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ハートを捧げたシンデレラ

 これは、むかしむかし――――


 という程でもなく、極最近かもしれないし、今から未来で起こる出来事かもしれないお話です。


 あるところに、サンディという小さな女の子が住んでいました。


 サンディの父親は誰だかわからず、サンディのママは家出同然に住んでいた家を、町を飛び出して、一人でサンディを育てることを決めたのでした。


 サンディのママはサンディを一人で産んでから、一生懸命働きました。


 母一人、子一人で生きて行くのは、とっても大変なことでした。


 一人で家を飛び出したことを、後悔した日もあったことでしょう。


 小さなサンディに苛立ちをぶつけて、自己嫌悪をした日もあったことでしょう。


 それでもサンディを連れて、二人で身を寄せ合って生きて来たのです。


 ――――けれど、そんなある日のことでした。


 サンディのママは、これまでの無理が祟ったのか、病気になってしまいました。


 ママはその病気の苦しみを和らげる為に、たくさんの薬を必要としました。


 幾ら薬を使っても、苦しくなくなるのは短い時間だけ。苦痛を和らげるには、サンディのママの稼ぎでは足りないのでした。


 サンディのママはやがて、高価な薬の為に、これまで以上に無理をするようになって行きました。


 毎日毎日、夜遅くまでお仕事。


 サンディは病気のママがとても苦しんでいるのを見ていたので、お家でいい子にして、一人でお留守番をするようになりました。


「ママはびょうきだから、あたしはいいこでおるすばんしてるの」


 と、どんなに寂しくて心細くても、ママの為に一人でお留守番を我慢します。


 毎日のごはんが、シリアルだけになっても。


 明るいうちに、ママが帰って来なくなっても。


 数日間、ママの姿を見ることがなくなっても。


 お家の中が、ゴミで一杯になっても。


 一週間を、たったの食パン三枚ぽっちで過ごすことになっても。


 ママが帰って来なくて、お腹が空いても。


 家の中に、カビたパンしか無くなっても。


 カビたパンを食べて、お腹を壊して苦しんでも。


 冷蔵庫の中身が、空っぽになっても。


 食べられる物が、家の中になに一つ無くなっても。


 お腹が空いて、倒れてしまっても。


 倒れても、ママが来てくれなくても。


 自分が栄養失調で入院してしまっても。


 元気になって、退院が迫り――――


 とうとう、児童相談所に保護されてしまっても。


 ママが、施設に入院したと聞かされても。


 サンディは、ママの病気が早く治ることを願って、たくさんたくさん我慢しました。


 ママの他に身寄りの無いサンディは、児童相談所から児童養護施設に入れられることになっても。


 そして、あれこれ検査を受け、健康だと判断されたサンディは、本格的に児童養護施設で暮らすことになりました。


「いいこにしてたら、びょうきのなおったママがむかえにきてくれるの」


 サンディは、施設でもいい子にしていました。


 病気を治したママが、いつかサンディを迎えに来てくれることを信じて。


 けれど、施設にいる子供達はそんなサンディを馬鹿にして、とても意地悪なことを言うのでした。


「バッカじゃねぇの? 捨てられたんだから、迎えに来るワケねーじゃん」

「お前さぁ、いつまでそんなこと言ってんだ? いい加減現実を見ろよな」

「親が迎えに来て、一緒に帰った奴なんてここには誰一人いやしねぇんだよ」


 そんな風に言われても、サンディは諦めないで挫けませんでした。


「ママはむかえにきてくれるわ。まだすこし、ぐあいがわるいだけだもん」

「いいこにしてれば、きっとだいじょうぶ」

「みんなは、ママがむかえにきてくれるあたしがうらやましくてイジワルしてるだけなのよ」


 サンディは意地悪なことを言われても、自分を励ましていい子にして頑張り続けました。


 児童養護施設では、里親になってくれそうな人に見染められる為に、子供達は自分の容姿を磨いたり、なにか技術を身に着けたり、勉強を頑張ったり、面談に取り組んだりと、各々が日々努力しています。


 施設も、オーディションのような会合を開催して、孤児を引き取ってくれた人から寄付金(・・・)を貰う為、様々な人に施設の子供を勧めます。


 そんな風にして、施設を出る努力をしている子達と、子供達を施設から出したい大人達からも、ママを待続けているサンディは浮いてしまっていました。


 そんなある日のこと。


「アンタ、まだママがここに迎えに来るって信じてるの? バッカじゃない? そんなアホな子って、アンタくらいなものよ。そもそもさ、アンタのママのビョーキって、どう聞いたってヤク中なんだけど。ああ、ヤク中って知ってる? 違法な薬を、勝手に使う悪い奴のことよ。薬欲しさに犯罪でもなんでもする、クズな奴ら。入院って言ってるみたいだけど、それも怪しいわ。更生施設だとか、刑務所の間違いなんじゃないの? まぁ、間違いなくアンタを虐待した罪で、逮捕は確実だけど」


