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4話

 撤退命令に戸惑う魔族らを人軍が見つめていた。

 明らかに劣勢である彼らは剣を構えてゴクリと唾をのんだ。もしも撤退命令に魔族が従えば、人軍としては喜ばしいことだろう。

 まぁ、奴らが魔王の命令に従わないわけがないが。


「撤退ですか……」


 空中で蝙蝠(こうもり)のような翼を広げて浮遊を続けている男が呟いた。

 真っ白な正装(タキシード)に身を包み、左右異なる瞳を持つ男だ。

 名前はベルゼブブ。魔王軍幹部のうちのその一人だ。戦闘においては剣術に長けており、最前線を任せるには適任だと言える。こいつが俺の命令に背くことは絶対にないだろう。


「魔王軍に命令です。魔王様の意に沿い、全軍撤退を命じます」


 ベルゼブブの一言により戸惑いを見せていた魔族らが戦闘を切り上げて踵を返した。

 だが、人軍は目を血走らせて剣を下ろそうとするものはいない。

 人間は脳筋の阿呆だ。作戦も何もなしに気合だの奇跡だの(のたま)っては無謀な負け戦に身を投じる。

 これだから人間は嫌いなのだ。

 止める義理はない、が。この撤退命令は人軍のためのものだろう。ここで人軍を死なせれば魔王(ブレイヴ)が何をするかはわからない。気は向かないが仕方ない。

 すぅと肺に空気を取り込む。


「──貴様ら人軍に勇者である俺が命令を下す!! 剣を収め杖を下ろせ、撤退だ!!」


 拡声魔法などは仕様せず、勇者であるこの体が出せる最大の声量で叫んだ。

 アンジェラとハウリーは目を見開くが、命令自体に反対というわけではないらしい、止めてくることはなかった。

 どうやら勇者であるこの体にはたいして発言力がないらしい。撤退しようとするものはほぼゼロといっていいだろう。


「撤退……? いいのか、そんなことして」

「無事撤退できたとしても、国王様が許すかどうか……」

「たとえ勇者ブレイヴの命令だとしても、従うわけには」

「国王様の命令は、敵の殲滅。ここで負ければどんな罰が下されるか……」


 剣を中途半端に構えて声を震わせる人軍たちに苛立ちが募る。

 撤退はするべきでないと言っておきながら、膝が笑ってるじゃないか。

 より一層声を張る。


「命令が聞けないのか愚かな人間ども! いいだろう。今ここで撤退をしない者には俺が直接死を与えてやろう! 魔族に斬り捨てられるか、この俺に死を受けるか、国王に裁かれるか! 言っておくが、俺から死を受けた限り、苦痛は魔族の比にはならんぞ?」


 口端を吊り上げて声を荒げた。


「さぁ、選べッ!!」


 魔族との戦いで疲弊している精神に負荷をかける。

 魔王さながらの笑みに、人軍は撤退を余儀なくされたという。




()ったたたた……」


 鮮やかな色をした血を腕から滴せて、ランスロットが顔を苦痛に歪めた。


「大丈夫ですか?」


 回復魔法による治療を施すアンジェラが心配そうに言う。


「あぁ、続けてくれて大丈夫だよ」


 人軍前線第三砦の大広間にて、だれ一人欠けずに撤退を完了した人軍は各々で治療にあたっていた。

 アンジェラを含めた司祭たちがせわしなく大広間を駆け回る。

 隣で腕の深い傷を癒してもらっているランスロットに問うた。


「ランスロット、その傷はどうした?」

「最前線でベルゼブブにやられてね。さすが魔王軍幹部、僕の剣じゃ到底敵(かな)わない相手だったよ。そういえば、なぜ撤退命令を出したんだい?」

「あんな劣勢で前に出るというのがどうかしている。何故だか知らんが無駄に兵士の士気が高かった。あんな状態で勇者であるこの俺が突っ込めば、扇動された兵士の全滅は免れなかっただろう」


 少し躊躇するように口を開きかけたランスロットが悲しそうな笑みを浮かべる。


「でも、僕らにはああする他ないだろう?」

「……どういうことだ?」

「どういうことって、君も知っているだろう? 兵士たちは国王に脅されここに立っているって」


 ランスロットが何を言っているのか、理解ができなかった。本来の勇者ではない俺が理解できない内容なのかもしれないが、それ以前の問題でもあった。

 人軍の兵士が国王に無理やり戦わされているだと? 奴らは好きで俺たち魔族を蹂躙していたのではないのか?


