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若冠剣士 フェルモンド

 とある日の夕方、一仕事を終えたサガミは自分の家に帰る前にとギルドハウスの奥で食事を取ろうとしていた。


 このギルドハウスは食事処やら民宿やら、なんだかんだで冒険者に優しい施設になっている。 サガミも最初こそここで寝泊まりもしていたが、親元を離れ、一人暮らしが出来るくらいの貯金が貯まると、借宿に住むようになった。 家賃なども当然発生はするが、彼の懐事情にはなんの差し支えもない。


 今日の依頼は1人でやれるものの、そこそこ骨のある仕事だったので、家に帰って食事を作る気力にはなれなかった。 なのでこういった時は食事処で食事をするのがサガミの決めていることなのだ。


「はい。 おまちどうさま。 昔は毎日のように来てたのに、今じゃこうして月一で来るか来ないかになっちゃうなんてね。」


 そう言ってくるのは給仕の若女将だ。 若女将と言っても歳としてはサガミとほとんど変わらないくらいだそうで、3代目に期待が高まる所存らしい。


「でもこうしてちゃんと来てるんですから、文句は言わないで下さいよ。」

「折角なんだから、もう少し高い料理を頼んで欲しいって、お母さんは言ってるのよ?」

「僕が守銭奴なのは今に始まった事ではありません。」

「冗談よ。 ちゃんと顔を見せてくれるだけで、お母さんは安心してるんだから。 それじゃ、ごゆっくり。」


 そう言いながら若女将は持ち場に帰っていく。 その様子を見ながらサガミは自分の手元に来た料理を口に運ぶ。 このギルドハウスの食事処の味は昔から食べていても飽きが来ないし、家では絶対に再現できないと思いながら、サガミは黙々と食べていた。


「今日はいたみたいだね。 「調成師」サルガミット・コーナン君。」


 名前を呼ばれたサガミが振り返ると、そこに立っていたのは金髪の飄々とした青年だった。 サガミはその顔を見て、溜め息をついた。


「今日は偶々ですよ。 依頼完了して疲れたので、ここで食事をしていただけです。 それでも声をかける理由は大体検討がつきますがね。 フェルモンド先輩。」


 フェルモンド・カリストス。 彼はこのギルドハウス近辺において、若くしてAランカーになった「若冠剣士」と呼ばれている。


 ランクとはその人物の基礎的な強さを示している。 訓練生はEランク、訓練終了後はDランク、半年真面目に依頼をこなしていればCランクには必然的になる。 CランクとBランクの間には大きな差があり、条件を満たしていなければBへの昇格は出来ない。 またそれの更に上がAランクとなる。 しかしこれも一筋縄ではいかないくらいの昇格条件が存在する。


 フェルモンド・カリストスはそれをものの2年でこなしたことから、今までの若冠の記録を越えたとして、新たな若冠を手にしたのだ。 その更に上のSランクというのも存在するらしいが、そこに辿り着いたのはこの世界における「勇者一行」くらいだとか。


 当然ランクによって報酬も依頼内容も、敵の強さも桁違いになるので、生半可な気持ちではBには辿り着けない。 昇格条件はそこそこ甘いためか、数多くの冒険者が挑戦しているが、昇格するのは生半可な事ではない。 入り口は広いが、出口は狭いと言うわけだ。


 ちなみにそのランクの話をするならばサガミはCランクだ。 ランクの上がり方には個人差があるが、彼はソロでここまで上り詰めていた。

 そんな彼にAランカーであるフェルモンドが声をかける理由、それは


「何度も来ればさすがに分かるよね。 明日の試合の申請を申し込む。」


 その言葉に再度溜め息をつくサガミ。 サガミに取ってはこの申し出は初めてではないのだ。


「なんというか、先輩も飽きませんよね。 なんで僕に戦いを挑んで来るんですか?」

「君の調成師としての力を見てみたい、という理由ではもう駄目かね?」

「・・・はぁ。 それで、今回はどこですか?」


 サガミ自身ももうこれ以上何を言っても意味はないと感じて、話を進めるのだった。


「今回は第三訓練所にしてある。 いつも通り自分の所持武器以外の持ち込みは禁止だ。 いいよね?」

「何を言ってもしょうがないので、別にルールはいいですよ。 それよりもパーティーの皆さんには説明したんですか?」

「それは愚問だよサルガミット君。 では明日の午前10時に。」


 そう言って去っていくフェルモンド。 場所が場所なだけに注目は浴びてしまうだろう。 その光景にも慣れているので、サガミは何度目かの溜め息をついた。 つくしかなかった。



