一行の1人であることには変わり無く、彼女の持っている琵琶で奏でた演奏は、渇ききった人々の心に潤いを与えたとかなんだとか。
そんな3人の挨拶に、ただただたじろくしか出来ないサガミ一行。 正確には理解の追い付いていないハヤカと、目の前の人物が父よりも強いこと以外良く分かっていないシルク以外の4人と言った具合だろう。
「そ、それで、そんな多忙であります勇者様方々が、なぜ自分に御用が?」
サガミは言葉を慎重に選んでいた。 機嫌を損ねてはならない。 損ねた瞬間に身体が正常に繋がっているかも想像したくない程に、目の前の人物たちは、偉大で、感銘で、圧倒的だからだ。
「そうだね。 正確には君ではなくそっちの彼女に用事があるのだけれど、僕個人としても、君に興味が湧いてきた。」
マサトはハヤカを示しつつも、サガミに対して目を見据えていた。 その心の内は、サガミには分からなかった。
「ゆ、勇者様! そんな奴、何て事の無いただの一般、いや、一般にも及ばない冒険者の片割れですよ!?」
「そっ、そうですよ! 勇者様方々がそいつのためにわざわざ来てくださるなんて、もったいないにも程があります!」
「彼よりも強い人材なら、ここにいくらでもいます。 ぜ、是非ともそちらに目を向けて・・・」
ビン
そんな音がギルドハウス内に響く。 低く、暗く、刺されたかのような感覚は、場の空気を一瞬で冷ますのには十分な一音だった。
「静かにして頂けますか? 私達は今、彼らと話しているのです。」
その低い音に便乗するかのように、ヨコエは目に見えない刃のように鋭い言葉を放つ。
「で、ですが勇者様? 彼に対して時間を費やすのはあまりにももったいない・・・」
「それ以上近付くなよ? この盾で吹き飛ばされたくはないだろ?」
ごまをするかのように近付いてきた女冒険者に対して、ジュンは冷徹な言葉をぶつける。 女冒険者は腰を抜かしてしまった。
「彼をどう評価するかは個人の自由だ。 僕が興味を持ったから話をしようと思った。 その事に一体なんの疑問があるのかな?」
マサトがギルドハウス内にいる全員に見せたのは笑顔。 だがその笑顔は穏やかなものではない。 笑顔だけで人に恐怖を与えられる。 彼が本気で怒ったのなら、なんの動作も見れないまま、ギルドハウス内は血の海と化している事だろう。 それ以上語るものはもはや誰一人としていなくなっていた。
「・・・ふぅ、やっぱり魔物よりも人との対話の方が、よっぽど疲れる。 人間は自然の摂理なんて守らないで生きている様なものだし。 でもこれで、君に興味が湧いてきた理由が分かってもらえたかな? サガミ君。」
そうマサトに投げ掛けられ、サガミは青ざめながらもハッとする。 先程までの冒険者達と自分の違い。 相手を卑下せず、媚びず、相手との間合いを取り、対等に話をしようとした。 そんな自分をマサトは見ていたのだ。
「ここだと色々と厄介になりそうだ。 場所を変えよう。 ついてきてくれるかな?」
「それは勿論構わないです。 が、その前に、彼女達は連れていった方がいいのですか?」
サガミはハヤカ以外の4人をどうするのかを聞いた。 ここで話をするのがサガミとハヤカだけだった場合、彼女達は連れていったところで邪魔になってしまうかもしれない。 ならば連れていかれるのは当人達だけで十分だ。 そう考えていた。
「どうする? 他の奴らは、いてもいなくても変わらないぜ?」
「そうとも限らないわ。 彼らはパーティーなのだから、仲間の身を案じるのは当たり前でしょ?」
ジュンとヨコエは後ろからマサトに意見を出す。 するとマニューとシンファはハヤカの、ネルハとシルクはサガミの腕に絡んでくる。
「私達なら、心配いりません。」
「そうです。 それにこう言った機会は滅多に無いですから。」
「師匠! 今こそ「調成師」の強さを証明する時です!」
「父さんの事は、シンパシーで分かる。 でもいなくなるのは、話は別。」
みんなの思い思いの感想に、マサトはクスリと笑った。
「成る程。 それならそれでも僕達は問題ないよ。 それなら行こうか。」
そうマサトが言うと、何かの呪文を唱える。 そして魔方陣が出た後に、光が放たれて、眩しさのあまり目を瞑る。 そして目を開けたときには、全くと言っていい程違う景色が広がっていた。
「ようこそ、僕達の今の拠点へ。」




