治療師 マニュー
第一ヒロイン
外は晴天。 絶好の洗濯日和。 いろんな建物からシーツやら服やら下着やら、この太陽の光を逃さないが如く、洗濯物が干されていた。 そんな街道をサガミは歩きながら、今日も今日とてギルドハウスに入っていく。 今日の依頼をどうするかを確認するためだ。
サガミはこれまでパーティーを組んだことはない。 理由としてはサガミの職業である「調成師」をパーティーに入れたがらない冒険者が多いのと、そもそもサガミが大人数でゾロゾロと、と言った集団的な活動が苦手だからだ。
前者はともかく、後者は自分一人でも達成出来る程度の依頼を選んでいるため、特に心配ないのだ。
そんな感じでなにか今日の依頼は無いかと見定めていると
「おーいサガミ。」
受付のユクシテットがサガミを呼んでいた。 それに呼応するようにサガミも受付に向かう。
「どうしたんですユクシテットさん? なにか特別な依頼でもありました?」
「ま、似たようなもんだ。 そこの席で待たせてる。」
そう言って指を指すユクシテット。 その先にいたのは緑のロングストレートヘアの少女。 サガミはその少女に見覚えがあったので、そのまま進み、声をかける。
「君が僕に頼み事をしたのかい? マニュー」
マニューと呼ばれた少女はサガミに声をかけられると少しタレ目ながらも笑いかけてくれた。
「どうもサルガミットくん。 本日は来てくださってありがとうございます。」
「アダ名で呼んでいいんだって、前に言ったじゃないか。 まあいいや。 それで、頼みたいってなにかな?」
「実はこの依頼に一緒に行って欲しいのです。」
そう言ったマニューの手に持っていた依頼書を確認する。 そしてそれを確認した上でサガミは渋い顔をする。
「・・・サンドアルミラージの討伐依頼? マニューの職業でこれは・・・あぁ。 目的はあの薬草か。」
思い当たる節があったようで確認すると、マニューは静かに「コクリ」と頷いた。
「うーん。 でもこれならもっと適任がいるんじゃない? ほら、あそこのパーティーとか強そうだし。」
「お前さんが一番信頼できるんだと。」
少し言い訳じみた事を言っていると後ろからユクシテットが声をかけてきた。
「どう言うことです? 信頼って。」
「お前も知ってるだろ? あの薬草がどれだけの価値があるのかは。」
サガミやユクシテットの言っている「あの薬草」とは、極度の厳しい気候にしか生息しないと言われる「極限薬草」の事で、生息環境が厳しいからこそ、それをバネに育ったと言われ、その治療効果は動物の細胞を限界以上に活性化させ、1ヶ月で切断されていた腕が結合したとも言われる程、稀少で神聖な薬草なのだ。
それを劣化版でもいいのでどうにか栽培できないかと医療機関と農業機関で色々と試行錯誤しているようで、サンプルとして薬草がいくらあっても足りないので、持った来てくれた冒険者には破格の値段で購入してくれるとのこと。 しかし先程も言ったように、生息環境が厳しいので、取りに行くだけでも命懸けというのが現状なのだ。
「分かっていますよ。 でもその為にわざわざ砂漠地帯のサンドアルミラージの討伐と兼ねることは無いでしょ?」
「残念なことに、極限薬草が取れる地域の依頼が今日はそれだけだったんだ。 それに「治療師」としても、極限薬草の効能は知っておきたいんだよ。 マニューは。」
彼女、マニュー・アンバスタの職業は「治療師」。 主に回復魔法や物理的な治療に長けた職業ではあるが、逆を言えばそれ以外はほとんど並以下のステータスなので、単独行動には向いていないのだ。 なので基本はパーティーの回復役として付いていく事が多いのだ。
「だったらなおのことサンドアルミラージを倒せるパーティーにお願いする方がいいですよ。 パーティーの方が成功率は上がりますよ?」
「だからそこが信頼なんだよ。 前に同じ様な依頼をパーティーとして行ったら、「極限薬草」の売値を分け前と依頼料として寄越せと言われたらしくてな。 あんまりパーティーとして組むことをよく思ってないんだと。 あとお前さんの実力ならサンドアルミラージだって勝てるだろ? そう言うことだ。 お前はパーティーで倒すモンスターを1人で倒せる程の実力者なんだからよ。」
