希少職業と忌避職業
Bランクになってから今日、サガミは相も変わらずに依頼をこなす毎日である。 時に魔物を討伐しに行き、時に依頼主では行くことの出来ない環境にある素材を採取しに行ったりと、まるで止まっていると死んでしまうマグロのように右往左往、東奔西走、そんな言葉が似合う日々を暮らしていた。
「サガミは他のBランクの奴とは違うね。 ランクが上がった奴は、最初の1ヶ月ぐらいは自分の立場の優越感に浸るんだが、あいつにはそんな感情というか、とにかく自分の立場の優位さに全くといっていいほど欲がない。 ワーカホリックなんてレベルを越えているよ。」とはユクシテットの言葉だ。
しかしサガミ自身、そんなにも依頼をこなす必要など無い。 というのもサガミは色々と提供料やらアイデア料やらを貰っているからである。 料金は微々たるものでも、ちりも積もれば山となるというように、提供先は数多くある。 具体的に言えば、3ヶ月は働かなくても生活できるレベルだ。
それでもサガミが依頼をこなす理由は、彼の職業「調成師」の存在意義を示すためである。 調成師は忌避されることが多いのと、職業としても謎が多いので、選ぶ人はよっぽどの適性でなければ選ばないとまで言われている。 そんなことが重なり、いつしか調成師は蔑みの対象となっていた。 今日もそんな1日の始まりだった。
サガミはアスファルティーを譲り受けてからというもの、討伐依頼を多く受注していた。 サガミの場合は討伐依頼「も」多いだけで、採取や手伝いの依頼だってしっかりとこなしている。 全部が全部Bランクの依頼ではないにしても、その数はかなりのものだ。 今日も自分の技量にあった依頼書を手に、ユクシテットの所に向かうサガミの姿が、ギルドハウスで見られる。
「ほぉ、今日はこいつを行くのか。」
「資料によれば、こいつの牙はなかなかに強い加工が出来ると書いてありました。 アスファルティーも悪くはないですが、どうも剣というよりは槌の方が主になってしまいますね。 それじゃあ僕の戦いかたじゃない。」
「ふっ。 お前は確かに一撃必殺なんてタマじゃないしな。 だが気を付けろ? 牙が武器になると言うことは、それは逆にそいつにとっても最大の武器だ。 無理に狙いに行けば命はないぞ。」
「わかっています。 だから今回はマニューを連れていきます。」
その言葉にユクシテットは大層驚いた表情を見せた。
「・・・なんですか、その反応は?」
「いやぁすまんすまん。 今の今までずっとソロでやってきたお前が、パーティーメンバーを誘うとはって思ってな。」
「感慨深いって言いたいんですか?」
「それもあるが、Bランカーになって、ソロでは厳しい部分が出てきたと考えると、人を頼るようになったんだなって思ってな。」
「人を頑固親父みたいに見ないで下さいよ。」
「似たようなもんだ。 他人に頼るよりも自分でやった方が断然早い。 そんな感じだな。 とりあえずマニューだな。 今日は・・・まだ来てないみたいだな。 というかお前がいつも早すぎるんだよ。 この時間じゃ、冒険者はまばらだぞ?」
ユクシテットが言う「この時間」というのも、午前の8時頃を指しているので、普通の仕事をする人と対して変わらない。 だが冒険者というのは、依頼を受けるタイミングは基本的に決まっていない。 昼から来る冒険者もいれば、そもそもギルドハウスに依頼を取りに来ない冒険者もいる。 ペースは基本まちまちなのだ。 別にサガミが異質というわけでも無いのだが。
「マニューも毎日来る訳じゃないって言ってたし、別の日に改めようかな?」
「そんなことを言ってると、すぐに依頼なんか取られるぞ? ま、今のところ他のBランクの奴は依頼に行ってるから、そうそう大丈夫だがな。」
そう、なにもBランクはサガミ達だけではない。 ギルドハウスには色んな冒険者が集う場所。 これも1つのあり方でもあった。
「お、噂をすれば来たんじゃないか? ほら、あの集団がそうだろ?」
ユクシテットがギルドハウスの入り口を指差すとそこには確かに男性冒険者達がうじゃうじゃと集まっていた。 そしてそのさきにいたのは、誰を隠そうマニュー・アンバサダであった。
「おーおー、何時にも増して人気なこって。 いくら希少な職業だからってよって集りやがる。」
「Bランクになってからこっち、本当に人気ですよねマニュー。」
「お前はそれでいいのか?」
「クランメンバーではありますが、僕個人のものではありませんので。 ですが、今回ばかりは、彼女の力が必要ですので、僕もあの輪の中に入らないといけなくなりました。」
そう言ってサガミもその集団の中に入っていこうとするのだが、明らかにこちらに身体を向けている3人が、サガミを通せんぼしていた。
「なんの用でしょうか? 僕もそっちに用事があるのですが?」
「ふん。 嫌われ職業の癖にBランクだと? ユクシテットも考えが甘いんじゃないのか?」