「やぁ。 ちゃんと来てくれて嬉しい限りだよ。」

「逃げても意味がないと思っただけです。」


 互いに武器を拵えて対面をする。 その回りにはギャラリーがズラリと集まっていた。


「ほら、我々の戦いを今か今かと待ちわびているようだよ。」

「そう思うなら早く始めましょう。 ここで話している時間が惜しいですので。」

「君のその物事に対する姿勢はいいけれど、あまり急いても良いことはないよ?」


 そう優しく声をかけるフェルモンド。 しかしサガミはそんな言葉を半分も聞いていなかった。


(そう言うことを言ってるんじゃないんだけどなぁ・・・ どうせ適当には終わらせてくれないから、とりあえず出来るだけの事はするかな。)


 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。 最初に仕掛けたのはサガミサガミは自分の左手に持っている短剣を突き刺すように前に出す。 するとその時、その剣身が一気に伸びて、フェルモンドまで近づいていく。


「相も変わらず不思議な攻撃方法だ。 その場で留まりながら短剣をまるで針のように届かせるんだから。 でも」


 そう言ってフェルモンドは半身横に動かしてこの攻撃を躱した後に、その検針を自分の剣で叩ききった後に、粉々に切り刻んだ。


「僕も物好きじゃないから、このままでは終わらせないよ。」


 フェルモンドはサガミに向かってそう言い放つが、剣の刃を切り刻まれた位ではサガミは決して驚かない。 むしろ次をどうするかをフェルモンドの剣を避けながら考えている程だ。


(刃を残さないやり方で僕の「超能作成」を潰してきた。 こういう相手の事を常に考える先輩だからAランカーに辿り着けたんだろうなぁ。)


 そんなことを考えていたら、サガミの背中に衝撃が走った。 振り返るとそこは訓練所のレンガで積み立てられた壁があった。 どうやら剣を避けるのに夢中で背後の事を疎かにしていたようだ。


「そう追い込んでしまったのは自分だよ? さあ、ここからどうする?」


 フェルモンドは剣を「斬る」攻撃から「突く」攻撃へと変える。


(ただ避けるだけじゃすぐに反撃が来ちゃう。 さて、どうしよう・・・うん?)


 そして剣先がサガミの首を捉えたと誰もが確信を持ったその時、サガミは首を横に動かして、その剣先を避けていた。


「フフッ。 やっぱり避けていたね。 でも・・・」


 とフェルモンドは攻撃をしようとした瞬間に、剣先が「ガチン」という鈍い音がした。 良く見れば剣先はレンガとレンガの間に入り込んでいた。


「ここに使われている接着剤の性質はゴムのりなので、「超能作成」を使って糊として()()()()()()、それを一部取り出しました。」


 サガミの手元を良く見れば、白い粘着性のあるものが手についていた。 カラクリとしてはレンガが崩れない程度の接着剤をゴムのりに作成し直し、フェルモンドの剣先が入る程度に穴を開けたのだ。 そんなに深くは刺さっていないので引けば抜けるが、左右に移動させることは今の状態では不可能になっている。


 そして種明かしをした後でサガミは、同じ要領で接着剤を分解、今度は超小型のタイヤを作り、手に持っているゴムのりの一部をそのタイヤとタイヤの間に付けて取っ手を作り、分解と作成を繰り返しながら少しだけレンガの素材も使って滑車を作り、レンガの溝を壁伝いに滑っていく。 そして距離を取ったところでフェルモンドの剣が抜けて、再度構え直した。


