2話「vsパパ」《組長side》
なんやかんや交渉の末、騒ぎを広めないためにもそれぞれ入れ替わって生活することになった。
つまり今ここにいるのは、久実の姿をした華間流組組長、桜翔馬である。
(久実の姿とはいえ、中身はヤのつく人……丁重におもてなししなければ)
和也は決心し、翔馬に向き合う。
「……さっきは悪かったな、下の奴等が迷惑かけちまった」
(丁重に、丁重に……)
「あいつらも決して悪気があった訳じゃねぇ。ちょっと火が入り易いだけで、根は良いやつばかりなんだが……」
(…………)
「まっ、何かの縁だ。短い付き合いだが宜しくな」
(あっ、無理だ)
翔馬の屈託のない笑顔が引き金になり、和也は飛びかかる。
ルパンも真っ青なスピードに、翔馬は成す術もなく囚われるのであった。
「あーー!!今日も久実は可愛いなぁ!」
「なっ、抱きつくんじゃねぇ離れろ!お前外面さえ良ければ何でも良いのか!」
「スーハー、スーハー。今日も髪はサラサラだね!」
「おい、お前。元に戻ったら覚えてろよ」
「…………………あっ」
その一言で理性が戻ったようだ。
和也の顔色がみるみる青くなる。
「ご迷惑をおかけして恐縮の体でございます」
「はよ家案内せぇや」
「ハィ」
前途多難な二人の生活が始まった。
……………
「この家の案内は以上です」
「小さいな」
「そう言われましても……」
組長邸と比べて10分の1以下の面積の三宮邸では庭の広さにすら届かないだろう。
「……まぁいいか。やることもないし寝かせてもらうぞ」
「ハィ」
翔馬は我が家のように堂々振る舞い、久実の部屋に向かった。
「はぁ、全くふざけた兄貴だよ」
翔馬はベッドに寝かせられたウサギのぬいぐるみを蹴り飛ばすと、ボスンと寝転がる。
「あんなんじゃ妹も可哀想なもんだ。俺なら絶対グレるね」
いつもは組長として動き、何かと忙しくしている時間。
いざ寝ようとするも中々上手くいかない。
「チッ、いざ暇になると退屈で仕方がねぇ。つってもこの体じゃ外も出れねぇしな」
ゴロリ、と寝返りを打つと蹴り飛ばしたウサギと目があった。
「何ガン飛ばしてんだよ」
暇すぎてぬいぐるみにすら喧嘩を売り始める。
「………ちょっとお前こっち来いや」
翔馬はぬいぐるみをむんずと掴むと、再びベッドに戻った。
「お前、意外とやわらかいな」
ぬいぐるみを眺め、思い出にふける。
そういえば昔こんな感じのぬいぐるみが家にいた。
少年時代、滅多に家にいない糞親父が唯一くれたプレゼントが熊のぬいぐるみ(後でパチンコの景品だと分かった)であった。
「直ぐに火事で燃えちまったけどな」
手持ち無沙汰だったのでぬいぐるみの両腕を掴み、シャドーボクシングをさせてみる。
「その後オヤジさんに拾われて……いやまて、その前に…………それから……」
思い出を追っていく内に徐々にまどろみ、翔馬は眠りについた。
……………
そして17時。
「ぅう……」
「お目覚めになりましたか」
「ぁあ?勝手に起こすんじゃねーよ」
起きて一番、変態兄貴の顔があっては目覚めが悪いというものである。
「いえ、そろそろ両親が帰ってきますので、幾つか注意すべき点を、と思いまして」
「あん?」
「一つ。今、久実は風邪を引いて幼稚園を休んでいたが、1日寝て熱が下がってきた……ということにしてるので、そのように振る舞ってください」
「まぁ、仕方ねぇな」
「二つ。父さんが帰ったら、『パパぁ、お帰りなさい』と言って抱きついてください」
「却下」
そんなこと出来てたまるか。
華間流組組長として沽券に関わる。
「頼みますよ組長さん。そうしないと、『久実が反抗期に入った!』とショックを受けた父さんが遺書を書き始めるので」
「えぇ……」
「どうかお願いします組長さん。バクテリアメンタルの両親の為に!」
「誰がやるか。お前の親の精神事情なんざ知ったことじゃない」
「分かりました……それでは仕方ありません。死んだ父の葬式の際は先ほど入手した『久実、ぬいぐるみと戯れる』をループで流して成仏して貰うことにします」
「…………………ちょっと待て」
「何でしょう」
「…………………どっから見てた?」
「『何ガン飛ばしてんだよ』」
和也はその場でパンチし始める。
「」
「葬式の際は華間流組の皆様もお招きしますね」
これ程までに邪悪な笑顔を見たことがあっただろうか。
翔馬の中で変態兄貴からタチの悪い兄貴に認識が変わった。
「気が変わった、善処しよう」
「恐悦至極に存じます」
…………………
17時半。
和也と久実の父親が帰ってくる時間である。
「遅いな……」
「分かっていますね、組長さん」
「……おぅ……」
最早ため息をつくことしかできない。
こんな重い気分はマッポ(警察)の連中がガサ入れ(家宅捜索)に来た時以来である。
待つこと5分、遂に扉が開く。
「ただいま!久実!」
「キャアパパァーオカエリナサイー」
早速翔馬の先制攻撃。
疲れて帰ってきた父親の心を掴む。
怪しい歓楽街の客引き見たいな話し方みたいになったが、これが翔馬の精一杯である。
「風邪は良くなったのか?」
「も、もう大丈夫だよ」
「そうか、それは良かったよ。いやー、一安心だ。じゃあ一緒にお風呂入ろっか」
「おい、まさかお前もかよエロ親父」
途端、雷に打たれたように膝から崩れ落ちる父。
「おい、組長さん!いや久実!何てこと言うんだ!」
「いやだってお前、明らかに子供に向ける目じゃなかったぞ」
「そんな事いってる場合じゃないって!」
指差した方を見ると悶え苦しむ父の姿。
「コヒュー……コヒュー……」
「今の一言で過呼吸だと!?」
「早く謝って!早くしないと父さんが死んでしまう」
慌てふためく和也を父親は手で制する。
「いいんだ……久実の都合を考えない僕が悪かったんだ……ガフッ」
(吐血した……)
(いや、どこに内臓傷つくシーンあったよ)
「あぁ、走馬灯が流れる……久実との思い出が一杯だ……」
「死なないで父さん!ところで僕との思い出もあるよね?」
「いや、ないな」
唇を噛みしめる和也。
兄妹の格差は余りにも大きかった。
この後何とか翔馬の頑張りによって父は息を吹き返したのだが……
「ただいま!」
「誰だこのババァ」
「バッ!……」
疲れて帰ってきた母親、帰宅して早々娘の一言で心停止。
「おい、和也!父親だけじゃないのか!」
「いや両親って言ったじゃん!」
「あの久実が、よ、呼び捨てだと……。コヒュー……コヒュー……」
「父さーーん!」
翔馬の妹道は始まったばかりである。