矛先がいきなりユクシテットに向けられて、本当に意味が分からなくなったサガミは、すり抜けようとしてその一人に押し戻された。
「そもそも「調成師」のお前が作ったクランに、このギルドハウスの貴重な職業である「治療師」のマニューちゃんがいるって言うのが、そもそもおかしな話なんだよ。 お前、あの娘になにを吹き込んだ? それとも彼女しか知らない弱みでも握ってんのか?」
冤罪や言いがかりにも程があるが、サガミは特に言っている意味が分かっていない。 というよりもそんなことで入り口を塞いでいるのはどうなんだろうと思ったりもした。
「とにかくお前をマニューちゃんに近付かせるわけにはいかない。 お前は大人しくいつもの暗い席でひっそりと・・・」
「あ、サルガミット君。」
そんな男達の隙間からサガミの姿が見えたのか、マニューはサガミに声をかけた。
「やあマニュー。 「治療師」は人気があって本当に羨ましいよ。」
「サルガミット君だって、頑張っている、ではないですか。」
「調成師じゃどうしようもないけどね。 僕これからBランクの依頼に行くんだけど、僕一人じゃ倒せない魔物かもしれないんだ。 ユクシテットさんにも依頼内容を見て貰ったけど、一人はオススメしないって。 だから回復役として付いてきて欲しいんだけど、これから予定ってあったりする?」
「いえ、私もこれから依頼を受けに行こうかと、思っていたので。 私でよければ、付いていきます。」
そのマニューの一言は、マニューに群がっていた男冒険者達にとって、ショックを受けざるを得ない事態だった。
「な、なんでさマニューちゃん! この野郎はあの「調成師」なんだぜ!? 「治療師」である君がそんな奴と一緒に依頼を受けるなんて・・・」
「あなた達にサルガミット君の、なにを知っているのですか? 人を職業だけで見ている人達とは、私パーティーを組みたくありません。」
「で、でも君はBランクだし、そいつと一緒じゃなくても・・・」
「サルガミット君だってBランクです。 それに私は彼のおこぼれでBランクになれたようなものですから、実力は関係ありません。」
「で、でもよぉ、マニューちゃん・・・」
「しつこいです。 それにあなた達のような方々に、馴れ馴れしくされたくないのです。」
その言葉が一番効いたのだろう。 確実なる拒絶に、冒険者達もすぐには立ち直れそうにない。 ただ一部の例外を除いては。
「てめえが・・・てめえがいるからこんなことになるんだ! 表に出ろサガミ! 引導を渡してやる!」
そういって手を伸ばした男はサガミに突っかかろうとしたところで止められる。
「が・・・なんだ!?」
「ギルドハウス内での暴力行為は禁止だと分かっての行動ならば、それ相応の対応をさせてもらいます。」
現れたのは「ギルドウーバー」のリリストアであった。 彼女の手の何倍ものあろう腕を、彼女は片手で受け止めている。
「リリストアさん。 どうしてここに?」
「私達は運び屋ではありますが、それが適応されるのはBランク以上の冒険者が対象になります。 故に呼ばれなければ、こうして街の問題解決に勤しんでいるわけです。」
「な、なんで運び屋がそいつを庇うんだよ・・・! そいつは「調成師」なんだぞ!?」
「仰っている事の意味が分かりませんね。 彼が調成師だからといって、なにかあなたに不都合なことがございますでしょうか?」
リリストアは握っている自分の手の圧力を更に強めた。
「うぐっ!? け、拳闘家である俺の腕が、びくともしないどころか・・・負けている!?」
「拳を振ることだけに特化したトレーニングのやり方なら見直した方がよろしいでしょう。 それでもこれ以上続けるのならば、腕がしばらくは使用不能になりますが、いかがなされますか?」
その冷徹な声色と言葉遣いに、男は得も知れぬ殺気を感じ取った。 不意打ちですら勝てないだろうと本能で察した。
「わ、分かった・・・止めるから離してくれ・・・」
「他の方々も、入り口におられますと、入る人の迷惑になられますので、どうぞ、ご退場願います。」
リリストアの言葉と先程の行為で、萎縮した冒険者達はそそくさと散らばっていった。
「す、凄い・・・! 格好いい・・・!」
そのやり取りを見ていたマニューはそんな感想を述べる。
「女性に格好いいと思われるのは少々複雑ですが・・・悪くはないですね。」
「それにしてもありがとうございました。 さすがにあの数と場所はちょっと厳しかったので。」
「私としてもあなたがあのようなならず者冒険者に負けるとは思ってはいませんが、今回は助け船を出させていただきました。 依頼の方に出発されますなら、どうぞお進みください。 「ギルドウーバー」はいつでもお待ちしておりますので。」
そうしてトラブルはあったものの、サガミ達は依頼場所へと向かうため、ギルドハウスのドアを開けたのだった。




