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Bランク昇格試験(対峙)

 それからサガミ達は4日という時間をかけて、ようやく採取の目処をたたせた。


「それにしても、随分と時間が掛かってしまいましたね。」


 山を登りながらマニューがそう言う。 とはいえこればかりは無理もないと言えよう。 何故ならそれだけオオハネードの行動が一定では無かったからだ。 やはりそこは普通の魔物とは違う部分なのだろうかと、サガミ達は考えていた。


「このチャンスが、最初で最後のアタック・・・ 魔物を出すのは、対峙した直前でいいんですよね。 先輩。」


 シンファの問いに「コクン」とだけ頷くサガミ。 ここまで来てからほとんど言葉を発していないサガミにとっても、緊張の一幕だったからだ。


「泣いても笑っても、これが最後・・・師匠に、自分は付いていきます。」


 ネルハの強い熱意にも、サガミは答える。 サガミ達の周りには、諦めていないのか、パーティーが他にもいた。 だがサガミ自身そんなことはもう微塵も気にしていない。 今までの観測を無駄にしないため、サガミは集中力を切らさずにここまできたのだ。


「ネルハ、時間は?」

「午前11時を回りました。」

「・・・準備はいいね? みんな。」


 サガミの言葉に3人は首を縦に振った。


 今までと同じ様に風が吹いている。 しかしそれもピタリと止んだ。 そしてその瞬間に、オオハネードは卵を守るために巣に降りた。


「よし、行こう!」


 そうして他のパーティーも含めて、サガミ達はオオハネードに向かっていく。 オオハネードはその集団に、一気に風を送った。 大半のパーティーはなす統べなく吹き飛ばされていったが、サガミ達はその場に留まっていた。 というのもサガミ達には飛ばされないよう、服の重量を重くしてある。 もちろんそれだけでは動けなくなるので、サガミとネルハの共同作業により、加工済みだ。


 さらに今回は風避けの魔法もかけてある。 これはマニューによるもので、マニューは回復魔法だけでなく、支援魔法もある程度は精通しているのだ。 それのお陰でサガミ一行のみ、オオハネードの近くまで来ることが出来たのだった。


「・・・凄い迫力ですね。 近くで見ると。」


 シンファがそう言うのも無理もなかった。 真下から見上げてもオオハネードの顔すら拝めない程に、羽が大きいのだから。


「師匠、ここまで来たのはいいのですが、ここから先は・・・?」

「採るか守るかの勝負だよ。 マニュー。 君は下がっているんだ。 最悪君だけでも逃げれられるように。」

「いえ、これはサルガミット君の試験であると同時に、私の試験でもあります。 ここで引いてしまったら、昇格なんて出来ませんよ。」


 マニューもただで終わるわけではないようだ。 そんな時だった。 オオハネードが鳴き声をあげた。 こちらに対する臨戦態勢かとサガミ達は身構えたが、そうではないと悟ったのはシンファだった。


「待ってください先輩。 オオハネードはなにかを言いたいようです。」


 鳴き声にしか聞こえないものも、シンファには別のものに聞こえたらしい。 そしておそらくその声はシンファはなにか分かっている様子だった。


「シンファ。 僕らにはオオハネードの言葉は分からないから、君が通訳をしてくれると嬉しいんだけど。」

「はい。 やってみます。」


 シンファがそう了承すると、シンファはなにかの声を発していた。 魔物にしか分からない周波数の暗号のようなものだろうかと、サガミは勝手ながら思っていた。 そして一度会話が途切れる。


「先輩。 やっぱりこのオオハネードはここで卵が孵るのを待っているのだそうです。」

「それはみんな分かっている事だから大丈夫。 やっぱり攻撃を仕掛けてくるのは、卵を守るため?」


 サガミはシンファに伝えると、同じ言葉をオオハネードに向かって話すシンファ。 そしてオオハネードもそれに返した。


「そうだと言っているのですが、あなたは他の冒険者とは違うとも言っています。」

「・・・どういう意味だい? 僕たちだって君の卵を狙う一介の冒険者集団だよ? 他と違うと言われても、具体性が見えないよ。」


 そう説明をしたのち、またも声を返すオオハネード。


「私達に金銭的欲が見えないと言っています。 そして先輩の場合は無理な戦いを避けようともしている、と。」

「君が卵を守るというのなら、僕らも戦いをしなければいけないと思うのだけれど? 確かに僕らの目的は卵だし、君との戦闘も避けたい。 だけどそんなものは人間が決めたこと。 自然界で通用しないのは、君が良く知っているだろう?」

「弱肉強食の世界は、どこに行っても同じなのですね。」


 そんなことをネルハと話していると、シンファが再びオオハネードと話し、そしてこう言ってきた。


「先輩は前回、オオハネードと遭遇しても、そのまま攻撃をしたりしなかったのですよね?」

「あの時はあくまでも様子見だったからね。 戦闘を仕掛ける気は無かったんだよ。」

「オオハネードもその行為を評価したいと言っています。」

「え?」

「あの場では退けるために攻撃を仕掛けるのが普通の行動。 ですが先輩はオオハネードと、言葉が通じなくても対話をした。 その事が、オオハネードの気持ちに作用したようです。 先輩になら、持っていかれてもいいと。」


 サガミはその言葉に大層驚きを見せていた。 そもそもシンファという魔物使いと出逢わなければ魔物との交流など考え付きもしなかった。 それだけにサガミ達の都合の事を考えているのが、不思議なくらいだった。


