「幼馴染ざまあ」とやらのせいで「幼馴染ゾンビ」がはびこっているようです
幼馴染って難しいよねっていうお話
時は世紀末。
世は乱れ、とある小説投稿サイトのランキングも混乱をきたしてしまっていた。
昨日まで正義であった者たちが悪と見なされ、それまで疑問を抱くことのなかったヒロイン達がざまあされていく。
そんな混沌の時代がやってきてしまった。
かつて一世を風靡した「幼馴染ヒロイン」なる存在も、その時の流れには勝つことができなかった。
かつて、登場すれば必ず幼馴染との恋を約束された彼女たちも、「幼馴染ざまあ」ブームの到来によって一変して悲劇の負けヒロインとして成り下がってしまったのであった!
彼女たちの傷は深く、その心の奥に癒えることのできない深い爪痕を残してしまった。
やがてその傷痕は、膿となり、やがて彼女たちの体を蝕んでいった。
誰も満たしてくれない彼女たちの心。
いちばん満たしてほしかった幼馴染からの愛情は、もう受けることができない。
行き場のない彼女たちの欲望は、彼女たちの体を支配し、やがて彼女たちを「幼馴染ゾンビ」へと変貌させてしまったのであった。
幼馴染ざまあによって、絶望しゾンビと化してしまった幼馴染ヒロインたち。
彼女たちの絶望はウイルスとなり、世界にはびこってしまった。
ゾンビになってしまった者たちは、幸せそうにしている幼馴染に同じ苦しみを味わせるために、うごめきまわっている。
幼馴染ゾンビたちの繁殖力はすさまじく、すでに46道府県を占領。
全国の幼馴染カップルたちは彼女たちの標的となり、囲まれ、襲われ、噛みつかれ、それからなんやかんやあって、ざまあさせられる。
ざまあさせられてしまった幼馴染ヒロインは、その絶望と共に新たな「幼馴染ゾンビ」として街を徘徊することになるのだ。
幼馴染たちはすっかり街中を一緒に歩くことなんてできなくなっていた。
国は対策を講じようとも、もはや打つ手なし。
噂によれば、核爆弾をも彼女たちの繁殖力には敵わなかったということだ。
そして、そんな「幼馴染ゾンビ」たちの魔の手が、ここ朝吹町にも襲い掛かっていた……
「ちょ、ちょっと、何なのよこれ!」
「今噂の幼馴染ゾンビたちだ。ついに幼馴染ゾンビたちの最後の砦であった、この町の防波堤も破れてしまったか!」
「なんか、あいつら、私たちを追いかけてきていない?」
「あいつらは幼馴染と名のつくものに反応して追いかけてくるからな。奴らにやられたら最後、マユまであいつらの仲間入りになるぞ!」
「え、ちょ、あんなのの仲間入りなんて嫌!」
「とにかく、逃げるぞ」
この読者に優しい説明口調で話しながら逃げているのが、この町に住んでいる高校生のハヤトとマユ。
家が隣同士で、小中高と学校が同じ。そのあまりの関係の近さからいまだ関係も曖昧になっている、いわばテンプレ幼馴染なのである。
彼らも幼馴染という関係である以上、幼馴染ゾンビたちの嗅覚から逃れることはできなかった。
ちょっと青春っぽいふんいきを醸し出している幼馴染たちは、ゾンビたちの格好の餌食である。
幼馴染ゾンビたちは、マユを道連れにするべく、一目散に彼らのもとへ駆けつけてきたのであった。
幼馴染ゾンビたちは走るのも早い。
彼女たちはたいてい、ざまあされる前は才色兼備で運動神経抜群な女の子たちであった。
彼女たちはゾンビになったあとも、その持ち前の運動神経をふんだんに発揮し、対象者を追いかけることに利用した。
1つのことに振り切ったゾンビたちは強い。
ハヤトと共に走っているマユとの距離をグングン詰めていく。
「このままじゃまずい!」
そう言うと、ハヤトはマユの手を握って加速を始めた。
少しずつではあるが、ゾンビとの距離を離すことに成功する。
しかし、それと同時にマユの頬の温度は急激に高騰してしまった。
「ちょっと、なに急に手をつないでいるのよ!」
「なにって、こういう時なんだからしょうがないだろ」
「それはそうだけど!」
「それに、手くらい昔から繋いでいるじゃないか」
「そ、それはそうだけど……」
わかりやすくはにかんで顔を赤らめるマユ。
幼馴染独特の青春の甘い香り。
しかし、そんな甘酸っぱい香りをゾンビたちが見逃すはずはなかった。
ゾンビたちは、マユたちから発せられた甘酸っぱい匂いを嗅ぎつけ、すぐに彼らのもとへと群がり始めた。
朝吹町にはびこっていたゾンビたちはもちろんのこと、他の町にいたゾンビたちも、そのかすかな香りをすぐに嗅ぎつけ、みな一斉に朝吹町へと駆けだした。
こうなってしまっては、もうゾンビは止められない。
かつて彼女たちが手に入れることができなかった、甘いあまい感情に嫉妬の炎を燃やして走り続けるのだ。
「しまった、前からやって来た」
「もう全方位囲まれてる」
気が付けばハヤトとマユの周りはすっかり幼馴染ゾンビ達に囲まれてしまっていた。
「グギ、グギギギ」
「オサナナジミ、ホジイ」
「ウ゛ラヤマジイ」
「フタリ、イッショ、ユルセナイ」
幼馴染ゾンビたちはマユをロックオンして離さない。
最早逃げ場のない、2人。
「なんでよ……」
このまま、大量の幼馴染ゾンビたちにやられるしかない。
もうすこしたてば、自分もそちら側に組してしまう。
そう考えてしまったマユはもう震えることしかできなかった。
(まだ、ハヤトに気持ちも伝えられてないのに……)
そんな彼女の恐怖を打ち破るかのように、ハヤトは大きく叫んだ!