「僕やハウリー、アンジェラや君も、一般兵とは比べ物にならないくらいの……。すまない、このことについて話すのはタブーだったね」


 大きな疑問を残したまま、話は切り上げられる。

 魔王城とは真逆に位置する門に目をやってランスロットは言った。


「馬車の準備ができたみたいだ。──さぁ、撤退をしよう」




 パッカパッカと馬の蹄が地面を蹴る音がする。

 馬車に揺られながら、地平線の彼方から顔をのぞかせている朝日を眺めていた。

 前線である第三砦を離れれば、戦場とは打って変わって穏やかな時が流れる平野が広がっている。

 第一、第二砦は魔族に攻め込まれない限り機能を発揮しないため、最低限の手入れしかされてないらしい。第三砦よりも魔王城に近い第四、第五砦はベルゼブブ率いる魔王軍が攻め落としていた。

 第一、第二砦を通り過ぎて、王国への帰還を目指す。

 遠方にとてつもなく巨大な壁がちらついていた。

 魔王城と長年の戦いを続ける国──クウゴ王国の中でも大きな戦力を持つケストラという大都市だ。


「全員無事に撤退できたのはいいけど、国王になんて言われるか心配だなぁ」


 激しく揺れ動く馬車の中でランスロットが剣を撫でながら呟いた。


「なにか言われるだけで済めばいいほうでしょ。あのクソ爺のことだもの。処す、とか言い出すに決まってるわ」


 ハウリーの言うクソ爺というのはクウゴ王国の現国王のことだろう。勇者一行含めた人軍の話から推測するに、国王はただのクソ野郎だ。

 それに以前ランスロットの言っていたことも気になる。まぁ、直接話せばわかることなのだが、国王と会う機会なんて滅多にないだろう。

 とにもかくにも今魔王討伐なんてやってる暇じゃない。なぜ自分で自分の野望を潰す真似をしないといけないんだ。今の最大目的は自分の体を取り戻すことだ。

 そんなことを考えているうちに、遠方にあった高い壁が目の前に迫っていた。

 整備されたコンクリートの道を通って門へと向かう。大勢の馬車の先頭を、俺を含む勇者一行の乗った馬車が駆けていた。


「そこの馬車、止まれ」


 門のすぐそばに立っていた兵士が、剣で道を遮って馬車を強制的に止めた。

 馬の鳴き声とともに馬車が揺れる。剣を収めた兵士の後ろから、一人の女が現れた。

 シミ一つない真っ白な軍服に身を包んだ女だ。兵士と同様に腰に剣をぶら下げている。だが、兵士のものとは明らかに質が違う。おそらくあの女の方が階級が上なのだろう。

 馬車を見上げる女は鋭い口調で問うた。


「勇者ブレイヴと、その一行。魔王討伐はどうしたのです? その様子だと首を持ち帰ったというわけではあるまい。もしや逃げ帰ったというわけではあるまいな?」

「魔王軍が撤退し、状況が変わった。疲弊した兵を連れ戻して何が悪い?」

「仮にも聖剣に選ばれた勇者の台詞(セリフ)とは思えませんね」


 別に勇者などではないのだが。今は勇者のまま通しておくほうが最適だろう。俺は魔王だなどと口を滑らせればどうなるかわからない。慣れない体での戦闘はなるべく避けたいのだ。

 おそらく、魔力の少ないこの体では満足に戦えない。


「勇者として、兵の無事を思っての行動だ。別に構わんだろ?」


 女は深くため息をついて踵を返した。


「まぁ、私の知る(よし)ではありません。馬車を通しなさい」


 振り返って、言う。


「この件の処分については国王様に確認ののち、追って知らせます」


 出せ、という俺の命令と同時に蹄が地面を蹴って馬車は進みだした。

 勇者という肩書(かたがき)に違和感を覚えだしたのは、この頃からだっただろうか。




 ある程度人間の国の知識がある俺は、とりあえず宿をとることにした。勇者一行以外の人軍たちはケストラ都市のど真ん中にそびえる、巨大な城のような施設に向かうと言っていた。国王の命で建てられた建造物で、兵士の養成を行っているらしい。