 と、サンディよりも年上の女の子が、サンディのママを信じて待つ気持ちを踏み(にじ)って笑いました。


 意地悪な言葉に、サンディは施設へ来て初めて声を上げて泣いてしまいました。


「なに泣いてんのよ? あたしはアンタに、親切にゲンジツってやつを教えてあげただけよ」


 女の子はサンディの泣き顔を見てそう言うと、どこかへ行ってしまいました。


 そうやって、心無い言葉に打ちのめされたサンディが失意で落ち込んでいるときのことでした。


「是非ともこの子を養子に迎えたい」


 と、言ってくれる人が現れたのでした。


 サンディを養子にと望んだのは、とてもお金持ちの一家でした。


 何度も施設に足を運び、サンディに面談をして、自分達が如何(いか)にサンディを家族にしたいと願っているかを熱心に語るのでした。


 サンディは、とてもとても迷っていました。


 施設にいるのは、捨てられた子達。誰も迎えに来ない。親が迎えに来たことなんてない――――そんなことを言われても、今までのサンディは、ずっとずっとママのことを信じていました。


 サンディのママだけは違う。病気が治ったら、絶対に迎えに来てくれるの! だから、サンディは他の家の養子になんかならない! サンディはママを待っているんだから! と。


 けれど・・・年上のあの子に言われた言葉がサンディの胸を、ママを信じていた心を、ずたずたに傷付けたのです。


 サンディのママは病気。


 それも、薬物中毒という最低な病気。


 入院したのは更生施設。そうじゃなければ、サンディを虐待した罪で逮捕されていて、刑務所の中にいる・・・


 サンディは、ママに虐待されていた・・・


 その言葉が、ずっと頭から離れません。


 ママはサンディを愛していなかったの?


 サンディは、ママを愛していたのに。愛していたから、どんなにつらくても我慢していたのに――――


 サンディが迷っている間、お金持ちの一家はサンディを急かすことはありませんでした。「ゆっくり考えて、いい返事を聞かせてほしいからね」とのこと。


 けれど、サンディがどうしようかと迷っているうちに施設の他の子供達が、


「お金持ちが引き取ると言っているのにそれを断って施設に居座るつもりだ」

「なんて嫌な奴」

「あんなバカなガキなんかより、自分が金持ちに引き取られたい」

「なんの価値も無いクセに」

「ヤク中のガキが、なにを勘違いしてんだか」


 と、サンディを目の敵にして嫌がらせをするようになりました。


 サンディのごはんが取られたり、わざと溢されたり、駄目にされたりしました。

 わざとぶつかられて、何度も転ばされました。

 身体のあちこちに痣ができました。

 わざと洋服を汚されました。

 一人だけ仲間外れにされました。

 みんなに無視されました。

 みんなに笑われました。

 毎日、小さな傷が絶えませんでした。


 判り易く虐めたり、大きな怪我をさせられることはありません。問題児だと見做(みな)されると、養子にしてもらえなくなるかもしれないからです。


 大人達には判らないよう、陰湿にサンディへの嫌がらせは続きました。


 もっと(しっか)りしなさいと職員達に叱られました。

 サンディに問題があるのだと言われました。

 みんなと仲良くしなさいと言われました。

 話を聞いてもらえませんでした。

 職員達はサンディを助けてくれませんでした。


 施設の中にはサンディの味方をしてくれる人は、誰もいませんでした。


 サンディは、ママを待つことに迷いを生じていました。そしてとうとう、施設にいる他の子供達に陰湿な嫌がらせを受けることに疲れてしまいました。


 自分にはなんの価値も無い、と。


 その結果、サンディは――――


 サンディを引き取りたいと熱心に言っていたお金持ちの家に里子に出ることを決めました。


 そして、お金持ちの家に行ったサンディはその家のあまりの大きさに、お城にでも来たのかしら? と驚きました。


 出迎えてくれたのは、サンディの新しいママになる……何度か会ったことのある綺麗な女の人。


「ようこそサンディ! 来てくれてありがとう! この家が今日からあなたの家で、わたしがあなたのお母さんよ。わたし、娘が欲しかったの。仲良くしてくれると嬉しいわ」


 サンディの本当のママよりも若々しくて、優しそうな顔でサンディを歓迎してくれました。


「僕とは初めまして、だよね。今日から僕は君のお兄さんになるディアンだよ。よろしくね」


 にこりとサンディに微笑んだのは、繊細な顔をした優しそうな男の子。


「よろしくお願いします、サンディ様」


 この家に雇われているという使用人の人達が笑顔で挨拶するのでした。


 お城のような大きくて素敵な家。

 親切で優しい人達。

 美味しいごはんやお菓子。

 清潔であたたかく、柔らかなベッド。

 自分だけの広い部屋。

 他の誰との共用でもない、サンディだけのオモチャや本。自分専用の筆記用具。


 サンディは、すぐにこの新しい家族達と環境とを気に入りました。


 この家に来て初めてのサンディの誕生日にはバースデイパーティーが開かれ、初めてドレスを着せてもらい、ピカピカで艶々したガラス質加工(エナメル)のハイヒールを履いて着飾りました。


