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とある文字書きのエッセイシリーズ

とある文字書きの筆折り損のくたびれ儲け

作者: がみひろき

 先日、僕は筆を折った。

 文章が書けなくなることがある、と先日僕は『とある「もじを書く生物」の嘆き』というエッセイで語った。書けないと言っても「書こうとすると吐いてしまう」「書こうとすると動悸がする」という程度だ。だけど、先日2019年7月6日の午前。

 僕はとうとう、本当に一文も、一文字も書けなくなってしまった。

 それどころか、推敲すらできなかった。


 僕はいつも通り午前9時に起床し、けだるい体を起こした。適当に朝飯を作って食べ、コーヒーを淹れる。猫舌でも飲める程度にコーヒーが冷めるまで、僕はシャワーを浴びて髪を整えた。歯を磨き、着替えて、たばこを吸い、パソコンに向かう。

 さて推敲だ、とマウスに手を置いて自分の文章を眺めたとき、目の前の文章がぐにゃぐにゃと歪んだ。文章が見えているのに脳はそれをことごとくスルーしてしまう。文章が何かいびつな線のようにしか感じなくなった。

 このとき僕は、「筆を折ろう」と思った。


 僕は専業のフリーライターだ。屋号を掲げ、開業届もしっかり出し、青色申告もしている。筆を折るということは収入を無くすことと同義だ。ただ、僕には借金はあっても貯金はない。完全に無収入ではだめなので、金が無くなる前にバイトなどで繋ごうと思っていた。


 しかし、結果として、僕は2019年7月8日の本日、またフリーライターとして文章を書いている。そして、その合間にこのエッセイを書こうとしたわけだ。本当は一か月くらいは休業する予定だったが、二日で帰ってきてしまった。

 書けないが、書かないと落ち着かない。暇だからこそ常に仕事のことを考えてしまうし、今この瞬間も収入が失われていくと考えると憂鬱になった。そこで先日、僕は書けなくなった理由を整理してみた。


 書けなくなったのは、孤独が嫌だからだ。


 文章を書くというのは、孤独な行為だと思う。僕らは読者に問いかけているようで自分自身に問いかけている。読者の知りたいことは何だろうと考えるときも、その答えは自分自身で見つけるしかない。人と語り合ったり、誰かに聞いたりするということはない。

 納品するときには常に「これでいいのだろうか」という不安と恐怖が付きまとうが、一人でそれに向き合うしかないのだ。もちろん、編集はダメなときにはフィードバックをくれる。ただし、その結果どのようにして文章を書き換えるのか、どのようにして今後に活かしていくのかは自分で考える必要がある。

 孤独だ。


 しかも、僕は一人暮らしをしている。友人はいるが、お互いに大人だ。二か月に一度でも飲み会をすればいい程度だ。ライター仲間はいない。身近に個人事業をしている人もいない。文字書きもほとんどいないんだ。

 この孤独を相談できる相手がほとんどいないということが、孤独に拍車をかける。


 孤独が苦手な人間にとって、文章を書くということは苦行に近い。


 じゃあどうして今日ライターの仕事を再開したのか。


 孤独だろうと、恐怖だろうと、結局僕らは文字を書いて生きていく人種なんだと思う。孤独や恐怖を克服したわけではないが、文章を書く孤独や恐怖よりも休んでいる間の気がかりのほうが大きかったんだろう。


 まったく、筆折り損だ。

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