Bランク昇格試験(情報収集)
高原をひたむきに馬車が走っている。 その馬車の馬に乗馬しているのは、昇格試験の受講者のサガミと、パーティー参加で魔物使いのシンファである。 残り2人のマニューとネルハは荷物の大量に入った荷車の中にいた。
「狭かったり座り心地がおかしかったら言ってね。 なんとか対処はするから。」
「大丈夫です師匠。 それよりも早くオオハネードの巣の近くに行きましょう。」
サガミの質問にネルハが答えた。 彼らが向かっているのはオオハネードが巣を作っている山の麓を目指していた。 昨日の時点である程度の荷物を揃えたものの、これが1週間で尽きるとも限らない。 まして不合格になってしまえば、準備した全てが水泡に帰す訳だから、別の意味で急がなければならない。
「それにしてもオオハネードですか。 私でも手懐けることが出来なかった魔物ですね。」
「そもそも自分よりも体格が大きい魔物を率いれる事って簡単ではないんでしょ? どうやって率いれているのさ?」
「まずは私に魔物に対する敵意が無いことを見せつけなければなりません。 その後は会話を繰り返したり、他の率いれている魔物を召喚したりして、相手との交流を優先するんです。」
「それでも話を聞かない魔物だっているはずだ。 その場合はどうするんだい?」
「後は力押しです。 会話を聞かないなら仲間にする意味もないので。」
魔物使いにも好き嫌いのようなものがあるのかとサガミは感じた。 しかし魔物はともかく、動物と話せれるというのは興味深いともサガミは思っていた。
そんなことをしている時に、周りの景色の流れがゆっくりになっていたのに気が付いた。
「あれ。 ずっと走らせてたからバテてきちゃったのかな?」
「そうかもしれないですけれど、目的の村には目と鼻の先です。 もう少し頑張ってもらわないと。」
「そんなに無理を押し付けてもしょうがないよ。 時間はかかるけど、ここで小休止を挟むか、歩いていくか・・・」
「それなら私に任せていただけますか?」
そう言ってマニューが後ろの荷車側から顔を出して、馬2頭に向かって手をかざす。
『リラックス』
マニューがそう魔法を唱えると、馬達は最初の走りを取り戻したようだった。
「凄い! 元気を取り戻したみたいだ!」
「元気が無かったのではなくて、単純に緊張が出てしまっていたようでしたので、肩の力を抜いておきました。」
「そっか。 怪我をしていなかったようで、なによりだよ。」
サガミは少しだけ安心したようで、このまま何事もなければとも思っているのだった。
夕方になり、早めに宿屋に入ったサガミ達は、近くの酒場のような場所で食事を取ることにした。
「いいんですかね? こんなにゆっくりとしていて。」
「時間はまだ8日あるからね。 情報収集もしっかりとした試験の内容の一つだと僕は思ってるんだよね。」
「なるほど、常にどうやって依頼をこなしているかも、確認しているわけですね。」
「私は治療師ですので、あまり関係の無い話かとも思っていたのですが、情報は私も集められます。」
「そう。 だからこうして色んな人が集まる酒場に来てるんだよ。」
サガミ自身もお酒は嗜む程度だが飲まないわけではない。 しかし今回は試験の受講者という立場であるため、情報収集を優先するのだ。 あくまでもサガミが受講者なだけで、他の3人は範囲に入るのか分からないが。
「お待たせいたしました。」
そう会話をしているとテーブルの真ん中に料理が並べられる。 持ってきてくれたのは若い女の子だが、コンパニオンという訳ではない。 ちゃんとしたエプロンに身を包んだ子である。
「ありがとう。 こんなにいっぺんに持ってきて、重たくなかった?」
「そこはママに鍛えられていますから。 それに私、ちょっと田舎っぽいって言うので、人気が無いので。」
彼女はコンプレックスを隠すかのように自分の胸にお盆を当てる。 周りを見てみると、確かに他のお客、特に男性客の所には、肌を出している服を着た給仕も見える。 とはいえここは酒場。 給仕するならともかく、お客様を満足させるのも一つの商売だ。
「もしあれでしたら、他の子を呼んできましょうか?」
サガミの店内を見る目に耐えられなくなったのか、その場を去ろうとするサガミ達の給仕だったが
「ああ、いいよいいよ。 そこまでしてもらわなくても。 君はこの村の人でしょ? 僕達はある依頼で山に登るんだけど、君が良かったら話を聞きたいなって思うんだけど、どうかな?」
「ええっと、しょ、少々お待ちください! 確認してきます!」