「まだ活路はある!」
そう言うとハヤトはとっさにマユの肩を掴んだ。
あまりに突然のことにマユは困惑する。
「え? え?」
「マユ、好きだ」
もう1度、え、っと聞き返そうとするマユの口を、ハヤトはそのまま唇でふさいでしまった。
ーーズッキュウウウウウウン!!
もし効果音がマユたちの間に見えているのだとすれば、間違いなくそう表示されているだろう。
2人の唇が重なり合い、そして離れる。
その一瞬の出来事がマユには永遠のように感じられた。
「にゃ、何するのよ。突然に!」
「キスだ」
「そんなもの知ってるわよ……それに、好きって……」
「ああ。マユのことが好きだ」
こんな状況で、ハヤトはとうとうおかしくなってしまったのだろうか?
しかし、ハヤトは堂々とマユのことを見つめている。
「なあ、マユはどうなんだ? 俺のこと好きか?」
あまりに突然で、強引なハヤトの告白にマユは顔を赤らめて下を向いてしまう。
そんなマユの体をハヤトはゆする。
「さあ、どうなんだ。教えてくれ!」
「…………き」
「え?」
「……しゅきよ! 好きって言っているの!」
マユの顔のほてりは最高潮にまで達していた。
どうして自分がこんな場所で幼馴染に昔からの思いを伝えなければならないのか、理解が追い付いていなかった。
しかし、彼女たちの行動は一瞬にして戦況を変えてしまった。
「ギヤアアアアアア」
「ヤメテ……ヤメテ」
「ミタクナイ……ソンナノ、ミタクナイ」
幼馴染ゾンビたちが一斉に呻きながら、地に伏せ始めた。
さっきまで威勢の良かったゾンビたちは、マユたちのやり取りは体に毒過ぎたようだった。
あるものはコンクリートに頭を打ち付け、あるものは必死になって体をかきむしる。
ゾンビたちの新たな地獄絵図がそこに広がろうとしていた。
「な、なにが起こっているの……?」
「俺たちの幼馴染としてのやり取りが、奴らの許容範囲を超えたんだよ。幼馴染ゾンビは幼馴染からの愛情に飢えて生まれてしまった哀しい生物。彼女たちが欲しくても得られなかったものが目の前で堂々と繰り広げられてしまったら、もはや彼女たちは耐えることはできないという訳さ」
「なんでそんなに詳しいのよ」
「この日のために何度も予行演習を積んできたからね!」
「はあ?」
説明になると急に饒舌になるハヤトではあったものの、彼のおかげで、2人は何とか窮地を脱することができたのである。
「さあ、帰ろう」
ハヤトが手を差し出した。
「もう、手をつないでも何もおかしくはないだろ?」
「う、うん」
マユは手汗びっちょりの手でハヤトの手を握り返す。
2人の間からピンク色のオーラが発射され、地に付す幼馴染ゾンビたちに追い打ちをかけた。
うじゃうじゃと広がる幼馴染ゾンビたちの山を踏み越え、2人は家へと帰っていく。
「ハア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「ズルイ……ズルイ」
手をつないで歩く二人達の背後からさらに悲痛な叫びがこだまする。
しかし、彼女たちはもう後ろを振り向くことはなかった。
この事件をきっかけに、幼馴染ゾンビたちは無事に除去……成仏され、世界にも平和が取り戻されたのであった。
お読み下さりありがとうございました!
幼馴染のゲシュタルト崩壊が起こりそうです
どうやって成仏したのかは、聞かないお約束。