サガミとしては、そこが信頼とどう関係しているのかというのを聞きたかったのだが、それはマニューの言葉で遮られた。
「ごめんなさい。 急なお願いでしたし、そう言われるのも仕方ありません。 別のパーティーの人に一緒に行ってくれるか聞いてくるので、この話は・・・」
そうして席を立とうとしたマニューの手を、サガミは机に押さえ付ける。
「僕は行かないなんて一言も言ってないよ。 それにパーティーで行けばいいって言ったけど、ちゃんと分かっているパーティーじゃないと、ユクシテットさんの言ったように、また搾取されるよ。」
「分かってるじゃないか。 じゃ、お前さんの依頼内容は「マニューの護衛」って事でな。 依頼料はどうする?」
「サンドアルミラージ討伐と同じ値段でいいですよ。 というか僕がマニューの依頼を受けるのじゃ駄目なんですか?」
「それだと報酬が半額になるだろ? それだったら別々で取った方がいいだろう。 サンドアルミラージ討伐については俺が説明しておくさ。 ま、上の連中だって、依頼をこなしてくれるなら、文句は言わないだろうよ。」
そうユクシテットは鼻をならす。 と言うのもユクシテットはサガミの評価を高く見ているだけでなく、それを上層部の人間に余すとこ無く評価を与えているのだ。 最初上層部の人間も、サガミに対して「自ら調成師に行くことなど・・・」と憐れみの事を溢していたが、サガミの実績とユクシテットの報告のお陰で、「異端児」とは呼ばれるものの、認めてはくれているのだ。 中にはまだ認めたくない人間もいるようだが。
「それならまあ、いいですけど。」
「行先は砂漠地帯だからな。 お前なら大丈夫だろうが、準備は抜かるなよ。 それよりもだ。」
ユクシテットがサガミに向かってなにかを言いたそうにしている。 サガミは分からず首を傾げるのみだ。
「その置かれた手は何時になったら離すつもりだ?」
そう言われてサガミは自分の手元を見ると、未だにマニューの手を押さえ付けたままだった事を思い出して、すぐさま離した。
「おっと、ごめん。 手を変に痛めたりしてない?」
「た、大丈夫。 ちょっと、びっくりしたけど。」
「はははは。 まあ治療師はそこそこ貴重ではあるしな。 マニューも、色んなパーティーに引っ張りだこなんだがな。 それを今回サガミは独り占め出来るんだ。 良くできる冒険者の特権だぞ。」
「そう言う言い方は良くないですよユクシテットさん。 僕だって節度はあります。」
「ま、そう思うなら行った行った。 視線がこれ以上熱くならん内に準備してこい。」
そう言って厄介払いするようにユクシテットは二人を駆り出したのだった。
「それにしても、サンドアルミラージかぁ。」
依頼場所に行く馬車に揺られながら、サガミは少々ため息をついた。
「なにか問題がありますか?」
「あいつ、土の中に潜るでしょ? それのせいであいつの特徴的な攻撃とかの癖が見抜きにくいんだよ。 あいつの為だけに何度乾燥地帯に行ったことか。」
サガミの「敵観察」は見えるからこそ発揮するもの。 今のサガミならば、モンスターの一部でも出ていれば情報が入ってくるようになったが、それ以前はかなり苦労した。 それに今でも地中や洞窟など、視野に留めれる場所では、発揮しづらいのだ。 最も洞窟などの暗闇なら、最近「暗視ゴーグル」っぽいものを作れるようになってきたので、さらに改良する予定らしい。
「それよりも喉は渇いていない?」
「一応大丈夫ですよ。 それにまだ水筒がありますし。」
「無くなったら僕に言ってね。 水くらいなら創る事は出来るから。」
そう言ったことに対しては微塵も心配していないようで、マニューも安心していた。
そして近くの村に馬車を置いていく。 ここからは歩いて砂漠地帯に行かなければ「極限薬草」は手に入らない。 二人の忍耐力が試される。