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シルクの実力

 シルクを連れての最初の依頼ということで、Cランク最初の登竜門と言われている「マッドラビット」の討伐に向かうことになったサガミ達。


「マッドラビット」は周囲の至るところを(マッド)にしてしまうことからその名前の由来となった。 しかし別段マッドラビット自体が強いわけではない。 マッドラビットの周りには「常に」泥沼が生成されていく。 つまりマッドラビットを捕らえるのが非常に難しいというのがCランク最初の登竜門と言われる由縁だ。 近距離での討伐はもちろん、遠距離武器での討伐も、マッドラビット自体がそれを学んでいるので、一筋縄では行かないのだ。


「うわぁ。 相変わらずの沼地だあ。」

「沼地なら隠れやすい。 足、持っていかれる。」


 そう言うわけでサガミ達がやってきたのはマッドラビットの生息地帯である沼地。 しかもここはただの沼地ではなく、元々は普通の湿地だったらしいのだが、マッドラビットが住み着いた今では、あちらこちらで泥沼がある。 歩くだけでも面倒になっている。


「足元悪い。 探しにくい。」

「マッドラビットは泥沼を棲み家にすることもあるから、泥沼も見ていかないとね。 シルクは竜の姿になって翔ぶことも出来るけど。」

「服を脱ぐから、父さんの荷物、多くなる。 これくらいなら、平気。 普通の泥なら洗える。」


 効率重視な養女(シルク)に苦笑をしながらも、普通に依頼が出来そうだと思いながら沼地を進むことにした。


「さてとシルク。 僕はマッドラビットの見つけ方を知っている。 だけどそれだとシルクの為にならない。 だから」

「父さんは見てるだけ。 ボクになにかあった時だけ手を貸す。 自分で出来なきゃいけない。 大丈夫。」


 サガミの思考を読み取っているのだろう。 淡々とした言葉で話すシルク。 もう少し愛想があれは良かったかなとサガミは思いつつ、泥沼を探っているシルクの後ろを見守っていた。


 シルクはまず湿地帯の中でも沼地が多く生成されている場所で辺りを見回している。 沼地が多く作られているということは、そこにマッドラビットが住み着いているとシルクは思っているからだ。 そしてそれらしき影を見かけないと判断すると、今度は近くの沼地を手で直接触っていく。


「なにをしているんだい?」

「泥の硬度を確認してる。 柔らかければ、遠くには行ってない。」


 その簡潔な言葉にサガミは(五感を頼るタイプかな?)と感じた。


「ん。」


 その時に何かに気が付いたシルクは声をあげる。


「なにか分かったかい?」

「父さん。 この複数の沼地。 1体で作ってる。 しかも下にいない。 多分常に移動してる。」


 そう話すシルク。 しかしサガミもそれにはある程度気が付いていた。 サガミの知識の中に「マッドラビット」は群れを作ることはあるが、長時間同じ場所には留まらないというものがある。 更にマッドラビットの泥はその場を離れると4~5時間程で固まり始める。 しかし同じ場所に留まっていないことが分かっただけでも上出来とも言える。 するとシルクはある方角を見始める。


「あっちの方角。 この沼地を作ったマッドラビットが行った方向。」

「その方にいると?」

「行っただけ。 どこまで行ったのかまでは見えない。 でも手掛かりにはなった。 行こう、父さん。」


 そう言いながら歩いていくシルク。 サガミはどのくらいの足跡かまでは分からないが、それが見えるということは、シルクの目には、サガミには見えないなにかが見えているんだなと感じた。


「あの岩影でご飯を食べてる。」


 そして足跡を辿りながら着いた先に岩が見え、その奥に獲物がいるとシルクは言った。


「父さんみたいに相手を怯ませられない。 倒すのは一撃。 でもボクの吐く炎じゃ、なにも残らない。 証明するなら、形残さないと。」


 シルクは相手の力量に合わせて攻撃を変えないとと思っている。 実際にその通りで、マッドラビットを倒すのは一撃でなければ、身体の傷を治すまで地中から現れない。 それがどのくらいの期間なのか想像は容易くない。

 ただし相手の動きを封じる方法を持った職業柄、もしくはスキルを所持している冒険者ならばマッドラビットを逃がさないようにすればいいだけなので、狩猟成功確率はうんと上がる。 サガミも罠を造れるのでマッドラビットは倒すのに苦労はしない。


 そんなわけで悟られぬように近づいて、一撃で葬る攻撃をしなければ依頼を遂行するのは困難になってしまう。


 サガミはシルクがどう行動を起こすのか見ている。 サガミと同じことが出来ない以上、相応の工夫が必要になってくる。 この1ヶ月見守ってきて、シルクが無茶や考え無しの行動をするようなことをしないことはサガミが間近でみているので知っている。


