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悪食家からの食材依頼

 屋敷での大型依頼を終わらせてから1週間。 サガミはシルクと共に、久し振りにギルドハウスへとやって来ていた。 相も変わらずの喧騒で、掲示板のところにも人がわんさかいる。 サガミがいなかったことで、ある程度依頼書が潤っているのだ。 完全に枯渇していた時期があったわけでもないのだが、サガミが依頼を受注すると、依頼に行く人間が半数以上減ってしまうのだ。 依頼書受注は早い者勝ちだと分かっている筈なのに、サガミに取られているせいで行きたい依頼が無くなるという理由で。


 そんな掲示板をスルーしサガミは1週間振りのユクシテットの顔を見に行った。


「よう。 帰ってきたか。」

「どうもユクシテットさん。 大分賑わっていますね。」

「まあな。 お前が依頼を受けないもんだから、他の適正依頼を受けなきゃ行けなくなった奴がなんだかんだいてな。 ま、そう言う奴らは大抵受けたくないからサガミに任せてたような奴らだから、今回の事で少し懲りるだろう。 自分達が行かなければいけないってな。」

「そんなに悪いことしてたんですか?」

「悪いことじゃねぇよ。 ただお前という支えの上でふんぞり返っていただけの奴らが、バランス崩れて一気に落ちただけだ。 気にするこったぁねぇ。 それよりも感覚は戻ったか?」


 ユクシテットがそう問い質す。 というのもサガミが1週間も顔を出さなかったのには訳がある。


「・・・屋敷生活の反動が凄まじかったです。」


 そう、サガミ達のクランはみんな揃って1週間過ごした屋敷生活の弊害に苦難していた。 苦難といっても散財したり自堕落になっていたわけでない。 冒険者という自覚を戻すのに時間がかかってしまったのだ。 とはいえ話によれば他のメンバーも昨日治ったばかりで、今は依頼を受けるべく掲示板のところにいるのだそうだ。


「まあ、お前が依頼を受けないお陰か、ああして賑わいを見せているのは、ギルドハウスとしては鼻が高いというものだ。」

「それだと僕が悪者みたいじゃないですか。」


 ユクシテットはそんなことを思っていないのだろうが、サガミは複雑な気分になった。


「ユクシテットさん。 この依頼に・・・あ、先輩。」


 受付でそんな話をしていると、後ろから依頼書を持ったシンファがやってくる。


「やあシンファ。 これから依頼に行くの?」

「ええ。 私もBランカーとして、大きめの依頼書を受注出来るようになりましたので。 ・・・そうだ。 先輩。 この依頼、一緒に受けに行きませんか?」


 そう言ってシンファは自分の手元の依頼書をサガミに見せるのだった。



 そしてサガミ達がやって来たのは大海原。 漁船も借りて3人は穏やかな海の真ん中を走っている。 舵を切っているのはサガミだ


「すみません先輩。 まさか本当についてきてくれるなんて。」

「まあ依頼はどうしようかってもて余していたし、依頼主はこっちも興味あったしね。」


 そう2人は語りあっていた。 今回の依頼内容はこのようなものだ。


『海に生息する「パールオクト」を討伐し、その魔物を持ってきて欲しい。 討伐数は指定しないが、持ってきた個数により追加報酬を出す。』


 パールオクト。 その白い体な巨体とは裏腹に、警戒意識はとても高く、少しでも自分の領域(テリトリー)に入ってくるだけで攻撃を開始するほどの海洋の魔物である。 海上に浮上するのはその場所を船や他の魔物が通る時だとか。


 しかしサガミはそんな依頼内容よりもその依頼主の方が気になっていた。


「魔物を食す偏食家か・・・食材調達依頼の時でもそんな依頼は無かったぁ。」

「しかし食べられる魔物も存在するのは事実です。 先人はなにを思って魔物を食べようと思ったのか、心境が気になります。」

「興味本位、極限の飢餓状態、抗体生成・・・拷問の1つとして食べさせられた・・・どのみちその人の精神状態は少なくともまともな判断が出来ていなかったんじゃないかな。」

「事の始まりを創った人は基本的に異常者とはよく聞きます。」


 そんな事を目的地に着くまで喋っている。 ちなみにシルクは今は出番がないということで後ろで眠っている。


「それでそのパールオクトに対して、どうやって戦う? 海上に引きずり出すのは手間だけど。」

「その辺りはご心配なく。 魔物と言えど海洋生物。 弱点や天敵の1つや2つあります。 とはいっても今回の場合はベクトルの違いを見せつけますが。」

「魔物との対話の方は良いの?」

「パールオクトは警戒心が強すぎて近付いてくるものに対して問答無用で攻撃体勢に入ります。 それはもうこちらの話を聞かないくらいには。 なので討伐依頼を出してもなかなか達成出来ないのが現実のようです。」

