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1人で戦わせて

「はっ!」


 サガミは目の前の敵、口からはみ出る程の牙を持ち、その見た目からは想像できないような小回りを行うセイウチのような魔物「キバロルカ」の硬い牙に対して、アスファルティーの素材で作られた剣で打ち付ける。 「ガチン」という音が周りに響くが、どちらも折れた様子はない。 そして弾かれる反動で互いに距離を取る。


「ふぅ。 なかなか身体部分に切れ目を入れさせれてくれないな。 それにあの牙も想像していた以上の硬さだし。 これがBランク登録の魔物か。」


 自分で感心しつつ、どうしたものかと考えるサガミ。 サガミの見立てではキバロルカは牙や口はかなり硬いが、その分身体は柔らかいと読んでいる。 しかしこれは身の話であって、毛や皮は硬い事もサガミは頭に入れている。 しかしこのままでは消耗するのはサガミの方だ。 そんな時にサガミから疲労が取れる感覚がある。


「サルガミット君。 こちらをどうぞ。」


 そう言って頑張っているのは治療師であるマニューだ。 マニューは疲労回復の魔法をサガミにかけることで、サガミのパワー負けの部分を補っている。 なのでまだサガミは力が衰えてはいない。


 だが相手はBランクの魔物。 ソロでの戦いはほとんど無謀とも取れる諸行をサガミは行っている。 決して相手を舐めていたわけではない。 だが今回ばかりは無謀なのかともサガミは、既に頭の中がオーバーヒートを起こしているなかで考えていた。


 その油断が自然界では命取りなのを、サガミは瞬間切り替えられなかった。 なのでその油断を狙ったキバロルカの床を割った氷弾の攻撃をすぐに判断できなかった。


「しまっ・・・」


 それでもなんとか避けようと出来る最大限の事は行ったものの、確実性が足りずに、氷弾の半分程を食らってしまう。


「ぐっ・・・ぐはっ!」

「サルガミット君!」


 氷弾と共に弾き飛ばされ、床に何度も身体を打ち付ける。 何度か転がり続けて、ようやく止まった頃には、サガミの右半身は血塗れになっていた。 そんな姿を見て、興味を無くしたのか、キバロルカはマニューには目も暮れず去っていった。


「サルガミット君! サルガミット君!」


 マニューの問い掛けに返事が無い。 だがマニューはサガミはまだ生きていると確信していた。 その証拠に息は荒いが動いていたからだ。 とにかく目標がいなくなった今、必要なのは手当てだと感じたマニューは、サルガミットの大きくも軽くなった身体を引きずりながら、設営拠点へと運ぶのだった。



「うっ・・・うう・・・。」


 痛みがまだ残る身体を起こさないように目を覚ましたサガミは、テントの天井を見ることとなった。 自分は設営拠点のテントで寝かされているんだと気が付き、そして今までの事を思い返す。


「・・・そうだ・・・僕はあの時キバロルカの攻撃を・・・」


 そう口にしながらダメージを受けた右半身を触る。


「・・・っ!」


 包帯などで止血はされているものの、痛みはまだ消えている訳ではない。 触った後にすぐに脱力してしまった。


「・・・あ、サルガミット君。 まだ起きてはいけないです。」


 外から戻ってきたマニューが、いくつもの薬草を手にとって、机にあるすり鉢にその薬草を入れて、砕いていく。


「マニューを襲わなかったって事は、マニューが戦えない人物だと向こうが思ったから・・・かな? でもマニューになにもなくて良かった。」


 サガミはその事実に安堵するかのようにベッドに横になる。 しかしマニューはそんな言葉を受け、いてもたってもいられなくなった。


「サルガミット君が倒れてしまったら、私ではどうにもならなかったんですよ?」


 マニューは付いてきたとは言え、その職業柄のせいで、そもそも戦闘能力ががほとんど無いに等しい。 しかしそれを補う程の治癒能力が彼女にはある。 が、そんな彼女もあくまでも「治癒」をするのみ。 死人を生き返らせることは不可能だ。


「だから僕が君に被害が及ばないようにあいつの攻撃を・・・」

「そう言うことを言っているのではないです。」


 サガミの見当違いな返答に対してマニューはサガミに怒った。 そんな彼女にサガミは身体を起こせないながらも身を縮ませた。


「どうして1人で背負い込もうとするのですか。 これまでだってそうです。 他の二人も呼べば良かったのに、わざわざ私だけを呼んだそうではありませんか。 それまでは1人で依頼を受けていたと聞いています。 何故私達という存在がありながら無茶をしてしまうのですか。」


 そう言いながら振り返るマニューの瞳は、明らかに潤んでいた。 それだけの事をしていたのだと、サガミは改めて知ったのだった。


「・・・それは、ごめん。」


 サガミは身体が動かないながらも謝った。 それが彼にとっての最大の謝罪だったからである。


「それでもマニューを戦いに巻き込まないように頑張って立ち回っていたつもりだったんだけど、とてもじゃないけど奴の牙はアスファルティーの剣じゃどうしようもないよ。」

「槌のような、ものでは、どうですか?」

「ハンマーとかは縦振りが基本だし、アスファルティーのハンマーにしたって、多分同じことのような気がする。 それよりもあいつの動きを止めたいな。 じゃなかったらあんな素早い動きをする相手に太刀打ちが出来ない。」