「とはいえ、オオハネードも多くは生息している個体が少ないとも言っています。 やはり卵を採られているのが原因のようです。」


 シンファの言葉にサガミは考える。 確かにオオハネードの卵の採取個数は1個で十分だ。 大きさのこともあるし、試験内容としてもそれ以上は必要がないのだ。 しかし個体が少ないとなると、食物連鎖の事もある。 どうするかと考えていると、サガミは1つ思い当たる事が出てきた。


「ねぇ、卵ってこれ以上は産めなかったりするのかな?」

「産むことは可能ですが、それでも産後は何週間は産めないのが、鳥類の魔物の運命なので。」


 シンファが説明すると、ならばとサガミはオオハネードに声をかけた。


「オオハネード。 今そこにある卵の中に無精卵、子供が産まれない卵って言うのは分かるかい?」

「どういう事ですか? 師匠。」

「鳥は必ずしも有精卵、子供が産まれる卵を産むとは限らないんだ。 ストレスとかによって、子供が産まれるために必要なものが入っていない事があるんだ。 それなら子供が産まれないのを防げて、かつ僕達は卵を入手出来るというわけさ。」


 良く分かっていなかったネルハに、サガミが説明をしている間に、シンファが1つの卵を持ってきた。


「先輩。 この卵なら持っていってもいいそうです。 鳥の魔物も孵化の時期は普通の鳥と変わらないのですが、この卵だけ1ヵ月経っても孵化しないらしいので、もしかしたらと思ったそうです。」

「そっか。 それならいいんだ。 後はどうやってこれを僕らのギルドハウスまで持っていくか、だけれど・・・」


 後ろを振り返ればまだ諦めていないパーティーがあれよあれよと近付いてきている。 もしこの場で卵を持ったまま出て行こうものならば、標的は卵を持ったサガミ達に向くだろう。 そうなればサガミ達は五体満足で麓まで降りられるか分からないし、なにより大切な卵に何かあったら、それだけで試験失格になる。 集団故の苦労とはまさしくこの事だろう。


「どうしよう・・・風で戻されてるけど・・・」

「同じ方向に進むのでそれは無意味だと思いますマニュー先輩。 それに風の無い場所で私達が襲われる方が高いです。」

「自分と師匠で壁を作りながらというのは?」

「君の「高速生成」なら可能だけど、僕はそうはいかないんだ。 多分僕の方に集中されたら、対処しきれないかも。」


 サガミ達があれやこれやと考えていると、オオハネードが再度声をあげた。 それをシンファが聞き入れる。


「ほ、本当ですか? 本当にやってくれるのですか?」

「どうしたの? シンファ。」

「私達が他の冒険者によってこられないように、「暴風の加護」をつけてくれると言っています。」


 その言葉にサガミも他の2人もオオハネードを見上げる。 そしてオオハネードひ羽根を人数分落とす。 その羽根に触れた瞬間に、周りに暴風が吹き荒れた。


「本当にいいのか?」


 サガミが聞くと、オオハネードは声をあげる。 そしてシンファが話をすると、シンファはさらに1つ、卵を手に触れて、その卵が忽然と消えた。


「シンファさん? いったいなにを?」

「オオハネードに言われたの。 「魔物使いのあなたに、私の子供を守って欲しい」って。」

「卵の時から育てるのかい?」

「大丈夫です。 他にも鳥の魔物が私の領域にはいますので、勝手が分かっている筈です。」

「それはいいのですが・・・どうしてそこまで?」


 マニューの言う通り、ただの冒険者パーティーに自分の子供を渡すのには、それなりに信頼した理由がなければ不可能だとサガミは思っていた。


「その辺りの説明は後で私の方からします。 今はこれをギルドハウスまで持っていきましょう。 先輩。」


 シンファの言うように、ここまでで8日もかけていて、今さら卵を無駄にするわけにはいかないとサガミも判断し、卵を持つ。


「オオハネード! 僕からもありがとうと言っておくよ! 言葉は分からないかも知れないけど!」


 そうしてサガミ達は、オオハネードの巣を去るのだった。


 その後下山する前に当然のごとくサガミ達が持ってきた卵を狙って、他のパーティーが襲ってきたが、オオハネードから貰った加護のお陰で、他のパーティーは触れることすら出来ずに、サガミ達が無事に下山し、そしてギルドハウスまでの馬車を走らせる事になったのだった。



「それで、オオハネードが僕達に卵を預けた理由は?」


 先程の疑問をシンファに聞くサガミ。 シンファもあのときの事を思い出しながらこう説明した。


「一介の冒険者達は、どんな手を使ってでも卵を採ろうとする。 勇敢と無謀を履き違えているような連中が相手だった。 だけど先輩と対峙した時に、オオハネードを見ても、怯みもしなかった。 それだけ覚悟を据えている人間ならば、私の大切な卵を決して無駄なことに使うことは無いだろうと、野生の勘で感じ取ったから。 というのがオオハネードの言葉です。 所々分かりやすくはしましたが、概ねこんな感じでした。」

「そんなことを言ってたんだ。」

「凄いですよ師匠! 魔物すら師匠の実力を分かって貰えるなんて!」


 ネルハが大興奮するなか、サガミはもう1つの疑問をシンファに問いただした。


「オオハネードは保護しなくても良かったのかい? シンファなら安全は確保出来るんでしょ?」

「オオハネードは自然の方が生きやすそうでしたし、それに雛がいるので、その子をちゃんとした環境で育てていこうと思っています。」


 シンファの決意を、しっかりと見届けていたサガミ達。 ギルドハウスまではまだ遠いが、ちゃんと試験のために役立てようと、そう思ったサガミであった。

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