そうして給仕は厨房へと向かっていったのだった。
「はぁ、今回のここの酒場は、ちょっと情報を引き出すのには向いてなかったな。」
「もしかしてサルガミット君がずっと辺りを見渡したり耳を澄ませていたのは・・・」
「当然情報を得るため。 ここは酒場だから、タガの外れた人間がなにか情報を洩らすと思ったんだけど、みんな給仕に目が行っちゃって、なかなか話が聞けないんだよ。 だからあの給仕の子に、直接聞こうと思ってね。」
その言葉に3人はホッとしていた。 もしもサガミの好みの女性がああいった感じの子ならば、3人には勝ち目が無くなっていた。 そんなことをしていたら先程の給仕が帰ってきた。
「ええっと、話をしたらですね「選ばれるのは悪くないこと。 お客が満足出来るように頑張ってきな。 配給は他の奴にやらせるよ。 お前に配給任せて男どもに行く奴らには丁度いい練習だ。」と。 なので、もっと忙しくなるまでは、このテーブルにいてもいいことになりました。」
そう言ってその給仕は椅子を用意して、サガミの隣に座った。
「・・・わざわざ僕の隣に座らなくても良かったんじゃないかな?」
「それはそうなんですけど・・・何て言うか、その・・・」
正直給仕本人にも何故そんなことをしたのか、細かくは分からないらしい。 なのでサガミも気にしないことにした。
「それで、この村のちょっとしたことでも聞きたいんだ。 この山のオオハネードが住み着いてから、なにか変化はないかって。」
「うーん。 オオハネード自体は特に変化は無いんですよね。」
「そうなのですか?」
「はい。 ここの山はオオハネードにとって、物凄く育てやすいみたいで、3ヶ月に1羽は、ここで卵を孵してるんです。 オオハネードが巣のために山で戦っていたと聞いたこともありますし。」
「それじゃそこまでの被害はない感じなんだ。」
「はい。 でもそれは外見上の話でして。」
「外見上?」
「オオハネードがいるという情報をどこからか聞いてきた冒険者達の皆さんが多くなるのはまだ分かるのですが、最近はその冒険者さん達の素行が悪いといいますか・・・オオハネードの卵を採るためだけに来ているとか。」
そう耳打ちする給仕の話を聞いて改めて周りを見てみるサガミ。 そこには確かにちらほらと、見た目だけで判断できそうな位悪そうな格好をしている人のテーブルがあった。
「それもここ数年の話?」
「はい。 近年は特に。 ですから皆さんも卵を採取する際には気をつけてください。」
「ありがとう。 とても有意義な情報を貰いました。」
「あの、もう少しだけここにいても良いでしょうか? その、こういってはなんなのですが、ああいった人達は苦手、というより、向こうからいちゃもんをつけられることが度々あるので、あまり給仕に向かいたくないというか・・・」
「僕は構わないけど・・・」
サガミはみんなの様子を伺う。 悪くはないがあんまりいて欲しくない、そんな雰囲気が出ている。 しかし彼女の事情の事もある。 こればかりは彼女達に我慢をしてもらうしかないのではないかと考える。
「まぁ、情報は欲しいですからね。 どうぞ。 なにか頼むものはありますか?」
「え? いや、私は・・・」
「とりあえずなにか頼んでおけば、ここに留まる理由は出来るでしょ? お代はこっち持ちでいいから。」
給仕は困ったような表情になるが、仕方なく軽いものを頼んで居座る事にしたのだった。
「でもそうなってくると、目的は違えど、卵は欲しいわけですよね。 他の人も。」
「争奪戦になるってことですよね? しかも相手は人だけじゃない。 先輩としてはどう思いますか?」
「僕もオオハネードの方が一番の脅威だと思ってる。 そして時間との勝負にもなるかもしれない。」
「オオハネードの機嫌が悪くなるって事ですね。」
「そうなったら、もしかしたら今回は村にも被害が及ぶかもしれない。」
「そんな・・・」
給仕は青ざめているが、これに関してはサガミ達もどうすることも出来ないかもしれない。 そうならないようにしつつも、目的を果たさなければならない。2つをこなすのは難しい事である。
「とにかく僕らも何日かは様子見だよ。 傾向だけでも見れれば、危険を避けることは出来るかもしれない。」
「そうですね。 では作戦を宿に戻って立てないといけませんね。」
「うん。 ・・・あぁ。 僕らはしばらくいるから度々お世話になるよ。」
「はい。 お勘定ありがとうございます。」
そうして通常の料金に加えて、少し多めにお金を給仕に渡して、酒場を後にするのだった。