 サガミがキバロルカと対峙して、ハッキリと分かったことは、奴は牙があるから自分の身は安全だという、安心感を持っていないのだ。 絶対的に自信が無いというのは、すなわち決して自分を傲っていない証拠。 隙が全く無いのだ。


「あの邪魔な牙さえどうにかなれば、多分勝てるんじゃないかなって思って入るんだけど・・・」

「その事を考えるよりも、まずは治療が先決です。」


 そう言って乳鉢を持ったマニューが寝ているサガミの前に立つ。 そして乳鉢に入っている砕いてペースト状になった薬草を指に塗り、サガミの身体に塗っていく。


「・・・いっ・・・っ。」

「この地帯に生えている薬草は、傷口に塗ると浸透するように傷を治していきます。 こういった肉体的治癒の場合、変に魔法をかけるより、薬草などの媒体の方が良く効くのです。 これで1日休めば万事大丈夫です。」

「・・・そっか・・・」


 それに呼応するかのように、サガミは底知れぬ暖かさと共に、眠りについたのだった。



 傷の手当てをされた翌日、再びキバロルカと合間見えた2人は、キバロルカに対して、昨日とは変わった戦い方をしていた。


「ゴアッ!」


 キバロルカの強力な牙を利用した振り下ろしがお見舞いされる。 巨体とも相まって下の氷をも砕くその一撃。 キバロルカもこの攻撃は避けられないだろうと思っていたが、サガミはその攻撃を見事に躱した。 正確には躱したのではなく、サガミの表層に纏っている、ボンヤリとした膜がキバロルカの攻撃を滑らせたのだ。 この膜はマニューが、サガミに対して魔法で纏わせたものだ。


 近距離での戦闘がほとんど無意味だと判断したキバロルカは、自慢の牙と、氷をも噛み砕く口を使っての氷弾攻撃の体勢に入る。


「そう、その口の中に氷を入れている時が、君の一番の隙なんだ。」


 キバロルカとの戦闘を「敵観察」で見ているうちに、ある程度の癖を見つけたサガミ。 敵対はほとんどしていないものの、長い戦いをしてきたサガミにとって、これだけの大型魔物を見逃す訳もない。 なのでしっかりと「敵観察」の間合いは十分だった。


 そしてそんな隙をついて、本来ならば距離を取るであろう場面で、サガミはキバロルカに近付き、懐に潜り込んだ。 さすがにキバロルカも真横に氷弾を撃てるほど器用ではなかった。 そして皮の部分を斬ってみる。 が、皮には斬れたものの、その先の肉にまでは剣の刃は届かない。

「なるほど。 外側が頑丈なのは牙だけなんだ。 なら・・・!」


 そこからサガミは目一杯力を踏み込み、皮をなぞるように剣を滑らせる。 するとアスファルティーで出来た剣はなぞった先から皮を剥いでいった。 その痛みにキバロルカは咆哮をあげる。 サガミはすぐに踵を反し、今度はその剥き出しになった肉部分に剣から、矛先を極限まで細めた槍へとかえた。 そしてその肉部分に一突きを食らわせて、そしてその肉の奥に入った槍先を中で伸ばして、身体を貫通させた。


 そしてキバロルカは痛みで痙攣したのち、倒れた。 サガミの作戦勝ちである。 そしてサガミは信号弾を空に打ち上げた。 キバロルカは気絶しただけに見えるので死んではないだろう。 だがすぐに目覚めることもない。 とりあえずは「ギルドウーバー」に来てもらうことが先決だった。


「大丈夫だった? マニュー。」


 そして後方でサガミに常に補助魔法をかけていたマニューに声をかける。


「ええ・・・ちょっと魔力が足りなくなりそうですが、大丈夫です。」


 マニューを見れば、息が少し途絶え途絶えになっているのがサガミには分かった。 なのでサガミはマニューの持っていた鞄の中を探る。 そして1つの小瓶を出す。


「これだっけ? 「魔力持続回復薬」。」

「はい。 それで合っています。」


 そう言って渡したと同時に「ギルドウーバー」のメンバーが到着した。 そして気絶のみをしていると判断したメンバーは、数名てま陣形を囲った後、なにかしらの呪文を唱えると、そこからキバロルカが中に落ちていった。 どう言うことだろうかと疑問に思っているサガミに、リリストアが説明に入る。


「ご安心ください。 我々のメンバーの一部が保有する転送魔法でございます。」

「あ、やっぱりそうなんですね。 討伐したのを解体するのはともかく、麻酔で眠らせたのはどうするのかなって考えていたんですよ。」

「冒険者であるあなたが考えることではありませんよ・・・?」


 サガミの疑問に、逆にリリストアが戸惑っていた。 そんな時ふとリリストアがサガミの右肩甲骨の部分を指差した。


「そこになにか吸われたような跡がありますが、身に覚えは?」


 サガミの丁度見えない位置についていたので、手鏡で見せる。 すると確かに、なにかに吸われたような跡が確かについていた。


「本当だ。 何時ついたんだろ?」

「この辺りはヒルのような動物や魔物はいないはずですが。」

「うーん、僕マニューに手当てしてもらってたから夜は動いてないし・・・マニュー、なにか知らない?」


 そう聞くとマニューは首を横に振った。 「知らないかぁ」と呟くサガミには見えていなかったが、リリストアは気が付いた。 彼女の耳が、霜焼けでもないのに赤いことに。 そして状況に察しがつき、リリストアもまた、彼の鈍さに首を振るのだった。

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