「本当に君は面白い攻撃方法を行うよね。 普通の職業じゃ絶対に出来ないよ。」

「あの、あんまり長引かせるのもなんなので、そろそろどっちか決着着けた方が良くないですか?」

「それもそうだね。 でも、今の君に、僕の斬擊を避けることは出来るかな?」


 そう言いながらフェルモンドはサガミに斬ってかかる。 一撃が重たく感じるのはサガミにも分かっていること。 避ける方向さえ見誤れない。 そしてそれを短剣で流し続ける事も限界に近い。


(片方の剣は粉砕されちゃったから柄の部分しか残っていない。 かといって砂鉄だと剣先を作るだけでも相応の量と時間がかかる。 でも砂鉄以外で鉄なんて・・・)


 そう思いながらサガミが体を仰け反らせた時に、あるものを見て閃いた。 そしてそのままバク転をする。


「そろそろ万策尽きたかな?」

「そうでもないです・・・よ!」


 サガミは短剣を投げた。 突然の事でフェルモンドは驚いたがすぐにその剣を自分の剣で弾く。


「悪あがきにしてはちょっと品がないんじゃないか・・・」


 最後まで言えずにフェルモンドは止める。 何故ならそこには既に懐に潜り込んでフェルモンドの首元に剣先を当てているサガミの姿が存在していたからである。


「この状態からの返しは思い当たりますか? 先輩?」

「・・・どうやら今回も負けたようだね。」


 そう言って両手をあげて降参を示した。 そしてギャラリーが声をあげた。


「先輩。 そろそろこんなこと止めません? 別に全員に認めて貰おうなんて思ってないんですから。」

「君はそう思っていても、これから「調成師」になる子達に対して侮辱の念は入れられたくないだろう? 僕はその片棒を担いでいるんだ。」


 実はこの戦いには裏がある。 フェルモンドもサガミが自ら「調成師」に志願したという噂を聞きつけ、どんな職業なのかを調べるべく決闘を申し込んだ。 当時はフェルモンドもCランク。 先輩としての心得のようなものを教えることに疑問はされていなかった。


 だがその時にサガミはフェルモンドに対してそこにあった適当な武器をトラバサミに作り替えて足を奪って勝利したという事もあり、フェルモンドも最初こそ敗北を認めてはいなかったが、サガミが成長していく姿を見て、他人の力を図り知れていなかったと悟り、以後「調成師」に対する考えを皆に改めさせるため、こうして定期的にサガミとの決闘をしているのだ。 ちなみにこの決闘においてのフェルモンドの勝率は2割もない。


「ところで短剣の刃部分はどうやって作ったんだい? 砂鉄からの生成時間はなかった筈だけど。」

「それはこれですよ。」


 そう言ってサガミはベルトを見せる。


「ベルト?」

「正確にはここに使用されていたバックルです。 バックルのインゴットで刃を作成しました。僕の「超能作成」なら作るのは訳ないので。」

「なるほど。 「調成師」らしいやり方だ。 ならすぐにでも作り直しなさい。 大衆の前で恥は掻きたくないだろ?」


 そう言われてサガミは「ハッ」と気付き、慌てて手に持っている短剣の刃でバックルを作り直し、ベルトを装着する。 あのままではズボンが落ちてしまうからだ。


「まあまだまだ「調成師」の認知は低い。 今度共決闘は申し込むよ。」

「その度に付き合わされる僕の身にもなってください。」

「そういうこと無いじゃないか。 少なくともファンはいるみたいだしね。」


 そう言いながらフェルモンドは訓練所の入り口を指す。 そこには人がいたようだが、すぐに去っていってしまったため確認が取れなかった。 しかしサガミはそんな少しの情報でも、分かることがあった。


「彼女はよく君の試合を観ているからね。 何かあった時は声をかけてあげるのもいいんじゃない?」


 そう言い残してフェルモンドは去っていき、訓練所にはサガミが残されるのみとなった。

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