 クリスマスには、家族全員が揃って祝い、プレゼントまで貰ったのです。


 みんなが笑顔でサンディを可愛がってくれます。


 サンディがしたいと言ったことは、新しいお義父さんとお義母さんがなんでも叶えてくれます。ディアンも、少し病弱(・・)で激しい運動はできないけど、サンディをとても可愛がってくれます。


 それから、何年も家族として暮らして――――


 ある日、成長してお年頃になったサンディは、自分がディアンに恋をしてしまったことに気が付きました。


 ガリガリで痩せっぽっちで、虐められいてもずっとずっと我慢して、ママを待つことにしか希望を持てなかった可哀想なサンディは、もういません。


 サンディは大きくなって、愛されることを知って、特別な誰かに愛されたいと願うようになりました。


 そして、ディアンも成長して、いつしか線の細い、儚げな美少年になっていました。


 綺麗な顔をした美少年が、いつでもサンディに優しくして、いつも笑顔でサンディを愛おしそうに可愛がってくれるのです。


 ディアンは、サンディの王子様でした。


 ディアンがいると嬉しくなって、顔が熱くなって胸が高鳴るのでした。


 義兄であるディアンへの恋心を自覚したサンディが、毎日を楽しくも、少しだけ苦しく感じながら暮らしていた、ある日のこと。


 ディアンが床に(ひざまず)いて、白薔薇とタイム、スノードロップ、アイビー、ラベンダーの花を束にした清楚で可憐なブーケをサンディへ差し出して、真剣な顔で言いました。


「サンディ。僕の誕生日に、君と一つに(・・・)なりたい(・・・・)んだ。一つに(・・・)なる(・・)のは、怖いかもしれない。でも、僕は君と・・・」


 切ない顔で(こいねが)うディアンの思わぬ言葉に、サンディはディアンも自分のことを想っていてくれて……実は両想いだったのだと、飛び跳ねたい程に嬉しくなりました。


 白い薔薇の花言葉は……『純潔』、『わたしはあなたに相応しい』『心からの尊敬』、『相思相愛』、などの意味があるのです。


 タイムの花言葉は……『活力』、『勇気』などの意味があるのです。


 スノードロップの花言葉は……『希望』、『慰め』、などの意味があるのです。


 アイビーの花言葉は……『永遠の愛』、『結婚』、『友情』、『不滅』、『誠実』、などの意味があるのです。


 ラベンダーの花言葉は……『沈黙』、『あなたを待っています』、『私に答えてください』、『期待』、などの意味があるのです。


 それらの花を束ねたのブーケの意味は――――


「断ってくれても構わない。その場合は……お願いだから、君から(・・・)このブーケを僕に(・・)贈って(・・・)ほしいんだ」


 サンディは、とても恥ずかくて堪りませんでしたが、白を基調に紫の花の散りばめられた優しい香りのブーケを受け取り、ディアンの言葉に頬を染めてそっと頷きました。


「ありがとう、愛しているよサンディ。僕の……僕だけの、唯一無二(・・・・)


 ディアンは、それはそれはとろけるような嬉しそうな顔でサンディへと微笑むのでした。


 父親も知れず、薬物中毒の母親に育児放棄(ネグレクト)を受け、児童養護施設ではみんなに煙たがられ、虐められて、段々と自分にはなんの価値も無い、と感じるようになって行って。卑屈になって、酷く自棄(やけ)になってこの家に来たサンディ。


 そんな自分に、『僕だけの唯一無二』だと言ってくれた大好きなディアン。


 サンディはそんなディアンのことが、増々好きになったのです。


 あぁ、ディアンの為ならあたし、心臓を捧げても構わないわ! 愛してる! と。


 そして、ドキドキしながら迎えたディアンの誕生日の夜。


 バースデイパーティーが終わった後、サンディは清潔なベッドの上に横たわって、夢見心地でとても幸せな気分を味わい――――


 ディアンと一つに(・・・)なった(・・・)のです。


 それからのサンディはディアンと片時も離れず、その心臓が鼓動を刻むのを止めるまで、ずっとずっと生涯一緒にいました。


「……ああ、サンディ。愛しているよ、ありがとう。僕の(・・)唯一無二(・・・・)……」


 ディアンはいつも、サンディの心臓の上に手を置いて、愛惜しげに呟くのでした。




 ――おしまい――



 読んでくださり、ありがとうございました。


 ネグレクトに虐め、里子ビジネスと、『あり得そう』な恐ろしい『現実の闇』を、ちょっとずつ組み上げてシンデレラストーリーにしてみました。


 サンディとディアンが結婚して、無事にめでたしめでたし。だと思った方は、あとがきの方は読まなくても大丈夫です。


 ※ホラーとして納得が行かないと思った方は、次話のあとがきを読んでみてください。

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