「沼があるから音でバレる。 だけどそんなとこでもたついていると逃げられる。 食事を終えた瞬間に狩る。」


 作戦を決めたところで、シルクは自分が獲物を狩れる距離まで音を殺して歩く。 サガミはそこから動かない。 これはシルクのためでもあり、サガミが余計な事をしないように自ら動かないようにしているのだ。 そしてサガミは考える。


「シルクもおそらく僕と同じ「眼」に才能があるんだ。 シルクは竜人族だから、僕みたいな人族よりは五感が鋭い。 後は狩りのセンスだけかな。」


 サガミはシルクの戦闘スタイルを見極めて、今後のシルクの武器を考えているようだ。 そしてジリジリと岩によっていったシルクは、そこでマッドラビットが出てくるまで臨戦態勢のまま待機する。 狩るか逃げられるか、一瞬でケリは着く。 そんな状態だ。 そして


「! 動いた! けど潜ってる!」


 察知したのはシルクだったが、マッドラビットは地面に潜り始めてしまったようで慌てて岩影を確認するシルクだったが、なにかを感じとり注意が別の方角に向く。 それはサガミも同じだった。


「・・・今日はこの辺りには現れないって聞いてたけど、ルートを変えたのかな?」


 冷静に判断をしているサガミの眼前にいるのは体長3mは下らない、大きな虎の魔物だった。 獲物がないか辺りを探っているようにも見える。


「シルク! とりあえず戻ってきなさい。 下手に相手すると返り討ちかもしれないから。」

「分かった。 父さん。」


 そう言うとシルクはすぐにサガミの元に戻ってくる。 そしてシルクもサガミに習って岩影に隠れる。


「父さん、あの魔物は?」

「「複眼虎」。 瞳が虫と同じ様に「複眼」の虎だ。 ここにいるってことは、余程腹が減ってると見えるな。 涎がダラダラだ。」

「ルートを変えたって言った。 どういうこと?」

「あの魔物は餌のある場所に定期的に戻ってくる習性があってな。 この沼地のどこかも巣のひとつとして利用しているんだろ。 虎なだけあって肉食だし。」

「マッドラビットが地面に潜った。 危機を感じたため?」

「似たようなものだね。 で、おそらく地面に潜ったということは近からず遠からずのところで地面から出てくるはず・・・」


 サガミが解説していると、サガミ達がしゃがんでいる地面が急に沈んだ。

「・・・父さん。」

「・・・見張っててあげるから、しっかり討伐してきなさい。」

「うん!」


 そして一瞬の静寂の後にサガミ達の後ろから茶色のウサギ、マッドラビットが飛び出し、シルクが振り向き様に手を薙ぎ払う。 そしてそのままマッドラビットは地面に着いた瞬間に息絶えた。


「お見事。 ちゃんと一撃で仕留めたね。 それじゃ、さっさとここを立ち去ろう。 複眼虎に見つかったら厄介だからね。」


 そうしてシルクがマッドラビットを持った後に、2人はそそくさとその場を後にした。



「と、言うわけでマッドラビットの討伐完了しました。 これがその証拠です。」


 そう言ってサガミはシルクの持ったマッドラビットをユクシテットに差し出した。


「ふむ。 確かにマッドラビットだな。 で、この切り口だとやったのはシルクか?」


 そう聞かれるとシルクはコクりと頷いた。


「そうか。 シルクは爪がメイン攻撃になるのか。」

「本当は炎の息吹きで攻撃したかったそうなのですが、威力が強すぎて灰にしてしまうと言って止めたんです。」

「ははは。 それが見極められりゃ十分だろ。」

「ああそれと、今回訪れた沼地で「複眼虎」と遭遇しました。 腹を空かしていたと思うので、あの沼地に向かう依頼者は気を付けてくださいと言っておいて下さい。」

「ふむ。 複眼虎か。 分かった。 注意喚起しておこう。 それでシルクは今後どうするつもりだ?」

「徐々に敵の難易度を上げて、最終的にはBランクの魔物を倒せるようにします。 とはいえBランクは僕も戦うので、マッスルサーペントを倒せたらにしますが。」

「目標があることはいいことだ。 ま、そのうちに正式にシルクの件でどうするか来るだろ。 それまでは2人で狩りを楽しんでこい。」

「楽しむって表現はどうなんですか?」


 肩を竦めながらサガミはユクシテットに言う。 シルクは分かっていないように首を傾げた。 その表情にサガミは頭を撫でるのだった。

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