「Bランクの魔物になっているのはそう言った理由があるんだね。」


 相手は基本的に海にいるし、海上に上げるにも一苦労、なにより常に警戒状態では正しく手も足も出ないという具合だろう。


「ですが先輩。 それは一般的に見られるパールオクトの話です。 私達が狙うのは「外れ物」になります。」

「外れ物?」

「先輩は遺伝子の法則についてはご存知ですよね。」

「うん。 2つの遺伝子から生まれる個体がそれぞれの遺伝子の1つを受け継ぐって話だよね。」

「そして時に親の遺伝子とは違う個体が生まれるというものでもあります。 外れ物は本来持っている「警戒意識」の遺伝子を持っていない個体なので、倒すのが困難な事以外は通常のパールオクトよりも討伐が容易になります。」


 その説明を終わった後に船は動きを止める。 目的地に到着したようだ。



「・・・ん・・・ふわぁ・・・」

「おはようシルク。 起きたてのところで申し訳ないんだけど、船の事を見張っててくれるかな? 僕達が帰れるように。」

「ん。 分かった。 父さん達も気を付けて。」


 そう言ってサガミとシンファは甲板に出る。 そして2人は上下に防水服を羽織り、水中でも支障がでないようにヘルメットで頭を覆う。 その後にシンファが別空間と繋がる魔方陣を海上に出すと、そこから現れたのは「スピアドルフィン」と呼ばれる魔物。 槍のように鋭利な口と体が細いので、突進速度が異様に速い。


「よろしくね。 スピッツ。」


 シンファが名前を呼んであげると、スピアドルフィンは「カロロロロ」と鳴き声をあげる。 そしてシンファはスピッツの背びれを掴む。


「先輩もどうぞ。」

「良いのかい?」

「スピッツは大丈夫です。 獲物が逃げてしまいますので。」


 そう言ってきたので、サガミも海に入り、スピッツの背びれを掴む。 シンファの言う通り、サガミが掴んでも嫌がる素振りは見せない。


「今日は力を貸してくれてありがとうスピッツ。」


 サガミが喋ることは理解できないだろうと思うが一応語りかけると先程と同じ様に「カロロロロ」と鳴いた。


「ん? 僕の言葉が分かるの?」

「ニュアンスが似ていたのかも知れないですね。 行きましょう先輩。」


 そう言ってシンファはヘルメットのマスクで顔を覆う。 それにならいサガミもマスクを装着する。 


 このマスクは合成ガラス仕様で、かなり強い衝撃が前面から来たとしても割れることはない。 また呼吸は先程羽織った防水服で触れた水分から酸素を取り込める特殊仕様になっているため、呼吸も問題ない。 ちなみにこの防水服もサガミが特許で作った服である。 量産化の目処はまだ発っていない。


 そして水中を物凄い勢いで進んでいく2人と一匹。 普通ならば掴まっているのがやっとの筈だが、2人はしっかりと掴んでいた。

 そして獲物を捉えることが出来る。


『先輩、あれです!』


 シンファの声が聞き取りにくくなっているのはマスク越しだからだろう。 しかしそれよりも先にパールオクトを見つけることが先決だった。 海の中にいるとは思えない程の白色で泳ぐその姿こそが、パールオクトの特徴である。 見つけたと同時にスピッツも動きを遅くする。 狙っているのはパールオクトの中でも外れ物と呼ばれる個体。 しかし警戒心が薄い以外の特徴が無いため、通常のパールオクトとの区別がつかない。 下手に近付けば返り討ちの可能性も容易く考えられる。


『この距離ならまだ見つかってない事になるんだ。』

『我々が見える距離だけがパールオクトの距離ではないので。 ですが気を付けてください。 向こうも近付いてくることもありますので、警戒範囲が変わる可能性があります。』

『なにか警戒範囲が分かるようにはならないかな?』

『物を投げるのは得策ではありませんね。 正確な距離が分からないですし、なにより射出する武器でなければまともに傷がつけれません。 ・・・先輩。 少し近付きましょう。』

『大丈夫かい? 警戒範囲に入ったら攻撃してくるんでしょ?』

『範囲を知るだけですし、攻撃といっても向こうも攻撃手段は墨攻撃になりますから。』


 それならとサガミも意見に乗る。 スピッツは待機させておいて、サガミとシンファは泳いでいく。 サガミが手を翳す。 するとパールオクトはなにか行動を取っていた。 サガミとシンファはすぐに左右に回避する。 すると黒いなにかが飛んできていたのが確認できたが、サガミ達の前で分解されてしまった。 どうやら射程限界だったようだ。


『あいつじゃないみたいだね。』

『あれはあのままにしておきましょう。 別のところに生きましょう。』


 そう言ってサガミ達はスピッツの元に戻るのだった。

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