 ランスロットが慣れた手つきで宿の手続きを済ませる。

ランスロットに案内された宿は木製の建造物で、踏み出すたびに床がきしんで音を立てていた。錆びついたドアノブをひねって指定された部屋に入る。


「あー! 疲れたわー!!」


 部屋に入るなり、ハウリーが四つ並んでいる中の一番手前のベッドに杖を持って飛び込んだ。

 四人部屋にしては少し窮屈に思えた。ベッドが一定の間隔で配置されており、大きな丸いテーブルを囲むように椅子が四つ窓際で太陽の光を浴びている。

 ランスロットは椅子に腰を下ろし、壁に剣を立てかけた。相変わらず落ち着いた動作だ。

 魔王として、人間に対して警戒が解けないでいる俺はドアの前で背後をとられないようにと壁に背を預けていた。それを隣で不思議そうに見つめているのはアンジェラだ。

 不意に背後のドアがノックされた。


「宿の者です」

「どうぞ」


 まるで、誰かが来ることが分かっていたかのようにランスロットが返事をする。ドアが開かれると同時に、一歩後ろに下がった。


「失礼します」


 入ってきたのは、赤毛の女だった。女というよりも少女だろうか。小さい体を器用に使って、腕やら頭やらにたくさんの皿を乗せていた。皿の上にのっているのは、おそらく人間が口にする料理だろう。

 会釈して前を通り過ぎると、その少女は丸いテーブルに次々と皿を並べていった。


「ランスロット、これはどういうことだ?」

「ここ最近ろくに食事がとれてなかったからね、宿の受付で事前に頼んでいたんだよ」


 穏やかな笑みを浮かべるランスロットは、慌てて料理を並べる少女を手伝う。

 そんな彼を見て、あの戦場で持ったとある疑問を思い出した。


「……今からする質問に、特に深い意味はない。大人しく答えろ」


 いまいち心情の読めない一人の人間を見据えて問うた。


「お前ら人間にとって、魔族とは、魔王とは何だ?」


 勇者と入れ替わり、俺は魔族としてではなく人間として人間を見ていた。魔族と剣を交える有象無象の人間は、俺に脅されるまで撤退をしなかった。だがそれは『魔王を倒す』という使命感で動いているようには見えなかった。

 人間はあの戦場でおびえていた。だが、魔族におびえているようには見えなかった。人間は撤退の先に待つ、国王からの裁きにおびえているようにしか見えなかったのだ。

 魔王軍との戦いから撤退したというのに、ランスロットやハウリー、アンジェラにも焦っている様子は見られなかった。狙われている身としてはありがたいのだが、少し暢気すぎではないか。


「その言い方だと、ブレイヴが人間じゃないみたいなじゃないか」


 図星を指され、ぎくりとしたが表には出さず抑える。


「答えろ」

「みんながみんな僕と同じことを思っているかはわからないけど、一人の人間として答えるのなら──魔王は倒さなければならない敵だ」


 でも、と付け加えて続けた。


「でも、魔王は本当に倒すべき敵じゃない、本当に倒すべき敵は────」

「あっ、あのっ。……お料理、運び終わりましたっ」


 ランスロットの言葉を遮って、赤毛の少女が声を上げた。先ほどから俺たちの間で居心地悪そうにしていたのだ、部屋から出るタイミングを失って、我慢できなくなったのだろう。


「あぁ、わるいね。食べ終わったら呼ぶから」

「はいっ」


 軽く会釈をしたその少女はトレードマークの赤毛を揺らして、受付に戻っていった。

 話の続きを、と言うその前にランスロットが口を開いた。


「冷めないうちに頂こうか」


 すでにいくつかの料理をたいらげたハウリーの見て、俺も椅子に腰を下ろすのだった。


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